【完結】おおかみ☆せんせーしょん(ハーメルン移植版)   作:ブドウ冷やしんす

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様々な出会いとクレームブリュレ。


皇帝陛下のクレームブリュレ 後編

その後、しばしの間リおんは(ひま)になった。

 

ジルクニフとロウネが様々な改革のため奔走(ほんそう)しているためだ。

 

 

リおんは『新しい戦闘糧食(りょうしょく)に』とザワークラウトの試作を厨房に依頼した。

 

しかし2日3日で完成するものではないため、今度は魔法省へ。

 

 

この世界ではオリジナル魔法が開発されていると聞き、脱水(デハイドレーション)凍結(フローズン)の魔法を組み合わせて『フリーズドライ』を実現できないかと提案しに行ったのだ。

 

この時、話の流れで『合成魔法』について言及(げんきゅう)したのが不味(まず)かった。

 

 

合成魔法とは、ユグドラシルにおいて二つ以上の低位魔法をタイミングよく発動する事によって実現する特殊な魔法だ。

 

しかしながら、そのほとんどは高位魔法の下位互換でしかなく、上級者になればなるほど不要になる程度(ていど)のものに過ぎない。

 

火球(ファイヤーボール)強風(ゲイル)の魔法を組み合わせた『火災旋風(ファイアネード)』は炎の嵐(ファイヤー・ストーム)の、

霧の雲(フォッグクラウド)電撃球(エレクトロスフィア)を組み合わせた『雷雲(サンダーボルト)』は万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)の、それぞれ低威力版でしかない。

 

六大神や八欲王が忘れていたとしても、何らおかしくない技である。

 

 

それでもフールーダにとっては未知の、しかも3~4位階の魔法で5~6位階の威力が出せるとあらば、早速(さっそく)試してみたくなるのは当然だろう。

 

弟子達を連れ、さっさと出ていくフールーダの背に「あの……フリーズドライ……

と声をかけても

あー、わかっとる、わかっとる

生返事(なまへんじ)しか返って来ないが、フールーダに苦手意識を持っているリおんは

これ絶対スルーされるやつだ……

と思いつつも見送る他なかった。

 

 

本格的に暇となり、どうしたものかと所在無(しょざいな)さげにしていると、ニンブルが声をかけて来た。

 

 

「どうしたんですか? ニンブルさん」

 

 

「陛下からのご命令でね、キミの護衛をする事になった」

 

 

「護衛?」

 

 

「酒場などで客の反応を見たいと言っていたろう? 出かけてみたら良いとのご配慮(はいりょ)だよ。案内役も()ねてね。それと、これも渡しておくように言われている。受け取ってくれ」

 

 

そう言ってニンブルは金貨50枚ほどが入った袋を渡してきた。

 

これはあくまで『小遣い』であり、ジルクニフは『近いうちに無欲(むよく)なリオンを()()せて、まとまった(がく)(あた)えねば』と考えていた。

 

 

護衛(けん)案内役の手配に給金まで……と、ジルクニフの心遣(こころづか)いにリおんはルンルン気分である。

尻尾がうるさい。

 

 

ニンブルは変装した上で同行するという事で、準備が(ととの)うのを待って城下に出る。

 

『四騎士が一人、激風ニンブル』が一緒では流石(さすが)に目立つからだ。

 

ジルクニフとしては契約の事もあり、リおんが吟遊詩人(バード)として目立つ分には(かま)わないが、情報省が形になるまで『皇帝の側近』として目立つのは危険と考えていた。

 

 

リおんも変装、というほどではないが帽子(ぼうし)を替えていた。

 

普段は耳が出るデザインの羽付き帽だが、今日は耳が隠れるデザインの物を(かぶ)っている。

 

『ワーウルフと知られたら人気を(つか)む前に変な目で見られる』とニンブルから忠告(ちゅうこく)されたからだ。

 

 

「ここは中央市場です」

「すごい、人、ですね、ぅあっぷ 、ちょ 、待っ 、な 、流されるぅ

 

「ここが闘技場です」

「 で か い ! 」

 

「ここは北市場です。マジックアイテムやスクロールなどが多く売られています」

 

「おー、けどなんか(あら)くれ者みたいな人が多いですね」

 

「客も店主も、ほとんどが冒険者やワーカーですから」

 

「冒険者は何となくわかりますけど、ワーカーって?」

 

「組合に所属しないフリーの冒険者……と言えば聞こえはいいですが、組合では(あつか)わない非合法スレスレな依頼も受けたりしますから、どうしても(わけ)あり者やゴロツキが多いんです」

 

あー……

 

 

そんな具合(ぐあい)に案内を受けていると、ニンブルが警戒(けいかい)したように身構(みがま)える。

 

 

「どうしたんですか? ニン……さん」

 

 

名前を呼んでは変装の意味がないから偽名(ぎめい)だ。

 

ちなみに、リおんに対して敬語なのも『設定』である。

 

 

問われたニンブルは、視線は固定したまま答える。

 

 

「いえ、あの男……」

 

 

視線の先、人()みの向こうには無精髭(ぶしょうひげ)を生やした長髪の男。

 

露店のマジックアイテムを品定(しなさだ)めしているようだ。

腰にある得物は……

 

 

「え、あれ刀ですよね?」

 

 

「よくご存知(ぞんじ)で。南方からたまに流れてくるそうで……デリケートで扱いにくい武器を選ぶ以上、やはり腕も相応(そうおう)という事か……こちらを気にしないなら良いのですが」

 

 

「強そうなんです?」

 

 

「……お()ずかしい話ですが、私一人では(きび)しいかも知れませんね」

 

 

「そんなに!?」

 

 

そんな話をしていると、男の方もこちらに、正確にはニンブルに気が付いたらしく、(わず)かにニヤリと笑い人混みを分けながら近付いてくる。

 

 

『不味いな』とニンブルは思う。

このような場所で得物を()くとは思いたくないが、今は護衛中。

 

万が一の場合、リおんには自力で逃げてもらおうと覚悟(かくご)を決める。

 

 

男が声をかけて来た。

 

 

「よう、アンタなかなかの腕前に見えるが、名は」

 

 

「……しがない護衛役ですよ。ニンと呼んで下さい」

 

 

「ほぅ、護衛。そっちのチビスケか?」

 

 

「えぇ、旦那様の楽士(がくし)ですよ」

 

 

「へぇ、楽士ね。俺ぁそいつには興味ないが、アンタの腕は気になるんでね」

 

 

男が、殺気を(にじ)ませる。

 

 

「護衛って事は………………そのチビを斬ったら相手してくれるかい?

 

 

緊張が高まった。

 

だが、まだ鯉口(こいくち)は切っていない。

(たが)い、ただ(つか)()でるに(とど)まっていた。

 

 

そんな()()めた場面だったが、リおんは意外な行動に出る。

 

 

「そんなにピリピリして、どうしたんですか?」

 

何でもない風に、男に問う。

 

 

流石(さすが)にニンブルも真意が見えず動揺(どうよう)するが、リおんは飄々(ひょうひょう)としている。

 

 

「どうして、そんなにニンさんと戦いたいんです?」

 

 

男は『なんだこのガキ』と思いながらも意識を向ける。

 

 

「……何故、か。俺はな、ある男に勝つために強くなりてぇのさ。今以上に、な」

 

 

「……あー、なぁんだ。『そういう感じ』ですか」

 

 

リおんは、さも『興味を失った』ような態度(たいど)で返事をした。

 

 

男は、その様子に怒りを滲ませた。

(おのれ)の戦う意義を馬鹿(ばか)にされたように感じたからだ。

 

 

……おぅ、言いてぇ事があんなら、はっきり言えや

 

 

その様子にニンブルは嫌な汗を()らす。

 

『どうして(あお)るような事を!?』と、(とが)めるような視線をリおんに向けるが、彼は意に(かい)さない。

 

 

「いえ、あなたが本当に強くなりそうな人なら是非(ぜひ)とも旦那様に紹介したいと思ったんですが、前に聞いた『武術の神様』の言葉を思い出して、どうやら、あなたは違うようだから(あきら)めたんですよ」

 

 

その言葉に、男は(いきどお)りを覚えるも『武術の神様の言葉』という部分に無理やり冷静さを取り戻す。

 

男は強さを求めていた。

そのためなら何でもしようと心に決めている。

 

『武術の神様』などというくらいだから、何かしらヒントがあるかも知れない、と思った。

 

一時の怒りに任せて、折角(せっかく)手掛(てかが)かりを不意にするのは、いかにも(おろ)かだ。

 

『もちろん、下らない事を言うようなら一発ぶん(なぐ)るつもりではあるが、まず聞いてから考えよう』

そんな風に考えた。

 

 

「……へぇ? 武術の神様、ね。そいつぁ興味深い。どんな言葉か、ちょいと教えちゃくれないか?」

 

 

男の問いに、リおんは答えた。

 

 

「いいでしょう。その方は、こう言った。『考えるな、感じろ。月を()す指のようなものだ』と」

 

 

その言葉に男は首を(かし)げた。

 

流石に『神様の言葉』だけあって難解(なんかい)だ。

だが『考えるな』とも言う。

どういう意味か、と。

 

男の様子に、リおんは役者のように語る。

 

 

「武の道を行くとは、たどり着けぬとわかった上で月を目指すようなものです。月を指す己の指を見て満足しているようでは、前に進めないのですよ」

 

 

その言葉に、男は身に覚えがあった。

『それは昔の自分だ』と。

自分こそ最強だと(おご)りがあった。

だから『あの男』に負けたのだ。

 

しかし、だからこそ引っ()かる。

そこに気付いたから自分は努力するようになって、今がある。

にも(かかわ)らず、何故……

 

 

「……なるほど、なるほど。そいつぁ良い言葉だ。だが、その言葉を何故『今の俺』に言った? 俺は『あの頃』とは違う。努力をしている。やつに勝つために」

 

 

「それですよ、それ」

 

 

リおんは『(あき)れた』と言わんばかりに肩を(すく)める。

そして()げる。

 

 

「あなたが目指す『その人』すら、『己の指』だと気付かないんですか?」

 

 

「な、何?」

 

 

「武の道に果てなどありません。どれだけ強くなろうとも、必ず上には上がいる。なのに、『その人』で満足していたら……

 

 

 

『その人に勝てる程度』にしか、なれませんよ?

 

 

 

男はハンマーで(なぐ)られたような衝撃を受けた。

 

自分は、何を目指していた?

 

『あの男』より強い存在は、いるかも知れない。

この世にいるのは、人間だけではない。

亜人も獣人も身体能力は人間以上だし、極端(きょくたん)な例を()げればドラゴンなんて化け物もいる。

 

だというのに、自分は『あの男』を超えて……その後は?

それで満足なら、その事に、意味はあるのか?

 

 

言い返したい。

しかし、そのための材料が、自分の中にはなかった。

 

 

男が苦悩(くのう)していると、リおんは(きびす)を返す。

「行きましょう、ニンさん」

 

 

男は(あせ)る。

こいつは、何かを『知って』いる。自分の中にない『答え』を。

 

 

「待て! まだ聞きたい事が」

 

 

呼び止めようとするも、リおんは素気(そっけ)ない。

 

 

「こう見えて僕は(いそが)しいんですよ。それに、人間は自分の(こだわ)りをなかなか捨てられないものです。今のあなたに何を聞かせたところで、素直に受け止められないでしょう」

 

 

それは、確かにそうかも知れない。

そんな風に思い、男が二の句を()げずにいると、リおんは『仕方ないなぁ』と言いたげに、

 

「……あなたが、(おのれ)()っ先に自分で巻き付けている『(くさり)』を外す気になったら、その時にお話ししましょう。酒場に言伝(ことづて)でも……どこがいいですかね、ニンさん」

 

 

ニンブルは状況の推移(すいい)に目を白黒させていたが、話を()られて何とか返答した。

 

 

「今から行く『歌う林檎亭』が良いのでは?」

 

 

するとリおんは急に機嫌(きげん)よくなり

「そんな良さげな酒場が!?」

 

(おそ)らく名前だけで早合点(はやがてん)しているのだろう。

 

 

ニンブルは冷静に()げる。

「確かに名前は『お(あつら)え向き』ですが、別に吟遊詩人(バード)(にぎ)わっているわけではありませんよ?」

 

 

「……なんだ、そうなんですか」

残念そうに肩を落とすリおん。

 

 

それでも、続くニンブルの言葉に気を持ち直した。

「ですが、客層は上々(じょうじょう)。足()かりにはうってつけ(・・・・・)かと」

 

 

「それなら良かった。なら、そこにしましょう。……僕の名前はリおん・がぶりール。あなたの名前は?」

男に向き直り名前を(たず)ねる。

 

 

「俺の名は、ブレイン・アングラウスだ」

 

 

男の名前に、ニンブルは目を()いた。

 

しかし、リおんは気にする様子もなく、

「そうですか。では、またお会いしましょう、ブレインさん」

 

 

今度こそ立ち去るリおん。

ニンブルは一瞬迷うものの、仕方なく後を追った。

 

 

 

 

しばらく歩いた後、ニンブルが訊ねる。

 

 

「良かったんですか? リオンさん」

 

 

「いいんですよ、あれで。彼をご存知で?」

 

 

「えぇ、今の王国戦士長ガゼフと、かつて御前試合で一二を(あらそ)った人物です」

 

 

「でも負けたんですよね?」

 

 

「それは、そうですが……」

 

 

「王国戦士長に『勝てるかも知れない』人ではなく、『確実に勝てる』人でなければ意味がありません。なら『(から)』を破ってもらわないと。必ず来ますよ、彼は」

 

 

「そう、でしょうか……」

 

 

「人は、誰かに求められただけの地位より、自ら(のぞ)んだ立場の方が、それを大事にするものです」

 

 

ニンブルはリおんの言葉に、彼が専属楽士になった際の事を思い出した。

 

 

初めは乗り気ではなさそうだったリおんが、この国の様子を見て態度を変えた。

 

『なるほど、そういうものかも知れない』と、リおんの言葉に説得力(せっとくりょく)を感じ、大したものだと感心した。

 

 

実際には『ただ面倒くさかっただけ』である。

 

ブレインに対して初めこそ警戒したものの、(ふた)を開けてみれば自分は眼中になく、ニンブルにご執心(しゅうしん)

 

(ゆえ)にリおんとしては『これ僕、関係なくね?』である。

ならば無駄(むだ)な時間など取られたくない。

 

それっぽい事を言って(けむ)に巻いているが、適当に言い負かして追い(はら)ったに過ぎず、最初から『帝国でのデビュー』しか考えていなかった。

 

 

この辺、珍しくワーウルフとしての種族特性が表に出たのかも知れない。

ワーウルフは基本、自らの欲望に素直だ。

 

 

「ところでニンさん、歌う林檎亭はまだですか?」

(すで)にブレインの事など頭にない。

 

 

そんな事とも気付かずニンブルは、

 

「もう少しで……あぁ、見えました。あれです」

少し先に見えた看板を指して答えた。

 

 

目を(かがや)かせて走り出すリおん。

ニンブルは(あわ)てて追うが「は、速い!?」100レベルのプレイヤー相手では仕方ない。

 

 

しかし、その速さは予想外な理由で止まる事になった。

 

 

「ん?」

歌う林檎亭に飛び込もうと通り過ぎた路地裏の入り口。

自分(のアバター)と同い年か、少し下くらいの少女がゴロツキに(すご)まれている、ように見えた。

 

 

リおんは、博愛主義者ではない。

だがカルマ値は+250で、やはり『善』であった。

 

 

「おい、お前。何してんだ」

 

 

リおんはゴロツキ(?)に声をかける。

 

前衛職の強さにはピンとこないため城の騎士なんかにはビビるリおんだが、流石にゴロツキ程度なら怖くない。何ならニンブルもいる、と。

 

 

「ぁあ? 何だ? テメェには関係ねぇだろ」

 

 

「嫌がってるだろ。目に(あま)るんだよゴロツキ」

 

 

「このガキっ」

ゴロツキ(?)は怒りを(あらわ)にしかけたが、何かを思い出したように止まり、少女の方をチラと見て、人の悪そうな笑顔で言った。

 

 

「こりゃ申し訳ない。どうやら勘違(かんちが)いさせちまったようですね坊っちゃん。いやね? 俺ぁこちらのお(じょう)さんからカネを返してもらおうとしてただけなんですよ」

 

 

その言葉に、少女は勝手に債務者(さいむしゃ)だとバラされた嫌悪感(けんおかん)を滲ませながらも、羞恥心(しゅうちしん)から(くや)しげに顔を(うつむ)かせた。

 

 

「チッ、金貸しかよ……」

リおんは忌々(いまいま)しげに(つぶや)くが、こうなると()が悪い。

 

 

「こっちも仕事なんでね? 決まった日に決まった額を(おさ)めてもらわないと困っちまうんですが、ちょいとばかり足りないってんで話をしてただけでして」

 

 

金貸しはニヤニヤしながら言った。

 

とはいえ、助けようと割って入った手前『はい、そうですか』と引き下がるのは、いかにも気分が悪い。

 

 

少女のためを思えばこそ、逆にあまり()められた方法ではないと自覚しつつ、リおんは金貸しに問う。

 

 

「いくらだ?」

 

 

少女は(おどろ)き「えっ」と(こぼ)し、金貸しも『まさか』と思い「坊っちゃん、本気ですかい?」と聞いてくる。

 

 

「足りなかった分はいくらだって聞いてんだ」

 

 

金貸しは、金額を聞けば引き下がるだろうと教えてやる。

 

「そうですねぇ、今日の分は金貨3枚ってとこですか」

 

 

「3枚か。ほらよ、受け取れ」

 

リおんは(ふところ)から(取り出したように見せかけアイテムボックスから)金貨3枚を取り出し、金貸しに放り投げるように渡した。

 

 

金貸しは、まさか本当に渡してくるとは思わず「おっ! と、と」と(あわ)てて受け取った。

 

 

金貨3枚ともなれば、庶民(しょみん)なら家族がいても一ヶ月とても楽に暮らせるほどの金額だ。

 

旅装束のリおんが簡単に払うとは思えなかった金貸しは、そちらに目を向け、いつの間にかリおんの後ろに何やら腕の立ちそうな男が一人(ようやく追い付いたニンブルである)いるのを見付ける。

 

 

『もしや良家の御曹司(おんぞうし)か何かがお忍びか?』と、金貸しは顔をひきつらせた。

 

そうであれば、あまり長く関わると面白くない事になりそうだと、早々(そうそう)に引き上げるべく愛想笑いで了承(りょうしょう)する。

 

 

「へへ、俺としてもカネさえ入れば文句はないんでね。そうそう、何かご入り用の際は……」

 

 

「金貸しに用なんて無い。さっさと消えろ」

 

 

「……へぇ、毎度どうも」

そう言うと金貸しは足早に立ち去っていった。

 

 

金貸しが去った後、少女は慌てた様子で(あやま)った。

 

「ご、ごめんなさい! 必ず、必ずお返ししますから!」

 

 

けれどもリおんは、

 

「そんなに慌てないで? 僕が勝手にした事だしお金にも困ってない。利息(りそく)催促(さいそく)も言わないから、無理ない範囲で考えてくれたらいいよ」

 

と、安心させるように笑みを浮かべて言った。

 

 

後ろで様子を見ながら状況を把握(はあく)したニンブルは『やれやれ』といった具合に小さく()め息を()く。

 

 

ニンブルから見たらリおんは『ブレイン・アングラウスを相手に言葉だけでやり込めたかと思えば、自分とはまるで無関係な少女に(なさ)けをかける()らえ所のない人物』であり、護衛対象として、とても疲れる。

 

 

実際には、どちらの時も深く考えずに行動しただけであるが。

 

 

だが『そうしていても話が進まない』と考え直し、

 

「とりあえず、お互い後でトラブルにならないよう証文(しょうもん)でもお書きしましょうか」

 

と提案したのだが、少女が言う。

 

 

「あ、あの! 私が書きます!」

 

 

ニンブルは意外に思った。

 

見る限り裕福(ゆうふく)そうではなく、恐らく冒険者かワーカー。

 

杖を持っているのなら魔法詠唱者(マジックキャスター)ではあるのだろうが、適切(てきせつ)な書式で証文をかけるかは別問題だ。

 

 

(元は商家か貴族の出なのだろうか)

 

そう思いながら、少女が手帳に書いている証文を(のぞ)き見ると、正しい書式で書かれており、文字も美しい。

 

 

貴族の文字だと直感し、彼女の名前を見る。

(アルシェ・イーブ・リイル・フルト……フルト? どこかで聞いた覚えが……)

 

 

「あ、あの、あなたの名前を……」

少女、アルシェは証文にサインしてもらうつもりでリおんに聞いた。

 

 

だが、リおんは意味を勘違いしたらしく、

 

「あぁ、これは失礼。僕の名前はリおん・がぶりール。以後、お見知り置きを」

 

(なご)ませるつもりだったのか、いつも通りに芝居掛(しばいが)かった礼を見せる。

 

 

 

 

 

もちろん、ご丁寧(ていねい)

 帽 子 を 取 っ て 。

 

 

「……へ? 耳?」

 

アルシェは(ほう)けた。

ニンブルは天を(あお)いだ。

 

 

(何のために帽子を変えたんだリオン君んんんんん!)

 

すぐさまフォローを行うニンブル。

 

 

失礼、私は彼の護衛でニンと申します。彼は確かにワーウルフですが旦那様に気に入られて雇われ楽士をしておりまして決して悪い人物ではありません。どうかご安心を

 

 

え、あ、はぁ、そ、そうなんですね

 

焦るニンブルに早口で言われ、そう返事をするアルシェだったが、まだ視線が泳いでいる。

 

 

了承を得た(という事にして)ニンブルは話を続ける。

 

「まだ彼は帝国語の読み書きができないので、私が代筆いたします」

 

 

リおんのサインを代筆しつつ、さらに話題を変えるために話を振る。

 

「アルシェさん、というんですね。失礼ですが、ご職業は?」

 

 

聞かれてアルシェは気まずそうな表情になる。

 

『債務者で、借金を立て()えしてもらって、その上ワーカーなんて軽蔑(けいべつ)されるかも知れない』そんな風にアルシェは思った。

 

 

ニンブルも彼女がそのような気分になるだろう事は理解していたが、カネの話となれば()けて通れない。

 

 

それはアルシェも理解している。

立て替えてもらった以上、隠すのは不誠実(ふせいじつ)だ。

 

 

「……仕事は、ワーカーを、してます……」

 

 

それに対してニンブルが何かを言う事はないし、見下げたりもしないが、リおんには視線を送る。

 

『金貨3枚は返って来ないかも知れないよ?』という意味で。

 

 

だがリおんは、

 

「借金抱えてて、ワーカーなんて……大変だよね? 危険な仕事なんでしょ?」

 

と、気遣わしげな反応だった。

 

 

その反応にアルシェは戸惑(とまど)う。

「……どうして?」

 

 

「どうしてって、何が?」

 

 

「だって、ワーカーなんて……無法者みたいなもの……」

 

アルシェは、仲間には(ほこ)りを持っている。

 

だがワーカーという立場には、どうしても後ろめたさを感じていた。

 

 

それを聞き、リおんは少し困ったように笑う。

「ワーカーだったら、必ず悪者でなきゃいけないの?」

 

 

「え?」

 

 

「フリーの冒険者みたいなもんでしょ? どんな職業にだって良い人も悪い人もいる。それに、立て替えてもらっただけで気にするようなキミが、喜んで人殺しの依頼なんて受けるようには見えないし」

 

 

「もちろん! そんな仕事は受けない!」

 

 

「なら、問題ないでしょ?」

 

 

そんなリおんの笑みにアルシェは、先程(さきほど)ワーウルフというだけで疑心(ぎしん)を抱いた自身を()じた。

 

(人間と同じで、きっとワーウルフにも色々な人がいるんだ)

 

 

実はそんな事もない。

 

 

ワーウルフの多くは自分の欲望に素直で、(だま)したり、悪戯(いたずら)をしたり、利用したり、と、人間のみならず他種族のコミュニティにおいて秩序(ちつじょ)(みだ)す事が多く、協調性に欠けるため嫌われている。

 

 

その一方、同族には義理(がた)く、頭の回転も早い。

人間に(まぎ)れる事もできて多芸多才だ。

 

だからこそ、広く嫌われながらも生き残りに成功している。

 

嫌われていたから『そのように』なったか、『そのように』生きていたから嫌われたかは、(さだ)かでない。

 

 

もちろん、リおんのように善良な者もいるが極々少数で例外だ。

 

ある意味、ワーカーのような種族といえるかも知れない。

 

 

つまり、アルシェの改心は多分に勘違いを(ふく)んでいる、が、それに気付く者も証明できる者も、帝国にはいなかった。

 

 

「けどワーカーって危険な分、(かせ)ぎも多いんじゃない? それでも返し切れない事もあるって、どうしてそんな額の借金を?」

 

 

善良なリおんは『親が事業に失敗したとか、家族の治療費とか……かなぁ』と純粋に心配して言った。

 

 

だから、義務感から『せめて朧気(おぼろげ)にでも事情を伝えておこう』と思ったアルシェから聞いた、その内容は想像だにしていないものだった。

 

 

(いわ)く、親が借金で生活を。

 

曰く、贅沢(ぜいたく)をやめてと言っても聞いてもらえず。

 

曰く、それでも育ててもらった(おん)もあり、いずれわかってくれるだろうと、魔法学院を中退してワーカーになり、借金を返し続けている。

 

 

リおんはキレた。『厨房騒動』の比ではなく。

 

瞬間湯(わか)し器……いや、湯沸し器ごとプラズマ化するほどの熱量でキレた。

 

 

『ジルクニフに家格を取り(つぶ)されて』という(あた)りを言っていれば、遠回しに『ジルクニフのせいだ』と言われたように感じ、冷や水を浴びせられるが(ごと)く冷静になれただろう。

 

 

だが、それがなかった。

(ゆえ)に、モロに『自分の親』を思い出してしまいブチギレたのである。

 

 

国には目を向けず私利私欲、女を取っ替え引っ替えな父。

 

「仕方ない人ね」と言うばかりで自分も『遊び』に出かける母。

 

環境改善のプロジェクト(リおんは知らない事だがブルー・プラネットが参加したものである)や貧困層支援などの予算を「無駄だ」と削減したり廃止したり、それに異を(とな)えても「お前はまだわかっていない、(だま)ってなさい」

 

 

こんな親のカネで生きたくないと投資を始め、利益が多く出たら各方面に寄付(きふ)をした。

 

 

巨大複合企業の一角を買収し切り(くず)せないかと思った事もあるが、まるで護送船団のように守られ一定数以上には株式を取得できなかった。

 

 

アイドル活動は、好きではあったが、現実逃避(とうひ)でなかったと言えば嘘になる。

 

 

そんな不甲斐(ふがい)ない自分への苛立(いらだ)ちも含め、過去の嫌な気分を思い出してしまった。

 

 

しかし、リおんは静かだった。

怒りが沸騰(ふっとう)し過ぎると逆に()いだように見える、というやつだ。

 

 

「……アルシェ、キミの家に案内してほしい」

 

 

「え、どうして?」

 

 

リおんは(さと)すように微笑(ほほえ)みを浮かべて話す。

 

「……キミの父さんは目を覚まさせてやらなきゃいけないんだ。

 

だから一 発 ぶ ん 殴 る!!!

 

いや、やっぱり爆発した。

 

 

今のリおんの前に父親を連れて来たら、間違いなく首から上は血煙になって消滅する事だろう。

 

100レベルプレイヤーである以上、例え吟遊詩人(バード)の腕力であろうと、一般人のオッサンの頭などパンチ一発でミンチになり弾け飛ぶ。

 

目を覚ますどころではない。

 

 

だがリおんはこの世界に来て、まだ一度も戦った事がない。実力差がピンと来ないのだ。

 

 

もっとも、突然激昂(げきこう)したリおんの反応に付いて行けず真っ白になったアルシェが、彼を家に案内したりはしないので問題はないが。

 

 

とりあえずニンブルは頭を抱えていた。

 

 

その間にも「予算!」「あのクソオヤジ!!」などと完全に自分の父親の話に()り替わって罵詈雑言(ばりぞうごん)をぶちまけているリおん。

 

 

半分以上は頭に入っていなかったアルシェが復旧して(なだ)める。

 

「ダメ! そんな事したらあなたが犯罪者になってしまう!」

 

 

「アルシェ!」

リおんは両手で彼女の肩を()め、

 

「キミの人生なんだ! キミが選んでいいんだよ!」

 

 

真剣な眼差(まなざ)しで訴えるも、彼女は、

 

「……それは……けど、妹達を捨てるわけには……」

 

 

「……い、妹……」

今度はリおんが頭を抱えた。

 

彼女から手を(はな)し「うがー」と(さけ)んでいた。

 

 

その様子にアルシェは、

「……どうして……そんなに心配してくれるの?」

 

 

そう聞かれ、リおんは視線を()らし、どこか答えずらそうに言った。

 

「それは……別にさ、誰彼(かま)わずとは言わないけど、『困っていたら、助けるのが当たり前』じゃん?」

 

 

()れ隠しをしながら答えるリおんに、アルシェは心が温まるのを感じた。

 

 

確かに照れ隠しではあるが、それが『自分の私怨(しえん)自虐(じぎゃく)まで混ぜ込んで激昂してしまった()ずかしさ』によるものとは気付いてはいなかった。

 

 

ニンブルは『ここらが潮時(しおどき)だろう』と考え、リおんに声をかけようとした、が、進行役は別の所から現れた。

 

「アルシェじゃねぇか。こんなとこでどうした?……そいつらは?」

 

 

「ヘッケラン!」

 

ヘッケランと呼ばれた男は「さっき、何かデカイ声が聞こえたが」と、リおん達を警戒して軽く(にら)む。

 

 

その様子に慌てるアルシェ。

 

「ち、違う! この人達は……助けてくれたの、ゴロツキに絡まれて!」

 

 

咄嗟(とっさ)の嘘で誤魔化(ごまか)すアルシェ。

 

リおん達は、金貸しの件を()せた事から(さっ)し、話を合わせる事にした。

 

 

ヘッケランは、というと、

 

ぁあ゛!? どこのどいつだ、ぶっ飛ばす!!」

 

 

「お、落ち着いて? もう逃げた。見かけない顔だったから、流れ者かも知れない」

 

 

「チッ、なるほど。これだから余所者(よそもの)は」

 

 

アンダーグラウンドな世界では不文律(ふぶんりつ)は特に重要だ。

 

その点、流れ者は街の不文律に(うと)い場合が多く、無茶や馬鹿をしやすい。

 

 

「おぅ、アンタら。ウチの妹分を助けてくれたってな。さっきは睨んだりして悪かった。ありがとよ」

 

 

「いえ、気にしないで下さい」

 

 

「俺はヘッケラン。良かったら何か(おご)らせてくれ」

 

 

「僕はリおん・がぶりールです。よろしくお願いします!」

 

リおんは華麗(かれい)な礼を見せた。

 

 

ま た 帽 子 を 取 っ て 。

 

 

ニンブルは本日二度目の説明を行い、アルシェもフォローした。

 

 

 

 

 

《歌う林檎亭にて》

 

 

「あら、ヘッケランおかえり……ってアルシェ、遅かったじゃない。そっちの二人は?」

 

 

ハーフエルフらしい女がヘッケランたちに声をかける。

 

 

「なんか絡まれたらしくてよ、この二人が助けてくれたんだと」

 

 

ハア!? どこのどいつよ、目ン玉えぐり出してやるわ!!」

 

 

「流れ者らしい。逃げたってさ」

 

 

「チィッ、運のいい!」

 

 

さっき見たような会話をした後、互いに自己紹介するのだが……

 

 

「あたしイミーナ。よろしく!」

 

 

「僕はリ「帽子はダメですリオンさん!」 がぶぅ!?

 

リおんの顔まで帽子が包む。

 

ニンブルの活躍により三度目は回避された。

 

 

「???」

 

「……ぁー、ニンさん、コイツらなら大丈夫さ。先に説明しとくわ。こいつな」

 

目を白黒させるイミーナと、もう一人にリおんを説明するヘッケラン。

 

二人とも了承した。

 

 

さらに言えばイミーナはハーフエルフという事もあって『他種族の生きづらさ』から同情気味だった。

 

 

『改めて』と、もう一人が自己紹介を。

 

「ロバーデイクと言います。どうぞよろしく」

 

 

だがリおんは、その首元に目が(くぎ)付けされた。

 

「ぇえ!? あ、あの、それ」

 

そこにあったのは、見紛(みまが)うはずもない『アインズ・ウール・ゴウンのギルド章』だった。

 

 

「あぁ、これですか? 私はナザリック教の神官ですから」

 

 

(ナザリック教って何ぃぃぃぃぃ!?)

 

叫びそうになるも鋼の精神力……いや、アイドルの精神力で(おさ)え込む。

 

アイドルは如何(いか)なる時も笑顔を(たや)さない。

 

 

ナザリック教では一部を(のぞ)き拠点がなく、活動は各個人であるため宗教組織としての維持費は発生せず、権威(けんい)主義的な考えも蔓延(はびこ)っていない。

 

また多くの解釈(かいしゃく)で教義は『他者の救済は己の考えで行うべし』という結論になるため、誰からも制約を受けない。

 

 

救済する相手を金銭で選びたくないロバーデイクが改宗(かいしゅう)するのは、例え異形神信仰とはいえ無理からぬ事であった。

 

 

「そう言えば」とアルシェ。

 

「リオン君がさっき言ってくれた言葉は、ロバーが良く使ってる。『困っていたら、助けるのが当たり前』って」

 

 

「! リオンさん、もしやあなたもナザリック教徒ですか?」

 

 

期待に満ちた眼差しでロバーデイクに問われ、リおんは

 

……ハイ、ボクモなざりっくキョウトデス

 

話を合わせる事にした。

 

 

「ぉお! やはり!」ロバーデイクは感激した。

 

 

リおんは無意識に考える事を避けていたのだろう。

 

自分が接続事故で死んだのなら、モモンガやファンたちも……と。

 

 

だがナザリック教という名前が偶然とは思えない。

 

(もしかして、モモンガさん?)

 

情報を得るしかないと考えたリおん。

 

 

「おや? でしたらリオンさん、聖印をお持ちでないようですが」

 

(しょ)(ぱな)から試練にぶち当たった。

 

 

聖印というのは首から下げている装身具だ。

 

他の宗教では神官らのみが着けるのだが、ナザリック教は『信徒はできる限り身に着けるべき』とされていた。

 

 

動揺(どうよう)を見せないよう心がけつつ、リおんはリアルやユグドラシルでの事情を引っ張り出して話をでっち上げていく事にする。

 

「僕の故郷では神様を信じてる人が少ないので、信じてるというと変な目で見られてしまうんです」

 

 

ロバーデイクはショックを受ける。

「な!? どうして、そんな事に」

 

 

「……みんな余裕(よゆう)がないんです。生きるのに必死で」

 

 

「そういえば、地獄のような場所だったと話していましたね」

 

ニンブルからの発言が援護(えんご)になった。

 

 

「そうなんです。水も空気も毒で汚染されてて、街を壁で(おお)った中に()(こも)って生きていたんです。まともに作物や家畜も育てられない場所でした」

 

 

「そんな場所が……」

ロバーデイクは痛ましそうに、ヘッケランやアルシェも驚いていた。

 

 

「てか、そんなとこから、よく出て来れたわね。出た途端(とたん)に死んじゃうんじゃないの?マジックアイテムとか?」

 

 

「……実は、僕自身よくわかってないんです。気が付いたらバハルス帝国にいて、旦那様のお屋敷だったので」

 

 

「はぁ?」「……転移?」「ちょ、ニンさんだっけ。それマジ?」

 

ヘッケラン、アルシェ、イミーナが、流石に信じられなくて戸惑った。

 

 

聞かれてニンブルが少しボカして答える。

 

「……あの時は、本当にビックリしました。突然、(衣装)部屋の中に現れたので」

 

 

「「「……」」」三人は言葉を失った。

 

 

ロバーデイクは……

 

「……きっと……神のお(みちび)きです……そんな悲惨な場所にあって、正しくあろうとする心を失わなかったから……お救い下さったのです……」

 

泣いて鼻水をズルズルすすり上げながら言った。

 

本人以外は、少し引いた。

 

 

ただ、

 

「……そうかも、知れませんね」

 

ナザリック教の神かどうかは別として、リおんは素直にそう思った。

 

 

その後、イミーナから異種族の生きづらさ、エルフの様々な事情を聞き、自分が思い(えが)いてたエルフ像が打ち(くだ)かれたり、

 

ナザリック教の外典で語られるエルフの神を知って『アケミちゃん神様になってるww』と吹き出しそうになったり、

 

イミーナからエルフが出てくる物語をせがまれ『(ほうき)(また)がり空を飛ぶハーフエルフの魔女っ娘』が登場する冒険譚(ぼうけんたん)を語り好評だったり、

 

門限が近くなってしまい仕方なく一曲だけと歌った『ふっかつのじゅもん』が盛り上がったりと、(みの)りある時間を過ごした。

 

 

それはそうと、友の情報を得るには必要なものがある。

 

 

「あ、すみません、ロバーデイクさん、ナザリック教の『聖書』貸してもらえませんか?」

 

 

「え、『教典』ですか?」

 

 

「突然こっちに来てしまって、家に置いてきてしまったので」

 

 

「それは! さぞお困りだったでしょう。この街にお住まいとの事ですし、写経し終えるまで気にせずお持ち下さい。さ、どうぞ」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

帝国語の勉強がてら丁度(ちょうど)いいだろう、と教典を開いて中を確認するリおん。

 

(なんで日本語ぉぉぉぉぉ!?)

 

再びアイドルの精神力で抑え込んだ。

 

 

帰ってから『友達の黒歴史ノートを読んでいるような気分』を振り払いながら真剣に写経した結果、それを見たニンブル経由(けいゆ)で『敬虔(けいけん)なナザリック教徒である』と思ったジルクニフから、ミスリル製でとても精緻(せいち)()かし彫りの聖印を下賜(かし)され、ジルクニフからのプレゼントだと喜ぶも『黒歴史ノート』を思い出し笑いを()え苦しんだのは、完全に余談である。

 

 

 

 

 

《サンプル回収命令から2週間後》

 

 

「サンプル番号3、結晶化なし」

「サンプル番号5、結晶化なし」

 

 

帝国内の根菜類サンプルが魔法省に全て運び込まれ、すぐさま製造実験が始まった。

 

 

魔法をフルに使っての作業に、幾人(いくにん)かが魔力切れで倒れていた。

 

 

そして……

 

 

「! サンプル番号16、結晶化確認!!」

 

「おお!」「陛下にお伝えしろ!」

 

 

ついに帝国産の砂糖が生まれた。

 

 

見つかった根菜はサトウダイコンと比べると短く、地元農民から『ゴブリンの頭』などと呼ばれ、とても硬い事から家畜の(えさ)として扱われていた。

 

 

その事実を後に知ったジルクニフは「家畜に金塊を食わせていた……」と手で顔を覆った。

 

 

この後、帝国は『この根菜は家畜の生育(せいいく)に多大な効果を発揮(はっき)する』というカバーストーリーに(もと)づき、収穫(しゅうかく)分は全て国が買い取ると発表。

 

発見地域に似た気候の場所に作付(さくづ)けを奨励(しょうれい)し、買い取った根菜はフレーク状の『加工飼料』として畜産(ちくさん)業者に販売された。

 

 

その時代、家畜飼料と言えば()し草しかなかったため高級飼料と認識され、実際、家畜達は良く食べた。

 

 

それを『欺瞞(ぎまん)情報として出された(しぼ)りカスに過ぎない』などと(うたが)う者は誰もなく、帝国産砂糖の原材料は長らく謎とされ、各国の密偵が帝国の大地の()やしとなる。

 

 

閑話休題。

 

 

ジルクニフは一報を受けるや、待ちきれぬとばかりに四騎士やリおんを(ともな)い魔法省に向かった。

 

 

「陛下、こちらが帝国の砂糖でございます」

 

 

研究員が蒸発皿に()った砂糖を(うやうや)しく(ささ)げる。

 

 

「これは……もう精製まで()ませたのか? 白くないか」

 

 

ジルクニフの疑問にリおんが答えた。

 

 

「陛下、サトウダイコンから取れる砂糖は不純物が少ないので、精製前でもこれくらいです」

 

 

「これだけ白ければ精製を(はぶ)いても充分に通用する……素晴らしい」

 

 

ジルクニフは砂糖を一摘(ひとつま)み舌に運ぶ。

 

そして感極(かんきわ)まったか、天を(あお)(つぶや)く。

 

「……甘美(かんび)な」

 

 

ジルクニフはリおんに向き合い告げる。

 

 

「リオン、お前のおかげで帝国は巨大な金の鉱脈を手に入れたようなものだ。褒美(ほうび)(つか)わす。頼むから何も()らぬなどと言うなよ?」

 

 

リおんは綺麗(きれい)に礼をして、こう答えた。

 

「ありがたき幸せ。なれば一つだけお願いが」

 

 

「おぉ、言ってみろ」

 

 

リおんは満面の笑みを向けジルクニフに言った。

 

「クレームブリュレが食べたいです!」

 

 

《2時間後》

 

 

使用する砂糖の量で料理長の顔を青白くさせ、魔法省の職員まで『調理器具』代わりに使い、クレームブリュレは完成した。

 

 

「だがリオン、お前が食べたいと言う話ではなかったか」

 

 

「いえ陛下、もちろん僕も頂きますが、帝国最初の砂糖を記念した品ですから、最初の一口は流石に悪いかと思いまして」

 

自身の分を「ちゃんとあります」と見せつつリおんは言う。

 

 

「ふっ、気を遣いおって……ん? 表面が硬い」

 

 

「大量の砂糖を火で溶かしたカラメルで覆ってあります。適度に砕いてお召し上がり下さい」

 

 

初めて見る砂糖の使い方に『なるほど砂糖を記念する一皿だ』と思いながら、その複雑な味と食感をしばし楽しんだ。

 

 

食べ終えたジルクニフは「リオン」と声をかける。

 

 

「なんでしょう陛下」

 

 

ふっ、と笑い、こう言った。

 

「この菓子は危険だ。いくら砂糖を大量に製造できるとはいえ、流行ったりしてはマズい」

 

 

以降、クレームブリュレは特別な記念日に許可されるレシピとされ

 

いやいや、これからも色々記念するような事はきっと起きる……たぶん

 

と、(なか)ば祈りを込めながら、リおんはじっくり味わって食べる事になった。





色々なものが貴重だった時代、こういう事は良くあったと思うんですよね…

リおん君ドンマイ()
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