パシリレコード   作:Ringseiran

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プロローグという名の日常回


第一章 クレイジーブルー
プロローグ


パシリ、またの名を使いっ走りとも呼ぶ。学校や会社などの集団社会で強い立場のものに、用事を命じられてあちこち使いに出されたり、買い物などに行かされたりすること。また、そうやってあごで使われる人のことを指す。普通の人なら大抵はなりたくない立場であろう。だがそんな立場を喜んでやる変人も世の中にはいる。神浜市の栄区にあるとある学校、その美術室。床が絵の具で汚れ、様々な芸術関連の備品で散らかった教室に少年はいた。

 

「あれとって欲しいワケ」

「はい!どうぞ!!」

「あれも」

「了解!」

「あそこのも」

「ただいま!」

 

目配せもない大雑把な少女の要求に、一切の動揺なく求められたものを渡した少年の名前は七海椎名。栄総合学園に通学する少年だ。そして、椎名にさっきから大雑把な要求をしているのは16歳にして様々な賞を受賞している天才芸術家、そして椎名が尊敬してやまない少女、アリナ・グレイである。ひたすら大雑把な要求をするアリナに一切の動揺もなく応える椎名。それは二人の長年の絆が成しうる神業、という訳でもない。確かに神業ではあるのだがこれは単に椎名が異常なだけである。

 

「……ふぅ」

「喉が乾いてるな?待ってろ今飲み物を買ってくる!!」

 

椎名はアリナの一息で喉が乾いた事を判断できる。それは一重に椎名が変人だからだ。椎名はアリナの一挙一動を見逃さない、彼女の呼吸、目線、手元、表情の変化、全てを見ている。故にアリナの大雑把な要求にもすぐに応えられる。

 

「おまたせ!!」

 

そしてその異常さは判断能力だけにとどまらない。美術室から校内の自販機の位置はそれなりに離れており普通なら歩いて5分、それなのに椎名は30秒も経たずに戻ってくる。そう、身体能力も異常だ。誰も測ったことはないが、測れば世界記録を更新するかもしれないと同じ部室にいる後輩、御園かりんは語る。

 

「相変わらずキモイの…椎名先輩ストーカーみたいなの…」

 

そして普通にキモイと思われている。かりんにとって今では当たり前のこの光景だが初めて見た時は変質者かと思った、なんせ絵を描くアリナをひたすら観察しアリナが何も言っていないにも関わらず水を用意したり汗を拭いたりなどしている。慣れはしたが未だにキモイ。

 

「む、かりん。俺はストーカーでは無いぞ」

「じゃあ下僕」

「俺はパシリだ!!」

「いまいち違いが分からないの…」

 

胸を張って自分をパシリだと主張する椎名にかりんは呆れる。

 

「椎名先輩は、ドMなの?」

 

パシられる事に胸をはれるなら、もしかしなくとも先輩は相当なドMなのではないのだろうかとかりんは思う。ジト目でそんな疑問をぶつける彼女に対し椎名はむっとした表情になり、それを全力で否定した。

 

「俺はドMじゃない!それに俺はアリナ以外のやつにこんな風にパシられる気は無い、アリナだからパシられてるんだ」

「なるほど、アリナ先輩限定のドM…」

「ちがうわ!!まずはドMという選択肢を捨てろ!」

 

しかしいくら椎名が否定しようが全くかりんは信用しない。それはそうだろう、そんな風に否定しながらも椎名はアリナの一挙一動を見逃さぬよう視線は彼女から離していないし、時々される要求に対応しながらかりんと会話している。それも生き生きとした様子だ。さながら任せられた仕事をひたすらこなすことを生きがいにする社畜のようだった。

 

「説得力ないの…」

「くっ…それなら俺がアリナのパシリを初めようとしたきっかけを一から教えてやろう。そうだな、あれはちょうど2年ほど前、俺が14歳の時…」

「あ、それは別に興味ないの」

「なに!?俺の起源でもある話だぞ興味をもて!!」

 

こういった二人のやり取りはこの美術室ではよくあることだ。かりんがツッコミ、椎名が反論する。そしてだんだん論争がヒートアップしてくる。となれば止めるのはアリナだ。

 

「シャラップ!フールコンビ!アリナはいま絵に集中してるワケ、論争ならよそでやって欲しいんですケド」

 

機嫌の悪い声でそう言うとアリナは鋭い眼つきで二人をにらみつける。

 

「すまん…」「ごめんなさいなの…」

 

アリナに怒られれば二人はすぐに黙る。彼女に嫌われたくないのだ。

 

二人が黙ったことを確認すると、アリナはすぐに絵に戻る。かりんも漫画作成に戻り椎名もアリナの観察を再開する。いつも通りならこのまま三人の作業が再開されるのだが今回は違った。

 

「そういえばフールボーイ、アリナのパシリばっかりやってるけど自分のアートはできたワケ?久しぶりにコンクールに出してみるって言ってたヨネ?」

 

アリナは絵を描く手を止め、椎名の方に向きなおり聞いた。

普段美術室でアリナのパシリばかりやっている椎名だが、これでも一応美術部の部員だ。作品を創作したりももちろんする。それどころか実は椎名はそれなりに名の知れた芸術家である。彼が創作する作品は主に絵画だ。彼が15歳の時に描いた人間の感情を架空の生命として表現した絵画は、初めてコンクールに出展したにも関わらず最優秀賞を取るなど、一時期は、栄総合にアリナ・グレイにつぐ天才が現れたと言われるほど話題になったこともある。もっとも本人は自分はまだアリナに届くとは微塵も思ってないし、毎日アリナが絵を描いているところを見て、彼女に芸術とは何かを聞いているんだから彼女のいないコンクールで自分が最優秀賞を取るのは当然と思っている。

 

「パシらせてるのはアリナ先輩なの…」

「別に強制してないワケ」

 

かりんはあきれて言うが、アリナはそれに反論する。アリナにとって、椎名が自分のパシリでなくなったとしても別にどうでもいい。椎名自身がやりたくて始めたことであって、アリナからやれと命令して始まったわけではないのだから。

 

「俺がやりたくてやってるだけだからな!それで、絵の進捗だったな。ふっふっふ、それならしっかり完成しているぞ!」

「リアリー?アナタが絵を描いてるところ、ここ最近見てないんですケド」

「寮で描いていたんだ。最近のアリナは普段以上に集中して絵に向き合っていただろ?全力でサポートしたくてな!パシリに集中しようと思い、俺の絵はキャンバスとスタンドを寮に持ち込んで進めてたんだ」

 

そう言うと椎名は、教室の隅に布をかけて置いてあったキャンバスを取り、アリナとかりんの方に持ってきた。

 

「今回は表現する感情を恐怖に絞って描いてみた。様々な神話の悪魔や神、心霊写真、超常現象、凶暴な獣、俺自身の恐怖体験、エトセトラ…まあとにかくいろんなものを参考にした。」

 

そう言うと椎名はキャンバスにかけておいた布を大げさにバサッと取り払い二人に自慢げに見せた。

 

布の中から現れたのは、とても不気味な存在が描かれた絵だった。人間の言葉では表現しようのない恐怖の権化といってもいい。神にも見えるが悪魔にも見える。人が一生をかけても理解できない存在。それが椎名の描いた絵だった。

 

「ひっ…」

「ワオ…」

 

絵を見たかりんはアリナの背中に隠れておびえ。アリナでさえ若干後ずさりした。

 

「はっはっは!どうだ、アリナの絵程のインパクトはなくとも、俺の全身全霊をかけた作品だ!思う存分見入ってくれ!」

 

椎名は自分の絵画の横に立ち自慢げに手を組む。

 

「ここの触手部分なんて特に力をいれたんだぞ、クトゥルフ神話に出てくるクトゥルフを参考にしてみたんだ」

「よくこんな絵描けるの…」

 

自信満々に恐怖の絵の説明を始めた椎名にかりんはドン引きしているが、アリナは椎名の絵を見たまま微動だにしない。そんな彼女の様子に気づいた椎名は説明を止めアリナの方に視線を向ける。

 

「どうだアリナ!毎日お前の描画姿を見ていたんだ。昔よりもうまくかけているだろう!」

「………」

「どう思う?」

「……………」

「アリナ?」「アリナ先輩?」

 

しかし椎名が呼び掛けても反応しない、かりんが呼び掛けても同様だ。その様子を見た椎名は自分の描いた絵にアリナが見入っているのだと思い、期待のまなざしでアリナが顔を上げるのを待つ。しかしかりんはそんなアリナを心配し、

 

「椎名先輩の絵が怖すぎてアリナ先輩が動かなくなっちゃたの!」

「なっ、それじゃあ俺の絵が危ないものみたいじゃないか!」

「危ないの!」

「失礼な!?」

 

かりんからのあんまりな絵の評価に反論する椎名だが、焦ったかりんはそんな反論など聞かず、椎名の肩をつかみどうにかしろと彼の体を揺らす。しかしそんなことをしている間に暫くするとアリナは顔を上げ、

 

「悪くないワケ。一年前のアナタのアートに比べて、描写力、構図バランス、色彩感覚、どれも上達してるヨネ。描いてるものはクレイジーだけど独創性は良いワケ」

「本当か!!」

 

予想以上に高いアリナの評価に、椎名は思わずアリナに詰め寄る。急接近してきた椎名の顔をアリナは鬱陶しそうに押し返すともう一度絵に向きなおり、

 

「でもこれ、アナタは恐怖を表現しようとしたんだヨネ?でもこのアート、どちらかというと恐怖を表現したというより、ギャラリーにただ恐怖を与えるものになってるワケ」

「え………」

「自覚なしなの……」

 

アリナの的確な指摘に椎名はあっけにとられる。椎名は自分の作品を観客に見てもらい絶賛されるために絵を描いてるわけではない、しかし恐怖を与えるためでもない。

 

「アリナ的にはそれはそれで面白いと思うケド。ま、これはアナタのアートだから、あなたにとってそれが問題なら、よくシンキングしてからコンクールに出した方がいいと思うワケ」

「俺は…」

「椎名先輩が真剣に悩んでるの…!」

 

アリナからの助言に椎名は苦悩する。いつも元気にアリナのパシリばかりしている椎名の珍しい姿にかりんは驚た。

 

(俺が描きたいのは、アリナの作品のような自然と引き込まれるもの。これじゃあ引き込む前に怖がられて誰にも見てもらないというのか…!)

 

暫く苦悩する椎名だが、決断し顔を上げる。

 

「…折角描いた作品だ、今回のコンクールはこれで出す。………やっぱりそう簡単にアリナの様な絵は描けないか、今のままじゃダメなのか?」

 

椎名はアリナ・グレイに憧れ、尊敬している。そしていつか自分自身も自然と引き込まれるような作品を作れるようになりたいと思っている。アリナのパシリは彼にとって彼女のアートワークをまじかで見れるうえ、尊敬するアリナの創作を手伝える理想の役職だった。しかしもっと自分の作品に向き合う時間も増やす必要があるのかもしれないと考える。

 

「椎名先輩、ついにパシリ卒業なの!?」

 

椎名の意外過ぎる自問にかりんは今日一番の衝撃を受ける。

 

「いや!パシリは辞めん、俺はこの役を気に入っているんだ。どうにかしてパシリも創作も両立して見せよう!!今までもそうしてきたんだ!」

「さすが椎名先輩、全然ぶれないの」

 

全くぶれない椎名にあきれつつも、一周回ってこういうところは見習おうと思うかりんだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

赤く黄色くかすかに黒を含んだ色彩の空が広がる夕暮れ。

今日の美術部の活動(アリナのパシリ)を終えた椎名は帰路についていた。普段は学生寮で生活している彼だが今日は別の道を歩いる。今日は週に一度、彼の姉の七海やちよが住むみかづき荘に行く日だ。栄総合学園からみかずき荘はそれなりに距離があるが散歩がてら歩いて帰るのがマイブームである。2年前まで椎名はみかづき荘に住んでいた、通っていた学校も栄総合学園ではなく神浜市立大付属学校に通っていた。

 

当時はひどく退屈だったと椎名は思う。彼は昔から器用で、何でもそつなくこなす少年だった。努力せず勉強や家事がそれなりにできたし、スポーツや喧嘩はだれにも負けたことがない。最初はその才能を利用しいろいろなことに挑戦した。だが彼にとってどれもしっくりこない。もっと刺激が欲しい。心から熱中できるものを見つけたい。そんなことを考えながらも、毎日なんとなく時間が過ぎていく。彼の心は満たされない、それどころか満たすための容器さえ見つかっていなかった。退屈だった。

 

しかし椎名は出会った。きっかけは姉と訪れた美術館、椎名は生まれて初めて激しく胸を打たれた。彼は見たのだ。アリナ・グレイの作品「死者蘇生シリーズ」を。なぜこんなにも引き込まれるのか、なぜ魅入ってってしまうのか。椎名にとって、全てが初めての感覚だ。彼がアリナのファンになるのは必然だった。

 

(それからは早かったな、見るだけでは我慢できなくなって、家族に無理言ってアリナと同じ学校に編入して…美術部に入ってアリナに出会った、あの日から退屈なんて感じたことはない)

 

椎名は今の日常を大切に思っている。しかし永遠に続く時間などない事も理解している。だから、毎日を全身全霊で生きる。全力でパシリをし、全力で悩む。大切な人たちとの時間を大人になった未来でも忘れないよう。それが七海椎名の日常だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、椎名は知らない

 

彼が望む日常が、そう長く続かないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




七海椎名
男 16歳(高校一年) 4月21日生まれ
身長:173㎝ 体重:62㎏
容姿:若干青みがかった黒髪の短髪に、中世的で姉によく似た綺麗な顔立ち
姉:七海やちよ 
特技:物覚え
概要
常に全身全霊で生きる少年、アリナを尊敬している。
並外れた観察眼、記憶力、身体能力を持つ
アリナに出会う以前は退屈しのぎに様々なことに挑戦していたので無駄にいろんなことができる。今はアリナのパシリ兼芸術家。栄総合学園に在学中

あとがき
まずは読んでくださりありがとうございます!!
この作品のオリ主、色々試行錯誤してたらいつの間にか暑苦しくなってました。

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