食事という物は、心を豊かにしてくれる。
マナーが必要な格式張ったレストランと言う物にはとんと縁の無い私には、大衆食堂的な雰囲気こそが肌に馴染む。
きつね色の衣に包まれた肉は柔らかで、一口するだけで、見た目とは裏腹に甘味の効いた、しっかりとしたタレの味わいが口の中に広がる。
そんな、しっかりと下処理を行い調理された豚カツを受け止める白米も共に口の中に放り込めば、後は言葉など要らない。
「おいッ……しい! あぁあ、私、帰ってきたんだ……」
4人掛けのテーブル席で、アリスが目頭を押さえている。
人が折角「言葉は要らない」等と格好付けたというのに、即座に台無しにされてしまった。
「な、何だこれは……! ただの薄いコートレットかと思えば、食したことのない味……! 塩味が効いているのに、甘味も感じる! いや、それだけではない! なんだこの奥の深さは! それに、素晴らしい柔らかさ! どうすれば、こんなにも見事なコートレットが作り出せるのだ!?」
アリスの隣で、カーラが何かに打ちのめされたように目を見開き、一口食べたばかりの豚カツを凝視している。
常々大げさな人形だとは思っていたが、それにしても大仰に過ぎるだろう。
あと、お前が今食べているモノは本場のコートレットとはもはや別物に近い、日本が誇る「豚カツ」だ。
もっと言えば、揚げたてのカツを甘辛い特製のタレに浸し、蓋をして蒸らしてから出てくるという小技が心憎い、新潟名物「タレカツ丼」である。
コートレット発祥の地とされる――現在ではあまり見掛けないという寂しい話も聞いたが――フランスと、日本人的感覚で調理法を変化させた我々日本人双方に、心から謝罪してそのカツを味わうが良い。
「美味しいねぇ、美味しいねぇ。柔らかいねぇ、不思議だねぇ。でも、ちょっとマリアちゃんの味付けに似てるねぇ?」
私の隣に陣取るエマが、とても楽しそうに丼を持ち上げながら、私の顔を覗き込む。
はしゃぐのは判るし、私の味付けに似てるなど、世辞でも嬉しいのは認めるから、行儀の悪い真似は辞めて欲しい。
私は同行する3人……3
今の私は、久々過ぎる故郷の味を、しっかりと舌と心に焼き付けている最中なのだ。
東京、上◯駅を降りてア◯横を抜け、私が知っている面影が少し薄れたその街並みは、郷愁も相まって鼻腔の奥をツンとしたものが
素直に御◯町駅で降りてしまえば早いのだが、久々の◯野、いや、久々の日本だ。
踊る心に任せるまま、私はお供を連れて街を行く。
メンバーの中で、私以外ではアリスだけがこの懐かしさを共有できるのだが、いかんせん格好がラフなパンツに膝当てと、ベルトには無骨なポーチ。
武器類は私が
秋◯原が近いとは言え、流石にコスプレも堂が入り過ぎだろう。
目的地で食事を終えたら、◯メ横周辺に戻って簡単な服でも買い与えることにしよう。
そんな事を思いながら訪れた、人混みから外れた一件の、年季は入っているが掃除の行き届いたその食堂には、個人的に思い出もあり、懐かしさが胸に込み上げる。
そんなセンチな気分に浸る私だが、我に返ればメイド服にメイド服もどき、喪服ドレスに冒険者標準装備。
ただの色物集団で有り、人目を引くことこの上ない。
しかも、アリス以外は各々服装には拘りが有るので、そう簡単にイメージチェンジになど応じまい。
協調性とか悪目立ちしない心構えとかが無い連中というモノには、心底困ったものである。
私も含めて。
そんなこんなで、若干引き気味の店員さんの対応にも少し傷付きながら、久しぶりに食したタレカツ丼は、思い出補正を越えて美味であった。
元々得意でも無い食レポが、湧き上がる感情に邪魔されて全く出て来ないという有り様ではあったが、目的はただただ私が食べたいものを食べる、それだけだったのだから全く問題は無い。
「これが異世界……! 素晴らしい! 私が君臨するに相応しい世界だ!」
しっかりと特盛を注文し、底に敷かれたカツに驚愕しつつもしっかりと完食したカーラはご機嫌である。
「ご機嫌なのは結構ですが、君臨するほうが世界に相応しくないのはどうしようも有りませんよ? 昆虫らしく、森にお帰りなさい」
「誰が昆虫だ! 私は虫などではない! 私は、偉大なるドクター・――」
面倒なので心の中だけで済まそうと思ったツッコミの言葉が、ついつい口から漏れてしまう。
即座に噛みついてくるカーラだが、それを押し退けて、エマが私に飛びついてくる。
「マリアちゃん! すっごいねぇ! 楽しいねぇ! ご飯も美味しいし、硬い地面に見たこと無い建物、それに、変わった服の人がいっぱい! すっごいねぇ、暴れてみたいねぇ!」
動作は可愛らしいのに、言って居ることはとんでもない。
エマの言う「暴れる」の意味を知れば、到底笑顔で受け入れる事など不可能だ。
「絶対にやめて下さい。二度と連れてきませんよ?」
「マリアちゃんのケチ!」
頬を膨らませて見せるが、そんな動作を見せられた所で、誰が故郷での大虐殺を許可すると思っているのか。
「いや、私からも頼むよ……。頼むから、この世界で暴れるのは勘弁してくれ……」
アリスが、私の後ろからエマに懇願している。
アリスと意見が合うのは割りと珍しいことだと思うのだが、誂う気持ちも起きない。
遠く想っていた故郷に束の間帰って来たというのに、気持ちが安らぐ時間が短すぎやしないだろうか。
「もうすぐ時間です、帰る前に、アリスの服を買いに行きましょう。流石に革鎧はどうかと思いますので」
私は溜息を
そこには、驚いた顔で私を凝視するアリスの姿があった。
「え……? い、良いの?」
男勝りで勝ち気なアリスが、戸惑っている姿というのはなかなかに面白い。
「良いも悪いも、そんな格好で居られては、私達まで不審者扱いです。お願いしますから、是非服を替えて下さい」
「ちょっとでも感謝した私が馬鹿だったよ! でもありがとね!」
私が下手に出た途端、いつもの調子を取り戻すアリス。
もう少し素直に感謝の念を述べることは出来ないものか。
私は嘆息すると、すぐに気を取り直して歩き始める。
元の――今となっては元の世界に帰るまで、あまり時間がない。
次の機会がいつかは判らないが、全く無いとも言えない。
そうである以上、その「次の機会」の為に。
私達は、悪目立ちせずに済むよう、アリスに「普通の」服を買いに、駅の方向へと戻る。
駅前のビルだったら、そこそこリーズナブルに服が揃う。
心なしか軽い足取りのアリスの背を見て、そして行動をともにする一同に目を向けて、そして私は薄く微笑む。
今更アリスが普通の格好をした所で、悪目立ちは避けられない、そう悟ったからだ。
理由もなければ、私がまえがきやらあとがきに出る意味も