「………つまり、真正面からの戦闘では俺は役に立つどころか邪魔になるということか…」
魔女の脅威と戦闘の危険さをももこから改めて説明された椎名は、悔しそうな表情をした。
椎名の身体能力はかなり高い、だがあくまで人間の範疇に収まる程度のものだ。魔法少女のそれには遠く及ばないし、強い魔女に単独で勝てるものでもない。
美術室から自販機まで5分かかる所を30秒で戻ってこられるのも、人間離れした脚力で走っている訳ではなく、窓から学校のオブジェクトに飛び移ったりしてショートカットしたりしているからだ。
「どうしても手伝いたいならそれだけは理解してほしい」
どうしたものかと悩む椎名に、ももこが真剣な眼差しで伝える。彼はそれに応えるようにサムズアップし、
「直接戦闘が無理でも、俺はやれることをやるだけだ!」
「言うと思った」
ももこはぶれない椎名に苦笑いする。彼は少し考えた後ももこに向きなおる。
「だいたい現状は理解した、まあどうにかなるだろう。だが、作戦を言う前に俺からも一つだけ」
「……何?」
「どんなことがあっても自分の命が最優先だ。欲張るな、多少傷ついてでも魔女に攻撃を当てるとか、そういう無理はやめてくれ」
椎名は今までのどんな言葉よりもそれに圧をかけた。そのかいあってか、ももこは圧に押されて「わ、わかったよ…」と若干後ずさりしている。
「ん、じゃあ今から作戦を言おう」
少し咳払いした後、椎名は一つのナイフをポケットから取り出した。普通の果物ナイフでこの結界内のあらゆる所に刺さっている物の一つだろう。
「これを見て欲しい、このナイフに見覚えは?」
「?特にないけど、この結界内には沢山ナイフがあるからどこかで見たかもな」
「これはあの魔女が操っていたナイフだ」
そう言うと椎名はナイフを高く上に投げた。するとナイフはそのまま落ちず、魔女の方向に飛んで行った。それを見た彼は「やっぱりな」と呟く。
「やっぱりってどういうことだよ?」
「あの魔女、たぶん人が持っているナイフは操れない。俺はこの空間に入ってももこが襲われそうになってるのを見た時、最初はナイフを投げたんだ。でも手から離れた瞬間何故かお前の足に飛んで行った。その後しょうがないから飛び蹴りをした訳だが」
「ちょ…それほんとにちゃんと狙った?」
「む、ナイフ投げはこの空間に入る前にも何回かやっているが一回も外してないぞ!」
ももこは少し椎名を疑うが、彼なら外すことはないだろうと思い直す。
「話を戻すが、その後あの魔女が浮かしていたナイフを何本か掴んでみたんだ。動かないと思ったが普通に手に取れた、ポケットに入れても飛んでいくことはなかった。でもさっき明確にあのナイフを手放したらあの魔女に操られていった」
椎名はもう一本ポケットからナイフを取り出して、ももこに見せた後ナイフをポケットに戻した。
「手から離すだけならこんな風にポケットに入れても操られるはずだ、でも動きだしたりしない。多分これは俺がナイフを所持している認識になっているからだと思う。そしてさっきみたいに明確にナイフを捨てるとナイフの所有権があの魔女に移る。大体あいつの能力はこんなものだろう。それとおそらくあの魔女の能力は結界内のこの空間だけだ、扉の外でナイフを投げても操られて魔女の方に飛んで行くことはなかったからな」
椎名は魔女のナイフを操る力をだいたい説明し終わると、ポケットから再度ナイフを取り出して地面に円を描く。その円の中に二つの点と少し離してバツを描いた。
「これは簡単なこの空間の図だ。点が俺達でバツが魔女、魔女の向こう側に扉があるな。で、この空間内にあるナイフの数がだいたい200本」
「なんでナイフの数なんか…ってまさか」
「ああ、そのまさかだ。俺たちは、あの魔女が操るナイフを全てこの空間の外に出す!」
「作戦って言うには地道な作業のような……」
椎名から告げられた想像以上に地道な作戦に、顔を引きつるももこ。そんな様子の彼女に椎名は怪訝な顔をして、
「そんな顔をしてもしょうがないだろ、あの魔女の厄介な所はナイフを使った攻撃や妨害だ」
「…確かに。あいつ自体の攻撃は威力が高くても大ぶりだから、ナイフの妨害さえなければ簡単によけれる…それにもしナイフが無くなれば簡単に隙をついて攻撃を当てられるかも」
さっきまでの魔女との戦闘を思い出し、もしかしたら魔女の隙を作れるかもしれないとももこは希望を抱く。それを見た椎名は彼女に向けて拳を突き出した、彼女はその意図を察しその拳に自分の拳を合わせる。
「この作戦であいつを倒す、頼りにしてるぞももこ!」
「ああ、こっちこそ改めてよろしくな!椎名!」
***
七海椎名にとって十咎ももこは大切な友人で、同時に恩人だった。
彼女に出会ったのは小学校の入学式。どちらから話しかけたかは覚えていないが、性格が合うのも相まってすぐに打ち解けた。当時から様々な賞を総なめにしていた椎名は学校で一目置かれ、ももこは姉御肌な性格で友人も多く、二人はクラスで中心人物だった。
しかしそれも小学校まで、中学で椎名は孤立した。
椎名はその頃になると人に興味を持たなくなっていた。学校の連中に自分の退屈を理解できる者などおらず、また自分の退屈を晴らしてくれる者もいないと突き放していた。今思えば幼稚な行動だったと思うし、当時のことをももこに掘り返されると黒歴史だと顔が赤くなる。同時にあの頃は少し焦りすぎていたとも思う。
椎名は昔から姉の七海やちよの背中を追いながら育ってきた。姉は幼いころからジュニアアイドルやモデルをやっている。そんな風に自分のやりたいことを幼い頃から見つけている姉を羨ましく思っていた。
自分も熱中できるものを見つけたい、そんな思いが椎名の行動を極端化させていた。自分が興味を持ったものにしか関わらない、それも自分に会わないと思えば辞める。そんな事を続けていると彼の周りには人がいなくなっていた。
それでも椎名は特に気にしていなかった、そんな余裕がなかったとも言える。いつしかやちよやももこさえも突き放し始めた彼を正気に戻したのはももこだった。
周りを突き放す彼を見かねたももこは、その行動を咎めた。それでも最初は全く聞く様子のない彼だったが、ももこのあまりにも長い説教に口を出した、
「何故俺に関わろうとする!!」
そんな椎名の反論にももこは一言。
「友達だろ?」
当時は何言ってんだこいつと思った椎名だったが、今ではその意味がよく分かる。結局ももこの長時間の説教に根負けした椎名は、人を突き放すのをやめて、少しは昔のようにももこややちよと向き合うようになった。
そしてやちよと休日に美術館に行った際、偶然アリナの作品に出会った訳だから、ももこのおかげで今の椎名があると言っても過言じゃない。
この事から椎名はももこに恩を感じている、もっともそれを彼女に言ったところで気にするなと言われてしまうのだが。
だから椎名は一人で戦っているももこを見た時何としても助けたいと思った。恩返しの気持ちももちろんある、でもこれは今の彼だから言える、「友達だから」というものだろう。
***
やるべき事が決まった二人の行動は早かった。ももこが魔女を引き付け飛ばして来たナイフを吹き飛ばす、椎名がナイフを回収して空間の外に捨てる。役割を分けて魔女の手数を徐々に減らしていたのだが、
(いくら何でも速すぎるだろ!!)
ももこは驚愕を覚えていた。それはこの空間内を縦横無尽に駆け抜け、次々とナイフを回収しては扉から外へ捨てている椎名に向けた感情だった。
彼は今少しばかり人間の常識からかけ離れたスピードで移動している。それは彼が急に凄い力に目覚めたとかそういうものではなく、単にももこの固有魔法によるものだった。
ももこの固有魔法は激励、魔法をかけた相手を奮い立たせ力を強化する。この魔法を生身で魔女の空間を移動することになる椎名にかけたのだが、
(あんなに効果凄かったっけ………?)
もはや魔法少女の域に達しそうになっている椎名の身体能力に、自分の魔法にそこまでの力があったかと疑問に思う。
(特別影響受けやすいとかあるのか?)
ももこは自分の力が強くなったと考えるよりも、椎名だからこうなったと考えた方が自然だと思った。彼がナイフを大方捨ててくれたおかげで考え事をする余裕が出来る。
「これで最後だ…!」
椎名は魔女が妨害として飛ばしてきたナイフを当たる前に横から掴む。普通は無理な行為だが、ももこの固有魔法によって強化された動体視力と握力はそんな常識外れな事も可能にしていた。
「すごっ……」
「ももこ!今だ!!」
「あ、りょ、了解!!」
思わず声に出して驚いてしまったももこだが、椎名の声で正気に戻り、魔女を倒すため駆け出す。
手数が無くなり不利な状況になった魔女は逃げようと後退るが、
「させん!」
いつの間にか魔女の足元に移動していた椎名が、さっき掴んだナイフで魔女の足を切り裂いた。魔女は堪らずよろけて無防備な姿を二人に晒す。あれだけ直接戦闘は避けろと言ったのに当然のように魔女に攻撃をした彼にももこは文句を言いたくなるが、せっかく出来た隙を無駄にもできないため今は目を瞑る。
「隙あり!!!」
よろけた所にももこが魔女のナイフを持っている方の腕を叩き切る。椎名もそれに便乗して反対の腕を切り裂く。
「閻輔→雜ウ縺檎李縺?シ?シ!!!!」
四肢を切り裂かれたり切断された魔女は、怒りにも苦痛にも似た理解不能の叫びをあげた。
椎名はももこがとどめを刺す邪魔にならないよう魔女から距離をとる。ももこは魔女に再度大剣を振りかぶった。
「これで、終わりだ!!!」
ももこの大剣が魔女のくまのぬいぐるみに似た頭部を叩き切った。魔女は最後の悲鳴も上げられず消滅する。それと同時に結界は崩れる。ただの薄暗い路地に戻った空間に、一つのグリーフシードだけが残った。
「よし!!」
強力だった魔女を遂に倒せたももこは思わず声を出して喜ぶ。少し遠くには魔女の口づけを受けた人達が倒れているが、魔女を倒した今、直に目を覚まして自分の家に帰るだろう。
「何とかなったな~、…椎名?」
一安心したももこは椎名に声をかける。しかし彼から反応がない、それを不審に思った彼女は彼に近寄ったが、その瞬間に彼の体がよろけ倒れた。
「危ない!!」
地面に倒れる前にどうにか椎名を受け止めるももこ。大丈夫かと声をかけても反応がない、彼女は急いで救急車を呼ぶためスマホを取り出し、連絡をする。
「椎名!!しっかりしろ!椎名!!!」
ももこは救急車が到着するまで、椎名の名前を呼び続けた。
***
「む、ここは…」
なかなかクリアにならない視界より早く感じたのは、薬品の香り。嗅ぎなれない匂いだが、椎名はそれを知っていた。
「病院か…」
周りが鮮明になっていくと全身の感覚も徐々に戻り始める。頭が痛い、そんなことを考えていると、
「あ!ももこちゃん椎名くん起きたよ!!」
「かえで…?」
「良かったぁぁぁ!!」
椎名が横を見れば涙目になっているももこ、レナ、かえでの三人が視界に入る。その様子があまりにも見ていられない椎名は、大丈夫だと三人を宥める。
とりあえず落ち着いた三人だったが、ももこは思い出したかのように怒り始めた。
「あれだけ前には出るなって言ったのに!!」
ももこは終盤の椎名の行動に怒りを露わにする。当然である、あれだけ魔女の脅威を説明したのにも関わらず、彼は普通に魔女から奪ったナイフで戦闘に参加してきたのだ。彼女自身は椎名が言った無理をするなということを守って戦っていたから余計に怒りが湧いていた。
しかし幾く怒ろうともいまいち椎名に響いてない様子だ、彼はももこの方を見て首を傾げている。
「おい椎名!聞いてるのか!」
そんな様子の椎名にさらに怒りを向けるももこだが、
「すまん…何を言っているのかいまいち分からん」
「な!魔女がどれだけ危ないか説明しただろ!!いくら固有魔法で身体能力が上がったからって……」
「……………?」
「椎名…?」
椎名の口から出た、意外すぎる発言に怒りが吹き飛んだ。
「ももこ……」
「………………魔女とはなんだ?」
椎名は結界内の記憶を無くしていた。
1、椎名が倒れる
2、ももこは救急車に連絡した後不安でレナとかえでに電話する
3、事情を聞いた二人も病院に合流
4、椎名目を覚ます
5、椎名「なんも覚えてない」←イマココ!!
椎名への激励
普段のももこの固有魔法よりもはるかに強い力を引き出した椎名、それは二人の友情が成すものか、それとも椎名の才能か…
あとがき
男女の友情は成立しないと言う人もいますが、自分は成立する場合もあると思います。深い理由は無いですが。
補足
椎名が記憶を無くしていたのは至極単純、魔女に接近した時頭部を攻撃されています。目を覚ました時頭を痛がったのもこれが原因ですね。ももこがあんなに怒っていたのも救急車を待っている時頭部から血が流れているのに気付いたからです。