里見メディカルセンターの廊下を、かりんは神妙な面持ちで歩いていた。ここが病院じゃなければ走っていたところだが、早歩きで我慢している。
かりんは移動しながら、昨日の椎名の様子を思い出す。昨日の彼は、いつも通りに見えた。でも本当は、無理してたのかもしれない。
もう少し気にしておけば良かったと後悔するが、もう遅い。
「弱気になっちゃダメなの…」
まだ椎名の様子を見てもいないのに、不安が積もる。いつもばかみたいに元気な彼が、倒れる光景が想像出来ない。
だからかりんは余計に心配する。
「こんな時に限って、アリナ先輩は機嫌悪いし…」
昨日に引き続き機嫌の悪かったアリナは、ろくに創作もせず、すぐ帰ってしまった。椎名が倒れたと聞いたのは彼女が帰った後。もし彼女がいてくれたら一緒に来てくれただろうか。
かりんは、一人で不安を抱えるのは苦しかった。
廊下をしばらく歩けば受付けで聞いた病室の前に着いた。個室のようで、扉の横には七海椎名と書かれた名札がかかっている。ここで間違い無さそうだ。
コンコン
「はい」
一応のつもりでしたノックだったが、意外にも部屋の中から返事が帰ってきた。椎名の声じゃない、でも聞いた事のある声だ。
「あら」
扉を開けて出てきたのは椎名の姉、七海やちよだった。
*
かりんがやちよに初めて会ったのは、魔法少女に成り立ての頃だった。魔女を一人で狩ることの出来ない彼女は、強い魔法少女からグリーフシードを奪うという手段を取っていた。
彼女の固有魔法は窃盗だ。
自分よりも強い魔法少女でも、ものをかすめ取る点においては優位に立てる。
しかし彼女とて、自分が悪い事をしているという自覚はあった。だから、奪ったグリーフシードを自分と同じ様に弱い魔法少女に分け与えていた。
ある日、同じ様にグリーフシードを奪って弱い魔法少女に分け与えていると、わざとグリーフシードを奪わせたままにしてかりんを泳がせていたやちよに捕まってしまう。
かりんがやちよに出会ったのはその時だ。
そしてかりんはやちよに諭される。
『あなたね、魔法少女を間接的に殺そうとしていたのよ』
やちよがかりんに放った言葉は、彼女に大きな動揺を与えた。
それからかりんは、弱いなりに魔法少女として魔女と戦う術を編み出していくのだが、それはまた別の話だ。
あれから病室の中に入ったかりんは、意識を失って、ベッドで横になっている椎名を眺めていた。
目を閉じてゆっくりとした呼吸をしている彼は、一見するとただ眠っているようにも見える。しかし、頭に巻かれた昨日見たものよりも大袈裟な包帯が、ただ寝ているだけでは無いことを主張していた。
「せっかくお見舞いに来てくれたのに、ごめんなさい。昨日からこの子、ずっと目を覚まさないのよ」
かりんの横に座っているやちよが、弱々しい声で謝る。
昨日からずっと寝ていないのか、彼女の目の下にはクマがあり、せっかくの美人が台無しだ。
「頭蓋内出血、だそうよ。いつ意識が戻るのか分からないって」
やちよの言葉に、かりんは耳を疑う。
昨日かりんは、椎名から病院で異常無しと判断されたと聞いたばかりだ。そんな事、一言も言っていなかった。まさか、自分が彼に無理をさせたせいではないかと思ってしまう。
「私が・・・椎名先輩に無理させたから・・・・・・」
「それは違うわ」
泣きそうな声で出たかりんの呟きを、やちよは優しく否定した。
「椎名先輩は昨日、階段から落ちただけでどうって事ないって言ってたの。でも、それで私が安心して、先輩と一緒に栄区中を歩き回ったから・・・」
自分のせいだと、かりんは泣き出す。やちよはかりんの背中を擦りながら、もう一度否定する。そしてかりんに、事情を説明し始めた。
「この子本当は、階段から落ちてなんかいないのよ」
「え、」
「というか、その程度じゃ椎名は怪我なんてしないわ」
階段から落ちた所で、彼なら上手く受け身を取ることをやちよは知っている。
「椎名はね、魔女と戦ったの」
「は、え?」
やちよが言い出した事に、理解が追いつかないかりん。目を白黒させているが、動揺しながらも、それはおかしいと反論する。
「し、椎名先輩は、魔法少女じゃないの」
椎名の指にはソウルジェムリングも無ければ、魔法少女の魔力も感じられない。というかそもそも彼は男の子だ。
「もちろんよ」
当たり前だと肯定するやちよ。そして椎名の手をぎゅっと握った。
「だから、こうなったの」
人の身では、どうやったって魔女には勝てない。いくら椎名が人並み外れた身体能力を持っていても、圧倒的な力の前ではただ蹂躙されるだけだ。
それでも椎名は戦った。
ももこを一人にできないと。友達をおいては行けないと。
死にものぐるいで、理不尽な力に抗った。
その結果が勝利だったとしても、ただの人間が魔女と戦って、無事であるはずがないのに。
やちよはその事を、かりんにゆっくりと話した。
「ももこの話だと、この子の怪我は、魔女の最期の一撃によるものだそうよ。もしかしたら呪いでも込められてたのかもしれないわね・・・その日の時点では異常無かったのに、昨日突然こんな傷が見つかるなんて・・・」
魔女の呪いなどあるかは分からないが、それに近いモノが働いたのは間違いない。椎名を診た医師は、検査機器には何の異常も無かったと語っている。
やちよは黙って俯く。
かりんは椎名に視線を戻すが、一向に目を覚ます様子がない。
(私がもっと強かったら、椎名先輩を助けられたのに・・・)
自分はその場にいなかった。それを分かっていても、かりんはそう思わずにはいられない。それは、横で俯いているやちよも同じ気持ちなのだろう。
後悔したってもう遅い。
きっとこの記憶は、魔法少女である二人の中に、深く刻み込まれるだろう。
この経験をどんな方向に持っていくかは、彼女たち次第だ。
*
「すっかり暗くなっちゃったわね」
やちよとかりんが病院を出たのは、既に日が落ちた後だった。
「もし良かったら、家まで送りましょうか?」
一人で帰らせるのもどうかと思い、やちよはかりんに提案するが、彼女は首を横に振って断った。
「大丈夫なの。それに、やちよさんも疲れてると思うから、早く帰った方がいいの」
「・・・そう」
やちよは年長者として、かりんを気にかけたつもりだったが、逆に心配をかけてしまっていた。かりんが魔法少女だということもあり、素直に引き下がる。
「大丈夫!きっと椎名先輩すぐ良くなるの!なかなか起きなかったとしても、次はアリナ先輩とお見舞いに来るの。そしたら椎名先輩絶対起きると思うから・・・」
かりんが言った名前に、やちよは聞き覚えがあった。
と言うより、椎名がしょっちゅうその友人の話ばかりするので、気が付けば覚えてしまっていた。
「アリナさん・・・椎名と同じクラスで、部活でも仲良くしてくれている子だったかしら」
「知ってるの?」
「ええ、一度合ったことがあるわ」
「え!?」
ちょっとした用事で栄区に立ち寄ったやちよは、たまたまその日が椎名が週に一度みかづき荘に帰る日であったことから、栄総合まで迎えに来ていた。
椎名ぐらいの年齢の男子は、姉が校門で待っていることに抵抗感を感じるのではないかと思い、やちよは少し離れた所で集合しようと連絡した。しかし彼から送られてきたのは、紹介したい友達がいるから栄総合の校門の前まで来てくれないかという文面だった。
椎名がわざわざ紹介したいと言うのだから、どんな癖の強い子が来るのかと思っていたやちよだったが、アリナの印象は意外にも悪いものでは無かった。少々口の悪い所はあったが、取り上げて変でもなかったし、何より彼女と話す椎名は生き生きとしていて、楽しそうだった。
「あの子変な時期に転校したから、友達ができるか心配だったけど、アリナさんと仲良くしていたから安心したわ」
「仲・・・良く?」
かりんからしてあれを仲良くしていると言われれば微妙なところだが、人との深い関わりをあまり好まないアリナにしては、椎名との関係は十分良い方だと言える。教室での二人の様子は見た事ないが、学校でどちらか片方を見かければ、その近くにもう一人いるなんて事はざらにあるのだ。部活での関係は普通と言い難いが、案外それ以外では普通の友人関係とさほど変わらないのかもしれないと、かりんは勝手に思った。
「じゃあ、また来るの」
「ええ、今日はありがとう。気をつけて帰るのよ」
他愛ない会話をしてからやちよと別れて帰路に着くかりん。
椎名のことは心配だが、いつまでもくよくよしていてもどうしょうもない。彼がいつ目を覚ますかは分からない。それでも自分にできることはあるはずだ。明日になったらアリナを誘ってお見舞いに行こうと心に決める。
それにしてもかりんにとって意外だったのは、やちよがアリナに対して特に変な印象を持っていなかったことだ。
椎名の事だからやちよにアリナを紹介したと言うより、アリナにやちよを自慢したかっただけだろうとかりんは思う。しかしそれならアリナは不機嫌になっているはずだ。そんな彼女に合ったとして、良い印象を持てるかと言われればそれは無理だ。
椎名が本当にアリナをやちよに紹介したかったとしても、その為だけに彼女がわざわざついて行くとも思えない。
(あれ?ならやちよさんを自慢するにしてもどうやって連れ出して・・・)
考えれば考えるほど分からなくなるが、最終的には椎名先輩だから何とかしたのだろうと、かりんは考えるのをやめた。
実際はただ単に椎名が何日もかけてアリナの機嫌を良くした後、ひたすら頼み込んだだけなのだが、かりんはそれを知る由もない。
***
恐らくキミは
見る人が死ぬまで考えてしまうような
美しく難解な作品を作ることができるだろう
しかし、外へのテーマを持たないキミの作品は
人を狂わせるかもしれない劇薬だ
だから、これだけ伝えさせてもらう
「世界を変える気が無ければ作るのを止めろ」
15歳を過ぎて尚その自覚がないのなら
キミの輝きはそこで尽きるだろう
椎名とかりんから昨日受け取った手紙、審査員が書いたらしいそれはアリナを怒らせ、そして心の底から動揺させていた。
外へのテーマ、それはつまりその作品を持ってして他者に何を訴えたいのか。それを持たなければアリナの作品は輝きを無くす。それは彼女にとって耐え難い苦痛だ。
『外へのテーマを持たないキミの作品は人を狂わせるかもしれない劇薬だ』
これは、アリナの作品が毒にも薬にもなるということ。
アリナは今までそんなことを考えた事も無かった。いや、普段なら気にもとめないだろう。
初めてだった、作品ではなく自分自身を問われた事は。
何故アリナは作品を作るのか、それは彼女自身にも分からない。
でも、考えるだけではその答えは見つからない。
(だからチェックした、アリナが辿って来た道を)
アリナが今日放課後に学校に残らなかったのは、美術館にある自分の略歴のスチレンボードを見るためだった。しかしそれを見て気付いたのは、自分の作品に訴えたいテーマなど無かったということ。
(ただ、そう。アリナはインスピレーションを受け自分がゾクゾクしたものやエキサイトしたものを自分なりに形にしてきただけ)
美術館に、アリナが求めたものは無かった。
夜の闇に光る栄区の街頭に照らされながら、アリナは頭を抱える。
(こんな時に限って、アイツはいないし)
思い浮かべるのは、いつも鬱陶しい程世話を焼いてくる男の顔。いたらいたでウザイが、最近ではそれに慣れてしまったため、椎名を学校で見かけないのに違和感を感じていた。
それに、聞きたい事もあった。
(アイツなら分かるかもしれない、アリナが作品を作る理由)
自分でも分からない自分自身の事を他人に聞くなど、普段のアリナなら有り得ない。だが、今回は別だ。彼女が知る中で、最も自分の作品に毒されている人物、七海椎名。
そして彼はアリナが知る身近な人で、はっきりと外へのテーマを持った芸術家だ。
『お前の様に、自然と見る者が引き込まれるものを創りたい』
初めて椎名にあった日、転校早々自己紹介もせずに自分の席の前に来てそう言った彼をアリナは覚えている。
(あそこまでアリナの作品に毒されてる椎名なら、絶対何か気付いてるはずだヨネ・・・)
七海椎名zzZ
七海やちよ
椎名が魔女と戦った事実だけでもソウルジェムの穢れがかなり溜まったのに、病院に運ばれたと聞いて危うく魔女になりかけたヤツ
御園かりん
椎名がいない状態で創作をしているアリナをあまり見た事ないので、すぐ帰った彼女を見て「椎名先輩がいなかったら創作しないなんて意外と可愛いところあるの」とか思ってる子。実際はそんな事ない。
アリナ・グレイ
椎名が休んで少し驚きはしたが、明日にはいつも通り登校して来るだろうと思ってそこまで心配していない。ていうか入院してると聞いても心配するのかこの女・・・。