暗殺教室『死神襲名』RTA 作:†死神†
放課後の理科室は、誰もいない。
それでいい。
この暗殺は、私一人で行うから。
作る薬の内容は決まっている。
まず、水酸化ナトリウム。
アルカリ性の毒液で、ほとんどの生物は弱酸性だから効く可能性は高いはずだ。
酢酸タリウム。
古い殺鼠剤に使われる毒で、危険故に今ではあまり使われていない。
言わずと知れた、吐き気を催す猛毒である。
最後に『王水』。
金を溶かす唯一の『酸』。
金属加工の現場で使われる薬品であり、金やプラチナの加工に使うならコレしかない。
どれも一人で作れるようなものだ。
しかも、劇薬としては申し分ない。
「まずは……水酸化ナトリウムですかね」
「じゃあ、ついでに濃硫酸取ってくれるかしら?」
「あ、はい!……え?」
だが、突然背後から声がして。
振り向くと、そこにいたのは今日の彼女であった。
初日から飛ばすと思ってはいたが、
「隣の鉛もよ。各種調味料は持参したわ、必要に応じて後で使いなさい」
「あっ、ありがとうございます。……あれ?」
「何?水銀なら貸すわよ?」
どうやら彼女は酸だけじゃなく重金属方面からのアプローチも考えているらしい。
そこあたりは確かに柔軟に立ち回っていて、なんというか器用だなと思ってしまう。
……いや、そうじゃない。
重要なのはそこじゃなくて、なぜ彼女がここにいるのか、調味料や食材なんか持参で立ってるのか、という事だ。
「えっと……」
「イボテン酸よ。対先生物質みたいに、人間だとそんなに害のないものでも異常なほど効いたりするでしょ?」
「なるほど……」
見れば、彼女の持って来たものは味噌やワカメなどもあった。
どうしてだろうか、と思っていると、ビーカーやカセットコンロを使ってベニテングタケを加熱して何かを煮出し始めたのが見えた。
「なるほど……水溶性かつ、山奥でなら簡単に手に入る毒だから、ですか?」
「ええ。味噌汁にして出されたら気づかないんじゃないかしら」
「なるほど、一緒に入れるとしても有機水銀は無味無臭ですからね。……鉛はどうするんですか?」
「一緒には入れないわ。有機水銀については山菜飯を使ったおにぎりを作る際に使えばいいと思ったの。山菜の複雑な風味、アレは有機水銀のような『わかりにくい味の毒』には相性がいいはずよ」
意外なほどに、そのプランはよく練られていた。
山菜として出された植物の中にはやはりというか毒草が混ざっており、複数の毒による多重の暗殺は隙がない。
「さて。……ところで、『鉛糖』をご存じかしら?」
「酢酸鉛、甘味料……ですよね」
「ええ、古代ローマでも使われていた由緒正しき毒よ。私の暗殺は『遅効性』で狙うことにしてみるわ」
即効性で狙う私に対して、彼女の毒は遅効性。
ああ見えて、大胆でありながらも慎重派なのかもしれない。
……何個も武器がある人間は、余裕があるのだろう。
「……ところで、何やってるんですか?」
「クッキーの生地を作っているのよ」
「あの、クッキーに電動ドリルは使いませんけど……」
「えっ……ええ。あなたを試したのよ」
だが、その行動はいつでもどこか危なっかしい。
超人っぽいのに嫌味ったらしくないというか、どことなく彼女は……誰かに似ている気がする。
「……でも、凄いですね。山菜の中に見た目の似た毒草を混ぜるアイデアなんて、毎年事故が起こってるのにどうして思いつかなかったんだろうってくらいです」
「えっ?……ああ、いいアイデアでしょう?」
「……素で間違えてるわけじゃないですよね?」
──わかった、先生である。
このガバガバっぷりにどこかひとりの影を思い出しながらも、危ないので彼女を追い出してからクッキーを完成させる。
どこか廊下で不機嫌そうに待機していた彼女を助け起こしてから、私は明日の暗殺に備えて早く眠りに付いたのだった。
◆
「おはようございます。ところでみなさんの中に、理科室に炊飯器を持ち込んだ人間がいますね?心当たりのある生徒、はい紅さん早かった!」
「私よ。……早速作って来たけど、食べるかしら?」
その日の朝は、とんでもない急展開から始まった。
紅さんがプラスチック製のランチボックスを取り出し、それを殺せんせーに手渡したのだ。
恐らく、何か考えての事だろう。
……が、なぜか嫌な予感がするのはどうしてだろうか。
「いただきます!……ふむ、少し芯が残っていますね」
「……そう。味噌汁は?」
「紅さん。茹で料理の味噌汁でわかめを焦がしてしまうのは基本を身につけていない証拠です、受験勉強だけじゃなく家庭科の勉強もしましょう!」
だが、嫌な予感は当たらなかった。
敢えて言うなら料理の腕が斜め下鋭角に突き刺さるような下の下の実力だったくらいで、せいぜい先生が冷や汗を垂らす程度でしかない。
……いや、あの殺せんせーに苦手教科で冷や汗を垂らさせる料理の腕自体は期待を裏切らないレベルと言えないこともないが。
あまりの味に、なのかせんせーの表情も福笑い状態でシアンになったり、真っ青な上オッドアイになってギザ歯になったりとよくわからない変化をしている。
本当にどんな味をしているのか、真剣に気になった。
「ヌルフフフ、大丈夫ですよ!先生と一緒に勉強すれば、地球が滅びる前にでも満漢全席一人で作れるくらいになれます!」
「……あえて
「いや……」
──絶対嘘だ!
あくまで過失を認めない彼女の不機嫌そうな顔を見て冷や汗を垂らしていると、今度は奥田さんがやってくるのが見えた。
まさか彼女も巻き込まれたんじゃ、と思っていると、今度は彼女の手から試験管が覗く。
まさか、毒か。
そう思った次の瞬間、胃を結したらしい彼女の口から声が漏れる。
「あの!……毒です!飲んでください!」
「え……」
「これはまた、正直な暗殺ですね……」
──アンタも
心の中で出かかった言葉を飲み込み、殺せんせーの様子を見守る。
せんせーは快く頷くと、試験管の中身を飲み干した。
「う……ううっ!」
「……トリケラトプスね」
「では2本目!」
せんせーの顔はすごい変化をしていたが、しかし紅さんはあっさりスルーした。
天然故か、スルースキルはとてつもなく高いのかもしれない。
「羽が生えたりとかベタなのはやめて頂戴」
「……紅さん。先回りしてネタを潰すのは禁止です。これは酢酸タリウムですか」
「すごい、本当に生えてる!」
そして恐ろしく察しがいいらしい。
法則性の掴めない殺せんせーの変化を先回りして掴んでいる。
……最後は、果たしてどうなるのだろうか。
「んぐ……これは『王水』ですか」
「本当に飲んだの?」
「先生の事は嫌いでも、暗殺のことは嫌いにならないで下さい」
「私、元から暗殺は好きだけど……」
──真顔になった。
表情変化の法則性が全く掴めないし、何を言ってるのかもわからない。
もしかすると先生世代にしか伝わらないネタなのかもしれない。
「では、奥田さん。先生を殺す毒を一緒に考えましょう。分身で紅さんの家庭科の補習も行います」
「標的と一緒に毒を作るなんて……」
どこか頭の痛そうな表情をする彼女は、しかしそっとクッキーとアイスティーを差し出した。
……まだあった。彼女の
「クッキーとアイスティーよ。クッキーは理科室だからガスバーナーでやろうとしたけど、結局マナミが家庭科室で焼いたわ」
「紅さん、家庭科の補習を倍にします」
「理科室では指摘しきれませんでしたけど、卵黄が足りないからって劇薬を何個も混ぜ合わせて『成分的に大体同じな合成卵黄』を作るのも間違ってると思います……」
「セットに宿題も付けます。あとみなさん、しばらく紅さんの料理には手をつけないように!……渋っ!紅さん、この紅茶、まさか煮詰めたんですか⁉︎」
「茶
──あの真っ黒い液体が紅茶⁉︎
トクトクと大量のシロップとミルクを注がれてやっと飲めるようになったらしいアイスティーの姿を見ながら、恐らくクラスメイトは同じ感想を抱いただろう。
僕は冷や汗を垂らしながら、そっとメモに書き加えた。
| 紅さんの弱点② 料理がド下手 |
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