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パチパチという焚火の音で、私は目を覚ます。
ぼんやりとした意識で目の前の夜空を見ていた。
横たわったまま星々の煌きを見つめる私に声が掛かる。
「気が付いたかね」
その声に反応し、すぐさま私は臨戦態勢をとり、声の主を警戒、誰何した。
「誰!?」
そこには漆黒のローブに身を包んだ、恐らくは魔法詠唱者が焚火を前に座っていた。
目深に被ったフードの奥に少しだけ覗く口元は、見慣れない黒い肌をしていた。
「落ち着きたまえ、私は君らの敵ではない。……傷の具合はどうかね? 私は神官ではないが、『損傷した肉体の復元』なら得意でね」
言われて気付く私。
あれだけ拷問の限りを尽くされたにも拘らず、全く痛みを感じなくなっていたのだ。
「……うそ……」
「それと、君の友人も『寝かせて』ある。あのままにしておくのも忍びなかったので、僭越ながら魔法で清めさせてもらったよ」
手で示した先には、焚火の光に照らされる安眠の屍衣。
私は駆け寄り、中を確認した。
『彼』が言うように、あれだけ『汚された』はずだったのが清潔な状態になっていた。
死後硬直が進んでいたのか、温もりも柔らかさも失せた『あの子』を、私は思わず抱きしめた。
しばらく、涙は止まらなかった。
『守ってあげられなくてごめん』と。
気持ちが落ち着いた私は『彼』に感謝を伝えた。
「先程は失礼致しました。彼女の事も含め、本当にありがとうございます」
「礼には及ばない。助けたと言うには、些か遅すぎた」
「……あの、何故、助けて下さったのですか?」
「……私は、旅をしていてね」
初めは何の関係があるのかと疑問に思ったものの、助けてもらった手前、無礼はするまいと話の続きを促した。
「旅、ですか」
「この世界には、俗人の手には余るような『大いなる力を秘めたアイテム』というのが、そこかしこに散らばっている」
「……」
「それらが心無い者の手に渡らぬよう回収して回るのが私の目的でね……君らが囚われていた屋敷の貴族は蒐集家として、また『後暗い取引をしている』という噂で知られている人物だったので、少々探りを入れていた」
「……見捨てる事も、できたのでは?」
そう訊かずにはいられなかった。
自分で言うのも何だけど、完全な『厄介事』だ。
『彼』は答え、
「私は、ナザリック教徒でね」
首から下げている聖印を摘んで見せた。
確かナザリック教には正義を司る神がいて、困っていたら助けるのが当たり前という教えがあったはず、という事くらいは、当時六大神を信仰していた私でも知っている話だった。
しかし『彼』は、
「まぁ、だからというわけではないが……ふむ、そうだな……我々も色々だ」
どこか飄々とした様子で語る。
「色々、ですか?」
「人は、正義の神のように何でも力尽くで解決できるわけではない。何事にもリスクがあり、自身の責任が及ぶ範囲でしか助けられない」
「……はい」
「だから助ける基準も、人それぞれだ。神が41柱もいて、重きを置いている教えもバラバラで、それぞれ矛盾なく調和するように折り合いをつけてみせよ、という教義なんでね」
『彼』は肩をすくめ、言葉を続けた。
「高潔な精神で可能な限りを救おうとする者もいれば、打算も込みで助ける者もいる」
「……」
「で、私の場合は『特に負担もないなら、目についた上で見捨てるほど薄情ではない』だけ、かな」
「……それ、だけで?」
「自身の自由な在り方を貫くのが、私にとっての『信仰』なのさ。……ふっ……人間というのは面倒な生き物だな? ただ『これだけ』の話をするのに、回りくどく説明しなければ真意は伝わらず、誤解から疑いや諍いを生む事さえあるのだから」
その超然たる姿勢に、感謝や憧れが綯交ぜになり、私は言葉が出なかった。
「ところで、これから君はどうする?」
「……ぁ……え? どう、とは?」
「君らを詮索するつもりはないが、先程の身のこなし、状況から察するに『事情』があるのだろう。帰るのかね?」
私達が『何かしらの組織』の構成員であると勘付いたのだろう。
本来なら消すべき……だけど、恩人だ。
どこの所属かバレたわけではない、と言い訳して、私はその選択肢を捨てた。
「……はい。帰れば彼女の蘇生も叶うかも知れませんので」
「蘇生……これは、私の勝手な推測だが……そこまで手を尽くしてくれるものだろうか」
「……え」
「あのような状況に至ってなお、救援を寄越していない。
そして、私は君らを救出してから魔法で周囲を監視しているが、未だ誰かが接近して来る様子もない。
あえて言うが、気を悪くしないでもらいたい……見捨てられているのでは?」
「そ、れは……」
返す言葉が見つからなかった。
思い当たる節がありすぎた。
私達は劣等生のレッテルを貼られていた。
にも拘らず私達に与えられた任務は、かなりの危険が予想された。
『あの子』は「やっと少しは認めてもらえたって事かな」なんて無邪気に言っていたけど、私は当初から違和感を禁じ得なかった。
「帰ったところで問答無用に荼毘に付されるだけではないのか? そして病死や事故死に偽装されるなら良い方で……最悪は遺灰すら風に吹き散らされ、墓石を建てる事も許されないのでは?『そのような人物は存在しなかった』として」
「そんな!?」
否定は、できなかった。
けれども、だからと言って、
「……じゃあ……どうしたら……」
「自分で蘇生してみるかね?」
「……え?」
苦悩から地に視線を彷徨わせていた間に、『彼』は私の前に立っていた。
焚火の灯りを遮っているためか、まるで地面から影が生えているようだった。
表情は窺えず、けれど、その金色の瞳だけは何故か輝いて見えた。
「先にも言った通り、私は様々なアイテムを回収しているのでね。これも、その一つだ」
そう言ってローブから出してきた手に握られていたのは、私の素人目にもわかるほど神聖な空気を纏った短杖だった。
「これは蘇生の短杖。これを使えば対価なしに、神官でなくとも蘇生魔法を行使できる」
私は驚きのあまり声も出なかった。
まさに秘宝。
それまでは半信半疑だった『旅の目的』も、全て事実であると理解できた。
「これを君に譲ろう」
「ほ、本当ですか!?」
信じられない申し出だったが、続く『彼』の言に……自分に都合の良い判断とは自覚しつつも……納得した。
「使用回数に限度があってね。感じ取れる魔力から考えれば、使えても一回ほど。
それに、癒やしの力とはいえ、力だ。
扱いを間違えば戦争を引き起こす事さえあるだろう。
それを思えば、権力者などに渡るより先に、人知れず、本当に必要とする者が使ってしまう方が良い。
……さぁ、どうする?」
私は、それを受け取った。
すぐに彼女へと杖を翳し、蘇生の力を行使した。
けれど、当時の私は本当に愚かだった。
もちろん、この事それ自体には後悔はない。
当時の経緯があるから、今の私があるのだ。
それはそうと、あの時の私は考えもしなかったのだ。
力を行使する前に、覚悟しておくべきだった。
だというのに、これで『あの子』を救える、などと、私はあまりにも無邪気であった。
それが蘇生魔法を使う感覚という事なのだろうか。
発動後すぐに私は彼女の魂に触れた、気がした。
だけど……
─────いや─────
─────もう いや─────
「っ!? ダメ! 待って、行かないで!!」
触れたはずの魂は、私の手を振り払い、決して届かぬ深い闇の底へと沈んで行く。
そんな感覚に、私は必死に彼女を呼び止めるが、荒げた声も虚しく杖からは光が失われ、やがて砂のように崩れ去った。
「……ぁ、ぁぁ……」
「……拒絶されたか」
私は現実を受け止められず、遺体の前に崩れ落ち、返事さえできなかった。
「あんな目に遭っては無理もない、か。体の傷は癒せても、心の傷は簡単ではない」
『彼』の言葉も聞こえているのか、いないのか、私は項垂れたまま、譫言のように呟いた。
「……私が、弱かった、から? 私が、あの時、この命令は可怪しいって、止めなかったから? ……私なんかと、友達に、なったから? じゃなかったら、きっと、こんな……」
たった一人の大切な友達を守ってあげられなかった、ばかりか、この世に繋ぎ止める存在にもなり得なかった。
友達を名乗る資格なんて、ないのではないか。
その事実が私に与えた衝撃は、あまりにも甚大なものだった。
期待ばかり抱いて大きな力に飛び付き、願い叶わなかった時の事など考えもせず、その『反動』への覚悟など、まるで足りていなかった。
自罰的な思いに囚われ、もはや『全て自分のせいなのではなかろうか』とすら考え始めた私に、『彼』は言った。
「そう自分を責めるな。いくら己を追い詰めようと『今』を変える事はできない」
「でも、だって、私が、強ければ、守れていたら、こんな事には……」
「……確かに、あの現場を見た限り、連中を一人で皆殺しにできるくらいの力を君は得たのだろう。しかし、それは『友の死を目の当たりにしたから』ではないのか? それほどの衝撃を受けて初めて開花する力を、友が死ぬより先に得るなど、土台無理な話ではないか」
「それは……けど……」
なおも言葉を探す私の肩に、そっと『彼』は手を添えて言った。
「良くも悪くも、全ては『巡り合せ』だ。『それ』が『そうならなかった』のは前提があっての事。である以上、過去に『もしも』は無い」
「……ぅぅ……」
もう何を考え、何を言葉にするべきかさえ一切わからなくなった私に、『彼』は諭す。
「友を思い涙する心があるなら、君には考えなければならない事がある」
「……それは?」
「先程の『君らが帰った場合の処遇』の話。あれには続きがある……が、その前に一つ訊きたい。君は、葬儀とは何のためにするものだと思うね」
唐突な質問に訝りながら、葬儀と聞き、やや陰鬱な気になりつつも『必要になる事だ』と考え、私は答えた。
「……死者を悼むため?」
だが、『彼』の求める満点解答ではなかったらしく、『講義』が始まった。
「半分正解、といったところかな。……君は疑問に思った事はないかね?
生前は優しかった人物が、弔われなかっただけで何故、凶悪なアンデッドになり得るのか。
弔われなかっただけでアンデッドになるなら、人知れず落命した遭難者や忘れ去られた戦死者で、この世がアンデッドに埋め尽くされていないのは何故か」
それは、私が授業中に感じた様々な疑問に感触が似ていた。
初めのうちは質問をぶつけたりしていたけど、頭ごなしに『常識』を押し付けられてばかりだったから、いつしか勉強なんて真面目に受けなくなっていた。
劣等生扱いされるようになったのは、それからだ。
「葬儀とは、生者のために行う儀式なのだ」
「生者の、ため?」
「ナザリック教ではね、死者の魂は命の海に還るものとされている」
「命の、海……」
「全ての魂は、海から打ち上げられた『水飛沫』と考えられている。
高く打ち上げられた者はエルフのような長寿に、大きな滴はドラゴンのような強者に生まれ、打ち上げられてから海へと落ちるまでが『一生』だ。
生きているうちに、場合によっては穢れが溜まる。
故に海へと還る直前、死の神が魂を摘み上げ、地獄へ一度送るべきか……まぁ、その辺は良いか……兎も角、そこに葬儀の有無は関係ない。
それに、力ある神が、力無き者達の申し出がなければ魂を見落すなど、変な話だろう?
だから自然の摂理として、死者の魂は『海』へ……
この世がアンデッドで溢れ返らない理由は、それだ。
では、アンデッドとは何か」
かつて授業で不真面目だったのが嘘のように、『彼』の言葉に耳を傾けた。
「アンデッドとは、実は故人その人ではない」
「……ぇ、そうなんですか?」
「もちろん儀式によるアンデッド化や吸血鬼による眷族化、故人その人が本当に怨みや憎しみを懐いていた場合など例外はある。だが自然発生的なアンデッドの多くは故人の魂とは関係ない」
私は勉強そのものが嫌いだったわけではないのだと初めて自覚した。
思えば『あの子』と歴史や物語について語り合う時は、多少、小難しい内容だったとしても楽しかった。
「生者が懐く悲しみや畏れ、後ろめたさといった『負の感情』が、死者という存在に集約され、仮初めの魂という形を得て、あたかも故人その人であるかのように振舞い始める存在をアンデッドと呼ぶのだ」
「……だから、生者の気持ちに区切りをつけると、アンデッドの発生を防げる、と?」
「その通り。葬儀とは、そのための儀式なのだ」
だが、心地良い『授業』の時間は、そこまでだった。
「さて、それを踏まえて考えてほしい。彼女は死の安寧を望んでしまった。死は苦しみへの救済であるべきだし、だからこそ安易に死を振りまいたり取り除いたりするのは神聖な死への冒涜だ。彼女から救いを取り上げるわけにはいかない」
「……そう、ですね……」
もはや覆しようのない事。
『あの子』の気持ちを考えれば、やむを得ないと思った。
でも、『彼』が語った未来予測の受け入れ難さは、それ以上だった。
「となると、問題は『彼女を何処に葬るべきか』だ。先程の『もしも帰ったら』の続きを考えてみたまえ。
彼女の死後の尊厳に配慮しない者達が、しかし、後ろめたさや畏れを懐かない者だけだろうか。
そして、その光景を目の当たりにした君が、胸中に燻ぶらせる思いは如何なるものか。
それら負の感情が、彼女を依り代にするのではないか?
断言しよう。
帰れば、君すら含めた周りの状況全てが、彼女をアンデッドにするだろう」
「……ぇ……」
想像した光景に感じたものは、絶望。
(どんな地獄だ!!)
勝手にレッテルを貼り、自分たちで死地へ送り出し、省みる事さえしない。
許せなかった。
そして、それ以上に『何もできないであろう自分』が怖かった。
まだ確定した未来でないが、怒りと恐怖に震えた。
しかし、まだ最悪の続きがあった。
「そして、彼女として扱われる幽霊なり死霊なりを、神官に祓わせるのか、はたまた『任務失敗の責任』と言って君に倒させるのか……
何にせよ、きっと彼らは彼女に言うのだろう。
『アンデッドになど成りおって、不信心者め』と」
気が付けば、私は地面に拳を振り抜いていた。
砂塵が舞った。
怒りのあまり呼吸は乱れ、動悸が止まらない。
骨が軋むような痛みさえ、どうでも良かった。
そんな未来だけは回避しなければ……でも、どうやって?
逃げれば遠からず追っ手が来る。
自分の無力が悔しかった。
そんな私に、『彼』は福音を齎してくれた。
「一つ、方法がある」
その言葉に顔を上げた。
「竜王国の東側、どこでも良い、町か村に彼女の墓を作り、墓のついでに人々を守ってやれ。そうすれば君は『そこの英雄』だ。人々の目が、君を追っ手から守る砦となるだろう」
「……本当に、それだけで?」
私は、それだけで連中が諦めるのか不安に思い、訊ねる。
でも『彼』は頭を振って、
「……逆に訊くが、それらを掻い潜り、跳ね除けてまで殺さなければならないほどの理由が、今の君にあるのかね。当の連中が見捨てるような君に?」
遠慮も何もない言い方だけど、その通りだ。
奴らを返り討ちにしたとはいえ、下っ端工作員……どころか見習いに過ぎない。
大した情報も装備も、何一つ与えられてはいなかった。
自虐的に乾いた笑いが出てしまった。
「とはいえ長期的に見れば、君だけでは戦力に不安が残るのも事実……ふむ……こうするのも悪くない、か」
そう言って『彼』が取り出したのは、手から少しはみ出すくらいの宝石箱らしきもの。
「これには、私の魔法で守りが施されている。
中身は手紙……真贋は不明ながら、書かれた名前や、恐らくは盗み読み防止と思われる術の強力さを考えれば、間違いないだろう。
あるナザリック神の一柱が、他の神に宛てた手紙だ」
「そ……それ……正真正銘の聖遺物じゃないですか!?」
「うむ。して、これを君に託す」
軽い調子で、あっけらかんと、とんでもない事を言われてしまった。
「どうして私なんかに!?」
「放浪の旅を続ける私が持っているより、どこか決まった場所にある方が神も見付けやすいだろうから、いずれ誰かに預けるつもりだったのだよ」
「それは、まぁ、そうなんでしょうけど……」
「墓地の一画に鍵のかかる小さな祠でも建てて、彼女の墓のついでに守ってくれ。そうして戦っていれば君はナザリック教の聖地を守る聖戦士。噂を聞き付け『自分も参加したい』と協力者が集うだろう。
この世の中は力ある者が状況を動かす、が、逆に持たざる者であろうとも構造を作り上げてしまえば、それを力に変える事もできるのだ。
さぁ」
言い含められ、私は箱を手に
┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄
……なんか、『あの頃』の夢とか久しぶりだな……
まだ私が弱っちかったガキンチョだった頃。
うわー、色々ダっサいとこ思い出しちゃったわ。ハズいハズい。
……まぁ、『あの人』の顔を見れた分、悪い夢じゃないか。
あーあ、ふらっと会いに来てくんないかにゃー、なんてね。
ほんと、あの頃の私お子ちゃまよねー、ガッチリ捕まえとけば良かったのに。
今だったら、このナイスバディーで……あー、いや無理だわ。
あのクールフェイスを陥落させてる場面とか想像できないし。
このままじゃ婚期逃しちゃうー、私ちょーかわいそー、なんちゃって。ハハ。
とか、ぼんやり考えるのを止めにして起き上がり、カーテンを捲り外を見る。
……早朝どころか、まだ完全に真っ暗。
なんでこんな時間に起きちゃうかなー……
二度寝……するには目ぇ覚めちゃったし。
仕方ない、と、私は机に向かい、永続光のランプを点け(最近は寄進とか増えて、便利な生活できてるのよねー)引き出しに隠してある『それ』と、ペンやインク壺を用意した。
今では私のライフワーク。
『あの人』に言われて始めたのよね、「墓守だけでは罪悪感が消えないなら、彼女の夢を代わりに叶えてやるのも悪くないのではないか」って。
『あの子』、絵本作家になりたいって言ってたのよね。
だから彼女が好みそうな内容で、ペンネームも彼女の名前。
ようやく納得できる作品が書けるようになって、これで2作目。
途中になってた清書を終わらせ、締め括りとして献辞を書き添える。
「……今は亡き友に捧ぐ、っと……」
慣れてきたとはいえ、長かったー。
今完成させたの含め、全10部!
伸びをしてコリをほぐす。
……けど、そんな達成感とかに浸らせてくれるつもりは、神様にはないらしい。
あとはこいつを(変装して)製本職人へ持ってって……帝国だったら魔法で写本できるから、こんな風に手書きの必要ないんだろうなー……なんてツラツラ考えていたら、いきなり響くノックの音、ってかドア殴りつける音。
「団長! 起きてますか団長!?」
「んぴ」
変な悲鳴が出そうになって口を押さえた。
いや、それどころじゃない。
この! 鬼の団長と恐れられる私が!
子供向けの可愛らしい絵本なんて書いてると知られたら……ムリムリムリムリ!
死ぬ! し ん で し ま う !!
顔から火が吹き出そうな熱を感じ、それを振り払うように頭を振って、慌ててブツを引き出しに隠しつつ、ドアの向こうに怒鳴り返す。
「んだよウッセーな!! どうした!?」
「斥候から報告! ビーストマンの移動を確認、1500! 到達予想3時間後!」
「わかった! 作戦会議室で待て!」
「了解!」
遠ざかる気配に胸を撫で下ろす。
……この鬱憤は奴等にぶつける事にしよう。
すぐに身支度を整える。
思えば、この生活にも慣れたもんね。
(さっきのはタイミングが悪かっただけ!)
朝起きて礼拝して出撃して、
朝飯食って礼拝して出撃して、
昼飯食って礼拝して出撃して、
夕飯食って礼拝して出撃して、
湯浴みして礼拝して寝るっていう生活をしてたらいつの間にか噂が広まったらしく
「自分も信仰のために戦いたい」
って奴等が集まって、最初は小さい祠しかなかったのを
「聖遺物に相応しくない」
って有志が聖堂を建設して、みんなが
「聖堂騎士団を名乗ろう」
とか言い出して、あれよあれよという間に騎士団長に担ぎ上げられたのよね。
墓守してたいだけだった私なんかガラじゃないってのにさ。
そりゃあ、さ? 『あの人』への恩義もあるし?
クソ兄貴が拝んでる神様より拝みやすいから手を合わせてるけど、信仰心なんてサッパリよ。
大体『あの人』も大概よね。
自由に旅するためってのはわかるけどさ、何あの『目の前からいなくなって少し経つと相手の記憶から薄れて曖昧になる』って魔法? 呪い?
確かに『箱』を守ってるんだから、その影響力の範囲内に入れば思い出すんだけどさ、それ拝んでる間だけじゃん!
だから『あの人』がいなくなったくらいの頃いっつも礼拝するはめになったわ!
だって不安……んん、いや、なんつーか、すぐ思い出したく、って違、あー! ハズいわ! 乙女か!
もう昔の話! 終了!
で!
おかげで周りから『敬虔な信徒』みたく思われてさぁ!
ってコレは良いのか……目的には適ってたわけで……ん?
いや待て!
そーよ、そのせいで神学問答とか話しかけられて迷惑してるんだっつーの!
知らねーって!
だからテキトーに返すんだけど、その度に「おぉっ」って、何そのリアクション。
あれか? 「さすがは団長!(こいつ何もわかってねーな)」みたいな感じで、後で酒の席で嘲笑ってんの?
なんで何回も聞きに来んだよ! 新手のイジメか!?
そんで面白くないから訓練でキツめに扱いてやったら逆に熱量上がるとか意味わか……え、まさか、あいつら変た……いやいやいや、これ以上考えるのやめよう。
そんなの率いてるのが自分とかツラすぎる。
あいつら真面目で熱心な信徒なんだ、きっとそうだ、んなわけねーだろと思うけどそういう事にしとこう!
とか考えてる間に身支度がほぼ終わり、姿見で確認する。
背中が空いたミスリル製スケイルアーマー、脛当てもミスリル製。
軽さと動き重視よね。
『あの人』手づから魔化を施してくれた品だ。
どちらも俊敏性アップと物理攻撃ダメージ軽減が付与されている一級品。
けど「団長なんだから聖騎士っぽい感じに」って周りから言われて白に裏地が赤のマント、左で留めるタイプ……いや聖騎士じゃねーし。
回復魔法も聖撃も使えねーから。
てかさ、これ戦場にも着てく装備じゃん?
なのに彫金とか飾り石とか……
「……作りこみ、こだわりすぎ」
ホント、みんな勝手よね。団員連中も、ぜーんぜん会いに来てくれない『あの人』も、私を英雄扱いするこの国の連中も、法国の神官長共も、外面では理解ある兄みたいな顔して実際には私を見下すクソ兄貴も、あと私らの事を戦争狂扱いしてるらしい他国の連中も。
理想とか大義名分とか政治力学とか言っちゃってさ、結局どいつもこいつもテメーの勝手でしょ?
だから、私も自分勝手に意地を徹すだけよ。
「あなたのお墓は、私が守るわ」
そう独り言ち、あの日『あの人』からもらった二対のアダマンタイト製スティレットを腰に佩いて部屋を出る。
結局、ウチの斥候は優秀だったらしく(いや誤報だったらぶん殴るけどさ)キッカリ3時間後にビーストマン共は防衛線に到達した。
ハァ、出稿はまた後日ね。
今日も私は『ナザリック聖牘聖堂守護騎士団・団長クレマンティーヌ』としての獰猛な笑みを顔に貼り付け、戦場に身を踊らせる。
「右翼、回り込め! 弓兵、曲射用意! 敵右翼を足止めしろ!! ボジェク、コーバス! 押し負けんじゃねーぞ!
ケツの穴増やされたくなかったら死ぬ気で気張れ!!!」
「「「「「「応!!」」」」」」
それが自己満足や代償行為に過ぎないのは百も承知よ。
けどそれが、それだけが私の、『あの日、慟哭した私』にとっての存在証明だから。
「……リーダーちゃん、みーつけた。イェルド! ここは任せるぞ!!」
「ご武運を!」
勝手に友達の死を言い訳に使って……って、怒られるかな。
けど、あの日、私を振り払って帰って来なかったあなたも悪いんだからね?
私、本当に悲しかったんだから。
だから、怒らないで見守っててよ。
「……能力向上……能力超向上……」
私、もう誰にも負けないからさ。
「……疾風、走破ぁぁぁ!!!」