「っっ痛ぇ……」
太陽は空を赤く染め上げて、今にも山に姿を隠そうとしている。
そんな王国への帰路の途中、ピグリンに付けられた傷が痛む。
それほど傷は深くなく、少し安静にしていればすぐ治るようだ。
しかし、やけに力が抜けるのを感じる。森で気絶した時の脱力感とはまた別の感覚だった。
「浅いとは言えど、この腕は帰ったら早いところ治療しなきゃいけないわね…」
「ひえぇ…でもそのくらいの傷で済んで良かったね。あの大きさのピグリンなら死んでてもおかしくなかったよ?」
「サラッと怖いこと言うなよリア!?」
「まあそれも事実だろう。とはいえ、何故シュンは俺たちを呼ばず一人で飛び出して行ったんだ」
「そうだぞ!もっと俺らを頼ってくれてもいいんだぜ?」
ソラに言われて改めて反省する。
子どもを探すだけ、と舐めてかかっていた部分はあったが、ピグリンに遭遇した際にソラ達を呼べばよかったのかもしれない。信頼していないという訳では無いが、必要以上に俺はこいつらを心配しすぎているのかもしれない。
「…そうだな、すまん。一人で突っ走りすぎるのは良くないな。反省するよ」
「もっとどんと来ていいんだぜ!」
「あぁ。俺たちの仲だ。どんなことでも折れたりしないさ」
そんなこんなで話していると、いつの間にか城門の目の前まで戻ってきていた。
ようやく依頼が終わったという安堵感と達成感で今夜は良く眠れそうだ。
ジュンが城門を開き、続けてソラとリョウが中へと入っていった。
「……」
城門をくぐろうとした時、後ろからボソリと声が聞こえ、リアが立ち止まっている事に気付く。夕陽による影で顔は良く見えない。
「リア?早く来いよ」
「…うん、今行くよ」
リアの様子に不安を覚えたが、俺も早く休みたいので、あまり気にせずに先に門をくぐった。
と、同時に門が大きな音を出し閉まり始める。
少し驚いて、反射的に後ろを見る。リアの影の輪郭は門の隙間に閉ざされていった。
「…え?まだリアが…」
「シュン、どうしたの?」
リアの声で前方を見返す。
ジュン、ソラ、リョウ、そしてリアが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「は?リア、お前俺の後ろに居たんじゃ…」
「え?いたはいたけど…シュンが後ろを振り向いた時に追い抜かしたよ?」
リアは平然とした顔で答える。
「じゃああれは一体…」
「おいおいシュン、初めての依頼で疲れすぎて見間違えたか?」
「今夜はしっかりと睡眠を取った方が良さそうだな」
「あはは!でもあんなに大きいピグリンと戦ったんじゃしょうがないね」
皆に笑い飛ばされる。
確かにリアとは今日からの知り合いだし、顔はよく見えなかったが、それでも他の人と間違えるなんて事は無いはず…
…いや、本当に俺が疲れすぎてるだけかもしれない。今日はいきなりこんなにも動いたんだ、疲労が溜まっていても可笑しな話では無い。
自分の勘違いだと思い込み、一旦は考える事を止めた。
「じゃあ、報酬を受け取りに行きましょうか。その後あなた達の泊まる宿屋も探さないとね」
「よっしゃあ初報酬だぜ!やり遂げた実感が湧くな!早く取りに行こうぜ!」
「そう急かすなソラ。焦っても報酬は逃げていかないんだ」
「でもわくわくはするよね!」
「とりあえず集会所に行くか。早く休みたいしな」
「幻覚見るくらいだもんね?」
「う、うるせえ!」
…少しの間はいじられ続けるかもしれないな、これ。
報酬を取りに行くと、予期せぬ新種個体の素材提供として追加報酬が支払われた。お金(この異世界ではJ(ジェム)と呼ぶらしい)も十分に溜まり、3日間程度なら不自由なく暮らせるレベルには資源が潤った。俺の文字通り必死の戦闘は、無駄にならずに済んだのだ。
その後、なんとか日が沈み切る前に宿屋を取る事が出来、ようやく一息つけるようになった。
「ふぃ〜、いい湯だった〜」
「俺は少しのぼせてしまったな…どうも湯加減が合わなかったようだ…」
「まあさっぱりできて良かったじゃん。風呂なんてこっちにないと思ってたしな」
驚いたことに、この異世界でも浴場とトイレは、現代社会程では無いが快適に使える位の品質だった。こういった生活基盤が充実した国に転移できた事は、非常に運が良かったのだろう。
「じゃあ僕もお風呂入ってくるね」
「おう、いってらー」
ドアから出ていくリアに対して、ソラがひらひらと手を振る。
「なあ、リアって男じゃないのか?」
ふと頭にでてきた疑問を何気なく声に出してみた。
「そうじゃねえの?」
「ならなんで俺たちと一緒に入らなかったんだろうな」
「友人に裸を見せたくない人だっていてもおかしくはないだろう。あまり詮索するものでもないしな」
そんなもんか。
特に深く考えがあった訳では無いが、とりあえずその考えでこの疑問は抑えておく。
「そういやソラ、お前コミュ障気味なのに初めて会ったリアとかジュンと普通に話せてたじゃん、克服できた?」
「言われてみれば確かに何も思わないでリアとかと話してたなぁ。克服したってよりかは、異世界に来て舞い上がったテンションに乗せて喋ってたのかもしれねえや」
「だとしたら突破口が見つけられて良かったじゃないか。これからそれも治っていくだろう」
「そんな簡単なもんじゃねえよ」
ソラが冗談半分といった声で笑いながら答える。
そういや、と今度はソラが問い掛けてきた。
「明日特になんもないらしいけど、リョウとシュンは何かすんのか?俺はまた別の依頼受けてみよっかなーって思ってるんだけど」
「あー、何も考えてなかったな」
実は、報酬を受け取ったあとジュンに明日の予定を聞いたところ、
「久しぶりに興味のある研究対象が手に入ったから明日は休みよ!」
とのことで、明日はほとんど何も知らない地で放置されることが確定していた。
ちなみにジュンは徹夜で研究するらしい。
「俺はこの王国を散策するつもりだ。金銭面でも情報面でもここには長めに滞在することになるだろうからな。」
「そうか、じゃあここの地理に関してはお前に任せたぜ!シュンはどうする?」
「うーん、そうだな…」
俺もソラと一緒に依頼を受けて報酬を稼いでもいいが、それでも情報が少なすぎる。何せ俺たちは、この世界の文字すらもまともに読めないレベルの知識量だ。現代社会の学校で習っていたことなんか到底使えるとは思えない。
てかそんな状態でソラは新しい依頼受けようとしてんのかよ。
物資を取るか、知識を取るかの二択になったな。
…よし、決めた。
「じゃあ俺は───」
「ジュンー!いるかー?」
俺は、一見閑散としているジュンの自宅兼モンスターラボへと声を響かせる。
入って来なさい、と床の下から小さな声が聞こえた。
昨日ジュンが弄っていた所から、記憶を辿りながらボタンの位置を探ってみる。すると、近くの壁から十数cm離れた床の木目に、違和感のある感触があることに気づいた。そのまま押してみると少し派手な音を出して床が動き、地下へと続く梯子がかかった穴が出てきた。
カツン、カツンと金属を軽く反響させながら下っていき、梯子の切れ目を目印に暗い地面に着く。
「うわぁ暗え。こんなところで研究なんてして目が悪くならないのか?」
「生憎視力は何も変わっちゃいないわ。」
暗闇の先からふわりとした明かりが顔を出し、同時にジュンの認識を可能にさせる。彼女の更に奥には、ぼんやりとした紅い光が台の周りを囲っている。
「それで?わざわざこんな薄暗いところに何の用?」
「あぁ。ちょっとここの国の文字の読み方とかを教わりたくて」
そう、ジュンを尋ねたのはこの世界での読み書きを会得するためだ。依頼の受諾や、内容確認で文字が読めない書けないとなると、それが大きな足枷となってしまう。それに情報を集めるにも、文字が読めないと話にもならない。
相当当たり前の話と思われるだろうが、この世界を知らない俺たちにとっては死活問題と言っても過言ではなかった。
「本当に文字を知らないのね…けれど、それならリアに頼めばよかったじゃない。こんなに暗いところになんてわざわざ来る必要も無くなるでしょ?」
「暗いとこって言ったの相当根に持ってる?悪かったって…リアはソラに着いて行って新しい依頼を受けに行ったんだよ。」
まあソラが土下座で頼み込んで、半ば無理やり連れて行ったんだけどな。いやリアのしたい事も言わせずに頼んでたから半ばとかじゃなく無理やりか。
ソラ1人だと色々心配だったが、リアもいるとなればそこまで心配する必要もなさそうだ。
「なるほどね。仕事熱心なようで感心感心。それで文字の指導だっけ?いいわよ、この天才が完璧に教えてあげる。」
「ジュン、あんたそんなキャラだったか?」
「これで大抵の範囲は網羅できたと思うわ」
「なるほどな。助かったよ」
「こっちも理解が早くて助かったわ」
ジュンのおかげで、これまでさっぱりだった文字も、文字を覚えてさえいればスラスラと読めるようになってきた。文法の語順だったりは日本語とだいたい同じ感覚で読めばいいし、固有名詞も聞いた文字をそのまま書けばいい。
文法がもっとめちゃくちゃで覚えるのに苦労すると何となく思っていたから、覚えやすくてとても有難い。
一先ず文字の読み方も理解した事だし、早速調べ物をしてみよう。
「ジュン、この国とか世界について知れる資料とかってどこかにあるか?」
「そうね…私の資料室はほぼモンスターに関するものばかりだし、『国家図書館』とかに行ってみたらどうかしら?」
「『国家図書館』?」
「ええ。国が運営してる国公認の大きい図書館よ。この国って縦向きの楕円形に城壁で囲まれてて、その城壁の中央部に大きい銅像が祀られてるでしょ?そしてその像の正面に建てられてる王城の、右側に位置してるのが国家図書館よ。」
ジュンに言われ、この国の風景を思い出す。
特に周りを気にして見ていなかっため、そんな銅像があることも城壁がそんな形をしていることにも気付いていなかった。もっと周りを見るべきかもしれない。自分の弱点に気づく予想外の瞬間だった。
「元々外来人向けの図書館として作られたんだけど、ほとんど利用者は国内の人ね。」
「なるほど、そんなものが…ありがとう、行ってみるよ。」
「はいはい、ちゃんと入口は閉めてってよね。」
俺は『国家図書館』を目指して進み始めた。