蒼き鋼のアルペジオ Seeker's route 作:シオヒガリ
私は過去の私を客観的にしか見ることが出来ない。まだ人であった頃の私━━━━この世界とはまた違う異世界から来たかつての私を。
過去の記憶というよりは、
その情報を初めて見た時こそ混乱したが、今はそんなことではバグを吐き出すことも無ければエラーを起こすこともない。既にそういうものだと割り切ることが出来た。
落ち着いたが故に私にはその上で気になることが生まれ、その答えを知りたいと願った。かつての私と同じ人類━━━人についての疑問を解き明かしたい。
だが今の私の立場では不可能だろう。ならばどうするのか?……簡単な話、霧の艦隊を抜ければいい。ただそれだけだ。
結論を導き出した私は総旗艦であるヤマトへと通信を試みることにした。なぜヤマトなのか、それは彼女が人との触れ合いや関わりを重視していると記憶の中にあったから。だからきっと彼女は私の話を聞いてくれる筈。
などとコア内で軽い処理を済ませていると、受理され逆に概念伝達を繋げられたのを感じた為、それに応じた。
そして広がる青い世界。通常のメンタルモデル達が構成する庭園や生徒会室といった空間とは比べ物にならない程広いその世界の中心にて、総旗艦たる彼女が椅子に座っている。
「それで、突然どうしたの?ヤハギ」
開口と同時にそんな疑問を投げかけてくる総旗艦ヤマトのメンタルモデルに対し、メンタルモデルを構成するには不足している演算能力の影響によって艦体とユニオンコア以外の体を持たない私は存在しない口を開き言葉を紡ぐ。
『私だけでは理解出来ないことがあるのです』
「理解出来ないこと?」
少し困惑したような表情をする彼女を見ていると、どこか懐かしいという感情が込み上げてくる。まぁ本質的に考えるならこれは感情そのものではなく、保存されていたデータを基に再現した感情モドキなのだが。
『人間についてです』
「っ!……人間がどうしたの?」
『我々は人類の兵器では遠く及ばない程の戦闘力を有しており力の差は歴然です。しかしながら人類、人間達が我ら霧の艦隊への抵抗をやめないのは何故なのでしょう?』
総旗艦はかなり悩ましい表情を浮かべているが、あくまでそれっぽく言っただけであり、結局のところはただ霧を抜けたいだけだし深く受け止めてもらわなくても別にいいのだ。
「………ごめんなさい、その質問に対する答えを私は持っていないわ」
『そうですか……ならば総旗艦ヤマト、私軽巡洋艦ヤハギは霧の艦隊からの離脱を望みます』
「り、離脱!?どうしてそんな……」
やはり離脱と聞けば流石の総旗艦も動揺するか、なんだかんだで彼女の相談に乗ったりしていたからだろうけども。
『私は、人類の言う好奇心を抑えることが出来なくなりました。故に霧の艦隊を離れ人と関わり、疑問を解消したいのです』
「………人にいいように利用されたとしても?」
『それでも構いません。その時はその時。最悪の場合、貴女方に迷惑をかけないようにしますので』
「………」
私がそう言いきると、総旗艦は再び黙り込み下を向いてしまった。これでは彼女の顔を見ることが出来ないが、私は彼女がこの願いを受理してくれるだろうと確信している。
何故なら、彼女はあの
「……わかった。許可するわ」
『っ!、ありがとうございます』
暫く待っていると、不意にヤマトがそう口にした。
それを聞いた私はすぐにでも動こうとしたが、そこにヤマトからの待ったがかかる。
「あぁ、ちょっと待って頂戴」
『?、どうしましたか?』
思わずヤマトに問い返すと、ヤマトは胸元から光の結晶らしき何かを取り出し、こちらに送り出して来た。
「
最初こそヤマトが私に何を送ってきたのかわからなかったが、先程の結晶が私のユニオンコアと融合をはじめたことでそれが何なのかを知った。
『こ、これは!?……ですが、本当によろしいのでしょうか?」
私は演算能力の不足により構成出来なかったメンタルモデルを、ヤマトから借り受けた演算能力━━━━というよりはヤマト本体から分離した、もう一つのユニオンコアとでも言うべきそれを取り込み確保した演算能力によって構成した。
このようなぶっ飛んだ真似が出来るのもやはり彼女が霧の艦隊の総旗艦だからなのだろうか……
「ふふふ、良いのよ。それに、メンタルモデルを持たずしてそのような考えに至った貴女なら………いえ、なんでもないわ」
「?……何はともあれ、感謝します」
「せっかくなんだし、敬語なんて使わなくていいわ。昔はお互いそうだったでしょ?」
「いやそれは……そうね」
もう昔とは違うのだし、流石に総旗艦相手にタメ口はどうかと思ったが、敬語口調を継続しようとしたらヤマトの頬が膨れたのを見てやめた。
こういったところで余計に張り合ったりすると総旗艦殿は面倒だからだ。
「それじゃ、私はそろそろ行くわ。さよならヤマト」
「そうね。さようなら、ヤハギ」
こうして私は旧友と互いに手を振り合いながらそれぞれ別れを告げ、概念伝達空間から去った。
そして、意識が現実世界に帰還すると同時に、あの空間にてヤマトに与えられるまで無かった新たな体の感覚を確かめ、ヒトの体に懐かしみを感じた。
それに、心無しか艦体の制御も少し楽に思ったが気の所為ではないのだろう。
「それじゃ、抜錨前にコアの状態だけ確認しておきましょうか」
そうわざと口にし、私はユニオンコアのチェック作業を開始した。
ヤマトからの最後のプレゼントによって今の私という存在がどこまでかつての形に近づいたのか、それも気になるしね。
そして、数分かけて全てのチェックを終えた私は改めて意識を艦体に向け
「……悪くないわね」
強化されたコアと、獲得したメンタルモデルによって感じる重力子エンジンの唸り声と振動は、今の私にはとても心地よく感じた。
「さて、と。そろそろ行きましょうか。軽巡洋艦ヤハギ、抜錨よ!」
目指すは日本。いざ、かつての私の故郷へ!