「なんで今日も来てないワケ・・・」
翌日の放課後。アリナの予想に反して今日も学校に来なかった椎名に、彼女は不満を覚えていた。それだけでは無い、作品の前に座り筆を握っても、満足するものが描けないのだ。
それは椎名がいないからなのか。否、そんな筈は無い。彼がいるのといないのとでは、効率が上がるのは間違いないが、少なくとも創作に支障は出ない。
そう、気がかりなのは手紙の内容。未だに自分の作品を創る理由が分からないアリナは、今までの様に創作意欲が湧いてこないのだ。
幾ら筆を走らせても、描かれるのはパッとしない造形のモノばかりだ。
「シット・・・」
思わず悪態をついて筆を置く。
水を飲もうとペットボトルに手を伸ばすが、その手は空をきった。いつも水が置いてある場所に何も無い。当然だ、それを用意しているのは他でもない椎名。彼がここにいないのだから、水もある筈が無かった。
「はぁ、ホント・・・最悪だヨネ・・・・・・」
こうも思い通りにいかないのはいつぶりだろうか。最近は少し椎名に頼り過ぎていたのかもしれないとアリナは思う。しかし、その思考は、大きな音を立てて入室してきたかりんにかき消されてしまった。
「アリナ先輩!」
「シャラップ!!フールガール!もう少し静かに入ってこれ無いワケ!?」
「あ、ごめんなさいなの・・・ってそれより!」
「それよりじゃないんですケド。もしその大きな音で、アリナが筆をドロップしたらどうしてくれるワケ?」
ギロっと睨むアリナ。いつものかりんならそれで黙るが、今日はそうではなかった。
「椎名先輩が、意識不明で入院してるの!!」
「・・・・・・・・・は?」
話を聞く気のないアリナを見て、詳細を説明出来る状態では無いと判断したかりんは、いきなり本題を打ち明けた。
それを聞いて硬直するアリナ。この隙にかりんはすかさず続けた。
「椎名先輩、昨日寮に帰った後に倒れて里見メディカルセンターに運ばれたの。昨日お見舞いに行った時もまだ意識が無くて、今日メールしても返って来ないからまだ起きてないと思うの」
かりんがまくし立てるが、アリナは黙ったままだ。
「アリナ先輩がお見舞いに行けば、きっと椎名先輩、目を覚ますと思うから、今から一緒にお見舞いに行くの!」
沈黙を貫いているアリナの手をとって引っ張るかりん。だがその手は冷たく振り払われてしまう。
「アリナ、行くなんて言ってないんですケド」
突然喋り出したアリナに驚くかりん。しかしそれよりも彼女を驚愕させたのは、アリナの発言だった。
かりんにとってアリナという先輩は、お世辞にも思いやりがあるものだとは言えない。漫画の評価をしてもらう時もいつも毒舌で、挙句の果てに自分のジュースを取られてしまう事さえある。椎名が水を持ってくる時も、礼をせずに黙って受け取る事が多かった。
それでもかりんは、アリナなら椎名の事を心配すると思っていた。どんなにドライな彼女でも、いつも一緒にいる椎名を、大切な友達だと思っていると信じていた。
「なんで・・・」
弱々しい声で、アリナに問いかける。
「なんでって、見て分からない?アリナ今、ベリービジーなんですケド」
アリナは何も無かったかのように作業に戻る。
そんな彼女を見て、かりんは耐えられなくなった。
「アリナ先輩は、椎名先輩が心配じゃないの!!?」
大声でアリナに怒鳴る。やってしまったとかりんは思うが、それでも間違った事はしていない。こうやって彼女に向かって怒りをぶつけるのは初めてだが、自然と恐怖は湧いてこない。それはきっと、彼女に本気で怒りを覚えているからだろう。
見た事ないかりんの剣幕に、アリナは少し驚くが、すぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻った。
「椎名が起きてないのに行ってどうするワケ?行った所で治る訳ないし、はい、エンド」
投げられた質問を無視して、淡々とかりんの考えを否定するアリナ。
その表情から、本当に行く気のない事が伺い知れる。
実の所、アリナは全く椎名を心配していない訳では無い。それでも、あの男が頭を打って意識不明になった程度で、ぽっくり逝くとも思えないのだ。
それに、お見舞いに行ってもし椎名が意識を取り戻していたら、自分に構わず創作をして欲しいなんてことさえ言い出すかもしれない。
それはある意味、椎名への信頼であり。彼女なりの気遣いであった。
しかし、かりんはそんなアリナの考えに気づく筈もない。
「そんな……」
こうなったアリナは、もうテコでも動かない。どうしようもないかりんは、ただ彼女の作業風景を眺めることしか出来ない。もう一度アリナの手を掴み引けるほどの勇気を、かりんは持ち合わせていなかった。
それは、アリナに怒られることへの恐怖では無い。普通とは言えずとも、先輩らなりの友人関係なのだと思っていた二人が、本当は、ただ利用し利用されるだけの関係なのかもしれないと、かりんは思ったのだ。もう一度断られたら、アリナにとっての椎名が、本当にただその程度のものであるのだと、かりんの中で決定してしまいそうだった。
もう諦めて、自分一人だけでも病院に行くべきなのかもしれない。ここに立っていても、アリナは絶対に来てはくれないだろう。そう分かっているはずなのに、何故か足は動かない。
どうしようもない静寂の中、ただ時間だけが過ぎていく。
たが、そんな状況を破ったのは、かりんではなくアリナだった。
「決めた……ちょっと、飛んでくる」
「え?」
ただ一言、そう言い残し、教室を出ていくアリナ。
「待っ……」
かりんは思わず手を伸ばすが、その手はほんの少しの差でアリナに届かず、ただ空を切った。
扉は静かに閉められる。
かりんは伸ばした手を、ゆっくりと下ろし考える。
もし病院に運ばれたのが自分で、今の自分の立場が椎名だったなら、彼は、どうやってアリナを説得したのだろうか、そもそも、先輩達は、お見舞いに来てくれるのだろうか、
「分かんないの……椎名先輩……アリナ先輩……」
独りになった教室で、かりんは、居ない先輩達に問いかける。
頑張れかりんちゃん!