日本の夏は暑い。
異世界だろうが暑いものは暑いし、地球上でだって、日本の暑さなど相手にもならない地域は有るかもしれない。
だがそれを踏まえても尚、東京のそれの渦中にあっては、それらの文言は大した慰めにもならない。
まとわりつく湿気、アスファルトの照り返し、耳に刺さる蝉の声。
汗をかかない
「あはははは、楽しいねぇ! 人間がいっぱいだねぇ! よりどりみどりだねぇ!」
くるくると回るエマの短いスカートが翻り、実に危なっかしい。
ただでさえ無駄にスリットなど入れて目立つ格好なのだから、周囲の耳目を集めるような真似は謹んで欲しいのだが、困った事に言っても聞き入れて貰えない。
そんな事よりも物凄く物騒極まる事を言っている気がするが、果たして気の所為で済ませて良いものだろうか。
「あー、頼むから刃物出したり、暴れたりしないでよ?」
アリスが私と同じ様にハンカチを手に、気怠げな調子でエマに釘を向けるが、あの調子ではとても刺さりはしないだろう。
私としてもアリスに共感する物は有るが、言葉で止めきれるかは怪しいと思っている。
本当ならエマとカーラは向こうに置いて来たいのだが、どう言う訳か異世界拉致は常に唐突で、かつ問答無用で全員移動だ。
移動先が私かアリスの知っている所ばかりなので、どちらかがトリガーになっていると思われるが、そんな私達ですら同行者の選択権は無い。
この無意味で唐突な拉致と開放は、私達が勝手に食べ歩きに利用しているだけで、実は何者かの意志がこの地球に混乱を齎そうとでもしているのだろうか。
そうだとしたらそんなモノに選ばれた事は非常に迷惑であるし、そうでないなら全くの意味不明と言う事になる。
「マリア! 暑いぞ! 私の人工筋肉が干からびてしまう! なんとかしろ!」
私の後ろで、危険な存在の一角、カーラが吠えている。
私が仲間だと思われても迷惑なので、あまり話し掛けて欲しくないのだが。
「この国の暑さはこんなものですよ。先日来た時も暑かったでしょうに。あと、人工筋繊維はこの程度で干からびません。それに、天候や気温をどうこう出来る程、私は神々しくも禍々しくも有りません」
周囲に配慮してボソリと小声で、そこそこの長文をなるべく早口で叩きつける。
そもそも、その黒いゴシックな喪服ドレスを
カーラは人形としての構造が私達とは違って首から下は外骨格式なので、露出を増やせば各関節の人形感が白日の下に晒されてしまうという事情が有るのは
「人形が、温度変化に対応出来ない作りをしている訳がないでしょう。昆虫は暖かくなると活発になるものです、見習ったら如何ですか」
服装に思い入れの有るらしいカーラに服を変えろと言っても聞きはしないだろう。
私は嘆息し、いつもの様に、外骨格に覆われて内部の人工筋繊維で活動しているという点を
「誰が昆虫だ! 私は偉大なるドクター・――」
「うるさいです。とは言え、こうも暑いと気が滅入りますね。適当なお店にでも入って、涼みますか」
「お前も暑いんじゃないか!」
騒ぎ始めた虫にピシャリと言葉を叩きつけるが、それでも尚しつこく噛みついてくる。
ドラッグストアで、殺虫剤でも買うべきだろうか。
「あー、良いね賛成。私もこう、今日は懐かしいとか喜ぶよりも、どっかで冷たいモンでも飲んでたい気分だよ」
私達のじゃれ合いに混ざって来ないと不思議に思っていたアリスが、げんなりとした顔を向けてくる。
……うん、
日本が恋しいとか、帰りたいとか、常々思っていたとしても。
自律人形は温度変化に影響されないとか強がって見せても。
暑いものは暑いのだ。
きっと真夏日を更新しているのだろうな、そう思いながら、晴れ渡りすぎて腹が立つ空を見上げた。
冷房と言う物は良い。
冷たいお絞りを顔に載せてソファーに沈むカーラを無視し、私は取り敢えず全員分の飲み物を、勝手な主観で注文する。
「……なあ、なんでクリームソーダなんだ? 私はアイスティーが良かったんだけど?」
すぐに運ばれてきた緑色が鮮やかな、上にアイスが浮かぶ飲料を前に、アリスが不思議そうに尋いてくる。
「私の趣味です。私より先に注文しなかった
私は律儀かつ丁寧に、アリスの発した質問に明快に答える。
出来た人形というのは、こうであるべきだ。
「……アンタが甘いモン好きってのは判ったよ。次からは私が率先して注文するわ」
アリスはジト目で私に応じつつ、ストローをグラスに挿し、スプーンで浮いているアイスを
「アリスちゃん、これ、食べれるのぉ? って言うかぁ、これ何のポーション?」
そんな私とアリスの遣り取りを眺めていたエマが、珍しい表情でアリスに声を掛けた。
カレーの時よりも、なにか恐れを抱いている様子だ。
「え? ああ、これはクリームソーダとか、メロンフロートって呼ばれてる飲み物だよ。上に乗ってるのはアイスクリームね。食べてみて? 美味しいと思うよ?」
アリスは私に対していた時とは違う、優しい顔つきでエマに対応する。
存在の危険度では確実に私よりもエマの方が上だし、それはアリスも認識している筈なのだが、どういう訳なのか。
そんな不条理に眉根を寄せる私を完全無視し、エマはアリスに勧められるまま、おっかなびっくりでアイスクリームをスプーンで掬い、おずおずと口に運ぶ。
「……ッ! 甘い! 美味しいねコレ!」
ひとくちで陥落した。
エマは案外、攻略は簡単なのかも知れない。
そんな事を思っている間に、ストローを使ってメロンソーダを口に含み、そして目を白黒させる。
碧眼だけど。
「なぁにコレ! 甘いけど、なんか口の中を攻撃されてる! なぁにコレ!」
異世界人……いや、人間じゃなくて人形だった、初めての炭酸飲料イベントは私も目の当たりにするのは初めてだが、私が思っていたのとはなんだか違っていた。
攻撃されているって……。
そんな危険極まる飲食物、誰が勧めるか。
「あっはっはっ、それは攻撃じゃないよ。ほら、コレは炭酸って言って、ちっさい気泡が湧いてるだろう? それが攻撃……シュワシュワするものの正体さ」
呆れる私を他所に、アリスは笑ってエマに答える。
傍目には金髪碧眼の美人姉妹に見えるのだろうなあ、そう思う私の目には、アリスの着ているTシャツの胸に踊る「断固No STRESS」のデザイン化された文字が映っていた。
誰が何を考えてデザインしたんだろう?
そして、アリスは何を考えてこれを買ったんだろう?
カーラが活動を再開して炭酸飲料にテンションを上げるのは、そんな喧騒のもう少し後の事だった。
カーラはアリスに勧められて素直にカルボナーラを、エマは私とお揃いでナポリタンを。
アリスはアラビアータを注文し、それぞれに堪能した。
やはりカーラとエマが騒がしかったが、実はパスタは向こうでも普及しているので、喧しかったのはその味に関してだった。
特に、向こうではナポリタンなんて無かったし、
この調子では、向こうに戻ったら私が作らされることになるのだろう。
私も食べたいし別に構わないのだが。
その後、アリスの食べているアラビアータに興味を惹かれた2体がそれぞれひとくちづつで悶絶していたり、食事後にエマが追いクリームソーダを所望したり、便乗したカーラがコーラフロートに挑戦して見事に心酔したりと、何処に行っても喧しい連中に、私は苦笑いを浮かべるのみだった。
勿論、会計時に私とアリスが騒がせたことをお店の人に謝罪した事は、
唐突に猛暑の中に放り出されても、何を食べたいとかを咄嗟に考えるのは難しい。
そんなときに駆け込める喫茶店は、意外と食事も充実していたりするし、とても良いものだ。
帰るまでの空きが出来た私達がアリスの買い物に付き合っている間、そんな事を考えた。
アリスは妙なデザインのTシャツの選定に余念がない様子で、カーラは
仲間の服飾センスに疑問が有るなら、話し合うべきかも知れません。