プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 後編 作:ガチャM
挿絵:おにまる twitter @onimal7802
ガチャM
■デザイン協力
かにばさみ 4、5、11 X @kanibasami_ta
アマニア 7 X @amania_orz
いなり 8
ねむのと 9 X @noto999
おにまる 10 X @onimal7802
※Pixivにも投稿しています。
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小惑星アクシズでは、この十数年間ひたすら鉱物資源の採掘を続けてきた。そして採掘によって空いた空間に住居や工業ブロックを建設し続けた結果、巨大な岩にすぎなかったアクシズは、今や大規模な人工都市に変貌を遂げていた。
商業施設や工場、多数の艦船が寄港できる宇宙港が整備されているので、いずれは地球圏でも重要なハブになるはずだった。
『各サイドとの貿易が活発になれば、アクシズはさらに発展するんだ』
ネオジオン親衛隊に所属するプルセブンは、アクシズ中央公園で身を休めていた。いま彼女は軍服ではなく私服を着ているので、ただ公園にふらっと遊びに来ている女の子という感じだった。服装やふるまいを最適化して環境に溶け込むことは、スパイ活動を主任務とするプルセブンにとっては得意とすることなのだ。
広々とした公園には、子供たちの声や木々に止まる鳥の鳴き声に溢れていて、穏やかな昼下がりを演出していた。
プルセブンは平和なひとときを楽しんでいた。アクシズと地球連邦とが戦争中だとはとうてい思えず、唯一戦争の傷痕があるとすれば、それは彼女自身の中にあった。
まだ記憶は生々しい。二週間前、彼女はアクシズ内で侵入者に遭遇して、生身の白兵戦を展開することになったのである。日頃から欠かさず戦闘訓練をしていたので、戦闘能力には自信を持っていたのだが、相手もまた戦闘訓練を受けた強化人間だったのである。
激しい格闘戦の最中、プルセブンは一瞬の隙を突かれた。そして一方的に痛めつけられて、瀕死の重症を負ってしまったのだ。
『トゥエルブが助けに来てくれなければ、ボクは死んでいた。不意を突かれたなど言い訳になるものか』
それでも命を取り留めることができたのは幸運だった。まだ傷は残っているが、身体は脅威的に回復している。彼女は遺伝子的に肉体を強められた強化人間であり、それゆえ代謝機能も普通の人間よりも優れているのだ。
しかしながら、心を遺伝子操作で強化することは出来ないことが問題だった。
未だに心の傷は癒えていない。敗北感、屈辱、恐怖といった負の感情が渦巻いていて、身体に受けた傷より心に受けた傷の方が深刻だった。兵士として自信を失えば戦場で致命的となるから、戦うためには精神的なトラウマは克服しなければならない。
無論、負の感情をコントロールすることも優秀な兵士にとっては必要な資質なのだが、精神は肉体ほどには鍛えることができないのが厄介だった。
「ボクには休息が必要だ。でも地球圏の情勢は、個人の感情とは関係なく動いている」
モビルスーツ戦闘を隠れ蓑にして、民間シャトルでアクシズに潜入した地球連邦軍のエージェントは、アクシズの情報収集や要人の拉致を目的にしていたと推測された。
いまネオ・ジオンと地球連邦軍とは実質戦争状態にある。表立った戦闘はないものの、裏では熾烈な情報戦やスパイ活動が行われているのだ。
プルセブンは、姉妹が被害を受けなかったことは本当に幸運だったと思った。
敵は只者ではなかったし、自分たちのことを知っていた。あるいはアクシズの強化人間の殲滅が任務だったのかもしれないのだ。
プルセブンは公園のベンチにゆったりと座り、空を眺めつつ冷えたスポーツドリンクを口に含んだ。全面に広がる青空は、それが投影されたフェイクとわかっていても、心の不純物が洗われるように綺麗だった。
そう、自分の心に迷いが生じていることが敗北の原因なのだ。このところアクシズ上層部に疑問を持つことが多く、任務に意味を見出せていなかった。そんな、ちょっとした心の隙が戦闘に影響を与えてしまったのだろう。
『ジオン共和国がアクシズに譲渡されれば全面戦争は回避されるのか? ハマーン様は、それが目的なのだろうか? だとすれば、グレミー閣下の野心は……」
ふと気がづくと、ビジネスマン風の男が歩いてきて、ベンチの隣に腰をおろした。彼は大きめのスーツケースを手にしていて、それをプルセブンとの間に置いた。
プルセブンは警戒して身体を緊張させたが、そのせいで胸の傷が疼いて思わず顔をしかめた。
「どうも、こんにちは」
ビジネスマンが愛想良く挨拶をしてきたので、プルセブンは軽く会釈をした。
「良い天気ですね。小惑星とは思えないなあ。君は学生さん?」
「あなたは?」
「ビジネスの取引をするために来たんだ。このアクシズには大きなビジネスチャンスがあると見込んでね」
「ボクはセカンダリースクールの学生です」
「年齢の割に大人びてるね。でも、まだ取引するには早いかな?」
わざとらしい会話。そう、このやりとりは予め決められたプロトコルなのだ。
「興味はあります。どんなものを扱っているんですか?」
「そうだなあ。例えば特殊な金属とか」
「その金属は硬いんですか?」
「そう、とても硬いよ。滅多なことじゃ壊れないくらいにね」
「……」
まだ怪我も癒えていないのに、仕事を依頼するつもりなのか。
プルセブンは、隣に座るビジネスマンが、ジオン共和国のエージェントだと知っていた。実は、この男はいつもやってくる連絡員で、おそらく偽名だろうが、名前をスタメッツと名乗っていた。
目立たないスーツ姿の、印象の薄い顔をしたごく普通の男。
「くだらないやり取りだ」
「久しぶりだね。三週間ぶりか。前の仕事も見事だったよ。あの連邦官僚は……」
「こんな場所で喋るなんて迂闊だ」
「そうかい? ここはアクシズじゃないか。ジオン共和国とは地続きみたいなものだよ」
「ボクが襲われたのを知らないのか? スパイはすでにこのアクシズにも潜入している」
「そうだったね。謝るよ」
ここにくる途中で買ってきたのだろう。スタメッツは、手にしたカップからコーヒーを熱そうに飲んだ。
「このアクシズはずいぶん寒いね。空調は効いていないのかな?」
「エネルギーを節約しているんだ」
「なるほど。まあ凍えるようなアステロイドベルトにいた生活が染み付いているんだろうね」
「またボクに依頼か?」
「そうだ。大変な目にあったのに申し訳ないけど……もう傷は大丈夫なのかい?」
「任務遂行に問題はない」
「その頬の傷は?」
「目立たないくらいに治る」
「そうか、安心したよ。キミの綺麗な顔に傷が残ったら大変だからね。身体は?」
スタメッツは、プルセブンの胸をジロジロと眺めながら言った。
プルセブンは自分でも胸が少し大きめだとは自覚していたが、当然ながら露骨に見られるのは不愉快だった。
「身体も問題ないっ。早く要件を話せ」
「わかったよ。余計なお節介だったかな」
スタメッツは苦笑いしながらスーツケースを開けると、コンピューターパッドを取り出した。
「ジオン共和国情勢に関する依頼なんだ」
「ズムシティで暴動が発生したんだ。まだ混乱しは収まっていないだろう」
「そのとおり。だが混乱に方向性を持たせれば、やがて秩序が生まれるのさ」
「フン、相変わらず気取った表現が好きな奴だ」
この男は、女に良いところを見せようとしているのが見え見えなのだ。
プルセブンは、スタメッツのおよそプロらしからぬ態度にいつも呆れていた。
ジオン共和国で発生した暴動には、妹のプルエイトとプルナインも巻き込まれてしまったのだ。特にナインはモビルスーツ戦闘まで行ったと報告があった。あの幼稚で未熟なナインがと驚いてしまったが、それだけ深刻な事件だと想像できた。
「じゃあストレートに言うよ。この男を消して欲しいんだ」
スタメッツは一枚のホロ写真を取り出すと椅子に置いた。
また暗殺任務か……。プルセブンは気が滅入ったが、おくびにも表情に出さず、それをさりげなく掴んで持ち上げた。
「えっ……この男は」
まだ傷が癒えない精神状態だからか、プルセブンは動揺を隠せなかった。
「知っているのかい? 著名な軍事評論家だよ」
「結社の連中は正気なのか? この男はジオン共和国独立支持者のはずだろう。なぜ消す!?」
「理由を訊くなんてめずらしいね。初めてじゃないか?」
「この男はテレビ番組によく出演しているから、国民にも影響力があるはずだ」
「だから良いんだよ」
「サイド3の混乱を、さらに加速させるつもりなのか?」
「だから秩序を生むといったろう? 合意はなされた。あとは上手くストーリーテリングするだけなんだ」
「格好つけるなと言ったはずだ。抽象化すれば納得するとでも思ったのか? 返事はネガティブだ。この依頼は受けられない」
プルセブンがそう言い放つと、スタメッツはびっくりした顔になった。
「驚いたな。入院して人生の意味でも悟ったのかい?」
「それもネガティブだ。そんなんじゃない。ボクはアクシズ、ジオンのために仕事をしている。国益にならない任務は拒否すると決めたんだ」
「あ、なんだ。良心の問題か」
スタメッツはぷっと吹き出した。
「何かおかしいか?」
「いやいや。マシーンみたいな君が、ずいぶん人間らしくなったなと思ってさ。身体も成長してるが、その大きい胸に心が宿ったのかな?」
スタメッツが指で胸を突いてきたので、プルセブンはさすがに頭にきた。だから手にしていたボトルの蓋を開いて、スタメッツの頭に思い切り浴びせかけてやった。
「うわっ! おいおい酷いな!」
「人を侮辱すればそうなる! 話は終わりだっ」
「ま、待ってくれ! これは国益になる依頼なんだ」
プルセブンが決然と立ち去ろうとすると、スタメッツが腕を必死に掴んで彼女を引き留めにきた。
遠くにいた女性二人が、ヒソヒソと会話していた。このままでは変な勘違いをされそうなので、プルセブンは仕方なくベンチに座り直した。
「続けろ」
「この男は知りすぎた。しかも弱みを握ったと考えて結社に大金を要求しつづけている、共和国にとっては不都合な男だ。だからアクシズとの同盟を進める起爆剤にしてやるんだよ」
「どういうことだ? 彼に暴動の責任を全て押し付けた上で、切り捨てるつもりか」
「ご名答。偽旗作戦というやつだね。いま彼が殺されたら、間違いなく地球連邦軍の仕業だと思われるだろう。特殊部隊か何かのね。地球連邦からの脱退を叫ぶ人間は、誰であろうと容赦なく暗殺する非道な地球連邦政府。そう非難されたら、ジオン共和国とアクシズとが併合される機運も一層高まるというものだよ」
「そんなに上手く事が運ぶものか」
「もちろんマスコミを使った工作も同時に行われる。あの、なんとか言うアイドルも上手く使うんじゃないかな」
「なにっ!? まさかファンネリア・ファンネルを暗殺するつもりじゃないだろうな!?」
プルセブンは怒りを抑えられずに、衝動的にスタメッツの胸ぐらを掴んだ。
「く、苦しい!」
妹のプルエイトが陰謀の生贄として暗殺対象にされる。そんなことは絶対に許さないし、少しでもその可能性があるなら、結社の連中を皆殺しにしてやる。
彼女の怒りは凄まじかった。
「本当のことを言え!」
「アイドルを暗殺なんかしないよ! そんな計画は聞いてない!」
「本当か!?」
「本当だ、信じてくれ!」
感覚的にも嘘は言ってなさそうなので、プルセブンは掴むのをやめた。スタメッツはゴホゴホと咳をしながら椅子に倒れ込んだ。
「信じてやる。だが、もしあの芸能人が暗殺対象になると聞いたら、すぐにボクに教えろ!」
「わ、わかったよ。でも、なぜ? あの美少女アイドル、少し君に似てるからか? 親戚か何か?」
「似てないし、ボクとは何の関係もない女だが、無意味に民間人を殺すのはやめろ」
「僕は、ただの
「知るか! 連中に言っておけ。あの芸能人を暗殺対象にするなら、お前たちを殲滅してやるってな!」
「わかった、わかった。落ち着いてくれ。可愛い顔して、怒ると迫力があるね。君とデートしたら怖そうだ」
「うるさい、馬鹿かお前は! いつも女を騙してるからそう思うんだ」
「酷いな」
「ともかく、あの芸能人の安全を保証するなら、この依頼は受けてやる。間違いなくジオンの国益になるんだな?」
「おお、そうか! 良かったよ。報酬はいつものサイド6の銀行口座に振り込んでおくよ。かなりお金持ちになっただろうね」
「みくびるな。金のためにやっているわけじゃない」
「わかったよ。君はジオンの救世主だ。これでいいんだろう?」
「どうとでも言え」
「からかって悪かった。道具はこのスーツケースに入ってる。連邦軍が正式採用しているスナイパーライフルだ。シリアルナンバーは正規軍に登録されているものだから、これで狙撃すれば犯人は連邦軍だと勘違いされるだろう」
「ターゲットはどこにいる?」
「資料もスーツケースに入れておいたよ。彼の住居は月のグラナダだ。軍事評論家だから、情報収集のためにアナハイムの工場があるグラナダに住んでいるんだろうね。賄賂をもらってる奴にしては意外と真面目だよ」
「お前とは違うんだろ。了解だ。準備ができたら任務を遂行する」
「頑張ってくれ。怒った顔も綺麗だよ」
スタメッツはベンチから立ち上がると足早に去っていった。
『グラナダか……。そういえばスリー姉さんが、グラナダにアクシズから亡命した裏切り者が潜伏していると言っていた。一緒に調査してみるか』
グラナダには任務で何度か訪れたことがあるが、発達はしているものの退廃的な都市だという印象だった。様々な犯罪が毎日発生していて、単なる殺人事件などは埋没してしまうゴミ溜めのような都市。
しかし、そのカオスゆえに任務には好都合だと言えた。片付いた部屋では探し物はすぐに見つかるが、汚い部屋ではなかなか見付からないからだ。
プルセブンは、『学生』には不釣り合いなスーツケースを持ち上げると、目立たないように自分のセーフティハウスに向かった。