人間と燐葉石の輓歌 作:サンサーラ
「───あ、起きた」
瞼を開いて、一番目に見たのは薄荷色の髪と目。持ち前の端正な顔立ちは、心配そうに動いている。
少年、少女どちらで見ても正解であろうそれは、自分の顔を覗き込むように見ていた。
…西陽を浴びた浅瀬のような、燐葉石の輝き。透き通るそれは、その存在が鉱石で構築されていることを表し、自身が先に組み立てたものだと示している。
硬度三半、フォスフォフィライト。
少年を象って構成された石は、胴体と首の接着により生きてるように動き出した。
「…はじめまして?」
「───マジかぁ…」
恐る恐る、おずおずとした挨拶。人の言葉、理解できる内容。その一つ一つが、自分に現実を疑わせる。
ありえない。鉱石がまるで生きているかのように動く。
しかし現実は現実だ。自分の意識が眠りから覚め、そして耳から入る声がある。
自分は、この現実を受け入れなくてはならない。
起き上がりながら時計を見た。
…どうやら丸一日寝ていたらしい。目の前の石には迷惑をかけたな、と思う反面やっぱりそれなりのショックだったのか、と自身の心の豊かさに自嘲する。
「良かった〝死ぬ〟ってやつかと思ってたよ」
「…ああ、まぁ…死ぬほど驚いてはいるかな」
正直言って死にそうなほど心臓がうるさいけれど…これが、驚きによるものだけではないと知っていた。
一眼見た時から、頭を離れなかったもの。
それが動いて、笑って、しゃべっている。一挙一動に目が行き、心の奥からざわざわと蠢く、知らない感情。
気持ちが悪くて、だのに捨てられない。
───その心に、蓋をする。
今必要な感情ではないし、不適切なものだ。
一際脆いであろう、この命と思しきものを、ひとまず自分は保護しなければならない。
それは使命ではなく、当たり前の責任。
一度手をつけたのであれば、最後まで進めなければならないし、その過程の全てに責任を負う。
…我が家の教えだ。こればかりは同意する。
最初に、この町の名と過去の名を。
そして国の名前と───自分の名前を告げる。
同時に…長い付き合いになると、そう予感した。
「まっっっったくわからねー!」
低い山、そして森林。そんな長閑な自然に囲まれた、一件の日本屋敷から、少年のような大声が飛び出した。
声の発生源は居間。そこには、白装束のような丈の短い着物を着た薄荷色の生命がいる。
それと向き合うように座っていたのは、黒髪と黒目を持つごく普通な見た目の青年だ。
「そりゃこっちもだよ…
六度も隕石が落ちたなんてどこの伝承だ?」
青年と少年は、どちらも頭を抱えている。
初めて顔を合わせた二人は最初に情報の交換を行った。
だが薄荷色の生命体───フォスフォフィライトは、人間の青年から話された全てに聞き覚えがなかった、
地名、現在地、国々や自社仏閣の名前。
その全てをフォスは知らないと言う。
その逆もまた然り。フォスから話されたものの全てが、人間の耳には初めて入ることばかり。
星の成り立ち、鉱石生命体、月人、その全てに聞き覚えも見覚えもないし、それを研究してる者も見たことはない。
「…少なくとも、この星に六度も隕石が落ちたなんて話はどこにも存在してない。
君の言う、学校の存在も、金剛先生なんてものも確認されていないし───何より、月に人は住んでない」
月面着陸は1969年7月20日午後4時17分。
その時以来も以前も文明が発見された記録はないし、そもそも観測時点で無かった。
六度のジャイアント・インパクトレベルの隕石衝突にしたって未経験。月の構築に関わってるのでは、という仮説は存在するが、それも人間が存在してない時代の話。
…その全てを頭の中で整理して、人間の思考が結論に至るまで、時間はかからなかった。
「…
「ぱら、なに?」
SFではメジャーな単語。並行宇宙は「ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界」のこと。
一つの選択肢やイベントの違いによって生まれる無数の枝と言えばわかりやすい。
時間跳躍は読んで字の如く。過去と未来、そのいずれかの時間に飛ぶこと。
人間はその全てを長々と語ることをしなかった。
「ようは、世界規模の迷子ってことだ。
はっきり言って、帰れるかどうかは望み薄。
君が来てから数百年も経過してるだろうし」
端的に現状を述べる人間。加えて「勿論、考えがあってればの話だけど」と断りを入れる。
それを聞いた人型の宝石は、呻くように口を閉口させて、その場に崩れるように倒れた。
「…ちょっと規模の大きすぎる迷子でよく聞き取れなかったわー…」
「だろうね」
「これからどうしよう…」
ぼんやりと呟く宝石。言ってしまってはなんだが、世界の孤児である彼に行く当てなどあるはずもない。
肌から爪に至るまで燐葉石。人間が主であるこの世界において、鉱石生命体が馴染める可能性はゼロと言っても過言ではいし、それ以前に砕かれて売り捌かれても不思議ではない。それほどまでに、宝石の価値は高いのだから。
───それは困る、と人間は怒りを込み上げさせた。
折角組み上げた彼。美しい顔立ちで彫られた動く鉱石。彼にはこちらを心配する優しさもある。
そんな石が、何処の馬の骨ともわからぬ者に砕かれる? 最悪の場合は金策として利用のため売られる?
それは全く耐え難い「もしも」だ。何があろうと認めてなどやるものか。
「…部屋なら腐るほど空いてるから、遠慮なく使いなよ」
するり、と暖かな声色が居間に響く。
同時に「え」と、困惑の声も上がった。
そこに重ねて、人間の声が続く。
「君を組み上げたのは自分だから、その責任はしっかり取る。なるべく日当たりと風通しの良い部屋を探そう。
訳のわからないことばかりだと思うけれど、一先ずは今の生活に慣れることから始めて欲しい」
頭を抱えて、メモに沢山の文字を書いて、苦く笑って人間は言葉を続ける。平静を取り繕ってはいるが、その苦笑は引き攣っていた。
素人目でも虚勢と見抜くことが難しくないほどに。
それでも、声だけは震えていなかった。
話す一つ一つに嘘はないと証明するかのように、信じて欲しいと言うかのようなそれは、薄荷色の瞳を動かす。
黒い髪。柔らかい肌。黒い瞳。
鉱石生命体とは程遠いが、近しい姿をした生物は、ただ一つの言霊を誓うように吐いた。
「その…なんだ、君が居ていい場所は! ちゃんとあるから!」
その一言が、燐葉石の目を見開かせる。
理由はわからない。不安な心に突き刺さるものだったのか、心のどこかでそれを求めていたからなのか。
それとも、それが欲しくなるような経験をしたのか。
ともかとして、力の抜け切った燐葉石の体は、かたんと音を鳴らして机へと突っ伏した。
「…ありがとう。正直言って、かなり参ってたんだ」
本音。時代か世界の迷子か、未だわからない現状に一人ぼっち。その心労は計り知れないものだろうし、決して分かち合うことの出来ない辛さだ。
だから、安易な同意もしない。
人間は話を遮ることなく黙って聞いていた。
「起きたら知ってるやつはいなくて、全然知らない場所にいて、どうすればいいかわからなかったし、不安だった」
子どもの泣き声のような一言一言。
聞き逃さないと言うように続く相槌。
その所作に安堵するように、宝石は一つ問うた。
「…僕はいて、大丈夫?」
「大丈夫…ああでも、一つだけ約束をして欲しい」
「約束?」
「勝手に外へ出ないこと、それぐらいかな」
へらり、と黒い髪を揺らして人間は言った。
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