【完結】おおかみ☆せんせーしょん(ハーメルン移植版)   作:ブドウ冷やしんす

18 / 47

人間の世界は、連続した人間の選択によって創られる。
故に、変えられぬものなど一つもない。
───ア■■・■■■ス


幕間 手紙

 

side???

 

 

パチパチという焚火(たきび)の音で、私は目を覚ます。

ぼんやりとした意識で目の前の夜空を見ていた。

 

横たわったまま星々の煌(きらめ)きを見つめる私に声が掛(か)かる。

 

 

「気が付いたかね」

 

 

その声に反応し、すぐさま私は臨戦態勢(りんせんたいせい)をとり、声の主を警戒(けいかい)、誰何(すいか)した。

 

「誰!?」

 

 

そこには漆黒のローブに身を包んだ、恐らくは魔法詠唱者(マジックキャスター)が焚火を前に座っていた。

 

目深(まぶか)に被(かぶ)ったフードの奥に少しだけ覗(のぞ)く口元は、見慣(な)れない黒い肌をしていた。

 

 

「落ち着きたまえ、私は君らの敵ではない。……傷の具合(ぐあい)はどうかね? 私は神官ではないが、『損傷(そんしょう)した肉体の復元』なら得意でね」

 

 

言われて気付く私。

 

あれだけ拷問(ごうもん)の限りを尽(つ)くされたにも拘(かかわ)らず、全く痛みを感じなくなっていたのだ。

 

「……うそ……」

 

 

「それと、君の友人も『寝かせて』ある。あのまま(・・・・)にしておくのも忍びなかったので、僭越(せんえつ)ながら魔法で清(きよ)めさせてもらったよ」

 

 

手で示した先には、焚火の光に照(て)らされる安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)。

 

私は駆(か)け寄り、中を確認した。

 

『彼』が言うように、あれだけ『汚された』はずだったのが清潔(せいけつ)な状態になっていた。

 

 

死後硬直が進んでいたのか、温(ぬく)もりも柔(やわ)らかさも失(う)せた『あの子』を、私は思わず抱きしめた。

 

しばらく、涙は止まらなかった。

 

『守ってあげられなくてごめん』と。

 

 

気持ちが落ち着いた私は『彼』に感謝を伝(つた)えた。

 

「先程(さきほど)は失礼致(いた)しました。彼女の事も含(ふく)め、本当にありがとうございます」

 

 

「礼には及(およ)ばない。助けたと言うには、些(いささ)か遅すぎた」

 

 

「……あの、何故(なぜ)、助けて下さったのですか?」

 

 

「……私は、旅をしていてね」

 

 

初めは何の関係があるのかと疑問(ぎもん)に思ったものの、助けてもらった手前、無礼(ぶれい)はするまいと話の続きを促(うなが)した。

 

「旅、ですか」

 

 

「この世界には、俗人(ぞくじん)の手には余(あま)るような『大いなる力を秘めたアイテム』というのが、そこかしこに散らばっている」

 

 

「……」

 

 

「それらが心無い者の手に渡らぬよう回収して回るのが私の目的でね……君らが囚(とら)われていた屋敷(やしき)の貴族は蒐集家(しゅうしゅうか)として、また『後暗(うしろぐら)い取引をしている』という噂で知られている人物だったので、少々探(さぐ)りを入れていた」

 

 

「……見捨(すて)てる事も、できたのでは?」

 

そう訊(き)かずにはいられなかった。

 

自分で言うのも何だけど、完全な『厄介事(やっかいごと)』だ。

 

 

『彼』は答え、

 

「私は、ナザリック教徒でね」

 

首から下げている聖印を摘(つま)んで見せた。

 

 

確かナザリック教には正義を司(つかさど)る神がいて、困っていたら助けるのが当たり前という教えがあったはず、という事くらいは、当時六大神を信仰していた私でも知っている話だった。

 

 

しかし『彼』は、

 

「まぁ、だからというわけではないが……ふむ、そうだな……我々も色々(・・)だ」

 

どこか飄々(ひょうひょう)とした様子で語る。

 

 

「色々、ですか?」

 

 

「人は、正義の神のように何でも力尽(づ)くで解決できるわけではない。何事にもリスクがあり、自身の責任が及ぶ範囲でしか助けられない」

 

 

「……はい」

 

 

「だから助ける基準も、人それぞれだ。神が41柱もいて、重きを置いている教えもバラバラで、それぞれ矛盾(むじゅん)なく調和するように折り合いをつけてみせよ、という教義なんでね」

 

『彼』は肩をすくめ、言葉を続けた。

 

「高潔(こうけつ)な精神で可能な限りを救(すく)おうとする者もいれば、打算も込(こ)みで助ける者もいる」

 

 

「……」

 

 

「で、私の場合は『特に負担もないなら、目についた上で見捨てるほど薄情(はくじょう)ではない』だけ、かな」

 

 

「……それ、だけで?」

 

 

「自身の自由な在(あ)り方を貫(つらぬ)くのが、私にとっての『信仰』なのさ。……ふっ……人間というのは面倒(めんどう)な生き物だな? ただ『これだけ』の話をするのに、回りくどく説明しなければ真意は伝(つた)わらず、誤解(ごかい)から疑(うたが)いや諍(いさか)いを生む事さえあるのだから」

 

 

その超然(ちょうぜん)たる姿勢(しせい)に、感謝や憧(あこが)れが綯交(ないま)ぜになり、私は言葉が出なかった。

 

 

「ところで、これから君はどうする?」

 

 

「……ぁ……え? どう、とは?」

 

 

「君らを詮索(せんさく)するつもりはないが、先程(さきほど)の身のこなし、状況から察(さっ)するに『事情』があるのだろう。帰る(・・)のかね?」

 

 

私達が『何かしらの組織』の構成員であると勘付(かんづ)いたのだろう。

 

本来なら消す(・・)べき……だけど、恩人(おんじん)だ。

 

どこの所属かバレたわけではない、と言い訳して、私はその選択肢を捨てた。

 

 

「……はい。帰れば彼女の蘇生も叶(かな)うかも知れませんので」

 

 

「蘇生……これは、私の勝手な推測(すいそく)だが……そこまで手を尽くしてくれるものだろうか」

 

 

「……え」

 

 

「あのような状況(・・・・・・・)に至(いた)ってなお、救援を寄越(よこ)していない。

そして、私は君らを救出してから魔法で周囲を監視しているが、未(いま)だ誰かが接近して来る様子もない。

あえて言うが、気を悪くしないでもらいたい……見捨てられているのでは?」

 

 

「そ、れは……」

 

返す言葉が見つからなかった。

思い当たる節(ふし)がありすぎた。

 

 

私達は劣等生(れっとうせい)のレッテルを貼(は)られていた。

 

にも拘らず私達に与えられた任務は、かなりの危険が予想された。

 

 

『あの子』は「やっと少しは認めてもらえたって事かな」なんて無邪気(むじゃき)に言っていたけど、私は当初から違和感(いわかん)を禁じ得なかった。

 

 

「帰ったところで問答無用に荼毘(だび)に付(ふ)されるだけではないのか? そして病死や事故死に偽装(ぎそう)されるなら良い方で……最悪は遺灰すら風に吹き散らされ、墓石を建てる事も許されないのでは?『そのような人物は存在しなかった』として」

 

 

「そんな!?」

 

 

否定(ひてい)は、できなかった。

 

けれども、だからと言って、

 

「……じゃあ……どうしたら……」

 

 

「自分で蘇生してみるかね?」

 

 

「……え?」

 

苦悩(くのう)から地に視線を彷徨(さまよ)わせていた間に、『彼』は私の前に立っていた。

 

 

焚火の灯(あか)りを遮(さえぎ)っているためか、まるで地面から影が生えているようだった。

 

表情は窺(うかが)えず、けれど、その金色(こんじき)の瞳(ひとみ)だけは何故か輝(かがや)いて見えた。

 

 

「先にも言った通り、私は様々なアイテムを回収しているのでね。これも、その一つだ」

 

 

そう言ってローブから出してきた手に握(にぎ)られていたのは、私の素人目(しろうとめ)にもわかるほど神聖な空気を纏(まと)った短杖(たんじょう)だった。

 

 

「これは蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)。これを使えば対価なしに、神官でなくとも蘇生魔法を行使(こうし)できる」

 

 

私は驚(おどろ)きのあまり声も出なかった。

 

まさに秘宝。

 

それまでは半信半疑(はんしんはんぎ)だった『旅の目的』も、全(すべ)て事実であると理解できた。

 

 

「これを君に譲(ゆず)ろう」

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

信じられない申(もう)し出(で)だったが、続く『彼』の言に……自分に都合(つごう)の良い判断とは自覚しつつも……納得(なっとく)した。

 

 

「使用回数に限度があってね。感じ取れる魔力から考えれば、使えても一回ほど。

 

それに、癒(い)やしの力とはいえ、力だ。

扱(あつか)いを間違(まちが)えば戦争を引き起こす事さえあるだろう。

それを思えば、権力者などに渡るより先に、人知れず、本当に必要とする者が使ってしまう方が良い。

 

 

……さぁ、どうする?」

 

 

私は、それを受け取った。

 

 

すぐに彼女へと杖を翳(かざ)し、蘇生の力を行使した。

 

 

けれど、当時の私は本当に愚(おろ)かだった。

 

もちろん、この事それ自体には後悔(こうかい)はない。

 

当時の経緯(けいい)があるから、今の私があるのだ。

 

それはそうと、あの時の私は考えもしなかったのだ。

 

力を行使する前に、覚悟(かくご)しておくべきだった。

 

だというのに、これで『あの子』を救える、などと、私はあまりにも無邪気であった。

 

 

 

それが蘇生魔法を使う感覚という事なのだろうか。

 

発動後すぐに私は彼女の魂に触(ふ)れた、気がした。

 

だけど……

 

 

 

 

─────いや─────

─────もう いや─────

 

 

 

 

「っ!? ダメ! 待って、行かないで!!」

 

触れたはずの魂(あの子)は、私の手を振(ふ)り払(はら)い、決して届(とど)かぬ深い闇の底へと沈(しず)んで行く。

 

そんな感覚に、私は必死に彼女を呼び止めるが、荒(あら)げた声も虚(むな)しく杖からは光が失われ、やがて砂のように崩(くず)れ去(さ)った。

 

 

「……ぁ、ぁぁ……」

 

 

「……拒絶(きょぜつ)されたか」

 

 

私は現実を受け止められず、遺体の前に崩れ落ち、返事さえできなかった。

 

 

「あんな目に遭(あ)っては無理もない、か。体の傷は癒(いや)せても、心の傷は簡単ではない」

 

 

『彼』の言葉も聞こえているのか、いないのか、私は項垂(うなだ)れたまま、譫言(うわごと)のように呟(つぶや)いた。

 

「……私が、弱かった、から? 私が、あの時、この命令は可怪(おか)しいって、止めなかったから? ……私なんかと、友達に、なったから? じゃなかったら、きっと、こんな……」

 

 

たった一人の大切な友達を守ってあげられなかった、ばかりか、この世に繋(つな)ぎ止める存在にもなり得なかった。

 

友達を名乗る資格なんて、ないのではないか。

 

その事実が私に与えた衝撃(しょうげき)は、あまりにも甚大(じんだい)なものだった。

 

 

期待ばかり抱いて大きな力に飛び付き、願い叶わなかった時の事など考えもせず、その『反動』への覚悟など、まるで足りていなかった。

 

 

自罰的(じばつてき)な思いに囚(とら)われ、もはや『全て自分のせいなのではなかろうか』とすら考え始めた私に、『彼』は言った。

 

「そう自分を責(せ)めるな。いくら己(おのれ)を追い詰(つ)めようと『今』を変える事はできない」

 

 

「でも、だって、私が、強ければ、守れていたら、こんな事には……」

 

 

「……確かに、あの現場を見た限り、連中を一人で皆殺しにできるくらいの力を君は得たのだろう。しかし、それは『友の死を目の当たりにしたから』ではないのか? それほどの衝撃を受けて初めて開花する力を、友が死ぬより先に得るなど、土台無理な話ではないか」

 

 

「それは……けど……」

 

 

なおも言葉を探す私の肩に、そっと『彼』は手を添(そ)えて言った。

 

「良くも悪くも、全ては『巡(めぐ)り合せ』だ。『それ』が『そうならなかった』のは前提(ぜんてい)があっての事。である以上、過去に『もしも』は無い」

 

 

「……ぅぅ……」

 

もう何を考え、何を言葉にするべきかさえ一切わからなくなった私に、『彼』は諭(さと)す。

 

「友を思い涙する心があるなら、君には考えなければならない事がある」

 

 

「……それは?」

 

 

「先程の『君らが帰った場合の処遇(しょぐう)』の話。あれには続きがある……が、その前に一つ訊(き)きたい。君は、葬儀(そうぎ)とは何のためにするものだと思うね」

 

 

唐突(とうとつ)な質問に訝(いぶか)りながら、葬儀と聞き、やや陰鬱(いんうつ)な気になりつつも『必要になる事だ』と考え、私は答えた。

 

「……死者を悼(いた)むため?」

 

だが、『彼』の求める満点解答ではなかったらしく、『講義』が始まった。

 

 

「半分正解、といったところかな。……君は疑問に思った事はないかね?

 

生前は優(やさ)しかった人物が、弔(とむら)われなかっただけで何故、凶悪なアンデッドになり得るのか。

 

弔われなかっただけでアンデッドになるなら、人知れず落命した遭難者(そうなんしゃ)や忘れ去られた戦死者で、この世がアンデッドに埋(う)め尽くされていないのは何故か」

 

 

それは、私が授業中に感じた様々な疑問に感触が似ていた。

 

初めのうちは質問をぶつけたりしていたけど、頭ごなしに『常識』を押し付けられてばかりだったから、いつしか勉強なんて真面目(まじめ)に受けなくなっていた。

 

劣等生扱いされるようになったのは、それからだ。

 

 

「葬儀とは、生者のために行う儀式なのだ」

 

 

「生者の、ため?」

 

 

「ナザリック教ではね、死者の魂は命の海に還(かえ)るものとされている」

 

 

「命の、海……」

 

 

「全ての魂は、海から打ち上げられた『水飛沫(みずしぶき)』と考えられている。

 

高く打ち上げられた者はエルフのような長寿に、大きな滴(しずく)はドラゴンのような強者に生まれ、打ち上げられてから海へと落ちるまでが『一生』だ。

 

生きているうちに、場合によっては穢(けが)れが溜(た)まる。

 

故(ゆえ)に海へと還る直前、死の神が魂を摘(つま)み上げ、地獄へ一度送るべきか……まぁ、その辺は良いか……兎(と)も角(かく)、そこに葬儀の有無(うむ)は関係ない。

 

それに、力ある神が、力無き者達の申し出がなければ魂を見落すなど、変な話だろう?

 

だから自然の摂理(せつり)として、死者の魂は『海』へ……

この世がアンデッドで溢(あふ)れ返らない理由は、それだ。

 

では、アンデッドとは何か」

 

 

かつて授業で不真面目だったのが嘘のように、『彼』の言葉に耳を傾(かたむ)けた。

 

 

「アンデッドとは、実は故人(こじん)その人ではない」

 

 

「……ぇ、そうなんですか?」

 

 

「もちろん儀式によるアンデッド化や吸血鬼による眷族化(けんぞくか)、故人その人が本当に怨(うら)みや憎(にく)しみを懐(いだ)いていた場合など例外はある。だが自然発生的なアンデッドの多くは故人の魂とは関係ない」

 

 

私は勉強そのものが嫌いだったわけではないのだと初めて自覚した。

 

思えば『あの子』と歴史や物語について語り合う時は、多少、小難(こむずか)しい内容だったとしても楽しかった。

 

 

「生者が懐く悲しみや畏(おそ)れ、後ろめたさといった『負の感情』が、死者という存在に集約され、仮初(かりそ)めの魂という形を得て、あたかも故人その人であるかのように振舞(ふるま)い始める存在をアンデッドと呼ぶのだ」

 

 

「……だから、生者の気持ちに区切(くぎ)りをつけると、アンデッドの発生を防(ふせ)げる、と?」

 

 

「その通り。葬儀とは、そのための儀式なのだ」

 

 

だが、心地良い『授業』の時間は、そこまでだった。

 

 

「さて、それを踏(ふ)まえて考えてほしい。彼女は死の安寧(あんねい)を望(のぞ)んでしまった。死は苦しみへの救済であるべきだし、だからこそ安易(あんい)に死を振りまいたり取り除(のぞ)いたりするのは神聖な死への冒涜(ぼうとく)だ。彼女から救いを取り上げるわけにはいかない」

 

 

「……そう、ですね……」

 

 

もはや覆(くつがえ)しようのない事。

 

『あの子』の気持ちを考えれば、やむを得ないと思った。

 

 

でも、『彼』が語った未来予測の受け入れ難(がた)さは、それ以上だった。

 

 

「となると、問題は『彼女を何処(どこ)に葬(ほうむ)るべきか』だ。先程の『もしも帰ったら』の続きを考えてみたまえ。

 

彼女の死後の尊厳(そんげん)に配慮(はいりょ)しない者達が、しかし、後ろめたさや畏れを懐かない者だけだろうか。

 

そして、その光景を目の当たりにした君が、胸中に燻(くす)ぶらせる思いは如何(いか)なるものか。

 

それら負の感情が、彼女を依(よ)り代(しろ)にするのではないか?

 

断言しよう。

 

帰れば、君すら含(ふく)めた周りの状況全(すべ)てが、彼女をアンデッドにするだろう」

 

 

「……ぇ……」

 

想像した光景に感じたものは、絶望(ぜつぼう)。

 

 

(どんな地獄だ!!)

 

 

勝手にレッテルを貼り、自分たちで死地へ送り出し、省(かえり)みる事さえしない。

 

許(ゆる)せなかった。

 

そして、それ以上に『何もできないであろう自分』が怖(こわ)かった。

 

まだ確定した未来でないが、怒(いか)りと恐怖(きょうふ)に震(ふる)えた。

 

 

しかし、まだ最悪の続きがあった。

 

 

「そして、彼女として扱われる(・・・・・・・・・)幽霊(ゴースト)なり死霊(レイス)なりを、神官に祓(はら)わせるのか、はたまた『任務失敗の責任』と言って君に倒(たお)させるのか……

 

何にせよ、きっと彼らは彼女に言うのだろう。

 

 

 

『アンデッドになど成(な)りおって、不信心者(ふしんじんもの)め』と」

 

 

 

気が付けば、私は地面に拳(こぶし)を振り抜(ぬ)いていた。

 

砂塵(さじん)が舞(ま)った。

 

怒りのあまり呼吸は乱(みだ)れ、動悸(どうき)が止まらない。

 

骨が軋(きし)むような痛(いた)みさえ、どうでも良かった。

 

 

そんな未来だけは回避(かいひ)しなければ……でも、どうやって?

 

逃(に)げれば遠(とお)からず追(お)っ手(て)が来る。

 

自分の無力が悔(くや)しかった。

 

 

そんな私に、『彼』は福音(ふくいん)を齎(もたら)してくれた。

 

「一つ、方法がある」

 

その言葉に顔を上げた。

 

「竜王国の東側、どこでも良い、町か村に彼女の墓(はか)を作り、墓のついでに人々を守ってやれ。そうすれば君は『そこの英雄』だ。人々の目が、君を追っ手から守る砦(とりで)となるだろう」

 

 

「……本当に、それだけで?」

 

 

私は、それだけで連中が諦(あきら)めるのか不安に思い、訊(たず)ねる。

 

 

でも『彼』は頭(かぶり)を振って、

 

「……逆に訊くが、それらを掻(か)い潜(くぐ)り、跳(は)ね除(の)けてまで殺さなければならないほどの理由が、今の君にあるのかね。当の連中が見捨てるような君に?」

 

 

遠慮(えんりょ)も何もない言い方だけど、その通りだ。

 

奴(やつ)らを返り討(う)ちにしたとはいえ、下(した)っ端(ぱ)工作員……どころか見習いに過ぎない。

 

大した情報も装備も、何一つ与えられてはいなかった。

 

自虐的(じぎゃくてき)に乾(かわ)いた笑いが出てしまった。

 

 

「とはいえ長期的に見れば、君だけでは戦力に不安が残るのも事実……ふむ……こうするのも悪くない、か」

 

そう言って『彼』が取り出したのは、手から少しはみ出すくらいの宝石箱らしきもの。

 

 

「これには、私の魔法で守りが施(ほどこ)されている。

 

中身は手紙……真贋(しんがん)は不明ながら、書かれた名前や、恐らくは盗(ぬす)み読み防止と思われる術(じゅつ)の強力さを考えれば、間違いないだろう。

 

 

あるナザリック神の一柱が、他の神に宛(あ)てた手紙だ」

 

 

「そ……それ……正真正銘(しょうしんしょうめい)の聖遺物(せいいぶつ)じゃないですか!?」

 

 

「うむ。して、これを君に託(たく)す」

 

軽い調子で、あっけらかんと、とんでもない事を言われてしまった。

 

 

「どうして私なんかに!?」

 

 

「放浪(ほうろう)の旅を続ける私が持っているより、どこか決まった場所にある方が神も見付けやすいだろうから、いずれ誰かに預(あず)けるつもりだったのだよ」

 

 

「それは、まぁ、そうなんでしょうけど……」

 

 

「墓地の一画に鍵のかかる小さな祠(ほこら)でも建てて、彼女の墓のついでに守ってくれ。そうして戦っていれば君はナザリック教の聖地を守る聖戦士。噂(うわさ)を聞き付け『自分も参加したい』と協力者が集(つど)うだろう。

 

この世の中は力ある者が状況を動かす、が、逆に持たざる者であろうとも構造を作り上げてしまえば、それを力に変える事もできるのだ。

 

 

さぁ」

 

 

言い含められ、私は箱を手に

 

 

┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄

 

 

……なんか、『あの頃』の夢とか久しぶりだな……

 

まだ私が弱っちかったガキンチョだった頃。

 

うわー、色々ダっサいとこ思い出しちゃったわ。ハズいハズい。

 

 

……まぁ、『あの人』の顔を見れた分、悪い夢じゃないか。

 

あーあ、ふらっと会いに来てくんないかにゃー、なんてね。

 

ほんと、あの頃の私お子ちゃまよねー、ガッチリ捕(つか)まえとけば良かったのに。

 

今だったら、このナイスバディーで……あー、いや無理だわ。

 

あのクールフェイスを陥落(かんらく)させてる場面とか想像できないし。

 

このままじゃ婚期(こんき)逃(のが)しちゃうー、私ちょーかわいそー、なんちゃって。ハハ。

 

 

とか、ぼんやり考えるのを止めにして起き上がり、カーテンを捲(めく)り外を見る。

 

……早朝どころか、まだ完全に真っ暗。

 

なんでこんな時間に起きちゃうかなー……

 

二度寝……するには目ぇ覚めちゃったし。

 

 

仕方ない、と、私は机に向かい、永続光(コンティニュアル・ライト)のランプを点け(最近は寄進(きしん)とか増えて、便利な生活できてるのよねー)引き出しに隠(かく)してある『それ』と、ペンやインク壺(つぼ)を用意した。

 

 

今では私のライフワーク。

 

『あの人』に言われて始めたのよね、「墓守(はかもり)だけでは罪悪感(ざいあくかん)が消えないなら、彼女の夢を代わりに叶えてやるのも悪くないのではないか」って。

 

『あの子』、絵本作家になりたいって言ってたのよね。

 

だから彼女が好みそうな内容で、ペンネームも彼女の名前。

 

ようやく納得できる作品が書けるようになって、これで2作目。

 

 

途中になってた清書を終わらせ、締(し)め括(くく)りとして献辞(けんじ)を書き添(そ)える。

 

「……今は亡(な)き友に捧(ささ)ぐ、っと……」

 

慣(な)れてきたとはいえ、長かったー。

 

今完成させたの含め、全10部!

 

伸(の)びをしてコリをほぐす。

 

 

……けど、そんな達成感(たっせいかん)とかに浸(ひた)らせてくれるつもりは、神様にはないらしい。

 

 

あとはこいつを(変装して)製本職人へ持ってって……帝国だったら魔法で写本できるから、こんな風に手書きの必要ないんだろうなー……なんてツラツラ考えていたら、いきなり響(ひび)くノックの音、ってかドア殴(なぐ)りつける音。

 

 

「団長! 起きてますか団長!?」

 

 

「んぴ」

変な悲鳴が出そうになって口を押さえた。

 

いや、それどころじゃない。

 

 

この! 鬼の団長と恐(おそ)れられる私が!

 

子供向けの可愛らしい絵本なんて書いてると知られたら……ムリムリムリムリ!

 

死ぬ! し ん で し ま う !!

 

顔から火が吹き出そうな熱を感じ、それを振り払うように頭を振って、慌ててブツ(・・)を引き出しに隠(かく)しつつ、ドアの向こうに怒鳴(どな)り返す。

 

「んだよウッセーな!! どうした!?」

 

「斥候(せっこう)から報告! ビーストマンの移動を確認、1500! 到達(とうたつ)予想3時間後!」

 

「わかった! 作戦会議室で待て!」

 

「了解!」

 

 

遠ざかる気配に胸を撫(な)で下ろす。

 

……この鬱憤(うっぷん)は奴等(やつら)にぶつける事にしよう。

 

すぐに身支度(みじたく)を整(ととの)える。

 

 

思えば、この生活にも慣れたもんね。

(さっきのはタイミングが悪かっただけ!)

 

 

朝起きて礼拝(れいはい)して出撃して、

朝飯食って礼拝して出撃して、

昼飯食って礼拝して出撃して、

夕飯食って礼拝して出撃して、

湯浴(ゆあ)みして礼拝して寝るっていう生活をしてたらいつの間にか噂が広まったらしく

 

「自分も信仰のために戦いたい」

 

って奴等が集まって、最初は小さい祠しかなかったのを

 

「聖遺物に相応(ふさわ)しくない」

 

って有志が聖堂を建設して、みんなが

 

「聖堂騎士団を名乗ろう」

 

とか言い出して、あれよあれよという間に騎士団長に担(かつ)ぎ上げられたのよね。

 

 

墓守してたいだけだった私なんかガラじゃないってのにさ。

 

そりゃあ、さ? 『あの人』への恩義もあるし?

 

クソ兄貴が拝(おが)んでる神様より拝(おが)みやすいから手を合わせてるけど、信仰心なんてサッパリよ。

 

大体『あの人』も大概(たいがい)よね。

 

自由に旅するためってのはわかるけどさ、何あの『目の前からいなくなって少し経(た)つと相手の記憶から薄(うす)れて曖昧(あいまい)になる』って魔法? 呪い?

 

確かに『箱』を守ってるんだから、その影響力の範囲内に入れば思い出すんだけどさ、それ拝んでる間だけじゃん!

 

だから『あの人』がいなくなったくらいの頃いっつも礼拝するはめになったわ!

 

だって不安……んん、いや、なんつーか、すぐ思い出したく、って違、あー! ハズいわ! 乙女(おとめ)か!

 

もう昔の話! 終了!

 

 

で!

 

おかげで周りから『敬虔(けいけん)な信徒』みたく思われてさぁ!

 

ってコレは良いのか……目的には適(かな)ってたわけで……ん?

 

いや待て!

 

そーよ、そのせいで神学問答とか話しかけられて迷惑(めーわく)してるんだっつーの!

 

 

知らねーって!

 

 

だからテキトーに返すんだけど、その度(たび)に「おぉっ」って、何そのリアクション。

 

あれか? 「さすがは団長!(こいつ何もわかってねーな)」みたいな感じで、後で酒の席で嘲笑(わら)ってんの?

 

なんで何回も聞きに来んだよ! 新手のイジメか!?

 

そんで面白くないから訓練でキツめに扱(しご)いてやったら逆に熱量上がるとか意味わか……え、まさか、あいつら変た……いやいやいや、これ以上考えるのやめよう。

そんなの率(ひき)いてるのが自分とかツラすぎる。

 

あいつら真面目で熱心な信徒なんだ、きっとそうだ、んなわけねーだろと思うけどそういう事にしとこう!

 

 

とか考えてる間に身支度がほぼ終わり、姿見(すがたみ)で確認する。

 

背中が空いたミスリル製スケイルアーマー、脛当(すねあ)てもミスリル製。

軽さと動き重視よね。

 

『あの人』手づから魔化(エンチャント)を施してくれた品だ。

 

どちらも俊敏性(しゅんびんせい)アップと物理攻撃ダメージ軽減が付与(ふよ)されている一級品。

 

 

けど「団長なんだから聖騎士っぽい感じに」って周りから言われて白に裏地が赤のマント、左で留(と)めるタイプ……いや聖騎士じゃねーし。

回復魔法も聖撃も使えねーから。

 

 

てかさ、これ戦場にも着てく装備じゃん?

なのに彫金(ちょうきん)とか飾(かざ)り石とか……

 

「……作りこみ、こだわりすぎ」

 

ホント、みんな勝手よね。団員連中も、ぜーんぜん会いに来てくれない『あの人』も、私を英雄扱いするこの国の連中も、法国の神官長共も、外面(そとづら)では理解ある兄みたいな顔して実際には私を見下すクソ兄貴も、あと私らの事を戦争狂扱いしてるらしい他国の連中も。

 

理想とか大義名分とか政治力学とか言っちゃってさ、結局どいつもこいつもテメーの勝手でしょ?

 

 

だから、私も自分勝手に意地を徹(とお)すだけよ。

 

 

「あなたのお墓(が生きた証)は、私が守るわ」

 

 

そう独(ひと)り言(ご)ち、あの日『あの人』からもらった二対のアダマンタイト製スティレットを腰に佩(は)いて部屋を出る。

 

 

結局、ウチの斥候は優秀だったらしく(いや誤報(ごほう)だったらぶん殴るけどさ)キッカリ3時間後にビーストマン共は防衛線に到達した。

 

ハァ、出稿はまた後日ね。

 

 

今日も私は『ナザリック聖牘(せいとく)聖堂守護騎士団・団長クレマンティーヌ』としての獰猛(どうもう)な笑みを顔に貼り付け、戦場に身を踊(おど)らせる。

 

 

「右翼、回り込め! 弓兵、曲射用意! 敵右翼を足止めしろ!! ボジェク、コーバス! 押し負けんじゃねーぞ!

ケツの穴増やされたくなかったら死ぬ気で気張れ!!!」

 

「「「「「「応!!」」」」」」

 

 

それが自己満足や代償行為(だいしょうこうい)に過(す)ぎないのは百も承知(しょうち)よ。

 

けどそれが、それだけが私の、『あの日、慟哭(どうこく)した私』にとっての存在証明だから。

 

 

「……リーダーちゃん、みーつけた。イェルド! ここは任せるぞ!!」

 

「ご武運を!」

 

 

勝手に友達の死を言(い)い訳(わけ)に使って……って、怒られるかな。

 

けど、あの日、私を振り払って帰って来なかったあなたも悪いんだからね?

 

 

私、本当に悲しかったんだから。

 

 

だから、怒らないで見守っててよ。

 

 

「……能力向上……能力超向上……」

 

 

 

 

 

 

私、もう誰にも負けないからさ。

 

 

 

 

 

 

「……疾風、走破ぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 





今、彼女の新たな物語が始ま……

りません単なる幕間です外伝とかないです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。