季節は冬。もうすぐ春になろうかというところで、肌に当たるひんやりとした風には時折春の訪れを感じさせる暖かい風が幾分か混ざってきた頃。
鏡の前では一人の少年が寝ぼけ眼を擦りながら顔を洗う。顔を上げた少年の目の前には、女性に負けてないほどの艶を持った絹のような黒髪にやや目じりがつり上がった黒い明眸、左目の下にある泣き黒子。まだ中学生であるからかどこか中性的な顔。そして細身だが不健康な印象を与えないしっかりとした体つき――鏡越しの彼自身の姿があった。
「行ってくるよ」
誰もいない家の中に向かって呟く彼は、来年には高校生になる予定の中学三年生の受験生――
受験生、冬と聞けば連想される通り、彼も例に漏れず高校受験を受けにいくところであった。ただ、世界の総人口の約8割が超常能力"個性"を持っているこの個性社会において、彼は普通ではなかった。人並外れた記憶力や頭脳。そして、個性の中でも特出している、所謂"強個性"と呼ばれる個性の中でも、一際強力といえる個性を持っているのだ。
そんな彼は当然のようにヒーローに憧れ、偉大なヒーローを多く輩出してきた偏差値79の難関国立高校"雄英高校"のヒーロー科への進学を目指すことにしたのだ。
今日はその雄英高校ヒーロー科の入試日であるのだが、彼は今日まで大した受験勉強や個性の把握・制御の練習をしてこなかった......いや、正しくは
「ここか」
これから海凪と同じく雄英高校のヒーロー科に受験するであろう様々な中学生たちが吸い込まれていく雄英高校の校門を見てそう呟くと、彼も同じように校門を通り試験会場に向かう。特に興味を惹かれることもないまま試験会場に入ろうとしたとき、彼の視界の端で、緑色の縮毛の少年が映った。
「......」
海凪は何故かその少年のことが気になった。辺りを見渡せば、もっと目立つ異形型の個性持ちがいたが、それを差し置いて、縮毛とそばかす以外に特徴がないただの少年が自分の目標の人と重なった気がした。
緊張しているのか転びそうになり、女生徒に助けてもらっている光景が海凪の目に映し出されたところで、彼は我に返って再び試験会場に向け、足を進めた。