近所のマリア   作:naow

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え? そもそもこの作品自体が外伝のような……。


外伝・ヒかれるモノたち

 部屋数が多すぎてもはや迷宮と化している「霊廟」1階客室フロア、その一角。

 定期的に喧しくなるその一室……と言うには少しばかり広いこの食堂で、私はニナと顔を突き合わせていた。

 

「これは……なんですか?」

 

 ニナが手にしているのは、一片が10センチ程度の、厚さにしても3センチも無い、そんな小さなしかし奇妙な……例えて言うならば、小さな四角いツバ付きの帽子を逆さにして蓋をしたような、白い容器。

 この世界では見たことのないそれを前に、ニナは困惑していた。

 

「これは、異なる世界から齎されたモノです。……先日のカレー、あれは覚えていますか?」

 

 ニナの顔を真っ直ぐに見つめ、私は口を開く。

 ()()の完成された姿を拝むためには、そしてカレーが元日本人の、と言うか私の好む姿になるためには、ニナの知恵を借りるしか無い。

 

 何しろ、私の備蓄は……私の油断から、完全に無くなってしまったのだから。

 

「はい、美味しかったですね! あんなに(ライス)に合うというのも意外でしたが、あれなら少し整えたら、パンでもパスタでも、美味しく頂けると思います!」

 

 記憶を辿るうちに思い出してしまったのか、ニナはうっとりと目を閉じる。

 

 そう。

 

 私は前回の異世界探訪――或いは意味を広く取った里帰り――に於いて手に入れたカレールーをふんだんに使用し、もちろんニナの協力も得て、こちらの世界でのカレーパーティを実行するに至ったのだ。

 それはもう、私やアリスどころか、カーラもエマも、そしてニナも()を輝かせる、素晴らしい出来だった。

 

 カーラとエマのために甘口まで用意し、私とアリスは辛口で。

 中辛などという甘えたものは用意していない。

 

 嘘である。

 

 本当は私は中辛が大好きなのだが、見栄を張って今回は出さなかっただけである。

 それはともかくとして、だ。

 

 そんな事をしてしまった私は、その乱痴気騒ぎに乗じて、さほど備蓄量も多くなかった米を全て放出してしまったのだ。

 

 ベルネやアルバレインで普通に買えたので失念していたが、何気にこの世界は小麦主体の食文化である。

 少なくとも、私が旅して歩いた範囲ではそうだった。

 

 ベルネやアルバレインが交易都市だということを、すっかり忘れていたのだ。

 多分きっと、全てあの双子が悪い。

 

 そんな訳で、食材サンプルを提示しつつ、私は料理人(見習い)のニナに、米の入手の可能性を求めようと思ったのだ。

 

「それで、ニナ。貴女(あなた)はお米を入手する方法を知っていますか?」

 

 聞いては見たが、まあ、普通に交易の盛んな所で買えるとか、そんな所だろう。

 引っ張る必要のない事で、私が知りたいのはその交易の街は何処か、ということだ。

 

 今更クアラスに戻りたくはないし、何より下手に道を戻れば変態(ヒューゴ)と鉢合わせしかねない。

 

 冗談は置いても、戻るということはニナの、それに私たちにとっての昏い記憶に近付く事にもなるし、それは避けたいのだ。

 ヒューゴに会いたくないのはまあ、本心でも有るが。

 

「やっぱり、交易の盛んなところでしょうね……うーん、ここからだったら、ええと……マリアさん、地図ってあります?」

 

 しかし、私はやはり浅はかだった。

 急に聞かれた所で、ニナは現在何処に居るのか、正確に理解出来ている訳でもなく、私もまたそれほど正確に把握している訳でもない。

 いつも通りに、街道を辿って食事時には「霊廟」に戻って、そんなのんびりとした旅を続けているだけなのだ。

 

 微妙に追われる立場なので、あんまり呑気なのもマズイのだろうが。

 

 それはともかく、地図なら、という事で、私達は談話室へと足を向けるのだった。

 

 

 

「あん? マリアはどうでも良いけど、ニナがこんな時間に此処に来るの、珍しいな? 何か有ったのか? マリアが昼ご飯ダメにしたとか?」

 

 私達が入室すると、まずアリスが反応してきた。

 色々と失礼な女である。

 

「いやいやアリス、幾らマリアでも、そんな事をしでかしたら申し訳無さそうな……顔をするとも思えんな……」

 

 そんなアリスを笑い飛ばそうとしたカーラだったが、不審そうな目をこちらに向けてきた。

 擁護するなら最後まで全うしろ。

 

「なんで私がそんな事をするんですか。失礼極まりますね。ニナと一緒に、地図を見に来ただけですよ」

「はあ? ニナちゃんが、地図? っていうか、ニナちゃんの持ってるそれって……」

 

 憤懣やる方ない私が胸を逸らすと、手に持っていたカップをぞんざいに置いてアリスは私たちに改めて身を向け直し、ニナの手元に注目する。

 そう言えば、ニナに渡してそのまま持たせていた。

 

「……マリアお前、そんなモンまで買ってたのか? カレーといい、お前ってホント米好きだよなあ」

 

 呆れ声のアリスに、私も呆れ気味である。

 米好きを否定する気は無いが、カレー含めてたった二品で認定とは、随分と低いハードルである。

 フローリングに貼った養生テープ並みの低さだ。

 

「え? アリスさんも、これが何か知ってるんですか?」

 

 ニナはなおも不思議そうに、そのパッケージを持て余している。

 まあ、知らなければ不自然に軽い容器の、謎の物体でしか無いだろう。

 

「あー……まあ、私は嫌いじゃないけど……人は選ぶよ、それ」

 

 ニナの真っ直ぐな視線に、何故か目を逸らすアリス。

 何だと言うのか。

 

「アリス、言いたい事はハッキリと言ったほうが良いですよ?」

「言いたいことも何も、言ったまんまだよ。初めて見るヤツには、どうしたってハードルが高いだろ、それ」

 

 訝しむ私に、呆れ加減のアリス。

 ……まあ、実の所、言いたいことは理解(わか)る。

 私はそっとニナから()()を受け取り、なんとなく私とアリスのやり取りを傍観しているカーラへと、ソレを投げ付け……投げ渡した。

 

「おわあ!? ととっ、物を投げるな馬鹿者! そもそもこれは何だ!」

 

 あたふたと受け取りながら、カーラは私へと抗議の言葉を投げてくるが、生憎と予想出来る反応にはなんの感動もない。

「それは食べ物です。お米にとても合うのですよ。ところが、肝心のお米を切らしておりまして」

 このやるせなさ、憤りを、果たして誰が理解出来るのか。

 良いところアリスくらいだろうが、そのアリスにしても私ほど激しい情熱を抱えては居まい。

 

「はあ!? おま、お米がもう無いの!? どうすんだよ、まだカレー食べたいのに!」

 

 とか思っていたら、アリスが私のところまですっ飛んできて胸ぐらを掴んで来た。

 聞き流されても腹が立つが、絡まれるのも鬱陶しい。

 

「……はっ!? (ライス)が切れただと!? 食材の管理はお前が行っていたではないか、何故そんな事になる!?」

 

 そして、カーラが激昂した。

 お前はなんで予想外のところから浮上してくるんだ。

 普段は野菜ばっかり食べてるくせに。

 

 エマとサラは、顔を見合わせて肩を竦めている。

 私の予想では、カーラもそちら側だと思ったというのに。

 

「カーラちゃん、カレーだったら、パンでも美味しいと思うよぉ?」

「そーそー。何だったら、サラダにかけちゃえば良いじゃないか」

 

 なんで米に固執しているのか理解(わか)らない、そんな様子の人形姉妹は、呑気な声を上げる。

 

「否だ! カレーは(ライス)でこそだろう! 確かにパンでも、何ならパスタでもイケるだろうが……やはり(ライス)なのだ!」

 

 しかし、カーラはそれを否定する。

 ……本来は私が居るべき位置にカーラが収まって居るが、なんだろう、これは。

 

 傍から見たら、こんなにも暑苦しくて鬱陶しいのか。

 

理解(わか)ってるね、カーラ。エマちゃん、悪いけどこればっかりは譲れないんだよ。カレーには、お米なのさ」

 

 すっと右手を伸ばし、その意図に気付いたカーラと固く握手を交わしながら、アリスがなにか言っている。

 なんだかもう、米が無くても良いんじゃないか、そんな気さえしてしまう。

「え、ええと、そんな訳で、マリアさんにここから近い交易都市を聞かれたんですが、そもそも私は何処に居るかもよく判りませんし……それで、地図を見に来たんです」

 笑顔を無理に取り繕おうとして引きつらせてしまったニナが、横道にそれて迷子になってしまった話題を本道に引き戻した。

 アリスとカーラの目が急に向けられ、ニナはびくんと身を竦ませる。

 

 普通の人間を脅すんじゃない、この馬鹿ども。

 

「なるほど、そりゃ一大事だな! マリア、地図借りるよッ!」

 

 一目散に書架へと駆け寄るアリス。

 そんなに広い部屋でも無いのだから、バタバタしないで欲しい。

「現在位置なら、地図と照らせば直ぐに判るな。……ところで、これは何なのだ? (ライス)に合う、と言っていたが」

 カーラはアリスの背を目で追いながら、何故か胸を逸らすような立ち姿で、その顔には笑みが浮かんでいる。

 何故か無性に腹が立つが、そんなカーラはふと、手元に視線を落として訝しげにソレを持ち上げる。

 

 仲間2体の米愛にすっかり引いてしまった私は、ようやくソレのことを思い出した。

 ……アリスでは無いが、初めてソレに触れたら、カーラはどんな反応を見せるのだろうか?

 

「……開けてみて下さい。ほら、上側が薄い蓋になっているのが判ると思いますよ?」

 

 私の言葉に、しげしげとそれを眺めていたカーラは、不用意にそれを開封した。

 矯めつ眇めつそれを観察していたカーラは、小袋を取り出し……薄いフィルムに指を掛ける。

 

「……‼️? おいマリア! 何だこれは、糸を引いて……臭いッ!」

 

 地図を手にしたアリスが振り返って事態を悟り、生温い笑顔でカーラを見る。

 エマとサラは、糸を引く謎の物体にドン引きの様子である。

 ニナも、その2体とあまり変わった様子はない。

 私が助け舟を出す筈もない。

 

「何だこれは! 腐っているぞ!」

「違います。それは発酵しているのです」

「何が違うんだ!? 本当に食べ物なのか、この匂いで!?」

「失礼な昆虫ですね。まあ確かに、ヒトによっては『足の匂いに似ている』と言う者も居りますが」

「それはやはり食べ物では無いだろう!? 貴様、私を謀ったな!?」

「失礼な上に、ヒトを信じられないとは悲しい人形ですね」

 

 パニックに陥ったカーラは、暫しソレ……納豆と格闘していたが、思い出したように談話室の片隅にある廃棄ボックスにそれを叩きつけるように投げ込み、自身に念入りに洗浄の魔法を重ねている。

 食べ物を粗末にするとは何事か。

 

 憤りは有りつつも、半泣きのカーラを見て溜飲を下げた私は、そもそもの目的をすっかり忘れ去っていた。

 

 今日もまた、どうでも良い日常はゆるい喧騒と共に流れていくのだった。




……異世界人は、奇妙なものを食すのですね?
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