プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 後編 作:ガチャM
挿絵:おにまる twitter @onimal7802
ガチャM
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 X @kanibasami_ta
アマニア 7 X @amania_orz
いなり 8
ねむのと 9 X @noto999
おにまる 10 X @onimal7802
※Pixivにも投稿しています。
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その街外れにある不動産屋のディスプレイには『臨時休業』と表示されていた。営業日の真昼間にも関わらず店仕舞いしているのは、地下室で別の業務が行われていたからだった。
「うっ!? げ、げほっ!」
気を失っていた捕虜が、バケツに入った冷水を頭からぶちまけられて、無理矢理に意識を覚醒させられた。
彼女は軽いパニックになりながらも、溺死しないよう必死に喉から水を吐き出した。
意識はまだ混濁していて、置かれた状況を把握することが出来ない。記憶が混乱しているのだろう、自分がどこにいるのかも分からなかった。何より頭が割れるように痛み、吐き気が止まらない。
だから自らを客観的に捉えることで、務めて冷静さを保とうとした。そのためには視界を確保して、状況を把握しなくてはならない。
だが指で水を拭おうとしたとき、腕が全く動かせないことに気が付いた。腕を失ったのかと一瞬恐怖したが、痺れて感覚がないだけとわかり安堵する。そう、両腕が無理矢理に頭の上に回されているから血の巡りが悪いのだ。上を向いて確認すると、両手首に手枷が嵌められていた。
『ちっ、拘束されたか……』
プルツーは強がりながらも、自らが陥った状況に軽い絶望感が広がるのを自覚した。
手枷は天井に埋め込まれたアイボルトから伸びた鎖に接続されている。同じく足首に嵌められた足枷にも、床から伸びた鎖が取り付けられていた。腕どころか身体もろくに動かすこともできない、完全に拘束されている状態だった。
『そうだ、あたしはくだらないトラップに引っ掛かって…』
プルツーはうかつにも単純な罠に引っ掛かってしまったのだ。
軍人としてのプライドはズタズタで、敗北感と屈辱感にまみれていた。加えて衣服を脱がされ、下着だけを身に付けている無防備な状態だということが不安をいや増していた。
彼女は、そんな自分の脆弱さにやり場のない怒りを覚えたが、こういうときこそ冷静さを保つことが重要だと分かっていた。
『何とかこいつを外せないか』
手枷を軽く引っ張ってみたが、まるでびくともせず、ただガチャガチャと鎖が鳴るだけだった。
だからいたずらに体力を消耗することは避けて、周囲の状況を確認することに専念した。
ここは独房か、その類いなのだろう。薄汚れた打ちっぱなしのコンクリートの壁で、天井からは安っぽいライトがぶら下がっている。湿気が多く、カビ臭いのが不愉快極まりない。
ようやくはっきりしてきた視界で周囲を見回すと、近くにスーツ男が一人立っていることが分かった。自分が殴り倒した連中の仲間だろう。
床には水が入っていたバケツがあって、横のテーブルにはよくわからない装置と器具が並べられていた。
「あらあら、お目覚めかしら?」
突然ドアが開いて、スーツ姿の女が偉そうに入ってきた。
ハーベスト不動産屋を仕切っている、レベッカ・ファーガソンだ。
「水を被って少しは頭が冷えたでしょう? 最近の子供はキレやすくて困るわよ。ミノフスキー粒子を浴びすぎなのかしらねぇ……」
レベッカが煽ってきたので、プルツーは冷静さを保つことに苦労した。
「フン、いますぐあたしを解放しろっ。困ることになる前にな」
「はっ? 何を言ってるの。営業妨害、暴行、脅迫、殺人未遂。あなたは犯罪者なのよ?」
「何が営業妨害だ。住民に迷惑をかけているだけのお前が良く言うよ」
「あなた何か勘違いしてない? ここに入ってくるときに看板を見なかった? 『不動産』って書いてあったでしょう。あたしたちは営業許可を貰っている、ちゃんとした会社なんだから。警察を呼んでもいいのよ?」
「あまり笑わせるなよ? 警察を呼ばれたら困るのはそっちだろ!」
こいつらは非合法組織の人間だから、まともな交渉は無理だ。
あまり挑発するのは得策ではないのだが、プルツーは弱みを見せずに少々強気に出た方が得策だと判断したのだ。
「語るに落ちるとはこのことだね。おまえたちコロニー警察に目をつけられてるんじゃないのか? 区画整理を手伝ってると言ってたが、強引な手段を使うなら、それは違法行為だ」
「……フフフ、まったく生意気な小娘ねぇ。出鱈目ばかりだけど、賢い子は嫌いじゃないわよ」
レベッカはプルツーに近づくと、彼女の顎を指で押し上げた。背の高さが違うので、プルツーはかなり上を向かなくてはならなかった。
「あなたは調査のためにやってきたのね? 子供なのに優秀なこと。だから特別に教えてあげる。とある地球の会社が兵器工場をつくる計画をしているの。私たちは、そのための土地を見つけに来たというわけ」
レベッカはコンピューターパッドをプルツーの眼前に掲げた。画面には兵器工場の完成予想図と、モビルスーツの写真が写っていた。
プルツーは、その旧ジオン軍のゲルググタイプをコピーしたような機体には見覚えがあった。確かエゥーゴの支援組織カラバが開発した攻撃型モビルスーツだ。
ということは、連中はモビルスーツ工場を独自に建てるつもりなのか? だが、あの目的を見失った組織は今やほとんど抜け殻で、地球連邦軍に吸収される寸前のはずだ。そんな余裕があるとも思えない。
はたしてその通りで、画面下には『ルオ商会』のロゴが表示されていた。つまりエゥーゴ主体の計画ではないということだ。
「あ、反応したわね? やっぱりあなた普通の女の子じゃないわよ。ルオ商会を知ってるなんて」
『ルオ商会』とは、ブラックマーケットにも通じている香港の商社だ。武器や兵器も取り扱ういわゆる『死の商人』なのだが、戦争に便乗して利益を得ようと、先の地球連邦軍の内戦にも干渉し、カラバに多くの投資を行なっていたのだ。
「別に。ただ妙なロボットだと思っただけだ」
「そう? 羽が付いてて格好いいじゃない。最近は子供が戦闘ロボットを操縦してるそうねぇ。操縦は意外と簡単なのかしらね。あなたもパイロットだったりして?」
「ははは、面白い冗談だね」
レベッカは、自分をモビルスーツパイロットだとは思ってないが、軍の関係者だとは疑っている。
プルツーは、そう考えた。
「こいつの荷物にドッグタグや身分証などはありませんでした。バッグの中身は、財布と妙なヘッドギアだけです」
スーツ男が、プルツーが妹のプルテンに仕立ててもらったばかりの服を、両手でビリビリと引き裂きながら言った。
「ちょっと! 服を破けとは言ってないから! ごめんなさいねぇ。粗野で困った男。格好良い服だったのに」
「いや、ダメだ。弁償してくれ」
「そうねぇ。あなたが身分と目的を明らかにしてくれたら、あなたに似合う可愛い服をコーディネートしてあげる」
プルツーは可愛いという言葉に寒気がしたが、寒気を感じたのはそれだけが理由ではなかった。
レベッカの言葉はフレンドリーに聞こえるが、丸メガネの奥の瞳は笑っていないのだ。
「あたしは、ただ親類を訪ねにやってきただけだよ」
「もっとましな嘘をつけない? あの家が親戚って、そもそも人種が違うじゃない。財布も空っぽだったけど?」
「遠い親戚だ。金がないのは土産物を買ったからさ」
「あの萎れた花とガラクタが? 笑っちゃうわね! 感謝しなさい、ゴミとして全部捨てといてあげたから」
レベッカはそう言うと、プルツーの頭をポンポンと叩いた。
「いい子だから、あなたのことを詳しく教えなさい? 教えてくれたら、すぐに帰してあげるから、ね?」
レベッカは一転して妙に優しい声色で言った。
だが、ニュータイプ能力を備えるプルツーは、相手が本音を言ってるのかどうかぼんやりと理解できる。そう、レベッカは捕らえたスパイを全く帰すつもりがないのだ。
「話すことは何もないから、今すぐ帰してくれ」
「わるいけどダメなのよ……。あなたはうちの店を襲撃したし、脅しもした。正体は連邦政府かジオン共和国のエージェントで、ルオ商会を調査しにきたことは分かっているんだから」
「ルオ商会なんか、子供でも知ってるよ」
「へえ、ほんとに?」
「ホンコンシティの田舎商店だろ? つまらない土産物を売ってるようなさ」
「黙れ!」
いきなりキレたレベッカは、プルツーの頬を思い切り叩いた。
プルツーは口の中に鉄の味が広がるのを感じた。
「このコロニーの方がよほど田舎じゃない! 仕事でなきゃ、誰がこんな宇宙に浮かぶ汚い土管に来るもんですか!」
「フン、気に障ったか?」
「まあ、いいわ。退屈な事務仕事も飽きてたところ。一休みして楽しいことしようかしら」
「なら外で遊んできなよ」
「今はアウトドアよりインドアで遊びたい気分なのよねぇ」
レベッカは丸メガネを外し、着ていたスーツを脱いで椅子にかけた。
「一緒に遊びましょ?」
「付き合うつもりはないよ。おまえ友だちがいないのかい?」
「いちいち気に触るガキだねぇ。あなたもプライドばかり高くて、親しい友達なんか一人もいないって感じじゃない」
レベッカはそう吐き捨てると、部下に何かを持ってくるように指示した。
「まあ、いいでしょう。少し怖い目にあえば、あなたも反省して態度が良くなるんじゃないかしら? そしたら正体を快く話してくれるわよね?」
「だから、あたしは親戚を訪ねに来たって言ってるだろ!」
プルツーは、レベッカの粘着質な言い方に腹が立ち顔を背けた。しつこいのは彼女が最も嫌いなことなのだ。
「あなた拳銃も持ってたわよね? かなり慣れていた風だったけれど、あなたが訓練されたプロフェッショナルという証明じゃない?」
「治安が悪いと聞いて、護身用に持ってきたんだ」
「ふふふ、すぐにわかるわ」
しばらくして、部屋を出て行ったスーツ男が箱を両手に持って戻ってきた。
プルツーは、スーツ男の表情から、箱を持つことを嫌がっているのが分かった。確かにその箱からは、ぼんやりとだが不快な気配を感じる。
「さあ遊びを始めましょっか?」
「なんだ、何をする気だっ」
レベッカは箱に両手を差し入れると、両手で太い紐のような物を取り出した。
「?」
「いい子にしてた?」
「ひっ!?」
薄気味悪い太い紐がレベッカの両手でうねっているのを見て、プルツーは軽く悲鳴をあげた。それはどうやら生物らしかったが、あまりに異形だった。
「な、なんだそれっ!?」
「あら知らない? まあスペースノイドなら仕方ないかな。これは蛇っていう爬虫類に属する生物なの」
「せ、生物兵器か!?」
「失礼ね、アタシの可愛いペットに。わざわざ地球から持ってきたんだから。税関をすり抜けるのが大変だったわよ」
プルツーは本能的な恐怖を感じた。
尖った頭と割れた舌。長細い体に気色の悪い模様と鱗。その全ての構成要素に嫌悪感を感じた。
「あらあら声が上ずってるわよ?」
「や、やめろっ! 近づけるな!」
レベッカは、満足そうな笑みを浮かべながら、蛇を両手で持ち上げてプルツーに近づいた。
「くっくっく。可愛いでしょ?」
「ふ、ふざけるなぁっ!」
プルツーは蛇を正視できなかったが、口には牙があり、チョロチョロと赤い舌を出し入れしているのが視界の端に見えた。
「ほら、この子と遊んであげなさい!」
レベッカが蛇を放り投げると、ベチャッという気持ちの悪い音と共に、プルツーの身体に不気味な紐が絡まった。
「ひゃあああぁっ!?」
身動きが出来ないプルツーにはそれを回避する術がなく、冷たい感触が胸に広がるのを感じた。
蛇はうねりながら彼女の身体を這い回り始めた。
「わ、わああぁ〜っ!」
我慢できる限度を超えると、人間は無意識に叫んでしまうのだ。理性が吹き飛んで悲鳴をあげるプルツーの様子をみて、レベッカは可笑しそうに笑った。
「気に入ったようねえ。ほら、もう一匹」
プルツーの身体がビクンと反射的に跳ね上るが、投げられた蛇は振り落とされず、腰から脚にかけてぐるぐると巻き付いた。
「や、やめろっ!!」
「もっと楽しくしてあげる」
レベッカはプルツーのアンダーウェアを引っ張ると、笑いながら蛇を中に差し込んだ。
「やっ、やだっ! そんなところにいれるなっ!」
「その子たち、たまに噛み付いてくるから気をつけてね」
「!?」
彼女の言葉に呼応したかのように、蛇が大きく口をあけて威嚇してきた。
「こ、こんな奴ら叩き殺してやる! ひゃあああっ!?」
蹂躙されているという表現が適切で、蛇はゆっくりと彼女の首に巻き付いていくと、ついには顔にまで這い上がっていった。
「わあああ〜っ!」
プルツーはもはやまともな言葉すら発せずに、悲鳴をあげて叫ぶことしか出来なかった。
「あらあら困ったわね……。いまさら泣いて謝ったって許さないから。しばらくそうして仲良く遊んでなさい」
レベッカはそう言うと、ニヤニヤと意地悪そうに笑いながら、スーツ男二人と一緒に部屋から出ていった。
部屋には少女の悲鳴だけが響いていた。