コティノスの魔女   作:淀江ユキ

2 / 5
パソコンで読むことを前提にしてるので、スマホの方は読みづらいかもしれません。ご容赦ください。


第一話

 2013年 10月3日 AM 01:45 カールスラント連邦 デュースブルク 屋内訓練場(キリングハウス)

 

 薄暗い部屋の中に三発の銃声が響く。硝煙とともに放たれた9mmのパラベラム弾は、目出し帽をかぶった男がプリントされた張りぼてへと吸い込まれていった。

 これで七発目。

 後ろの仲間にカバーを求めるハンドサインを送り、MP5のマガジンを入れ替える。装填中は即座に銃を構えることが難しくなる。当たり前だが、発砲音に気付いた敵がいつ飛び込んでくるかもわからない状態で、そんな無防備な姿を晒すのは自殺行為に近い。だから、次の部屋へと続くドアの監視を仲間に託す。

 

 それにしても、訓練はこれまでに幾度となくこなしてきたが、このいつ死ぬかわからない不安からくる緊張感には、いつまでたっても慣れない。過去に実戦にも参加したが、しょっぱなから腕に被弾してしまい、少しパニックを起こしたことがあった。

 鈍い痛みとともに、自分の意志に反して流れ出る血。生暖かい湿った何かが、徐々に右腕から肩までに広がっていく感覚。

 今まで感じたこともなかった”それ”に、私の精神は耐えきれなかった。

 だが、もう二度とそんな失態は犯さない。犯さないと、誓ったんだ。

 心拍数を下げるため、リロードをしつつ、深呼吸をする。四秒を息を吸って、四秒息を止める。そして、四秒息を吐いてまた止める。

 極限状態で自分を落ち着かせるルーティン──と言っても、教練で教わったボックス呼吸法なるものなのだが、その効果は確かなものだ。こうして、乱れていた呼吸を整えられたのだから。

 

 装填が終わると、私の前にいる隊員の肩をたたき、合図を送る。合図を受けた彼女は中指と人差し指をぴんと張らせた左手をこめかみのあたりで二回振る。「前進」を示すハンドサインだ。

 そのサインで、ブリ―チャーが施錠されたドアノブをショットガンで破壊し、間髪入れずに突入する。五人編成スタック(縦列)の先駆けを務める、バリスティックシールドを持った隊員が最初に入り、次にMP5サブマシンガンを装備した私が、その後に後続が続く。

 蹴り飛ばしたドアの先には一般的な住居の屋内を模した空間が広がっていて、例によって張りぼての、こちらに銃口を向けた二人のテロリストらしき人物がいた。彼らはテーブルや本棚を倒して作った即席バリケードから、こちらを狙っていた。

 突入して数秒立たずに、私は右手側のテロリストに向かって引き金を引いた。四発ほどの、フルオートでの発砲。そして、血の代わりに木屑が散り、テロリストの胴体周辺に発砲数と同じ四個の穴が開いた。

 私が発砲したのと同時に、後ろの隊員も同じくMP5を発砲し、左手側のテロリストを無力化した。

 

『クリア』

 

 事前情報によれば、この住居に潜伏するテロリストは十人。ここに来るまでに八人を無力化しているので、残りはさっきの二人だけ。つまり、報告された敵を全て無力化できたわけだ。だが、訓練はこれで終わりではない。

 今回の事前情報はマークスマン(スナイパー)による偵察という想定──目視で確認できる範囲での索敵結果だ。となれば、窓がない部屋にいる場合や、目視で視認できない標的は当然この中に含まれない。

 まだ潜在的脅威が残っているかもしれない中で、警戒を解除するなどもってのほかだ。

 スタックを崩し、それぞれ残敵捜索にあたる。私と最前列の隊員がクローゼットなど、敵が潜伏していそうな箇所を確認している間に、他の隊員が別の部屋を捜索する。

 

『バスルーム、クリア』

『キッチン、クリア』

『ベッドルーム、クリア』

「リビング、クリア」

『オールクリア。任務完了』

 

 どうやら残敵はいなかったようだ。建物内の安全が確保され、訓練は終了した。

 取り逃した敵は無し。タイムもまずまずといった結果に終わった。

 

 

 ▽

 

 

「ご苦労だった、フィッツェンハーゲン。道中の判断に迷いがあったようだが、今後はより迅速な判断を下せるようにしろ。一分一秒とて、人質の生死を左右する」

「ありがとうございます」

 

 私たちのSET(特殊作戦部隊)*1を担当してくれている教官は抑揚のない声で淡々と、相変わらず辛口な評価を告げた。

 これまで数えきれないほどの訓練を受けてきたが、彼女の口から高評を受けたことは、今までで一度も無い。もちろんそれは修正点が多いからそうなるのであって、恣意的に低く見積もられているなどとは思ったこともないし、むしろこちらとしてはありがたい限りだった。

 ただ訓練をするだけなら、素人にだってできる。

 そこから改善点を見出し、次に生かすのがプロだ。そのためにも、経験や技術に勝る教官からのフィードバックは欠かせない。

 その後、引き続き精進しろとだけ言い残し、彼女は教練室を後にした。

 

「お疲れ様、フリーデ」

 

 後ろから呼びかけられ振り返ると、そこには私のものと同じボディアーマーを身につけて、傷一つないバリスティックシールドを左手に携えた少女が立っていた。

 スタックの先駆けを務めていた、同じSETのファニエだった。

 

「ありがと、ファニエ。そっちこそ」

「クリアリングはバッチリだったわね。教官殿からは、手厳しい意見をもらっていたみたいだけど」

「まぁね。ちょっと厳しいけど、自分のダメなところがわかるから重宝してるよ」

「相変わらず真面目ね。もっと、肩の力抜いたらどう? また肩凝っちゃうわよ?」

 

 そういって、ファニエは肩をすくませて、おどけるようにやれやれと首を振った。

 彼女の態度は少々ラフすぎるような気もするのだが、ファニエは隊全体の緊張をほぐす貴重なムードメーカーだ。それに、一度現場に赴けば、凄まじい集中力とともに的確な判断を下す優秀な隊員へと早変わりする。

 羨ましいことだが、彼女はスイッチの切り替えが上手い。

 言わずもがな、彼女もまた、私と同じGSG-9第四中隊のメンバーの一人だ。

 

 GSG-9。

 正式名称はカールスラント(Karlsland)連邦警察(Bundespolizei )第9国境警備群(Grenzschutzgruppe9)

 あまりに長いので、この呼び方をされることはまずなく、普通はGSG-9と呼ばれる。

 その中の第四小隊、ウィッチのみで構成される対NE兵器(ネウロイ)テロ部隊に私とファニエは所属している。

 

 結成当初のGSG-9には三つの中隊しか存在しなかった。人質救出を主任務とする第一中隊、海上テロの対応に長けた第二中隊、HAHO(高高度降下高高度開傘)HALO(高高度降下低高度開傘)降下による空中機動・挺進行動が可能な第三中隊の三つだ。

 そこに、2001年9月11日に発生した「リベリオン同時多発テロ」以降、頻発するようになったNE兵器(ネウロイ)テロに対応するべく設けられたのが、この第四中隊である。

 第四中隊が編成される前は各中隊にウィッチが点在しており、有事の際には各中隊からの引き抜きを行ってウィッチ隊を再編していた。GSG-9結成当時はそれで大体のNEテロに対応できた。しかし、「リベリオン同時多発テロ」以降、()()()()ほどにNEテロの件数が増加し、このやり方では手が回らなくなったのだ。

 そして、当時の指揮官であるフリードリヒ・アインハルトによって、”ウィッチのみで構成された対NEテロ中隊”の必要性が提唱され、この第四中隊が編成されたわけだ。

 

「さ、シャワーを浴びて食堂に行きましょ。いっぱい動いて、お腹すいちゃった」

「ファニエは食べ盛りだもんね」

「太るだなんて言わないでよね? あたしの場合、全部胸に行くから問題なし」

「むぅ……」

 

 お世辞にも、私の体は豊かであるとは言えない。身長も普通の子よりちょっと高いぐらいだが、特段自慢できるほどでもないし、何とは言わないが、私のは壁なのだ。……何とは言わないが。

 まぁ、こっちの方が動きやすいので特段苦労はしていないが、事あるごとに話のタネにされると、こう、気になってしまうのが常だ。だが、私もまだ15歳。一個上であるファニエに追いつく希望は、まだある。

 

 ──ここで気づくだろうが、第四中隊の平均年齢は他の中隊に比べて低い。それも、ウィッチがウィッチとしていられるのがせいぜい二十歳前後までであること、所謂「あがり」が原因だ。

 魔導コンデンサー*2が開発されてからウィッチの継戦能力は飛躍的に延びたが、それでも30歳には満たない。一部、それ以上の年齢で戦える人もいるにはいるが、ごく稀な例であり、参考にはならない。

 とはいえ、平均年齢が低いからと言って、使い物にならないわけではない。ウィッチの能力が発現するのは遅くても12歳。ウィッチの能力に目覚めさえすれば、魔力による身体強化によって一般的な訓練にも耐えられる身体と体力が得られるのだ。近年の研究によると、この身体強化は脳にも作用し、記憶力や学習能力も向上させるというのだから、驚きだ。

 そして、以下のような理由から、第四中隊の入隊適齢は14歳からとありえない程低くなっていた。

 

 あの時の叔父の勧めがなければ、そして入隊基準がこうして低くなっていなければ──なにより、ウィッチの才能が開花していなかったら、今頃私はここにいなかっただろう。

 

「にしても、私たちは対ネウロイ部隊なのに、ここのところ対人戦闘訓練ばっかりやってるわよね」

「まぁ、平和? ではないんだろうけど、件数が減ってるってことだから、素直に喜んでもいいんじゃない?」

 

 NEテロが急増したのは「リベリオン同時多発テロ」の発生した2001年から2005年の間まで。その後、欧州やリベリオンで目立ったNEテロは起こっていない。そのため、私たちは専ら第一中隊と一緒に人質救出任務に従事していた。

 もちろん、テロに類似した事件は今も時折発生している。それでも、あの四年間と比べれば件数は確かに減った。これもネウロイ関連技術のセキュリティが強化され、EU内での「NE兵器全廃協定」の恩恵なのだろうか。

 いずれにせよ、もうあんな目に合う人がいなくなるのなら、私は本望だ。

 

 その後、シャワーを浴びて、反省会がてら食事でもしようかという話になり、私とファニエは女性専用のロッカールームに入った。

 そこで、世間話をしながら着替えているときにあの報告が入ったのだ。

 あの、悪夢の始まりが。

 

『緊急報告。第四中隊、SET1からSET3の各員に通達。コード(Schwarz )、繰り返す、コード(Schwarz )。対応装備をし、至急、第5格納庫へ集合せよ』

 

 ロッカールームに響いた言葉に、思わず耳を疑った。

 行動服を胸のあたりまで脱ぎ掛けたところで、手が止まる。ファニエはまだボディーアーマーを外している途中だった。

 

「今のって……」

「えぇ、聞き間違いじゃなければ……」

 

 考える間もなく、脱いだ装備を再び着込み、着替え終わると今度はロッカーから追加装備を引っ張り出し、これをまた装着する。

 対魔導合金製で、対魔導光学兵器コーティングを施したプレートをハーネスに取り付け、増加した重量を補うように魔力を使役し、身体強化をかける。

 

「──急ぎましょう」

 

 目指す先はストライカー格納室。

 コード(Schwarz )、それは、NE兵器(ネウロイ)によるテロの発生を意味していた。

 

*1
中隊を五人の襲撃チームにグループ分けしたもの。

*2
あらかじめ魔力を注入して使う、いわば魔力タンクのようなもの。端的に言えば充電池




この世界での大量破壊兵器は核(Nuclear)、生物(Biological )、化学(Chemical)、ネウロイ(Neuri)の四つが代表的なものとして見られています。なので、総称もNBC兵器ではなく、NBCN兵器として呼ばれます。

まぁ、NE兵器(ネウロイ兵器)については次の話で詳しくやりますが、ほぼ化学兵器や生物兵器と大差ないんですよね.....あれ?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。