コティノスの魔女   作:淀江ユキ

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 この作品に何故、GLのタグがついているのか、そして何故R-15作品なのかお分かりいただけることでしょう。

 長身好き。


第三話

「ギヴァルシュ家次期当主として、相応しいウィッチになりなさい」

 

 突如、分家から本家であるギヴァルシュ家の養子に迎え入れられた少女に対して、親族たちは口を揃えてこう言った。

 彼らは明確な基準を述べず、ただただ「ギヴァルシュ家に相応しいウィッチ」という抽象的な目標だけを並べ立て、少女にかくあるべきと説いてきた。しかし、押し付けられた少女は嫌な顔一つせずに首を縦に振り続けた。

 もちろん、無垢だったからこそ、その押しつけがましさに違和感を感じなかっただけかもしれない。だが、少女は少なくとも自らの意思で親族たちの期待に応えようとした。

 何故ならば、「ギヴァルシュ家に相応しいウィッチ」とは何かを少女は幼いながらに理解していたのだ。それは彼女の祖母──前当主の姿と重なっていた。そして、祖母は少女の憧れであった。

 

 当主としての誇りを背負い、怪異に物怖じすらせず果敢に吶喊し必ず生還する。圧倒的な力を持っていながら、それに溺れること無く常に弱き人々を気遣い、導き、守る。

 そんな祖母の姿を、少女は自らのあるべき理想の姿とした。

 なればこそ、少女は志向する。祖母のようなウィッチたらんと。皆の期待に応え、万事より彼らを守るウィッチたらんと。

 

 ──今の私は、貴女に追いつけたのでしょうか。教えて、ミシェルお婆さま。

 

 

 ▽

 

 

 2013年10月3日 AM 03:15 ガリア共和国 ダンケルク

 

「こちらアナトール(Anatole)リーダー。配置についた」

オペラ(Opéra)了解。アナトール(Anatole)各隊は当該不審船と同じ運送会社の輸送船を検問せよ。抵抗が見られる場合には発砲も許可する』

「了解。アナトール(Anatole)リーダー、アウト」

 

 北海を臨み、ガリア有数の工業地帯を抱える都市、ダンケルク。

 

 その港への入り口は現在、多数の警察車両で構築されたバリケードで封鎖されている。

 その奥ではブリタニア語とガリア語が絶え間なく行き交い、応援に駆けつけた車両のサイレンがけたたましく響き渡る。おまけに、張られた規制線付近では日が昇っていないにも関わらず、何事かと野次馬が群がっている。

 

 ──うるさい。

 

 思わず、発現させた使い魔の耳を絞る。聴覚に優れているのは索敵の面で有利に働くからありがたいのだが、いかんせん、騒音まで倍増されてしまうのには困ったものだ。

 

「各隊、これより作戦行動に移る。任務は聞いた通りだ。該当する輸送船を片っ端から検査し、NE兵器がないか確認しろ。許可に関しては欧州理事会のお墨付きだ。また、緊急時は発砲も許可する。いいな?」

「「「Bien reçu(了解)」」」

「以上。──行動開始」

 

 黒一色の装甲バンの車内には、私を含め黒に近いネイビーブルーの装備を纏った人が四人。私達の足には、これまた黒く塗装された特殊部隊用VBCI/VCI ストライカーが装着されている。

 ガリア国家憲兵隊介入部隊、GIGN。その中のウィッチのみで構成された私達、対NEテロ支援部隊はダンケルク港に召集されていた。

 

 私たちがここにいる理由は二つ。一つ、現在北海を航行中のネウロイを積み込んだ不審船が着岸した際の対処。もう一つが不審船と同じ運送会社が保有する輸送船の検問。

 前者はSASとGSG9が対処中だが、万が一にも彼らが失敗した際の保険──つまりは尻拭いを我々は任された。幸いにも不審船はまだダンケルクからは遠く、彼らの後始末をする必要は今のところない。問題は後者、これがまた厄介だ。

 

 なんとその輸送船の運送会社は脱税の嫌疑をかけられていて、差し押さえに入られた際に輸送船の目録を誤って処分してしまったという。

 つまり、船を一個一個臨検して、積み荷を一々確認しなければならないのだ。不幸中の幸いか、今現在停泊している船舶は四隻と少ない。そこで、司令部はFI*1をさらに細かいチームに分け、各輸送船を同時に検査することにしたのである。

 

 長身揃いの部隊中では一際目立つ小柄な少女、ミレイユ・シャントルイユは「アナトール(Anatole)5」のコールサインを割り当てられていた。

 隊長であるアナトール(Anatole)1、そして後から合流する通常のFI*2二人とのチームに割り当てられていた。

 

 後部ドアから外へ出て、H&K G28 セミオートライフルとストライカーの武装ラックにM811機関砲を懸架し、小走りで隊長の後を追う。

 

アナトール(Anatole)5、合流しました。

シリスタン(Célestin)3及び4も合流しました」

「よし。まずはあの船から行くぞ」

 

 NE兵器が起動すれば、誰が言わずとも私たちの出番だ。常に気を引き締めるに越したことは無いだろう。

 各武装の残弾チェックを行い、ミレイユたちは件の輸送船内へと消えていった。

 

 

 ▽

 

 

 監査を始めてから2時間。既に到着していた現地警察とともに捜査を行ったものの、輸送船から見つかったのは石炭、鉄鋼石、そして食料品だけ。要するに、異常なし。

 他のチームも同じ結果に行きついたのか、それぞれ装甲バンのもとへと戻ってきていた。

 

 司令部からは待機命令が出され、交代で周囲の警戒に当たるよう指示が下った。

 

 

「……ん?」

 

 パトロール中のミレイユの視界にふと映り込んだ一人の男。

 確たる理由もなく視線を奪われたそれから、妙な違和感を感じた。

 男はバリケードから少し離れた所に立っていて、ガリア国家警察の制服を着込んでいる。警官であるのは間違いないのだろうが、なにかぎこちない。

 

 まるで警察官であることを取り繕っているような、そんな感じがした。

 

「どうした? ミレイユ?」

「いえ……何も」

 

 だが、その違和感は言ってみればミレイユの直感、つまりただ怪しく見えたというだけで、根拠など何もない。

 隊の中でも幼いことは自負しているが、確証もないことを馬鹿正直に伝えるほど、私は素人ではない。

 

 すると、男は注意深く周囲を確認したあと、足早にコンテナ置き場の奥へと消えていった。

 

 挙動不審な男にますます不信感が募る。

 

 私は隊長に巡回をして来ますと言い残して男の後を追った。

 

 封鎖地点から10分ほど歩いたところで男は立ち止まり、入念深く周りを見回した後に、小型無線機を取り出した。 ジャケットの内ポケット(・・・・・・・・・・・)から。

 

「крокодил, Вы меня слышите? Существует проблема, искать инструкции──」

 

 ビンゴだ。

 

 警官モドキが発したのはガリア語ではなく、非常に流暢なオラーシャ語だった。

 ガリア警察にオラーシャ人がいるという話は聞いたこともないし、そもそも警察無線がオラーシャ語で交わされることなど、あり得ない。

 となると、こいつは一体誰なのか。

 

 まず真っ先に思い浮かぶのは、今回のネウロイ騒ぎの犯人であるという可能性。この状況では一番妥当な考えだろうが、使っているのがオラーシャ語なのが妙に引っかかる。オラーシャから送り込まれたスパイとか? 

 ……ともあれ、憶測を張り巡らす前にまずは報告だ。

 一度、男の正体に関する仮説を思考から消去し、インカムのスイッチを入れる。

 

アナトール(Anatole)リーダー、こちらアナトール(Anatole)5。コンテナターミナルで不審な人物を確認。対象はオラーシャ語を──」

「あぁっと、だめだよ? そんなことしちゃ」

 

 しかし、ミレイユの報告は背後から発せられた中性的な女の声で遮られた。

 咄嗟の判断で身を翻すと、そこにはミレイユの倍以上はありそうな長身の女が立っていた。なんの因果か、この女もガリア警察の制服を着ている。

 

 女の姿を確認するのと同時に、H&K G28の銃口を向ける。その素早い反応速度は彼女が伊達に特殊部隊をやってはいないことを証明して見せる。

 あとは引き金さえ引けば、鉄の口腔より放たれる7.62㎜弾が女の身体のどこかに風穴を開ける。だが、現実はそうはならなかった。

 

 なぜか? 

 それはこの長身の女が発砲直前の銃を鷲掴みにして、あろうことか、そのままバレルを折り曲げたからだ。

 

「う、嘘……!?」

 

 勿論、アサルトライフルの銃身を折り曲げられたことなんて一度もない。そもそもそんなこと起こりうるのかと内心呟く。だからこそミレイユは一瞬だが狼狽し、それが命取りとなった。

 

 体感時間で10秒ぐらい。気づけばコンテナに組み伏せられ、身動きが取れなくなっていた。少しもの抵抗にとサブアームのG18へと手は伸ばしたのだが、使い物にならなくなったG28を捨てるのに手間取り、こうして皮肉にもお縄にされてしまったわけだ。

 

 こいつは、一体どこから? 

 疑問符と息苦しさでいっぱいになった脳内に浮かんだ真っ当な疑問。もちろんその問いに応える者は誰もいない。

 

「GIGN……へぇ、あの有名な対テロ部隊じゃないか」

「おい。誰だ、そいつは?」

「警察だよ。君を尾行してたのさ。まったく、あれほど背後には気をつけろって言ったのに」

「なんだと?」

 

 さっきのニセ警察官は、今度はガリア語で長身の女と話し始めた。ネイティブほどではないが、とても自然なガリア語だった。

 

「それで、どうする? バレた以上生かしてはおけないだろう? ここで()()()しか──」

「いや」

 

 コンテナから引きはがされ、今度は両手首をつかまれて宙吊りにされる。

 14歳とはいえ、ウィッチである私の力をもってしても一切抵抗できないほどの怪力。

 おそらく、固有魔法で強化されているのだろうが、それにしても強い力だ。掴まれた両手首からはぎりぎりと嫌な音がしている。

 

 そして、その女は私の身体を爪先から頭頂部までじっと見回した後に、ニタリと笑った。

 

「君、綺麗な身体つきしてるね。瞳もとっても綺麗だ。まるでエメラルドの宝石みたいな……こんな綺麗な瞳を持った子を殺すなんて、僕にはできないな」

「うるさい……! 早く……離せ!」

「あはは。抵抗する姿も可愛いなぁ。それに、そう拒絶されちゃ逆にもっと意地悪したくなっちゃうな」

「……っ!?」

 

 何食わぬ顔で放った、妙な冷たさを含んだ一言。まるで、獲物を見つけた蛇のような相貌が私の身体を品定めするかのように舐めまわす。

 その冷ややかさに思わず身震いする。

 

「貧相な身体と言っちゃそうだけど、僕はこれくらい細いのが好きなんだよねぇ」

 

 突如下腹部になにかが触れた。いや、触れたと言うよりも触られた。その感触は下腹部から徐々に胸のほうへと上がって来る。

 感触が上へ上へと昇ってくるたびに、背筋に寒気が走る。

 

 何? こいつは一体何をやってる? 

 

「ふふっ。こういうことされるのは初めてかな?」

 

 図星だった。ミレイユは良家の娘──所謂お嬢様。一応、教育係から性に関する一般常識は教わっていた。だが、その手の経験は一度も──何とは言わないがされたことも、したことも──ない。

 だからこそ、ミレイユはこのわけのわからない女の行動と、身体の芯を走る未知の感覚に困惑しているわけだが。

 

「──っ!」

 

 女の指が、腹から胸に移る。くすぐる様な、摘み取る様な気持ちの悪い手つきで女はミレイユの胸部をまさぐる。

 純潔な乙女の身体を見ず知らずの女に穢される。ミレイユからしてみれば許されざる行為であった。だが、ミレイユも只々好きにされているわけではない。

 

 悪寒とも、考えたくもないが快感とも取れる摩訶不思議な感覚に堪えつつ、指先に魔力を集中させる。まだだ。もっと油断させてから。 

 と、思ったのだが

 

「こういうとこも、どうかな?」

 

 女の指が胸から鼠径部へと伸びた時、ミレイユの我慢は限界に達した。

 そこだけは、やめろ。と。

 

「いい加減に……しろ!」

「────がっ!?」

 

 指先に集中させた魔力を全て電力へと変換し、一気に女の体を介して通電させる。突如流された高電圧で誤作動を起こしたのか、女の体は大きく痙攣した後に力なく崩れ落ちた。

 

 仕留めた。

 思わずガッツポーズしそうになるのを抑えつつ、紫煙を吐き出しながら倒れ行く女の無様な姿を見やる。

 

 フードル(foudre )

 魔力を変換して生じさせた電気を空気中、又は接触している相手に対して放電する技。これが私の固有魔法だ。ギヴァルシュ家のウィッチが代々備えてきた、誇り高き電撃系固有魔法の一つでもある。

 この固有魔法は威力を静電気程度から雷と同様までと幅広く調節でき、応用が利く。射程距離が威力に反比例しているのが玉に瑕だが、個人的には気に入っている。

 

 因みに、この女に食らわせてやったのはウィッチですら気絶する電圧。普通の人間なら、なんらかの後遺症が残ってもおかしくはない程度のものだ。

 

「くそっ、こいつ……!」

 

 おっと、忘れてた。こいつも無力化しなくては。

 

 自由になった身体を翻し、着地する前に狙いをつけて電圧を調節する。そして、どこから取り出したのか短機関銃を構えた男に放電。

 たった6秒の出来事。だが、私に言わせれば、ただの人間の制圧など6秒で十分だ。

 

 さて、これで制圧は済んだ。後はこいつらをお縄にかけ、法の下で裁いてもらうのみだ。

 無線で隊長に不審者二名を拘束したと報告。うち一名はウィッチであるとも忘れずに伝える。どうやらさっきの無線の一部が伝わっていたようで、不審に思った隊長が捜索隊を出していたようだった。

 

 そして、男の方に拘束具を取り付けようと近寄ったとき、予想だにしない声が耳に入る。

 

「……いやぁ、びっくりした。固有魔法があるとは聞いてなかったよ。ねぇ、ミレイユ・シャントルイユ君」

 

 ……驚いた。ウィッチですら気絶する電圧のはずなのに、長身の女はけろりとした表情で制服の埃を掃っていた。

 

「あんた達は、一体何なんだ?」

 

 聞かずとも、ミレイユの中では既に彼らの正体の検討はついていた。ただ、眼前に佇む予想外だらけのこの女を──その検討にそぐわない例外的なそれ(・・)を見て、問わずにはいられなかった。

 

「僕たちかい? ──僕たちは『鳩の群れ』。この世界に安寧と平穏、恒久的な平和をもたらすために武器を取った者。きみたちの言う『テロリスト』だよ」

 

 そう言うと、長身の女は腰に掛けていたケースから何かを取り出した。街灯に照らされ、鈍い煌めきを放ったそれは大型のマチェットだった。

 粛々とした態度には些か不相応な凶器を片手に、女は恭しくお辞儀をした。その姿を見て、親に連れられて参加した舞踏会のジェントマンの姿が重なった。

 ……こんなやつを紳士的とは形容したくはなかったが。それ以外のぴったりな言葉が見つからなかったのもまた事実。

 

「そして──僕の名前はエニュオ。君への手向として、この名前を捧げるよ。覚えてくれると嬉しいな。……あぁ、でも安心して」

 

 顔を上げたエニュオの顔には、紅の相貌が煌めく。

 まるで、古の吸血鬼のように不気味なそれにはミレイユただ一人が映る。

 

「君の耳元で、何度でも囁いてあげる。──その可愛いお顔を切り離した後でね」

 

 ──まっぴらごめんだ。こんな歪んだ性癖を持った変態に殺されるなど、末代までの恥だ。

 と、ひとり脳内で呟いた途端、エニュオの姿はミレイユの視界から消えた。

 

 ──速い。

 目を離したほんの僅かな間。そんな短時間で姿をくらました女はウィッチとはいえ生身だ。

 

 一応、ストライカー無しでも魔法を行使することは可能ではあるが、魔導エンジンの補助を得たものと比べると出力は圧倒的に劣る。だからこそ、あの女の馬鹿力とそれに反する瞬発力がどこからやってきているのか不思議でならないのだが。

 

「ほら、よそ見してちゃ怪我するよ?」

 

 声とともに背後より強襲したマチェットの横薙ぎ。これをなんとかシールドで防ぎ、鍔迫り合いになっているところをサブアームのG18で応戦する。

 対するエニュオは銃撃をシールドで受け、一旦距離を離してから再び接近してマチェットによる斬撃、刺突を加えてくる。相変わらずすごいスピードだ、とミレイユは不本意ながらに感心する。

 ストライカーを履き、さらには機関砲すら備えたウィッチに対して臆せず突撃を繰り返す。その勢いに押され、こちらはほぼ防戦一方。

 しかし、ミレイユはこの状況を悲観的には思っていなかった

 

 というのも、このまま持久戦に持ち込んで増援が来るまでの時間稼ぎをするのが最適、とミレイユは判断していた。適度な距離を保ちつつ牽制射撃を継続する。いくら人間離れした馬鹿力を持っていたとしても、マチェットでシールドを貫通することは不可能だ。その上、相手は私との実力差を埋めるために固有魔法──おそらくは身体強化系──を行使しているはず。ならば、こちらの魔力消費を最小限抑えつつ、相手が魔力切れになるのを待てばいい。

 魔力切れに陥らずとも、増援を待つ時間稼ぎにはなるだろう。

 

 理想的なプラン。内心ほくそ笑んだ時だった。

 目の前で何かが空を切り、同時に鉄を打ち合わせたような甲高い音が響く。

 

「は……?」

 

 なんだ? 何が起きた? 

 聞き慣れない音に思わず手元を見やる。そこにあったのは上部スライドが綺麗さっぱりなくなってしまった、銃だったモノ。

 

 だれがやった? エニュオであることには違いない。それは自ずと理解していた。だが、問題なのはその方法だ。一体どうやってシールドをすり抜けて、私ではなく銃を切るなどという──ある意味挑発的な──ことができたのか。

 

 その答えは思いのほか早く、そしてやってのけた本人から告げられることになるのだが。

 

「ウィッチのシールドって便利だよね。脅威と感じたものは勝手に弾いてくれるし、通していいと僕が判断すれば勝手にすり抜けさせてくれる」

 

 聞いた直後は理解できなかった。しかし、直後襲来したエニュオの斬撃を目にして、()()が目に入ってきた途端、否が応でも理解した。

 私のシールドにぴったりと重なる形で展開された、()()()()()()()()()──エニュオのものだった。

 

 ウィッチのシールドは物理的な障壁として、行使者へと向けられたあらゆる攻撃を遮断する。その性能は行使者の才能と魔力量に左右されるが、銃弾から爆発、果てにはレーザーまでも屈折させるほど堅牢だ。さらに、使用者の腕や足など、特定のものだけを透過させること(・・・・・・・・・・・・・・・)も可能だ。

 

 そう、エニュオは斬りつける直前僅か1秒にも満たない間に自らのシールドを重ね、斬撃を貫通させていたのだ。

 

「──くそっ!」

 

 ただのテロリストに、ここまでの芸当ができるものなのか、と内心呟く。

 こちらは曲がりなりにも特殊部隊だぞ? ストライカーも履かず、たかが刃物一本の相手にこうも弄ばれるなぞ、ありえない。しかし、現実にこいつはそれをやってのけた。

 二太刀目で切り付けられた右手を庇いながらミレイユは忌々しそうにエニュオの方を見やる。

 

 当の本人はというと、先ほどと変わらず気味の悪い笑みを浮かべ、地面にへたり込んでしまったミレイユの首元にマチェットを添わせる。

 このままじゃ、殺される。ミレイユの本能はそう警告を鳴らすも、既に勝敗は決してしまったのだと彼女は悟ってしまった。

 なればこそ、残されたのは死のみ。

 

 大きく振りかぶられたマチェットが死神の鎌が如く振り下ろされそうになった、その時である。

 

「──そこまでだ!」

 

 聞こえたのは、アナトール(Anatole)リーダー──隊長の声。次いで、三発の砲撃音が鳴り響くと、目の前で砲撃音と同じ三つの小さな爆発が起こる。それをシールドで受けたエニュオは反動を相殺しきれず吹き飛ばされた。

 

「投降しろ。抵抗するようであれば射殺する」

 

 増援に駆け付けたのは皆ストライカーで武装した、GIGNのNEテロ支援チームだった。その数およそ20。現場の約半数のウィッチがミレイユのもとに集い、その数と同様の25㎜口径の砲口がエニュオに向けられる。

 

 まさに多勢に無勢。だが、ミレイユをはじめとするGIGN達が目にしたのは予想だにしない光景だった。

 それは、腹を抱えて高笑いをするエニュオの姿だった。

 おおよその人間が死を覚悟する瞬間で、無邪気な笑いをあげるのは正直言って、精神に何らかの異常を持っているのではないかと疑われてもおかしくはない。実際、彼らGIGNのウィッチ達はそう感じた。

 

 すると、エニュオはマチェットをケースに戻し、今度はポケットから黒い長方形の箱を取り出した。その箱はエニュオの手の中で展開し、PP-90マシンガンへと姿を変えた。

 

「いいね、不利なほうが僕はもっと燃えるんだ……!」

 

 その言葉で場にいるすべての人間が確信した。こいつは、異常だと。そして、誰もが激戦を覚悟しトリガーに指をかけたその時だった。

 

「時間だ」

 

 エニュオの臨戦態勢を解除させたのは、突如現れた一人の女の声。その主はジェットストライカーを装着したウィッチだった。

 あらゆる装備が黒一色のそれは夜の闇に溶け込みながらも、エーテル噴流炎の赤色とNVG(暗視装置)の反射光だけは視認できた。

 エニュオに語り掛けた他にも、三人のウィッチがこれまた黒づくめの装備で浮遊している。そのうちの一人は、さっきの気絶した警察官モドキを抱えていた。

 

「あぁ、もう? 残念だなぁ。ミレイユ君は是非とも手に入れたかったんだけど──」

「時間だといったはずだ。エニュオ。貴様の性的趣向に付き合っている暇などない」

 

 エニュオは、はいはいと空返事を返すと名残惜しそうにミレイユの方をちらりと見た。

 対するミレイユは憎悪に燃えるレンズ越しに、彼女をにらみ返している。

 

 とても別れを惜しむものではない視線を認めると、エニュオは黒ずくめのウィッチからストライカーを受け取り装着した。

 

「では、ご機嫌よう。麗しのMademoiselle (お嬢さん)

 

 そう言い残すとエニュオ達はあっという間に高度を上げ、酸化エーテル特有の鼻を衝く臭いを残し、消えていった。

*1
25名編成の介入部隊(ガリア語:Force Intervention )

*2
同上




「鳩の群れ」、えぇ「鳩の群れ」です。そしてテロ組織です。
 
 シールドに関してですが、確か501部隊発進しますっ!で宮藤がシールドをてんぷらの油跳ね防止に使ってたところから着想を得ました。シールドの解釈はあくまでも独自解釈です。
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