病み上がりの体は、思うように動かない。
頭は割れるように痛いし、筋肉には力が入らない。
意識もまだはっきりとしないが、
それでも、体だけは勝手に動いた。
体が動いたなら後は簡単だ。
頭痛なんて気にしない。筋肉は無理にでも動かせばいい。
今はただアリナの腕を、離さないことだけに意識を向ける。
「何を……やっている……」
掠れた声で説いた質問に、アリナは何も返さない。それとも届かなかったのか、どちらでもいい、答えるまで何度でも聞けばいいのだから。
「何やってるんだ……アリナ!!」
初めに比べ大きくなった声量に、アリナは顔を顰め、上を向いた。
「見て分からないワケ?全部終わらせるの、アリナにとって最後のアートワーク、邪魔しないで欲しいんですケド」
アリナは椎名が掴んでいる手を振りほどこうとする。
彼女は既に魔法少女、その力は普通の少女のそれではない。それでも椎名は依然、手を離さない。
「ウザいんですケド!」
睨みつけるアリナ、しかし椎名にぶれる様子は無い
「今さら……だな…!」
椎名にとってその言葉は、アリナに出会った頃、散々言われた言葉。それにはむしろ、懐かしささえ覚える。
「アナタはアリナのパシリなんだヨネ?」
「……ああ、そうだ」
「だったら邪魔するな!アリナのアートワークを、邪魔しないでヨネ!」
椎名の腕を振り払おうと、空中で暴れるアリナ。
それでも離さないと掴み続ける腕からは、筋肉が少しづつ千切れる嫌な感覚がする。
言うまでもなく激痛。しかし椎名は離さない。
激痛程度で、アリナを諦める理由にはならない。
「嫌だ!」
正に狂気。
彼女の為なら自分の腕など壊れてもいいと、芸術家として終わってもいいと、彼は本気で考えている。
そんな椎名の考えを知ってか知らずか、しばらく暴れていたアリナは、抵抗するのを止め、ただ静かに一言放った。
「…クレイジー……」
アリナは椎名を改めて見上げる。
一ヶ月前にハンバーガーショップで手紙を受け取った時より少し痩せた腕と顔、髪も少し伸び、その中性的な容姿から、同性に見えなくもない。
まるで病人、実際一ヶ月もの間昏睡していたのだから、本当に病人と変わらない。その姿は、とても人ひとり掴んでいられるとは思えなかった。
それでも目の前の男は、目には生気を宿し、自分の腕を掴んで離さない。
そんな思いを含んだアリナの呟きを聞いて、椎名はただ一言、
「お互い様だ……」
椎名の目に映るアリナは、およそ彼が今まで見てきた友人の姿では無い。
いつもの唯我独尊なオーラはどこへやら、何処か諦めを孕んでいる様に見えるその雰囲気は、彼女らしくない事この上ない。
不機嫌な表情はいつもと変わらないが、寝ていないのか目元には酷いクマがあり、せっかくの美人が台無しだ。
そのくせ笑顔で投身自殺なんて、狂っている意外に何があるのか。
「…なんでもいい……俺の腕を掴め!今ならまだ引き上げられる……!」
そう言ってアリナの腕を掴む力を強めるが、彼女は一向にこちらの腕を掴もうとしない。ただ俯き掴まれた手でぶら下がり、暴れようともしない。
「……くっ…」
椎名の限界も近い、引き上げるとしたら、暴れてない今だ。
今引き上げないと、もうチャンスはないだろう。
「椎名」
黙っていたアリナが喋りだす。
「アリナはなんで、作品を創るの?」
「……は?」
「アナタが絵を描くのは、アリナの様な作品を創る為。自然と惹き込まれるものを創る為。じゃあ、アリナ自身はなんでアートワークをするの?」
そう言って問いかけるアリナの表情は、椎名が彼女と出会ってからの二年間で、見た事のない真剣なもの。どんなに希少な宝石よりも美しいその表情は、儚く、触れたら壊れてしまいそうだ。いや、この宝石は、もうひびだらけなのだろう。触り方を間違えれば、簡単に崩壊してしまうのだろう。
「急に……何言って………ッチ、そうか…」
アリナがこうなってしまったのは、恐らくその問いが鍵を握っている。
椎名は理解する、理解出来てしまう。生まれつきの観察眼か、記憶力か、それとも彼女との時間のおかげか。アリナから問われた疑問の真意も、そしてその答えさえも、七海椎名は分かってしまう。
(でもそれは、その問いは、俺が答えていいものじゃない)
だか友人として、ヒントぐらいはくれてやる、
「お前が何故そんな事を俺に聞くのかだいたい予想は着くがな…………今さら俺が教えるまでもない!!」
最後の力で、アリナを強く引き寄せる。
「だから俺は、一つだけお前に聞くぞ!」
彼の瞳が、アリナに近く。
「アリナ!!何故お前は…自分の作品が………好きなんだ!!!」
本当は簡単な答え、それでも、常日頃から感じているからこそ気づけない。
アリナにとって当たり前の感情。
それがあったから創り続けた。
それがないから壊してやった。
そう感じたから興味を持った。
魂に刻み込まれた、アリナの指標。
みんなは、アリナのことをジーニアスアーティストという。
勝手に評価し、酔いしれる。
「…あ、そっか……これだ……」
アリナはただ創るだけ。
アリナが作るものを、
アリナの感性で、
アリナの気に入るものを、
アリナの手で、
だから、アリナのテーマは、ただ、ただ……
「アリナの…美」
アリナは自分の作品が、美しいから好きなんだ。
彼女がそう呟いたのは、柵が壊れ、椎名と一緒に落ち始めるのと、ほぼ、同時だった。
椎名の顔が目の前にある。
それは、アリナが作った
まだ未完成の
ああ、本当に、
美しい
***
そこは暗闇、もしくは空白。
何も無い。ただ自分の思考だけの、空間とも呼びにくい場所。
生と死の境に、アリナは居た。
「はぁ、さすがにやっちゃったヨネ……」
もったいないことをしてしまったと、後悔する。
こうなってしまったら、もうどうしようもない。やっと見つけたテーマも、今まで作ってきたものも、全部パーだ。
「まだ作りたい作品が、残ってるんですケド……」
そして、まだ完成していない作品がある。
それを見届けもしないで死ぬのだから、未練が残らないわけが無い。
「いや、アリナが生きてても、あれじゃあどっちにしろムリか……」
里見メディカルセンターからの落下、普通の人間が地面に激突して、生還できるわけが無い。
「でも……もしかしたら…」
あの男なら、まだ生きているかもしれない。
その場合、アイツはこれからどうするのだろう。栄総合にもいる必要が無くなるだろうから、元の学校に戻るのか、あのお人好しの事だ、死んだアリナに変わって、後輩の指導を代わりにし始めるかもしれない。
後輩と言えば、御園かりんはどうするのだろう。
「…………って、アリナが死に際に考える事が、アートワークの事じゃなくて人の事なんて、アリナらしくないヨネ」
一体どうしてしまったのだろうと、自問する。
でもそれは、考える必要もなかった。
七海椎名という、人のせいだ。
アリナは最後、椎名を自分の作品だと認識した。そう、劇薬だと認識したのだ。でもそれは、美しかった。生きるか死ぬかの瀬戸際で、こちらへ必死に叫ぶ彼は、とても劇薬だとは思えなかった。いや、違う。劇薬でもいいと思ったんだ。
「あんな事で悩んでた、アリナがフールだったヨネ」
だってあれは本当に、
美しかったのだから。
***
「ア……先………」
「アリ……輩…!」
「アリナ先輩!!」
後輩、御園かりんの大きな声に鬱陶しさを感じながら、生と死の境から奇跡的に目覚めたアリナは、全身に広がる激痛に顔をしかめる。
(体が……動かないんですケド)
???「質問を質問でかえすなあーっ!!」
あとがき
原作のアリナは、落下の寸前に自分のテーマに気づきましたよね。実際は椎名がいようがいまいがテーマには気づけたし、落ちるという事も変わらなかった。でも、こんな気づき方も、私は好きです。