一ヶ月、世界を旅した。
それはアリナにとって、芸術家としての最後の足掻きだった。
ただインスピレーションのままに
自分のセンスのままに
作品を作っていたアリナは、あの手紙を読んでから、自分は空っぽな人間だと気づいた。
それは、他の国を旅しても変わらない。変わることが、出来なかった。本当にただ悪足掻きだったそれは、徒労に終わった。
だが、全て無駄だった訳では無い。
一つの決心を、付けることが出来た。
(全てブレイクする……)
美術館で描いたつまらない絵のように、自分が空っぽだと気づいたから、これまでの作品の輝きも、全て消え失せた。
自分は生まれながらに劇薬しか創れないのだと、15歳で輝きを失うのだと、知ってしまった。
それなら、全てを壊し、全てを終わらせる。
自分自身も含め、全てを、
(それが、アリナのラストワーク)
消える前に壊し、輝きと共に体は朽ちる。
恐怖は無い。それどころか、高揚感と興奮が全身を駆け巡った。
15歳で輝きが尽き、クリエイターとして死ぬのなら、全て壊して終わらせる。
だから壊した、美術館の作品を、輝きを失うモノを残して消えるつもりは無い。
思い残す事は何も無かった。
だから、これはきっと気まぐれだ
最後に、七海椎名の顔を見ようと思ったのは、
「ホント、フリー過ぎなワケ」
未だに目を覚まさない椎名を眺めながら、頬に手を当て肘をつき、アリナは呟く。
この一ヶ月、椎名の意識が戻る事は無かった。アリナのいない学校に行くつもりはないと言わんばかりに、目を覚ます事は無かった。
「ある日突然現れて、フレンドになるとかパシリになるとか言って……必要な時にスリープ、ホント、ふざけてるヨネ」
アリナは、彼と最初にあった時の事を思い出す。
中学二年の変な時期にやって来た彼は、教室に入って来たその瞬間、自己紹介もせずアリナの元にやって来た。
『変なヤツ』
椎名への第一印象は、ただそれだけ。特別興味も湧かなかったし、相手をしてやるつもりもなかった。たまたま自分のファンが編入してきて、サインでもねだりにきたのだろうと、その程度の認識だった。
しかし、その印象は次の瞬間、
『気持ち悪い』に変わった。
七海椎名と名乗った目の前の男は、ただ自分に合うためだけに、この学校に編入して来たと言ったのだから。
とんでもないストーカーだと、流石のアリナも危機感を感じずにはいられなかった。
でも、本当にそう感じていたのは最初の数日、
椎名は、
『化け物』だった。
運動、勉強、容姿、コミュ力、リーダーシップ、
何もさせても非の打ち所が無い、正に完璧超人。
そしてアリナは、彼が何故自分に興味を持ったのか疑問に思った。
アリナは自分を低く見積もっている訳では無い。寧ろ当時のアリナは、自己肯定感はかなり高い方だった。
しかしそれでも知りたかった、何をやっても成功するだろう彼が、どうして芸術に興味を持ったのか、そして何故それがアリナの作品だったのか。
だから説いた、天才である椎名がどんな答えを返すのか、興味を持ったから、
でもそれは、アリナの期待に反し、あまりにも聞き飽きた応えだった。
「お前の作品に惹き込まれたんだ!言葉には言い表せない今までに感じたことの無い感覚が全身を走った!!だから俺は、アリナに興味を持ったんだ!」
まさにそれは、今まで五万と聞いてきた感想の模範解答。
具体性にかけていて、感覚的な、素人のそれだった。
今思えばそれは、今まで無視を続けられていたのに、急に自分から話しかけてきたアリナに驚いて、咄嗟に出た言葉なのだから、十分なものでないのは当然だろう。
しかしアリナは、期待外れの返答に落胆、失望した。それが収まると、残った感情は怒りだった。
目障りだから水でも買ってこいと、追い払った。
その時水を買ってこさせたのは、熱を持った頭を冷やすのと、目の前の男に自分の為に何かさせないと気がすまなかったからだ。
でも、それからだった、椎名がアリナのパシリを始めたのは。
最初は目障りだったが、怒りも収まったアリナは、意外にも便利な椎名を好きなようにさせ、放置していた。
ある日の事だ。椎名は絵を教えてくれと、突然アリナに頼み込んだ。
教える気などサラサラなかったが、丁度スランプに陥っていたアリナは、初心者の絵を見てみるのもいいかもしれないと思った。
なんでも完璧にこなす彼の事だ、素人にしては上手いものが出来るかもしれない。大きな期待はしていなかったが、発言はつまらなくても、描かせてみたら何かあるかもしれないと、完成を待った。
しかし彼が描いた絵は、アリナの予想に反したものだった。
よく見た事のある絵柄。
それは似ていた、否、全く同じだった。
過去にアリナがデッサンしたものを、まるでコピーしたかのようなモノが、そこにはあった。
彼は盗んだのだ、アリナの絵柄を、ただ見ただけで完璧に。そしてアリナは思い出した、彼が初めに言った言葉を、
「お前の様に、自然と見る者が引き込まれるものを創りたい」
何が「様に」だ、これではもう、ただのコピー機だ。
そうアリナは思い、そして、勿体ないと思った。
七海椎名はおそらく天才。感性は普通でも、そのえがく力と、アリナの様な作品を創りたいという思いも本物。
それならどうなるのだろうか、彼が自分自身の作風を見つけた時、どんなものが生まれるのか。このままただアリナの作品を複製するだけのコピー機にするのは、あまりにも勿体ない。
その好奇心は、いつもアリナが作品を創る時に感じるものに似ていた。それなら、もうアートワークは始まっている。筆はアリナ。絵の具は椎名。自分の作品を創る様に、アリナは椎名に絵の描き方を教え始めた。
しかし未だに、七海椎名という芸術家は完成していない。いや、完成しなくてよかった。完成していたら、それも結局、劇薬になっていたのだろう。
(アリナは椎名を……劇薬にしようとしてたって事だヨネ)
アリナがいなくなって最も悲しむのは椎名だろう。でも、今までこちらも彼に振り回されていたのだから、最後くらいうんと振り回してやればいい。
もういいだろうと、アリナは立ち上がる。
最後に椎名の寝顔を見ると、こちらの気も知らずに気持ち良さそうに寝ている彼の表情が目に入る。
それに少しムカついて、彼の額を少し強めに弾いてみた。
それでも目を覚まさない椎名に呆れ、アリナは病室を後にした。
***
誰も居ない病院の屋上は、広々として風当たりも良く、気持ちが良い。死ぬにはいい場所だ。邪魔する人は誰もいない。
フェンスに手をかける。綺麗な死に方を望むのだから、変な格好で死なない為に、落ちないように柵を超えた。
後数歩前に出れば待っているのは生と死の境、自分がずっと恋焦がれ、興味を持っていたものが目の前にある。
やる事はやった。もう何も残すことは無い。
「さ、後はアリナでエンド。ジーニアスアーティストとしての輝きが朽ちてアリナも朽ちる」
一歩、前に出る
「ひとりが持つ全ての輝きが消える瞬間を収めよう」
もう一歩前に出ようとして、
「やあ、アリナ・グレイ」
邪魔者が入った。
「アナタ、昨日の白いオコジョ」
後ろにいたのは、白い生き物。昨日アリナの目の前に現れて、魔法少女になって貰う代わりに願いを叶えるなどと言った白いイタチのような生き物が、アリナに話しかけた。
「キュウべえだよ」
「いいから、まだ用があるワケ?」
「魔法少女になること、もう一度考えて見ないかい?」
アリナの問いに、昨日断ったばかりの誘いを返され、苛立ちキュウべえを睨みつける。
「ホント、しつこいんですケド!」
アリナは近づいてきたキュウべえを蹴り飛ばす。
地面に落下していくキュウべえだが、いつの間にかまたアリナの横に戻ってきている。
「無闇に蹴らないでくれないかい?」
「………………なんと言われようと願わない。アリナの悩みを願いで解決したら、アリナはアリナでなくなるから」
「別に願い事はなんでもいい、悩みごとじゃなくても欲しいものでも構わないんだ」
「はぁ、ホント消えて欲しいんですケド」
要領を得ないキュウべえとの会話に、アリナはいい加減辟易する。だが少し考えて、ある事を思いついた。
別に願いを自分の為に使う必要は無いのだ。何を言っても居なくなりそうにない
(椎名の頭でも、治してやればいいヨネ……)
一ヶ月たっても意識を戻さない
「……やっぱり一つ、叶えてヨネ」
「本当かい!?」
「嘘なんて吐かないんですケド」
最後に一つ、残してやるのも悪くない。
「もう一度君に聞いてみて良かったよ。…それでキミは、どんな願い事を叶えたいんだい?」
「願いなんて大したものじゃないワケ。オコジョ、椎名の頭を……」
アリナは言いかけて、途中でやめた。
彼女は俯き、大きくため息を着く。
(そうだ、アイツは……七海椎名は、そういう人間だった。いつだって予想を越えてきて、アリナを驚かせた)
(ホント、人間離れし過ぎだヨネ……)
「白いの、やり直し」
アリナは頭を上げ、願いを変える。
「アリナは…」
「…誰にも邪魔されないアトリエが欲しい」
「アリナ!!!!」
***
勉強も運動も、昔から誰にも負けた事は無い。それでも、自分が世界で一番優れているなんて思った事は無いし、これからもそうだ。1万人に1人の才能を持った人間がいるとして、その上には10万人に1人の天才や100万人に1人の天才はきっといる。俺はたまたま広い分野で1万人に1人の才能を持ってただけの中途半端な人間だ。だから、ずっと探していた。100万人に1人の才能を持った人を、1000万人に1人の才能を持った人を、何年かかろうと、いつか出会えるのだと、信じていた。
そして、やっと会えた。
彼女は、100万人に1人とか、1000万人に1人とか、俺が勝手に作っていたハードルをあっさり粉砕して、俺の前に現れた。
アリナ・グレイ、芸術という分野において、その時代を代表するレベルの天才。
圧倒的自己と、それに見合った実力、そして天賦の才を持ち合わせている。
きっとこの先、俺が何年かけても見つけ出すことの出来ない天才。
俺の退屈は、彼女によって払拭された。
彼女に出会うために生まれてきたのだと、そう思ってしまうぐらいには、俺は彼女に魅了された。
それは今でも変わらない。それどころか、彼女と同じ時間を過ごせば過ごすほど、魅了され、取り込まれていく。
君の事をもっと知りたい。君の助けになりたい。君のような作品を創りたい。君を一番近くで見ていたい。君を、君と、君の
君の隣にいたい。
部下でも、友人でも、親友でも、仲間でも、恋人でも、たとえ……
都合のいいパシリだったとしても……
なんだってよかった。アリナ・グレイという天才の隣に立つ事ができるのなら、
俺は何者にもなれる。なんだって出来る。
彼女が人を殺せと言うなら、俺は簡単に人を殺せる。
彼女が全て壊せと言うなら、俺は全てを壊してみせる。
だから、アリナの隣にいさせて欲しい、何処にも行かないで欲しい、いや、何処にも行かせない。
俺の人生の舞台から、絶対に降ろさせはしない。
俺も、降りる気は無い。
だから、
「絶対に……離してたまるか……!!」
自殺なんて、絶対にさせない。
退場なんて許さない。
白いの「ワケが分からないよ」