パシリレコード   作:Ringseiran

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きっと結末は変わらない、それでも、こうであったらいいなと思った


第九話 すぐ側にあるもの

病み上がりの体は、思うように動かない。

頭は割れるように痛いし、筋肉には力が入らない。

意識もまだはっきりとしないが、

 

それでも、体だけは勝手に動いた。

 

体が動いたなら後は簡単だ。

頭痛なんて気にしない。筋肉は無理にでも動かせばいい。

今はただアリナの腕を、離さないことだけに意識を向ける。

 

「何を……やっている……」

 

掠れた声で説いた質問に、アリナは何も返さない。それとも届かなかったのか、どちらでもいい、答えるまで何度でも聞けばいいのだから。

 

「何やってるんだ……アリナ!!」

 

初めに比べ大きくなった声量に、アリナは顔を顰め、上を向いた。

 

「見て分からないワケ?全部終わらせるの、アリナにとって最後のアートワーク、邪魔しないで欲しいんですケド」

 

アリナは椎名が掴んでいる手を振りほどこうとする。

彼女は既に魔法少女、その力は普通の少女のそれではない。それでも椎名は依然、手を離さない。

 

「ウザいんですケド!」

 

睨みつけるアリナ、しかし椎名にぶれる様子は無い

 

「今さら……だな…!」

 

椎名にとってその言葉は、アリナに出会った頃、散々言われた言葉。それにはむしろ、懐かしささえ覚える。

 

「アナタはアリナのパシリなんだヨネ?」

「……ああ、そうだ」

「だったら邪魔するな!アリナのアートワークを、邪魔しないでヨネ!」

 

椎名の腕を振り払おうと、空中で暴れるアリナ。

それでも離さないと掴み続ける腕からは、筋肉が少しづつ千切れる嫌な感覚がする。

言うまでもなく激痛。しかし椎名は離さない。

激痛程度で、アリナを諦める理由にはならない。

 

「嫌だ!」

 

正に狂気。

彼女の為なら自分の腕など壊れてもいいと、芸術家として終わってもいいと、彼は本気で考えている。

 

そんな椎名の考えを知ってか知らずか、しばらく暴れていたアリナは、抵抗するのを止め、ただ静かに一言放った。

 

「…クレイジー……」

 

アリナは椎名を改めて見上げる。

一ヶ月前にハンバーガーショップで手紙を受け取った時より少し痩せた腕と顔、髪も少し伸び、その中性的な容姿から、同性に見えなくもない。

まるで病人、実際一ヶ月もの間昏睡していたのだから、本当に病人と変わらない。その姿は、とても人ひとり掴んでいられるとは思えなかった。

それでも目の前の男は、目には生気を宿し、自分の腕を掴んで離さない。

 

そんな思いを含んだアリナの呟きを聞いて、椎名はただ一言、

 

「お互い様だ……」

 

椎名の目に映るアリナは、およそ彼が今まで見てきた友人の姿では無い。

 

いつもの唯我独尊なオーラはどこへやら、何処か諦めを孕んでいる様に見えるその雰囲気は、彼女らしくない事この上ない。

不機嫌な表情はいつもと変わらないが、寝ていないのか目元には酷いクマがあり、せっかくの美人が台無しだ。

そのくせ笑顔で投身自殺なんて、狂っている意外に何があるのか。

 

「…なんでもいい……俺の腕を掴め!今ならまだ引き上げられる……!」

 

そう言ってアリナの腕を掴む力を強めるが、彼女は一向にこちらの腕を掴もうとしない。ただ俯き掴まれた手でぶら下がり、暴れようともしない。

 

「……くっ…」

 

椎名の限界も近い、引き上げるとしたら、暴れてない今だ。

今引き上げないと、もうチャンスはないだろう。

 

「椎名」

 

黙っていたアリナが喋りだす。

 

「アリナはなんで、作品を創るの?」

「……は?」

「アナタが絵を描くのは、アリナの様な作品を創る為。自然と惹き込まれるものを創る為。じゃあ、アリナ自身はなんでアートワークをするの?」

 

そう言って問いかけるアリナの表情は、椎名が彼女と出会ってからの二年間で、見た事のない真剣なもの。どんなに希少な宝石よりも美しいその表情は、儚く、触れたら壊れてしまいそうだ。いや、この宝石は、もうひびだらけなのだろう。触り方を間違えれば、簡単に崩壊してしまうのだろう。

 

「急に……何言って………ッチ、そうか…」

 

アリナがこうなってしまったのは、恐らくその問いが鍵を握っている。

 

椎名は理解する、理解出来てしまう。生まれつきの観察眼か、記憶力か、それとも彼女との時間のおかげか。アリナから問われた疑問の真意も、そしてその答えさえも、七海椎名は分かってしまう。

 

(でもそれは、その問いは、俺が答えていいものじゃない)

 

だか友人として、ヒントぐらいはくれてやる、

 

「お前が何故そんな事を俺に聞くのかだいたい予想は着くがな…………今さら俺が教えるまでもない!!」

 

最後の力で、アリナを強く引き寄せる。

 

「だから俺は、一つだけお前に聞くぞ!」

 

彼の瞳が、アリナに近く。

 

「アリナ!!何故お前は…自分の作品が………好きなんだ!!!」

 

本当は簡単な答え、それでも、常日頃から感じているからこそ気づけない。

 

アリナにとって当たり前の感情。

 

それがあったから創り続けた。

 

それがないから壊してやった。

 

そう感じたから興味を持った。

 

魂に刻み込まれた、アリナの指標。

 

みんなは、アリナのことをジーニアスアーティストという。

 

勝手に評価し、酔いしれる。

 

「…あ、そっか……これだ……」

 

アリナはただ創るだけ。

 

アリナが作るものを、

 

アリナの感性で、

 

アリナの気に入るものを、

 

アリナの手で、

 

だから、アリナのテーマは、ただ、ただ……

 

「アリナの…美」

 

アリナは自分の作品が、美しいから好きなんだ。

 

彼女がそう呟いたのは、柵が壊れ、椎名と一緒に落ち始めるのと、ほぼ、同時だった。

 

椎名の顔が目の前にある。

 

それは、アリナが作った芸術家(さくひん)

 

まだ未完成の芸術家(さくひん)

 

ああ、本当に、

 

美しい

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

そこは暗闇、もしくは空白。

 

何も無い。ただ自分の思考だけの、空間とも呼びにくい場所。

 

生と死の境に、アリナは居た。

 

「はぁ、さすがにやっちゃったヨネ……」

 

もったいないことをしてしまったと、後悔する。

こうなってしまったら、もうどうしようもない。やっと見つけたテーマも、今まで作ってきたものも、全部パーだ。

 

「まだ作りたい作品が、残ってるんですケド……」

 

そして、まだ完成していない作品がある。

それを見届けもしないで死ぬのだから、未練が残らないわけが無い。

 

「いや、アリナが生きてても、あれじゃあどっちにしろムリか……」

 

里見メディカルセンターからの落下、普通の人間が地面に激突して、生還できるわけが無い。

 

「でも……もしかしたら…」

 

あの男なら、まだ生きているかもしれない。

その場合、アイツはこれからどうするのだろう。栄総合にもいる必要が無くなるだろうから、元の学校に戻るのか、あのお人好しの事だ、死んだアリナに変わって、後輩の指導を代わりにし始めるかもしれない。

 

後輩と言えば、御園かりんはどうするのだろう。

 

「…………って、アリナが死に際に考える事が、アートワークの事じゃなくて人の事なんて、アリナらしくないヨネ」

 

一体どうしてしまったのだろうと、自問する。

 

でもそれは、考える必要もなかった。

 

七海椎名という、人のせいだ。

 

アリナは最後、椎名を自分の作品だと認識した。そう、劇薬だと認識したのだ。でもそれは、美しかった。生きるか死ぬかの瀬戸際で、こちらへ必死に叫ぶ彼は、とても劇薬だとは思えなかった。いや、違う。劇薬でもいいと思ったんだ。

 

「あんな事で悩んでた、アリナがフールだったヨネ」

 

だってあれは本当に、

 

美しかったのだから。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ア……先………」

 

「アリ……輩…!」

 

「アリナ先輩!!」

 

後輩、御園かりんの大きな声に鬱陶しさを感じながら、生と死の境から奇跡的に目覚めたアリナは、全身に広がる激痛に顔をしかめる。

 

(体が……動かないんですケド)




???「質問を質問でかえすなあーっ!!」


あとがき

原作のアリナは、落下の寸前に自分のテーマに気づきましたよね。実際は椎名がいようがいまいがテーマには気づけたし、落ちるという事も変わらなかった。でも、こんな気づき方も、私は好きです。
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