それと、二人目の主人公も。
2013年10月3日 AM 02:24 北海カールスラント領海付近
ある時聞いた話だが、私は同僚たちに「
このあだ名は、かつてネウロイ大戦で活躍した、あるウィッチのあだ名から引っ張ってきたものだそうだ。たしか、仲間割れを起こして二つに分断された部隊に所属していたとか、なんとか。
この話を耳に挟んだ時、最初は鼻で笑った。また大層なあだ名をつけてくれたな、と。
私が不運?
とんでもない。
たしかに、私が率いてきた隊は他のSASの隊に比べて過酷な任務につくことが多いし、それを”不運“だと捉えることは可能だろう。だが、危険度の高い任務に当たりやすいのは、我々がそれ相応の実力を有していることが原因、つまり──こう言っては何だが──あいつらが優秀なのが悪い。それに、そもそもの話だが
以上より、私が「
と、ここまでが、今日を迎える前の私の考えだった。だったのだが。
「……
目の前で蠢く、黒い何か。
その姿は巨大なアリのようで、大きさは約4,5メートル程。昆虫で言えば胸のあたりからは、中世の城壁を思わせる六本の図太い足が生えている。
装備を身につけた私達と同じく、奴の表面は真っ黒で、ヘリのスポットライトを浴びているのに黒光りすらせず、時折、鼓動するかのようにハニカム模様が浮かぶ。
そう、ネウロイ。目の前にいるのは、あのネウロイなのだ。
有史以前から、人類との熾烈な覇権競争を繰り広げてきた、いわば人類の天敵とも言える存在。そして数時間前に告げられた任務内容には無かった例外的な存在。
奴は私が──ジェシカ・エアード・エイブリングが「
「おい、マジック! 情報と違うぞ!? 積荷は化学兵器じゃなかったのか!?」
テロ組織の製造した化学兵器を積んだ民間輸送船が、北海を航行中との情報が入ったのは数時間前のことだった。
くそったれ。
臨検用の軽装備で、本体の相手までさせられることになるとは。ドンキホーテになるつもりなら願ったり叶ったりだろうが、そんな気が微塵もない私にとっては最悪な状況だ。それも、こんな悪運を持っていて、よく今までやってこれたなと、自分を称賛したい気持ちに駆られるほどだ。
『どうやら、情報に誤りがあったようだ』
「あぁ、見りゃわかるさ。それで? やるしかないんだろう?」
『勿論だ。ROEを対
簡単に言ってくれる。
長年、SASとして数多の任務をこなしてきたが、どうも私は指揮官に恵まれていないらしい。これも、私が「不運なジェシカ」たる所以なのだろうか。
こんなもの、今すぐにでも、海の向こうにいるであろう送り主に返品したいところだが、そうもいかない。
さっきも言った通り、この輸送船は北海の南西方面に針路を取り、ガリア北部はダンケルクへと向かっている。ガリア有数の工業地帯である同地にこいつが流れ着いたとき、どれだけ悲惨な事態になるかは想像に難くない。
「オスカー1より各員、聞こえたな? 火器使用制限を解除!
『『『
ともかく、自らに課せられた責務は果たさねばなるまい。
分隊に発砲許可を出し、私も手元のL94A1チェーンガンで応戦する。
統制された陸戦ウィッチ5人による魔力弾の一斉射。その迫力だけは圧巻だ。迫力だけは、だが。
一斉射と言えども、こちらが装備しているのは機関銃1挺。一応、7.62mm弾にも魔力が込められるのでネウロイに対して有効と言えば有効なのだが、相手が陸戦ネウロイとなれば話は別だ。
『こちらオスカ―3、有効打見られず! 貫通できません!』
『Son of a……! こんなんどうしろってんだ!?』
ウィッチと同じく、空を飛ばないタイプは装甲が分厚い。なんと正面装甲はリベリオンの最新主力戦車以上の防御力を誇るらしい。
そんな装甲を──ウィッチが使用するといえども──分隊支援火器で破壊することは不可能に等しい。今もなお悪態と鉛玉をネウロイに浴びせ続けているが、その真っ黒な表皮に弾痕どころか、掠り傷一つ付けられそうにない。
どうしたものか。
奴に有効打を与えられない以上、撃破は諦めるほかないだろう。だからと言って、こいつを野放しにすることなどできるはずもない。誠に残念ながら、この21世紀にネウロイ向けの北海遊覧プランなど一切ないのだ。下船いただけないのであれば、強制退去させてもらわねばなるまい──たとえそれが洋上であったとしても、だ。
「オスカー1よりマジック。撃破は不可能と判断! 輸送船を停止させた上で沈没させる!」
『了解』
やむを得ず選んだ選択肢は「輸送船ごと海に沈める」だった。
ネウロイの内燃機関とも言えるコアは水に浸されると、即座に機関が停止し崩壊するという性質を持っている。残滓と化す点を除けば、浸水した車がエンストを起こすのと同じようなものだ。そして、コアが崩壊するというのは人間から言えば、心臓と脳が同時に停止するのと同じ──つまりは死ぬ。というわけだ。
輸送船はなるべく無傷で奪還してほしいとのことだったが、こいつを野放しにした結果失われるであろう人命と天秤にかけた時、どちらが勝るかなど火を見るより明らかだろう。
『ッ! 奴が動くぞ! オスカ―4、回避しろ!』
『な、待っ──』
すると、銃撃を浴びてもなお、ぴくりとも動かなかったネウロイが突如として動き始め、一番近くで応戦していたオスカー4を前脚で薙ぎ払った。装填中だったオスカー4はあっという間に吹き飛ばされ、ぐしゃりという鈍い音と共にブリッジの壁に叩きつけられた。
「エリーナ!」
人間から発せられてはいけないような音に思わず肝が冷える。
咄嗟に、彼女の名前を叫んだ。
『オスカー4が負傷! 誰かリカバリーに──』
「私が行く!」
脊髄反射かと自分でも疑うほどの反応速度で身を翻し、彼女のもとへと向かう。
「エリーナ、大丈夫か?」
「なん、とか、生きてます……。けど、たぶん、肋骨が……」
抱きよせたエリーナは酷く苦しそうな表情でそう言った。
外見からでは判断できないが、おそらく肋骨以外にも複数箇所を骨折しているように見える。今すぐに治療を施さなければならないのだが、ヘリで回収しようにもネウロイがいる以上は接近できず、そもそもブリッジが邪魔で近づくこともできない。
万事休すか。そう思った時だった。
『ノーススターよりSAS、待たせたな。即応チームが間も無く到着する』
ふと耳に入った、
「
▽
『初弾命中。外皮の剥離を確認』
『次弾装填。以降は任意で撃て』
北海に浮かぶ不審船の周りに集った複数のヘリ。そのうちの一つから放たれた砲撃は不審船上の黒い塊の表皮を穿った。マルダー陸戦ストライカーの標準装備であるRh-202 20mm機関砲は、並の陸戦ネウロイの上部装甲であれば容易に貫通できる。
初弾が命中した後も手が緩まることはなく、船上には容赦無い20mm弾の雨が降り注ぐ。
『ノーススターより、各チームへ。いいか、タイムリミットは15分だ。15分以内にネウロイを排除、もしくは当該輸送船を停止させた上で撃沈せよ』
『アルファリーダー、了解』
支援砲撃でネウロイを釘付けにしている間に、隊列から離れた別の機体が輸送船に接近する。その数は三機。
その機体から次々と数本の線が垂れ下がり、それらを伝って複数の影が船上へと降り立つ。
その影の内の一人、アルファ6というコールサインを与えられたウィッチ、フリーデリーケの装備は訓練の時と大差なかった。異なるのは対
言うまでもなく、ファニエも同様の装備だが、シールドは対
そして、甲板に降り立った
SET1の一員である私はひとまずネウロイを無視してブリッジの方へと向かう。
ところどころに錆が見られるブリッジの下には、今回の要救助者であろうぐったりとした様子のSAS隊員と、その横に付き添うもう一人の隊員がいた。
「そちらが、報告にあった負傷者ですね?」
「そうだ! エリーナ・マクシミリアン、階級は少佐。肋骨を骨折しているそうだが、その他箇所にも損傷が見られる。至急救護を!」
「分かりました。アルファ6、要救助者を確保。回収ポイントまで移送します」
『アルファリーダー、了解。ポイントまでは残りのSETで援護する。アルファ6はブリッジに向かい輸送船を停止しろ』
今回のように多国籍間での共同任務では、国際共通語であるブリタニア語の運用能力が求められる。勿論、語学教練で私も身につけているので問題はない。
自分のSETから割いた人数は私を除いた四人。先導は防盾を持ったファニエに託す。
「
「あぁ、待ってくれ」
いざ向かおうとしたところで、後ろから呼び止められる。
その声はさっき回収した負傷者の付き添いをしていた、SASの隊員だった。さっきはしゃがんでいたので分からなかったが、彼女はかなりの長身で、ガスマスク越しに碧眼がちらりと見えた。
「SAS大佐、ジェシカ・エアード・エイヴリングだ。私も行こう。二人で行った方が、何かあった時に対処しやすいだろう」
「フリーデリーケ・フィッツェンハーゲン上級巡査です。ご支援、感謝します」
軽く自己紹介をした後、私たちは船内へと進入した。船内には明かりひとつ付いておらず、暗視ゴーグルをしていなければかなりの不自由を被ったに違いない。
船内をブリッジ目指して上昇する間も、ヘッドセットからはネウロイとの戦闘──と言っても人間側による一方的な射撃──を続ける仲間の声が絶え間なく聞こえていた。
SASによれば、この個体は船倉から這い出てきてから少しも動いておらず、レーザーを乱射してくるどころか微動だにしていないらしい。その結果、強度が非常に高い前脚が常に胴体部分を囲っている状態が続き、コア探しが難航しているそうだ。
時折こうした珍しい個体がいることもあるが、こういうタイプは初めてだ。というのも、テロ組織が使うネウロイは大抵無差別攻撃を行うようプログラムされているからだ。
コアコントロールシステムの実用化によって、人間の管制化におかれるようになったネウロイは一応攻撃目標を選別することが可能だが、テロ組織が使うものはこの限りではない。むしろ、テロに使用される
なぜか?
被害を拡大させることで民衆に強いインパクトを与えるためだ。
被害者が増えればそれだけメディアが取り上げるようになり、より多くの市民の目につくこととなる。そうなることで、彼らの掲げるイデオロギーや主張は広く流布される。
単純な話だ。テロとて目的によっては宣伝行為に過ぎない。
だからこそ、このネウロイの行動には思わず首をかしげたくなるわけだが。
とまれ、そうこうしているうちに御目当てのブリッジへの扉が見えてきた。
『──ー
無線でそう発したのと同時にジェシカ大佐は「止まれ」のハンドサインを出した。
何故止まったのかはなんとなく理解できた。なぜなら、私も彼女が感じたであろう違和感を抱いたからだ。
その違和感の正体である暗視ゴーグルに映った白いモヤ。それはドアの丸ガラスから漏れ出た室内の光だった。
──光? なんで、光が?
ラペリング降下時に見えたブリッジは完全に消灯しており、僅かな明かりすら確認できなかった。それなのに、ここへ来て突然明かりがついたなど、誰が信じられるだろうか?
何より、乗組員は全員避難している──つまり、今この船に私たちGSG9とSAS以外には誰もいないのだ。
心なしか、一瞬背筋にヒヤリとしたものが走った気がした。
「中は……見えませんね。屈折ガラスでしょうか?」
『だろうな。いずれにせよ、行くしかないな。よし、私の合図で行くぞ。いいな? フィッツェンハーゲン上級巡査』
「──はい」
引き金にかけた手が微かに震えているのを抑え、突入の合図を待つ。
これで中に誰もいなかった時には、もうベットから足を出して寝れないだろう。
『3、2、1……ゴー!』
ジェシカ大佐がドアを勢いよく蹴破り、室内へと消えていく。私も姿勢を低くしたままそれに続く。
不可解な現象の根源であった操縦室に幽霊などの類いの姿はなく、代わりに操舵席に就く一人の人間が見えた。
「
そして、彼女と同様に、人に向けるには少々物騒な機関銃を向け、投降するよう警告した……のだが。私はもう一度、我が目を疑った。
そこにいたのは、ある意味では幽霊よりも奇妙な存在であろう、顔が歪んだ──と言うよりも、モザイクのようなものがかっていて、認識できないと言う方が近いだろうか──人間が立っていた。そいつは紺色の作業着のようなものを着ていて、舵輪すら握らず、ただただ外の方を向いて立ち尽くしていた。
「もう一度言う! 両手を上げて、床に伏せろ!」
聞こえていないのか、顔の見えない人間は再度の警告も無視して、呆然とその場に立ち尽くしていた。そして、ゆっくりとこちらを向いた。
角度が変わっても、相変わらず顔は歪んでいて見えない。
何か幻覚性のあるガスが撒かれているようでもない。では、一体何が、こうして彼女の顔を見えないようにしているんだ?
と、疑念に駆られたその時だった。
室内に突如響いた数発の発砲音。ジェシカ大佐の持つL94A1チェーンガンのものだ。
一瞬だったが、顔の歪んだ人間が端末の上に置いてあった拳銃に手を伸ばしたのを、彼女は見逃さなかった。
その驚くべき反射神経で放たれた銃弾は、歪んだ顔の人間に直撃した
「──ッ!?」
ように見えた。
歪んだ顔の人間の前に貼られたシールドによって弾かれ、弾丸がそいつに届くことはなかった。
やっぱりか。こいつは──
「ウィッチ……!」
説明するとか言ってたのに……説明とは何処にありや?
おそらく次の話で……多分。