突然だが、噂とは得てして語られることとは裏腹に正体というものはチンケなものだったりする。
人の視覚の錯覚や、恐怖心や想像力によって膨張し人から人へ伝わることで異なる情報が付け加えられた結果が噂話。
学校の七不思議もその類に含まれるかもしれない、学校の七不思議なんてのは元よりどこかで存在した有名な噂話だ。そのテンプレートに則って新たに作られ広められ噂される、そんなのがほとんどだろう。
さて、何故こんな話をしたのか。勿論、それも舞台となるこの学園─東京都府中市に存在する『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』略称『トレセン学園』─にて噂される噂話がこの物語のキッカケとなるからだ。
曰く、ある寮には幽霊が時折現れる
曰く、保健室で寝るとどんな病気も怪我もたちまち治ってしまう
曰く、学園に存在する三女神像には違う世界に行ける不思議な力がある
曰く、学園のどこかに厳重に閉められた謎の空き教室がある
曰く曰く曰く曰く。小さなことから夢物語のようなことまで、ここトレセン学園では日々噂されている。
あらゆる噂が存在するこの学園で一際異色な噂話が1つある。
曰く、見つければどんなことでも願いを叶えてくれる魔法使いが存在する……と。
◆
始まりは些細なことだった。ルームメイトのウマ娘、マヤノトップガンが持ってきた1つの噂話、いわゆる中央トレセン学園七不思議(未完成)から抜粋されたひとつのお話だ。
マヤノが持ってきたのは、見つければどんなことでも願いを叶えてくれる魔法使いのお話。正直そういう類の話はあんまりボクは信じてないし仮に居たとしてもそんな都合のいい話があるわけないと思ってた。
だってそうだよ、見返りもなしにお願いごとを叶えてくれるだなんて虫が良すぎるってもんだし。
はぁ……なんでマヤノがそんな話をボクに持ってきたのかは分からないけど、乗り気じゃないボクを無理やり連れ出して噂の魔法使いとやらを探している。
「ねえー、ボク帰っていいー?」
「だーめ、今日は絶対ぜーったい! 付き合ってもらうもん」
「見つかりっこないって。というかそもそもそんなの存在するはずないよ」
「むぅ、テイオーちゃんにはわからないことだもん」
「なにそれ……今日のマヤノなんか変だよ……」
なんか今日のマヤノいつになく真剣な顔してる気がする。そんなになにか叶えたい願いでもあるのかなあ……なんて考えてみたり。
「ふわあぁあ……ねむい」
マヤノもマヤノだよ、何もこんな早朝に探しに行かなくてもいいじゃん。お昼とか授業が終わった放課後とかさ、時間はいくらでもあるし。
てか、いま何時? 時間を見る暇も与えてくれないまま叩き起されたから本当にすごく眠いんだよね……。
……でも、魔法使いかあ。もし本当ならボクもなにかお願いごと叶えてもらおうかな?
うーん、何がいいかな? はちみー飲み放題とか? それとも寮のお部屋をドドーンって大きくしてもらうとか……特に何も思い浮かばないや。
「……て、あれ? マヤノどこ行ったの?」
う、嘘でしょ。ボクのこと叩き起して連れ回した挙句にボクのこと放ってどっか行ったの!?
信じらんないよ……。あとで絶対埋め合わせしてもらおう。
「……あれ? おかしいな? どこだろうここ、見たことないとこに出ちゃった」
うーん、おかしいな。ボク、この学園に来たときにほぼほぼ敷地内は歩き回ってるはずなんだけどな。
それでも見たことないってなると、本当にどっかわかんないんだけど。まあ進んでれば元のとこに帰れるかな。
ちょっと楽観的だけどボクはそう考えて学園の校舎内を歩き回った。歩いてきたとこは見覚えがあるような気がするのに、何でかわかんないけど知らないとこだって思っちゃう。寝起きで朝が早いからかな? って思うことにした。
道中いつからか、頭の中がふわふわしてるような感覚がしてきて足取りもどこかゆったりと自分の考えてることとは別の方向に進めてる気がした。
そして見つけた。
「なんだろうこの教室?」
教室の扉には厳重に鍵がいくつも付けられていて、御札? って言うのかな。不思議な模様が書かれた紙がぺったりくっついてる。
明らかに怪しい、いかにもここになにか隠し事をしてますよっていうのがバレバレじゃないか……。
そして扉に手をかけてみて気付く違和感。
「……あれ? これ鍵あいてない? 誰か出入りして開けっ放しにしちゃったのかな」
鍵が空いていた。このときのボクは気が付かなかったんだ。
これだけ厳重に閉鎖されているこの不思議な教室で鍵の閉め忘れなんてこと普通は有り得ないってことによく考えればわかることを、このときのボクは意識をそらされてたみたいに気が付かなかった。まるで魔法にでもかかったみたいに。
それが自然なことで当たり前のことだと考えていた。
「……お、お邪魔しまーす」
ゆっくりと教室の扉を開けてみる。ボクはどちらかというと他のウマ娘より好奇心が強い方だ、いかにもな教室にボクの好奇心は最高潮と言っても良かった。
しかし、威圧感があるほどの鍵の数とは裏腹に扉は呆気ないほど軽く他の教室同様ボクの心情関係なしに素知らぬ顔でいつも通り開いていく。
そしてゆっくりと身体を扉の向こう側、教室の中に滑り込ませていくと、その中は教室の内装とは思えないほど生活感があって普通の部屋といった感じがする。それとは別に少しなんて言うんだろう、なにか『違和感』というか……?
「でもこんな変なとこよくいままで気が付かなかったなボク」
不意にいつも通りに漏らした独り言。その声が眠った竜を起こす掛け声となった。
「ぴゃっ!?」
ボクの後ろ、ちょうど教室の真ん中らへんに置かれたソファの上から物音が聞こえてくる。
恐る恐る振り返ってみる、しかし後ろには誰もおらずさっきも見たソファがあるだけ。なんだ、驚いて損した……。
そう、安心したのもつかの間──。
もそりとソファの向こう側から人の影が現れた。
「で、で……でたァッ!?」
ボクは驚きのあまり後ろに倒れて尻もちをついてしまった。勿論そんな状態で終わるボクじゃない、ウマ娘としての身体能力をフルで使って出口まで立ち上がってすぐにたどり着く。
でも、さっき開けたばかりの出口の扉は閉まっていて開けようとしても
「う、うそ……なんで開かないの!?」
扉は外側から何かに力で押されてるような感じでどれだけ力を入れようとしても開く気配がない。
そんなことをしてる間にもソファから聞こえてくる物音と人影はどんどん大きくなっていく。
「……っ、開いて! 開いてよォ! なんで開かないんだよこの扉ァ!?」
必死に開けようとしてもさっきと一緒で全然ビクともしない、ボクはとうとう扉の前で腰を落として座り込んでしまった。
も、もうダメだァ……っ!
「ふあーぁ、たくっ朝っぱらから誰だよ。人の睡眠を邪魔しやがって……」
「ふえ……?」
ソファの向こう側から現れたのはボクが考えていたモノより全然怖くない……人だった。
頭頂部から毛先まで白いボクたちで言う芦毛みたいな髪色の……男性なのかな。男の人にしては綺麗な肌だし、キリッとしたツリ目は見ようによっては女性の顔つきにも見える。
目の色はボクと同じようで違う海の底みたいな青さをした目だった。見ているといつまでも惹き込まれそうな、そんな目をしていて──美しいとさえ思った。
ボクはこの日、今日。そしていま、ボクの生き方を大きく変える分岐点と言えるところに立っていて──
───彼と出会うこの日が、ボクにとっての運命の日だといまのボクはそう思う。
これは魔法使いがボクというウマ娘に見つかって始まる物語だ。