「うつ病ですね」
目が痛くなりそうな程に真っ白な白衣の男性がそう言った。自分の主治医にあたる人である。
パッと見た感覚では若そうだが、堀の深い皺から、威厳と説得力が滲み出ているような気がした。未だに年齢確認されるような自分からすれば、大層羨ましいものである。
「診断書を出します。お休み明けに上司のどなたかに渡して、とりあえず1カ月休職しましょう」
休職の申請、薬の服用法、休職の間にもらえる手当、今後の身の振り方について等々。矢継ぎ早に男性は語っていく。突然のことに困惑している自分の気持ちが伝わったのだろう、理解できるように何回も話してくれるのはありがたかった。
それでも何故だろうか。男性の声が、酷く遠くから聞こえてくる。まるで現実味のない、
「それでは、次回は2週間後のご予約ですね。お大事になさってください」
気づけばそこは受付で、これまた白衣の女性からそう告げられていた。手元には処方箋と診断書に領収書。いつの間にお金まで払っていたのだろうか。ほんの少し戸惑う自分に、女性の表情が徐々に不思議そうなものになっていく。これ以上焦りに気づかれぬよう、愛想笑いと礼を言いながら病院を出た。多分だけど気持ち悪かった。
病院を出た後、特に用もない為そのまま駅に向かう。お昼時ではあったが、そこまでお腹が空いている訳でもない。むしろ人混みが苦手な自分からすれば、早くゆっくりと出来る家に帰りたかった。
駅近くの病院を紹介したのは友人の善意なのだろうが、いつもより疲労感のある今だけは少し恨めしい。
長旅に疲れたように額の汗を拭う。記録的な猛暑らしいが、この手の物は毎年更新しているような気がする。逆にまた言ってると、どうしても軽く見てしまうのは自分だけだろうか。
とはいえどこへ寄ることもなく真っすぐ帰れば、30分程で愛しの
なんとなく定位置にしている場所へ鞄を放り投げる。薬やら諸々が入ってはいるが、まあ割れ物でもあるまし大丈夫だろう。
そんな事よりやらなくちゃ行けない事が山ほどある。会社への連絡、手当の申請法の確認、洗濯、掃除、今日の夜ご飯。もうお昼も回ったところ、どれもなるだけ早く終わらせておきたい。
とはいいつも、体が思うようには動かない。いつものように部屋のど真ん中に敷かれたラグに勢いよく寝転ぶ。実家から強請って持ってきた、お気に入りの巨大クッションが体の下へ。そのまま仰向けに大の字になりながら、天井の染みを眺めながら何から熟していこうかと考え始めた。
当日いきなり休みます――は、流石に申し訳ないから会社に連絡を入れたいが、今日は一応お休みの土曜日だ。上司個人の連絡先は知ってるが、かけた方がいいものか。あまり話したい相手ではないから、色々と理由を作っている自覚はあるが。
手当はまだいい気もしてきた。確か何回か病院に行かないと、そもそも申請出来ないと言われていたような気がする。曖昧なところも確認しなければいけないのだろう。だけどまあ、今はちょっと無理だ。非常に遺憾ではある。
家事類もまあいいだろう。洗濯物はまだ洗濯機から溢れる程でもなし、掃除だって暫く友人が遊びに来る予定もなし。そもそも予定があっても掃除せずによく友人に怒られているが。
友人が聞いたらまた怒りそうだと考えていると、鞄の方でピコんと特徴的なLINEの通知音。何人かの友人や家族に一応の診察結果を送っていたから、多分それについての返信だろう。程々にふざけて送ったから、一人ぐらいは怒ってそうだな。
返信も、まあ今はいいだろう。5秒以内に返信するように、なんて言うような人には送ってない。それより、今日は仕事以外で久しぶりに外出して疲れた。折角のお休みを何も考えず、もう少し1人静かにゴロゴロしていたい。
そう考えながら、ジッと天井を眺める。
「……もう、会社行かなくていいんだ」
安心と不安の入れ混じった言葉が、自然と口から零れ落ちる。
帰宅後に飲むよう伝えられていた薬は、まだ鞄に入れたままだった。