そんな関係だからこそ、ヌシの襲来をも楽しむ余裕が生まれるのだった。
「燎くん、魔方陣まで誘導できる?」
「ちょーっと、この距離は厳しいかも」
「了解」
ヌシが照ゐの作ったダミーを追いかけているのは、善の言う『魔方陣』とは正反対の方向だった。
「どーしよっかなぁ?」
善が思案する。
今までくぐり抜けた戦火を思い出す。こんな時、今までの自分なら単独で突っ込んでいたに違いない。しかし今は、燎と照ゐがいる。
「店長、店長!」
外で思案していた善に、眠っていたはずの照ゐが駆け寄ってきた。
「しょうくん」
「俺、行きたい!」
「えぇ~?」
照ゐの申し出に善が困惑する。その提案を聞いていた燎は、
「いいんじゃない? ここはしょうくんがかき乱して、店長がトドメを刺すってプランで」
「燎くんは?」
「俺は残って、客と店を守る」
確固たる意思を感じる燎の言葉に善は長嘆息する。目を輝かし、戦場へ行くのを楽しみにしている照ゐとそれに同意している燎。
自分が反対しても勝てそうにない。
「それで、いきますか……」
「やったぁー! プランB、行くぜっ!」
「プランA、ないケドね?」
作戦も決まったところで、三人はそれぞれがそれぞれの持ち場に改めてつく。ヌシの足音は止まっていたが、再びこちらへ戻ってくる気配がする。
照ゐはそんな足音のする方へと駆け出す。善は肩に担いだスナイパーライフルを握ると、そんな照ゐの後を追った。
燎はそんな二人の背中を見送ると店の中へと入っていくのだった。
風を操る照ゐの進むスピードは文字通り、風のように速い。そんな照ゐの背中を追いながら善は、
「しょうくん! あまり突っ込まないように!」
そう声をかけるものの、照ゐには届いていないようだった。
照ゐは風に乗りながら、ぴょんぴょんと木々の間を縫って前へ前へと進んでいく。
そして少し開けた場所に出る。そこはヌシが喫茶店を探して進んだ道だった。
「店長っ! 居たっ! あそこっ!」
照ゐが言う方向には確かにヌシの背中が見えた。獲物の背後を取った照ゐは、
「行ってくる!」
そう言って善を置き、風を
「やーい! ウスノロ~!」
照ゐの声に前に進もうとしていたヌシの足が止まった。それからゆっくりと照ゐの方を振り向こうとしたときだった。
ヌシの右腕に容赦のない風の刃が襲った。血しぶきが舞うが、
「げっ、硬い!」
腕を切り落とすまでには至らなかった。
照ゐは腕を切り落とすつもりで放ったのだが、その風の刃はヌシの肌を切り刻むにとどまった。
「このっ! このっ!」
照ゐは思っていたのと違う展開にむやみに風の刃を放つ。しかしそのどれもが巨大なヌシの身体を切り刻むだけだった。
「もぉ~! どんだけ硬いんだよぉ~!」
照ゐが文句を言っている時だった。傷ついたヌシの腕が振り上げられ、もの凄い速さで照ゐに向かってくる。
「やっば!」
それに気付いた照ゐだったが、時既に遅く、回避する態勢に入れない。照ゐが痛みを覚悟したときだった。
パァンッ!
一発の銃声が響いた。と、同時に来るはずだった照ゐの身体の痛みはいくら待ってもやってこない。
照ゐが恐る恐る目を開けると、木々の間からスコープを覗いている善の姿が目に入った。
「店長!」
「だから一人で突っ込むなって言ったでしょ? しょうくん!」
善は怒っているようだ。そんな善の言葉に照ゐは軽く肩をすくめる。
それから自分をたたき落とそうとしていたヌシを振り仰いだ。
ヌシの額には小さな銃創が見て取れた。しかしそれでも致命傷には至っていなかったようで、
「うわっ! コイツまだ動くっ!」
流石の照ゐも思わず後ろに下がる。その隙にも、二発目、三発目と善のライフルが火を噴くが、なかなかその巨体が倒れる様子はなかった。
「硬すぎんっ?」
流石の善もそのヌシの硬さに焦りを覚える。今度はヌシがゆっくりと照ゐと善の方へと歩き出してきた。
額から脳漿をあふれ出させながら歩いてくるその姿はまさにホラーである。善がゾクッと背筋を凍らせたときだった。
突然、ヌシの動きがピタリと止まった。不自然に固まったその身体は、まるで動きを封じられているかのようである。
「店長! しょうくん!」
そこへ駆けつけたのは副店長である燎だった。
「燎くんっ? なんでここにっ?」
照ゐが燎に駆け寄る。続いて善も燎の元へと駆けつけた。
「客は?」
「帰した」
善の問いかけに簡潔に答えた燎だったが、その言葉の中に燎が『限りなく透明な喫茶店』の記憶を客から封じたことが伝わる。
「で、戦況は?」
「アイツ、硬すぎ!」
燎の言葉に照ゐが文句のように説明する。その言葉で全てを理解した燎は、
「柔らかくさせればいい訳ね」
そう言うと自ら動きを封じたヌシの前へと歩み出る。それから持ってきていた魔道具を使い、何事かをぶつぶつと唱えだした。燎の詠唱が進むにつれて、強固なヌシの肌がポロポロと剥がれ落ちていく。
「相変わらず燎くんの魔法、スゲェ……」
呆然と声を漏らす照ゐだったが、詠唱を終えた燎がそんな照ゐを振り返る。
「しょうくん、やってみて!」
「りょーかいっ!」
燎の言葉を受けて照ゐは何度目かになる風の刃をヌシへと放った。今度は表面だけではなくその肉を切り裂き、中の骨をも砕いたようだ。
ヌシの片腕が砂埃を上げながら下に落ちていく。
「よっしゃ! 店長! トドメは任せた!」
ヌシの肉質が柔らかくなったことを確認した照ゐは後ろを振り返り、スコープを覗いている善へと声をかける。
善は照ゐの言葉を受けてニヤリ、と笑うと無情にもそのトリガーを引いた。
パァンッ!
森の中に銃声が響き、遅れてヌシの巨体が後ろへと倒れる音と砂埃が舞う。
ついにヌシと呼ばれる魔物を三人は倒したのだ。
「やったぁー!」
無邪気に喜ぶ照ゐの傍に、善と燎が集まる。
「お疲れ、燎くん。いつの間に魔方陣、敷いてたの?」
善の疑問の声に燎は何でもないことのように説明した。
「店長としょうくんがドンパチしてる間」
燎の魔法が行使されるには少し手間がかかる。それは魔道具を用意したり、魔方陣を敷いたり、と言うことだ。
そんな手間を、燎は善と照ゐが苦戦している間に難なくこなし、二人が危ういところに登場した、と言う形だ。
「燎くん、美味しいところ持って行きすぎじゃない?」
ニヤニヤ笑いながら言う照ゐに燎は、
「ヤーメーローよー。褒めても何も出ないぞ」
そんな軽口を返す。
「じゃあ、帰るかぁ!」
善はチラリとヌシの亡骸に目をやった後に二人を促す。
三人はじゃれ合いながら自分たちの店である『限りなく透明な喫茶店』へと戻っていくのだった。