人間と燐葉石の輓歌 作:サンサーラ
再生
過ぎ去るものを見る。知らないものを見る。
追いつけないものを見る。知り得たはずのものを見る。
終わらない苦しみ、離れていく幸福。
幾度体を壊そうと手に入らず、しかし遠ざかるばかりの光景は、またもや█の前から過ぎ去って行った。
「だれだろう」
█には、もうそれが分からない。
「かわいいね」
█はもう、それになることすらない。
構成された体から失われた物。継ぎ足した物。それらに全てに等しく入っていた「らしさ」はとうになく、今や無情な足し算の結果だけがここにいる。
一万年の引継。救いに能うための期間。地獄であり、謂れのない物だとしても───無間の苦しみにいた█にとって、縋らずにはいられない「幸福」だった。
しかし、一度だけ『祈り』にも等しい断末魔があった。
それを叫びと捉えていいかは分からない。
だが、末尾の叫びというには適していただろう。
輪廻を巡る不完全なそれは、歪な形で
言うまでもなく無に至るには程遠く、かと言ってどんな形で構成されるかは分からない。
手放された、あるいは手放すことを仕組まれたそれは、しかし確かに、そして新たに『発生』した。
───〝それ〟の名前はフォスフォフィライト。
かつては存在した鉱石生命体。現地の社会に馴染めず、果てに古代の知性体へ成り果てたもの。
その昔は誰かのために奔走した一人。その体に不相応な試みの果て、何もかもを失った石。
『にんげん』に成り果てて、失われた一つのこと。
…やがて組み直される、唯一の石。
もうどこにもいなくなってしまった、薄荷色の誰か。
だだっ広い我が家には、古い土蔵がある。
その中にはガラクタ、古びた仏像と色々な物がある。
だが、幼い頃から俺が一際興味を示したのは、薄荷色の石が沢山入った千両箱だった。
我が家、というか一族の歴史は、それなりに古い。
元々はさる偉大な住職が先祖であったらしく、土蔵の中にあるものはその先祖が寄進してもらった物がほとんどだったらしい。
歴史的な価値が大きいものは、ひいじいちゃんが自治体に寄付済みで、今残っているものは、用途の分からないものと、いざという時の換金品。
土蔵内のものを記した和綴に曰く、自分が今持ち出している千両箱の中身は、元来人の形をしていたらしい。
旅をしていたご先祖様は、馬鹿でかい石英が特産品の里で「奇妙な石英が出た」と助力を請われた。
〝薄荷色の脆い石英、少年の形に彫られたそれを、地中の寺院らしきもの内部にて発見。
寺院を掘り起こしこの地に留まるとする。
少年の像は損傷が激しく、また一際脆いため、坑夫の善意により譲り受けた箱へと収める〟
これが和綴に記された経緯だ。
ご先祖様は、何度もその少年像の復元を試みたが、どうにも上手くいかず子孫に丸投げした。
以降の代も復元を試していたらしいが、住職の立場を投げ出したひいひい爺様の代でそれも終わり、自分の代までこの箱はずっと土蔵の中にいた。
「っしょっと…」
長い箱を大広間まで持ってきた
埃かぶって、古びていて、何ともカビ臭いを絵に描いたような箱だと思う。
気合を込めて念願の箱を開ける。幼い頃、土蔵で何度も開けようとしては父母に止められたっけか。まぁ今やどちらもいないのだけれど。
───箱の中は紫色の上等な布が詰められていて、その中央に少年の胴体の様な面影を残した薄荷色の石があった。周りには丸い同色の石と、4本の石細工がある。
不思議とその光景に、猟奇的だという印象を抱いた。
しかしそれは錯覚だったのか次第に霧散し、自分はすぐさまその意思に見惚れていた───
手袋を嵌めてから、石の破片を取る。
和綴に記されていた通りの色だ。浅瀬のような、美しい薄荷色。取り合いにならなかったのが驚きだ。ご先祖様は余程の人格者だったのか、功徳を積み過ぎていたのか。
どの道、どうでもいいことだ。
懐から和綴の本を出して開く。
ご先祖様は、これの復元中奇妙な現象を目の当たりにしたと聞く。何でも、石の破片と破片が勝手にくっついたらしいのだ。そうして組み上げて完成したのが、4本の石細工…おそらく腕や足となる部分。
陽光を浴びて、キラキラと輝く石達は脆くも美しい。叶うことならば、永遠に眺めていたい。
一つ石のかけらを手に取り、他のかけらと組み合わせる。反応は無し。肩を落として両手に持った石を見る。
砕けば水が溢れて来そうなほど透き通ってる。
誰であろうと、きっとこの石を好むだろう。
他のかけらとかけらを試す。
カチリ、と今度はしっかりくっついた。
…本当にそうなるものなのだな、と俺は固まる。
完成しているのは手足、そして頭。
胴体がいくらか欠損していて、眼球は外れている。胴体は復元可能として、目は多分、はめなおせば良いだろう。
数世代にわたる大復元だ。おおよそ殆どが終わっていて、ご先祖達の苦労が偲ばれる。
「…
そんなご先祖様達は、この石をそう推察していたし、それは事実だった。専門家でも無いのにすげーなオイ。
フォスフォフィライト、化学組成はZn2Fe2+(PO4)2・4H2O。リン酸塩鉱物に分類される稀な鉱物の一種であって、硬度は三半。劈開も全開。
どの石と擦れても壊れてしまう程、一際脆い。
そんな石で人型の像を彫ると来た。素材も贅沢な上、くっつく摩訶不思議な石ともなれば、希少な鉱石が輪をかけて更に希少となるだろう。
これを作った人は、一体どんな思いでこれを彫り上げたのか。興味が尽きないところではある。
そんな風に考えながら、超複雑怪奇な3Dパズルに取り組んで、はや数時間。真昼の空は夕陽に染まり切って、更にその向こうの色…紺碧色が染み出し始めていた。
ほぼ組み上がった少年像に衣服を着せる。
元々箱に入っていた物だ。手術衣のような、死装束のような着物。丈は短く、足はほぼ見えている。
状態は良いから、誰か直したのかもしれない。
袴とか着流しとかまだ残ってただろうか。
そんなことを考えつつ、頭部パーツを手に取る。
眼球は既にはめた後…中性的な美貌が、確かに自分の目を見ていた。
一週間。組み立てにかけた時間だ。
元々ほぼ完成していたというのもそうだけど、意外と組み立てに時間はかからなかった。
首の断面に糊をつける。これは和綴にも書いてあった治し方。なんとも時代錯誤的なやり方だが、過去をなぞるのも悪くない。
カチャリ、と頭部を接着する。石は一人でに石とくっついて、ようやく少年像は完成した。
「…だからなんだって話だけどな…」
力が抜けた。体を畳の上に転がし、清々しい青空を見ながら、やりきったため息を吐く。
久々にアホほど集中出来た。
けど、それがなんだと言うのだろう。
───未練を果たしただけだ、と今日の行いを否定しようとする自問をねじ伏せる。
幼い頃からずっと気になっていた。
一度だけ祖父が見せてくれた、壊れた少年像。
散らばった薄荷色の体。
直したい、元に戻したい。
そんな願望は抑えきれないまま、保持されたまま自分が19の年に至るまで保持されてきた。
それはもう、果たされた。
この家に悔いはないと言えるだろう。
…さて、これからどうしようか。
ともかく、どういう作りか本当の髪のようにうねる石を撫でて、やりきったなと笑う。
───ありえない、と呟いたのはその後だ。
ぱちり、と少年像の瞼が動く。
まるで生きているかのように、ゆっくりと動き出す瞳。
石英と燐葉石の眼球が俺を見る。
驚愕する自分を差し置いて、彼は眠たげに目元へ手を当てて、それからゆっくり起き上がり、あたりを見渡す。
「あー……えっと…ここどこ?」
しかも喋り出した。透き通るような、無垢な声。体に違わぬ少年とも少女ともとれる声。
「どちらさま?」
その問いにも答えられなかった。
人間が驚くと固まるというのは本当らしい。
それと、感情が歪に表出するという話も。
「は、はは」
なんだそりゃ。ご先祖様は一体どんなもんを拾ったんだ。動く宝石? ありえないだろ普通に考えて。
けどこの石は声も出る、体も動く、瞬きもする。
夢でも見てるのかと頬を強くつねるが、引きちぎれそうなほど痛い。困ったことに夢ではない。
困惑した顔でこっちを見る燐葉石。
なんてこった、表情も心もあるというのか。
ますます訳がわからない。頭がどうにかなりそうだ。
「はじめまし、て…」
その一言を最後に、俺はゆっくりと意識を手放す。
卒倒というやつだ。驚いた顔を浮かべた燐葉石は、慌てて自分の方へと手を伸ばしてくる。
…ぼやけた視界でも、それだけで彼が優しい奴だと理解出来る。
───さて、これからどうしようか。
それが、自分の最後の思考だった。
人間…鉱石生命体と出会った一般大学生。性別は雄。一度見たバラバラのフォスがずっと頭から離れなかった。友達に植物人間がいるらしいが、今回の一件はキャパがオーバーした。
フォスフォフィライト…不全な祈りで『発生』した。記憶がどれほど残っているかは不明。全身燐葉石100%。かわいいね。ここはどこで君は誰?
『にんげん』…反応は完全に消失した。
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