そんな三人の視線を受けても動じることなく、男性客は落ち着いた口調を崩さずに、どうしてこの喫茶店へと入ってきたのかを説明し始めた。
「つまり、異世界である故郷が魔物に襲われた時、扉が開いてこちらの世界へやって来た、と?」
「そうだ」
善の状況確認に男は小さく頷いた。
「それで、店長を世話したじぃさんからここを紹介されたってこと?」
照ゐの問いかけにも男性客は無言で頷き、肯定の意を表した。
男性の話はこうだった。
男性は貧しい村で農家として働いていた。その日もいつものように畑へと出かけようとしていた。その時、何の前触れもなく魔物が集団で村を襲ってきたと言う。男性が命からがら村の外れに逃れたとき、目の前に扉があわられそうだ。
男性は祈る気持ちでその扉を開けた。
扉をくぐった先にあったのがこの『限りなく透明な喫茶店』だった、と言うことだ。
男性が自身に何が起きたのか分からずにいると、目の前に一人の老人が現れた。その老人が言うのだ。男性は異世界転移者である、と。そして同じ境遇の人間が三人、この店の中にいる、と。
にわかには信じられない言葉だったが、今まで見たことのない世界にいる現実に、男性はもしかして、と半信半疑でこの喫茶店の扉を開けたのだという。
「まぁたじぃさんが厄介事を持ってきたぁ!」
照ゐは全ての話を聞き終えて、大声でそう叫んだ。その言葉に善が苦笑する。
「とりあえず、原因はこの人の身体から出てる魔力だと思うんだよね」
黙って話を聞いていた燎がそう言いながら奥から魔道具を持ってくる。
「で、俺なら、その魔力を封印できるって訳」
燎はそう言うと、持ってきた杖のような魔導師で男性の身体を撫でる。突然の出来事に男性客が目を丸くするが、燎はお構いなしだ。
「はい、封印完了」
ものの数秒で燎は男性から溢れていると言う魔力を封じてしまった。
「さっすが、燎くん! 仕事が早いっ!」
照ゐが歓喜の声を上げたその時だった。
ズシーン、ズシーン……
巨大な何かの足音が喫茶店内に響いた。それと同時に、地震のような揺れが三人と男性客を襲う。
「この揺れ……、魔物?」
照ゐの言葉に、一気に喫茶店内を緊張が走った。
どうやら男性客の漏れ出していた魔力を目当てに、この世界の魔物がやって来たようだ。しかも、ヌシ、と呼ばれる大物だ。
「これはとんでもない土産だ」
そう言う善の口元は、笑っていた。どこか楽しそうに歪めたその表情を見た男性客は恐怖する。
そんな男性客の気持ちなど知るよしもない善は、口元を歪めたまま燎と照ゐに指示を出す。
「しょうくん! いつもの頼んだ!」
「あいよ~!」
「燎くんは俺と一緒に外!」
「はいさ~」
男性客はこの危機的状況下を楽しんでいるように見える三人に呆然とする。
三人がそれぞれの持ち場についている間にも、ヌシの足音と地響きが喫茶店に近付いているのが分かる。
そうした状況の中だった。
照ゐがボックス席の中で眠りだした。男性客がこの状況で眠る照ゐに目を丸くする。
しかし善と燎が眠ってしまった照ゐを起こす様子は全く見られなかった。それどころか二人は着実に戦闘態勢を整えていく。
しばらくしたときだった。
ヌシの足音が遠ざかっていくのが分かった。
「一体、何が起きてるんだ……?」
思わず漏れた男性客の言葉に、外に出ようとしていた副店長である燎が説明をした。
「しょうくんが、あなたの幻覚をヌシに見せたんですよ。今、ヌシはあなたの幻覚を追っているところです」
「幻覚……」
「燎くん! 行こう!」
いまいち理解出来ていない様子の男性客だったが、善からの言葉に燎はその場を離れる。
外に出た善はなぎ倒された木々を見つけた。それはヌシがすぐ傍までやってきた証拠だった。そんな状況を見ても、
「あーあ、こんなにも見晴らしよくなっちゃって……」
善にはそんな軽口を叩く余裕があった。それは絶対的な信頼から来る軽口だった。
善がこの危機的状況を楽しめるのは何も彼が戦闘狂だからという理由ではない。
どんなに困難な状況でも、燎と照ゐと一緒に解決出来ない問題はないと、そう彼らを信用しているからだった。
そしてその信頼を受けた燎と照ゐも、店長である善を信頼している。善が店長だからこの喫茶店の従業員をしていると言っても過言ではないだろう。