「と言ったはいいものの、まだどうやってアイツの視界から逃れるか何も思いついてないんだよな…」
「視界から外れる…うーん…何か使って見えなくするとか?」
「だとしたら木を使わなければいけないな。木を倒すか…」
「木を倒したとして積み重ねなきゃアイツの背には届かないはずだ、積み重ねるのは無理があるんじゃないか?」
「けどそれ以外にどうしろっていうんだよー!」
そうこう話して逃げているうちに、また開けた場所に来た。
ここにあるものも木と俺たちよりも一回り小さい岩があるだけだ。どうにかするには足りない…
どうすれば…クソっ、何も思い浮かばない!
「くっ、ここで止まってても意味ねえ!いっそ全力で走ってみるぞ!」
「アイツ割と遠いとこいるぞ!ワンチャンある!」
振り返ってみると、あのクマは変わらず今までと同じ速度で距離を詰めてきていた。遠いとも近いとも言えない絶妙な距離を保ってこちらに視線を向けている。初めてまともに見るアイツの目。一切の光がない。これ以上目を合わせていれば飲み込まれてしまいそうな、畏怖すら覚える目。
限界が来て正面を向き返す。振り返っていた時間は僅か1秒程度だったものの、俺を焦らせるには十分な時間だった。
「…っ!行くぞ!」
俺たちは今までよりも速く、力強く走り始めた。
──と、ほぼ同時に、後ろから鼓膜が張り裂けそうな勢いの叫び声が響く。
『グオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!!』
「耳が…っ!」
「ぐうぁ……」
「うっ……怯むな…!」
走らなければと思いはするが、脳にまで響くこの声に強制的に足が、いや、足だけではなく全身が動きを止めている。そのせいで後ろのアイツが着々と近づいている事に気づくのにも時間を要してしまった。
やばい…殺される…!
「…っうおおおぉぉぉ!」
隣で耳を押さえてうずくまっていたソラが、俺たちの背中を押す。
外から動かされたおかげで、硬直していた筋肉は動き方を思い出し、少しはぎこちないものの身体の束縛が解かれた。
リョウも同じようで、俺たち2人は動けるようになった。
「ソラ!」
だがソラは身体を無理やり動かした反動か、俺たちの背中を押してからそのまま前のめりに倒れてしまった。
リョウと一緒に倒れたソラに肩を貸し、何とか歩こうとするが、反動は思っている以上に大きいようで、ソラは脚を引きずる形でしか移動が出来ない。
「もう無理だろ!俺を置いてお前らだけでも逃げろよ!」
「それこそ無理に決まってるだろう!見捨てられるわけない!」
ソラとリョウが揉めている間、俺の心の中にはクマに対する怒りが湧き上がっていた。
クマがのそりのそりと近づいてくるのが気配でわかった。
ソラがこんな風になってしまった原因。
周りからしたら八つ当たりもいいところだろう。だがもうそんなものどうでもよかった。
とにかく許せなかった。
「シュン!お前も俺の事なんて気にしてないで…」
全身が熱い、血が煮え滾る。
また、叫ぶ。
『グオオォォォォォォォォ!!!!』
「うるせええぇぇぇぇ!!!!!!!」
全身から風が溢れ出る。風が自分を取り巻き暴れ出す。
木の葉が飛び散る。土が抉られる。
地面を抉られた木は空に持ち上げられた。
手を突き出す。突き出す先にはクマ。
風向きをクマの方向に変えられた木は、一直線にクマの顔面へと突き刺さる。
まともに衝撃を食らったクマは怯み、顔に気を突き刺したまま2歩後退る。
…その次の瞬間、夜空の闇がクマに吸い取られるように集まってくる。
集まった闇はクマを覆い尽くし…
「消え…た…」
「なんだ…今のは…」
俺は、月が消え、ほんの少し太陽の光が差し込んでいる空を見上げて、そのまま意識を失った。