【完結】おおかみ☆せんせーしょん(ハーメルン移植版)   作:ブドウ冷やしんす

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リ・エスティーゼの落日 後編

 

《フォーサイトがザイトルクワエを発見した頃》

 

 

sideエリアス

 

 

夜、私が一人で書類と格闘していると、音もなく現れる影が一人。

 

「夜分遅く失礼します、レエブン侯」

 

 

「やぁ、アルス殿」

 

 

彼の名はアルス・マグナス。

 

帝国の魔法省、情報管理部第13課に所属する、いわゆる諜報員だ。

 

 

情報管理部と言っても魔導書やスクロール、魔法に関する伝承などを ( 危険な場所にさえ ) 調査しに行く部署から『魔導書のホコリ払い』などと揶揄(やゆ)される仕事まで、業務は様々。

 

それらが全部で『12課』ある。

 

……13課というのは特に機密性が高い情報を取り扱う『表向き存在しない』エリート部署なのだとか。

 

 

最初は信じられなかったが、実際に『本物としか思えない内部文書』や『調査報告書』などを見せられては信じる他なかった。

 

……自分の資産情報を見せられた時にはゾッとしたよ。

 

上手く誤魔化したつもりの部分まで筒(つつ)抜(ぬ)けだったのだから。

 

ボウロロープ侯のを見せられた時は『いい気味だ』と思ったがね?

 

 

私は湯を沸(わ)かすマジックアイテムのポットに、水差(さ)しから水を注ぎ、ティーセットを用意する。

 

「紅茶で良いかね」

 

 

「恐れ入ります」

 

 

彼の目的は『王国との戦争を終わらせ、帝国の取引相手として機能するよう誘導する事』

 

悪い言い方をすれば『帝国のカモになってもらう事』だ。

 

 

帝国は今、多くの改革や新制度で人手不足になっており、下手(へた)に王国領土を獲得してしまえば逆に悲惨な事となるのが実情らしい。

 

それ故(ゆえ)、多額の軍事費をかけ、膨大な復興費、維持費を投資して新領地を運営するより『都合の良い商売相手』であり続けてもらう方が得なのだとか。

 

 

言葉にしてしまえば酷(ひど)い話だが、国同士の関係など『そんなもの』だ。

 

そして王国の現状を考えれば、むしろ歓迎するべき話だろう。

 

国としてのプライド?

 

そんなもので国内の生産や経済が好転するのか?

 

答えは否(いな)だ。

 

 

平和な時代は戦間期……次の戦争に備える期間だ、とは良く言う話。

 

今までの帝国の戦略は、正に『王国から戦間期を奪う』というもの。

 

国力の回復に使える時間を獲得できるなら、プライドなど安いものだ。

 

『カモ』?

 

大いに結構。なってやろうではないか。

 

かわいいリーたんに『まともな未来』を渡すためなら、10年やそこら道化を演じるくらい何だというのか。

 

どのみち帝国との和平など、永遠に続くものではないだろうから。

 

 

茶をカップに注ぎつつ訊(たず)ねる。

 

「香り付けは?」

 

 

「いえ、結構です。一応、職務中ですので。酒は遠慮しておきます」

 

 

……『国の誇り』だの『愛国心』だの、心を高揚させる言葉や考え方は『気持ち良い』からヒトは好む。

 

しかし、それらは『心の内に秘め、自分に対して向けるもの』であり、外に向けては安易(あんい)に振(ふ)り翳(かざ)して良いものではない。

 

ましてや政治の場で言葉にして良いのは戦争や災害など『是非も成否も関係なく突撃するしかない時』だ。

 

美しく力強い言葉というのは、周りに覚悟を決めさせるため、舞台演出に必要な『建前(たてまえ)』なのだから。

 

それだけに悪用もできるし、平時に乱用すれば政治が乱れる麻薬のようなもの。

 

 

「良い茶葉ですね」

 

 

貴族派が幅を利かせている現状で、王派閥に属しているというのは『ある程度は物が見えている』という事だが、残念ながら全員ではない。

 

中には素朴な価値観で王に従っている者もいる。

 

そういう者に対して使う言葉として『愛国心』というのは貴族派にとっても好都合だろう。

 

精神論だけで国を動かし続ける事など、できないというのに。

 

 

「最近、南方の商人から手に入れてね」

 

 

大半の人間を動かすのは『目先の利益』だ。

 

ただ、この『目先の利益』という真理は、立場によって違うものになるのも事実。

 

我々王派閥や国民にとっての『目先の利益』は平和と発展だが、貴族派にとっての『目先の利益』は陛下に反発できるだけの影響力とカネだ。

 

 

よく『権力者がカネを欲しがるのは贅沢をするため』と勘違いされるが、強い影響力を手に入れるための金額を考えれば、贅沢のために使われる金額など端金(はしたがね)だ。

 

……もちろん『贅沢をしたい』という部分がないわけではないだろうが。

 

 

「こちらにも南方の商人は来ますが、帝国はコーヒー派が多いですから」

 

 

何にせよ、貴族派は戦争の継続を望むだろう。

 

何故なら『陛下が平和を望むから』だ。

 

王を抑え込んで見せる事こそ、連中の利益になるのだから。

 

それを見越して帝国は彼、アルスを王派閥に、私に差し向けたのだ。

 

 

こうして時折、私の元を訪ねては『他愛もない世間話』の体(てい)で情報交換を行い、ザナック殿下の即位を目指している。

 

……当然、協力関係とはいえ常に『腹の探り合い』だ。

 

だが正直な話……それを私は楽しんでいるきらいがあった。

 

 

危険な考えである事は分かっている。

 

しかし……本音で言えば、私は好敵手のような存在がほしかったのだろう。

 

王国には欲の皮を突っ張らせた奴か『どうしてそんな結論になった!』と言いたくなるような馬鹿しかいない。

 

それに対して彼は理知的で語り口もウィットに富み、冷徹かつ狡猾(こうかつ)だ。

 

かつての私のように(・・・・・・・・・)。

 

 

リーたんや妻との幸せを得て、私は『丸く』なった。

 

それでも昔は王位簒奪(さんだつ)に暗躍した男だ。

 

だから、つい、互いに鎬(しのぎ)を削るような『緊張感ある奇妙な友人関係』を楽しんでしまう。

 

……もし、そこまでを計算して演技しているのだとしたら、流石(さすが)はエリート諜報員だな。

 

 

そんな事を思いつつ、今日も「小麦の価格が」だの「帝国の酒税は」だのと、いくつかの話をした後、本題に入った。

 

「緊急事態計画?」

 

 

「えぇ、常に最悪の事態は考えておくべきでしょう。例えば……ザナック殿下の優位が盤石(ばんじゃく)となる前に陛下が崩御(ほうぎょ)なされた場合」

 

 

「それは……」

 

つい不快な顔をしてしまった。

 

そうすると彼は、

 

「……まさか『縁起(えんぎ)が悪い話をするな』などとは言いませんよね?」

 

 

頭では分かっているのだが、私も人の子という事だな。

 

人間、嫌な話は無意識に避けたがる。

 

 

「……いや、分かっているとも。君の実力を心配したわけではないが、あまり直接的な言い方をして誰かに聞かれては、と思っただけだよ」

 

 

「……あぁ、不安に思わせてしまったなら申し訳ない。もちろん万全を心(こころ)掛(が)けておりますし、あなたの理性が貴族派連中とは違う事も理解しておりますよ」

 

口ではそのように言っているが、実際『テスト』の部分もあったのだろう。

 

危なかった。

 

合理的に考えられない相手を、いつまでもパートナー扱いしてくれる人間ではないからな、彼は。

 

本題に入ってくれたという事はギリギリ合格をもらえたのだろう。

 

 

陛下が崩御なされた後に予想される貴族派の行動、我々の行動計画、それに付随(ふずい)する留意点……

 

話を進めれば進めるほど、如何(いか)に王国の現状が危ういか実感せざるを得ない。

 

 

それでも絶望せず戦えるのは、やはりリーたんがいるからこそだ。

 

例えば遅くに帰っても、あの子の寝顔を見ただけで私は……

 

………………はぁ、そろそろ癒しが欲しい。

 

いやいや、今は気持ちを封印しておかなくては。

 

 

彼との密談は気に入っているが、唯一残念なのはリーたんの自慢話に付き合ってくれない事だ。

 

だが以前、私の心証を良くするためとは思うが贈り物として積木(つみき)やパズル等をくれた事がある。

 

あれは良い物だった。

 

それと「友達と遊ぶ歳になったら与えて下さい」と勧(すす)められたボードゲーム『世界平和ゲーム』だったか、どんなものかと試しに妻と使ってみたが、あれは中々高度な内容だった。

 

 

友人、か。

 

貴族の親として、良き交友関係を築かせてやるのも義務だろう。

 

誰か良い相手はいないものか……ペスペア侯の子は、まだ早かろう。

 

ウロヴァーナ辺境伯の孫はどうだろうか。

 

もしくは商人の子も悪くない。

 

エ・ランテルを中心に手広く活動しているというバルド・ロフーレに子はいたろうか……

 

 

「……友達……」

 

 

「は?」

 

 

し、しまった!

 

声に出してしまうとは……誤魔化さなければ……

 

 

「あぁ申し訳ない、我が子のためにも成功させなくてはと思う余りに……そろそろ交友関係を考えなくてはならない歳も近いのでね……今の情勢が情勢だ、良い相手が見つかるか不安になってしまってね」

 

できるだけ焦りを顔に出さないよう言い訳をする。

 

 

「……なるほど? 子を持つ親というのは悩みが多くて大変ですね。そういえばウチの職員……いえ、今はまだ準職員ですが、その家族に心当たりがあります。ご子息と同い年か僅かに上くらいかと思います」

 

 

なんとか取り繕(つくろ)う事ができたようだ。

 

それはそうと、意外な情報を引き出せた。

 

 

「ほぅ、気になりますな。教えて頂いても?」

 

 

「双子だそうで、利発そうな子達のようですよ。まぁ、ウチで手配した世話役が手を焼いたようですが。頭が悪くない分、あの手この手で逃げられたらしく」

 

 

「……失礼。魔法省で、わざわざ世話役を?」

 

魔法省の福利厚生だろうか……

 

 

「いえ、あくまで特例ですよ。あの子らは訳ありでして……上に姉がいて、それが大変優秀でして。まだ20にもならない歳で第四位階を」

 

 

「そんな若さで!? 天才では!」

 

一般的には第三位階でエリートだというのに。

 

新たな『逸脱者(いつだつしゃ)』の誕生か?

 

 

「えぇ、そんな『期待の新人』なのですが、下の子らを引き取って親の代わりに世話を」

 

 

「……ご家族に不幸が?」

 

いくら天才といえど、人生の全てを思うままにはできないのは当然だ。

 

人生にはリスクが付き物……私も、リーたんのため健康には気を付けなくては。

 

 

「まぁ、不幸といえば不幸でしょうね。救いようのない愚(おろ)か者(もの)という意味で。そんな親が反面教師になったのか、理知的な娘に育ったらしく、縁(えん)切(ぎ)りを」

 

 

なんと、『愚か者』?……身を持(も)ち崩(くず)した、とかだろうか。

 

子の将来に責任を持つのが親の使命だというのに。

 

「なるほど……世の中には、そんな親もいるのですな。嘆(なげ)かわしい。ちなみに、姉は優秀に育ったのでしょうが、下の子に影響は? 粗暴だったりは?」

 

 

「いえいえ、最近は悪戯(いたずら)好きなようですが、姉が『暴力とは縁遠い生き方をしてほしい』という教育方針でして」

 

 

反面教師、か。

 

親に似ないで良かった、というのも悲しい話だが。

 

「良い事ですな。ただ……帝国……うーん……幼い子に国際交流というのも、やはり少々ハードルが高い気が……」

 

そのように私が危惧すると、彼は笑って言った。

 

「はっはっは! レエブン侯は、ご子息に “ 調印 ” でもさせるおつもりですか? 考え過ぎですよ。幼子のうちなど、お喋(しゃべ)りや一緒に遊ぶくらいのものでしょう。手紙を交わすのさえ、まだまだ先でしょうし。逆に今から他国の人間に慣れておいた方が視野も広がるのでは?」

 

 

「それは……確かに」

 

逆に幼いうちの方が良い、か。

 

 

「まぁ魔法省内とはいえ、私の口からレエブン侯の名が出るのは宜(よろ)しくない。名前はお教えするので『表』のルートから接触して頂(いただ)く方が良いでしょう」

 

そう言うと彼は「後で焼却して下さい」と念押ししてメモをくれた。

 

 

……ふむ、アルシェ・イーブ・リイル・フルトというのか。

 

縁を切ったとはいうが、一応、貴族の名前だな。

 

帝国の天才魔法詠唱者(マジックキャスター)との人脈という意味でもありがたい。

 

将来、リーたんの大事な『資産』になるだろう。

 

 

……この時の私はそのように考えていたのだが、数年後になってみると判断を誤(あやま)ったかも知れないと思った。

 

私は『今は愛らしいリーたんも、将来は周りを引っ張っていくような好青年に育ってほしい』と考えていたのだが、気が付けば『二人の姉に振り回される弟』とでも言うような状態に……

 

さらに納得いかないのは妻が「あなたが過保護だったからですわ」などと……

 

私は教育方針を間違ってなどいない!

 

あんなに可愛らしい我が子な

 

 

《以下、聞くに堪えないため割愛する》

 

 

┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄

 

 

走る馬車の中、ザナックはレエブン侯から粗方(あらかた)の事情を聞き終えた。

 

 

「なるほどな。確かに今の王国を考えれば『都合の良い取引相手』の方が『戦争相手』より何倍もマシだ。しかし鮮やかなまでの掌(てのひら)返(がえ)しだな。つまりは即断即決か。絶対王政の帝国が羨(うらや)ましい」

 

 

ザナックは少し身を乗り出し、悪巧(わるだく)みするような笑みを浮かべ、続ける。

 

 

「で、魔法省がお前に接触、情報省はブルムラシュー侯に……分散投資か縄張り争いか……何にせよ例の凶報によればブルムラシュー侯も死んだらしいし、帝国のリスク分散は成功したようだが、縄張り争いなら魔法省の勝ちだな?」

 

 

それに対しレエブン侯は、僅(わず)かに首を横に振りつつ言った。

 

 

「まぁ、今は留意するに留(とど)めましょう。まずは足場固めを優先しなくては」

 

 

レエブン侯の言葉を受け、ザナックは肩を竦(すく)める。

 

 

「わかってるさ。戦略など懐(ふところ)事情次第だというのは理解してるが、今までの関係性を思うと好意的すぎて気色悪くて、つい、な……ところで先程(さきほど)の場所で待たなくても良かったのか?」

 

 

「ご安心を。我々の行動は計画内で定まっておりますので、行き先は彼も把握(はあく)しております。どうせなら目的地で合流を、と」

 

 

ザナックは真剣な表情に切り替え、

 

「では、目的地と今後の行動を聞こうか」

 

 

「我々は西、海側の街道を通り北上、エ・アセナルを目指します」

 

 

「……何故(なぜ)北上する。お前の領には行かないのか」

 

解(げ)せない、という顔をするザナックにレエブン侯は

 

「殿下、我々は『囮(おとり)』になるのですよ」

 

 

「囮だぁ?」

 

胡散(うさん)臭(くさ)そうに顔を顰(しか)めるザナック。

 

 

「ウロヴァーナ辺境伯と2正面で、貴族派……いえ、バルブロ軍の視線を北に釘(くぎ)付(づ)けします。その背後を帝国軍に突いてもらい、挟撃(きょうげき)する計画です」

 

 

聞かされた行動計画に、不承不承といった様子で

 

「……内戦、か……エ・ペスペルと、お前の領を橋頭堡(きょうとうほ)にするのか? そのまま取られたりはしないんだろうな」

 

まだ帝国の意向が信用ならないらしい。

 

 

だがレエブン侯は涼(すず)しい顔で、

 

「今の帝国に、それらの維持費や人材を賄(まかな)うほどの余裕は無いそうです。一度ダメにした領土では利益が遠(とお)退(の)きますから」

 

 

色々と気を削(そ)がれる話を聞かされてか、ザナックは急にやる気をなくしたように愚痴(ぐち)る。

 

「……やれやれ。どうせ北上するならエ・ナイウルで美食に舌鼓(したつづみ)でも打ちたかったのだがなぁ」

 

 

それを聞いてレエブン侯はフェリラータ顔(チベスナ顔)になり、意趣(いしゅ)返(がえ)しのつもりか

 

「……エ・アセナルの評議国風料理というのもございますが?」

 

 

ゲテモノでも口に突っ込まれたような顔でザナックは疑義を唱えた。

 

「あれを料理と呼ぶのか? あーあ! ウロヴァーナ辺境伯が羨ましい! あっちなら、すぐ隣だろ」

 

 

「全て片付くまで我慢して下さい」

 

 

そのような会話をしながら二人は馬車に揺(ゆ)られ、一路、エ・アセナルへ向かった。

 

 

……その先で、さらなる凶報を受け取る事になろうとは露(つゆ)とも知らず。

 

 

┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄

 

 

復興の最中(さなか)、エ・ランテルでは、ランポッサ三世らの遺体を送り出す準備が進んでいた。

 

 

まだ王都での騒動について知らせは届いておらず、駐留する帝国軍騎士の姿も見られるようになり、街は纏(まと)まりのない空気に包まれていた。

 

 

そこに、彼らは帰って来た。

 

「すまない! 通してくれ!」

 

 

「おぉ、ガゼフ殿!」

 

 

「都市長……陛下は」

 

 

パナソレイは送り出しの準備に動く人々を掻(か)き分(わ)けてガゼフを棺(ひつぎ)まで案内する。

 

即席で作られたため、平民用とまでは言わないが、王族が入っているとは思えない簡素なものだ。

 

 

蓋(ふた)を開け、包んでいる安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)を捲(めく)ると、二度と目を覚まさないランポッサ三世の顔があった。

 

 

「陛下……やはり……」

 

ガゼフは拳(こぶし)を握(にぎ)った。

 

 

パナソレイは不思議そうな顔をする。

 

「やはり、とは?」

 

 

「……虫の知らせ、とでも言いましょうか。エ・ランテルの煙を見た時に、何となく」

 

不思議な体験については語らなかった。

 

どうせ信じてはもらえないだろう、と。

 

 

パナソレイは沈痛(ちんつう)な面持ちで「……流石ですな」と、それ以上を追及しなかった。

 

 

ガゼフは声を張り上げる。

 

「王国戦士団、一同!」

 

背後では部下達が、電気でも通ったように一糸乱れぬ『気を付け』を見せ、

 

「敬礼!!」

 

最敬礼をしたいところだろうが、屋内で混み合う状況である。

 

一斉に、左手で腰の剣を固定し、右手で柄(つか)頭(がしら)を|押さえる仕草の上で、小さく頭を下げた。

 

練度の高さを感じさせる戦士団の空気に、周囲にいた貴族や使用人達は押された。

 

 

礼を解(と)かせたガゼフは

 

「副長」

 

懐(ふところ)から『ランポッサ三世の遺書』を取り出すと、手に押し付けるように渡し、小声で伝える。

 

「俺は、やらねばならん事がある。これは陛下の書だ。ザナック殿下に渡してくれ。……陛下を頼む」

 

 

「戦士長! 我々も」

 

 

「言うな。託(たく)されてもらわねば困る。……俺は、魔樹を討(う)つ」

 

 

死にに行くと言っているようなガゼフの言葉に驚く副長を抑え、

 

「お前達が必要なのだ。頼む」

 

 

「……わかり、ました……」

 

ガゼフの決意に、悲痛な顔で副長は折れた。

 

 

「……済まん。それと、勝手な五宝物の持ち出しを謝っていたと、伝えてくれ」

 

ガゼフは保管場所へ向かった。

 

 

┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄

 

 

sideラキュース

 

 

《リ・エスティーゼ 最上級宿》

 

 

最近は八本指の活動が下火だから、昨日はちょっとした討伐依頼をこなして、今日は休み。

 

 

食堂で、ガガーランはお酒を飲んでるけど、私は紅茶を。

 

イビルアイはマジックアイテムの点検をしてる。

 

のんびり、というより、やる気なくダラダラって感じかしら。

 

 

貴族派が軍事パレードをすると発表、市民に見に来るよう呼びかけたり、王派閥が見に行く必要はないと触(ふ)れを出したり……

 

それで『アホくさ』と思った結果ね。

 

 

せっかく休みだっていうのに、馬鹿騒ぎを嫌厭(けんえん)して宿に籠(こ)もってるわけ。

 

 

音楽プレーヤーをヘビロテ……できたら良かったんだけど、ラナーに貸してるのよね。

 

あの娘(こ)、基本は部屋で独りぼっちだし、いつも一緒にいてあげられるわけじゃないから。

 

 

……いつか、一緒にライブとか行きたいな。

 

……無理よね。

 

 

アダマンタイト級の神官戦士のくせに、あの娘の病状も治してやれないなんて……情けなくなる。

 

体のどこにも異常はないのに、動悸(どうき)や息切れ、貧血のような症状を見せ、時に倒れてしまう。

 

まぁ、治してやれたとしても政略結婚よね……

 

守ってくれる『王子様』なんていないし。

 

 

あんな良い子なのに、何で多くの苦難が与えられるの?

 

そりゃ『天は二物を与えず』なんて言うけど、それにしたってペナルティ多すぎよ。

 

……胸の奥が締め付けられるような気持ちになる。

 

 

ダメね。暗い考えばかり……次に会う時、顔に出さないようにしなきゃ。

 

そうだ、最近人気らしい新作のお菓子でも持って行こうかしら。

 

 

 

そんな事を考えている時、

 

 

 

「鬼ボス!!」

ティアが駆け込んで来て、

 

 

 

 

「宮殿が燃えてる!!!」

 

 

 

 

え?

 

……ラナー!!!

 

 

「イビルアイ!!」

「任せろ!」

 

すぐさま転移で消えるイビルアイ。

 

 

あの娘が走って逃げるなんて無理に決まってる!

 

取るものも取らず、私は宮殿へ急いだ。

 

 

 

 

 

駆け付けた私が見たのは、燃え盛る宮殿だった。

 

 

為(な)す術(すべ)もなく立ち尽くすイビルアイの後ろ姿が目に入り、

 

「イビルアイ! ラナーは!?

 

ラナーはどこ!!」

 

 

「……ラキュース、もう、無理だ」

 

 

「うそ……嘘よ! きっとまだ」

 

駆け出そうとする私の肩を掴(つか)み、イビルアイは止める。

 

「やめろラキュース! 落ち着け!!」

 

 

「離して! ラナー!! 今助けに……

 

ラナー!!!」

 

 

 

 

 

そこから先は、良く覚えていない。

 

気が付けば宿の客室で、ベッドで呆然と窓を眺(なが)めていた。

 

窓の外は既に暗く、街明かりがボンヤリと光っている。

 

 

何を思えば良いのかも分からないまま、それを見続けていると、

 

「ラキュース、起きてるか」

 

ドアを開けてイビルアイが入って来た、らしい。

 

そちらに目を向ける気力さえなかった。

 

 

「ラキュース……」

 

近くに聞こえるイビルアイの声に、やっと顔を向けて訊ねる。

 

「……いびるあい……らなーは?」

 

声が震える。

 

舌も、うまく動かない。

 

 

首を横に振って、イビルアイが言った。

 

「……何も。何も、だ。遺体さえ見つからない」

 

 

遺体。

 

 

その言葉で、涙が頬を伝う感触を覚えたけど、わざわざ拭(ぬぐ)う気にもなれなかった。

 

 

イビルアイの言葉は続く。

 

「ただ……ラナーの居室であったろう場所から、これが」

 

何か、箱のようなものを持っている。

 

手に何かを持ってる事さえ、今気付いた。

 

 

黒焦げになったソレは、だけど、大きさや形に見覚えがあった。

 

「……教典の、箱……」

 

 

「教典……ナザリック教の?」

 

 

「……うん……箱に、隠してた……」

 

 

「……中が無事なら、唯一の遺品だな。開けても良いだろうか」

 

 

私は力無く頷(うなず)いた。

 

大事なのは中身で、箱はどうでも……どころか、ラナー本人に比べたら、中身さえ無意味に感じた。

 

ラナー……

 

 

イビルアイが力(ちから)尽(づ)くで箱を壊すと、中から出て来たのは教典ではなかった。

 

手紙? と……

 

「……かしてた、ぷれーやー……」

 

そんなの、返さなくて良かったのに……あなたさえ、生きててくれたら……

 

涙が、止まらない。

 

 

震える手で、手紙と音楽プレーヤーを受け取り、手紙を開いた。

 

『親愛なるラキュースへ

 

ごめんなさい。

 

本当に、ごめんなさい。

 

驚いてると思う。

 

悲しませた事、本当に申し訳なく思ってます。

 

宮殿に火を付けたのは、私』

 

 

え

 

 

『相談もしないで、こんな方法を選んだ事、きっと怒るわよね。

 

でも、仕方なかったの。

 

パレードの最中、お父様が亡くなったと知らせが来て、バルブロお兄様は正規の手順を無視して即位を強行した。

 

そうなっては、王国はおしまい。

 

王派閥の人達はパレードへの抗議として出て行ったから、今なら貴族派の人達しかいない。

 

ザナックお兄様も姿が見えないから、きっとレエブン侯と外遊にでも行っているんだと思う。

 

王国の民に犠牲を出さないためには、他に方法もタイミングも、きっとない。

 

これは私なりの、王族としての責任の取り方。

 

だから、ごめんなさい。

 

お父様は帝国と合同で “ トブ大森林の魔樹 ” と戦うべきだと考えてた。

 

あなたがそれに参加するべきか、私からは何も言えない。

 

本音では、死ぬかも知れない戦いに出てほしくなんかない。

 

どちらにせよ、作戦の成否に関わらず王国は大変な時代を迎えると思う。

 

だから、どんな方法を選ぶにしても、できれば人々の救いになる行動をしてくれたら嬉しい。

 

その上で、あなたらしい “ 冒険 ” を生きてちょうだい。

 

そしたら、いつか、きっと、また会』

 

景色が滲(にじ)んで、それ以上読む事ができなかった。

 

 

天国なんかじゃなくて、私は今あなたに会いたいの!

 

どうして何も言ってくれなかったの!?

 

力になってあげられなくて、ごめんなさい……

 

 

色々な気持ちが入り乱れて、頭の中が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だった。

 

何もかも、わからなくなってしまった。

 

 

イビルアイが宥(なだ)める声も、私自身の慟哭(どうこく)も、

 

まるで他人事みたいに感じて、

 

 

どこか、遠くに聞こえた。





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