人間と燐葉石の輓歌 作:サンサーラ
本誌_(:3 」∠)_
けたたましい蝉の声。目を焼かんばかりの太陽光。青々と茂りながらも蒸し暑い自然。透き通るような、しかし物理的に近い青空。それを彩る白い雲の数々。
夏の景色というに相応しい光景。だがそれを目に収めるのが苦痛だと、そんな顔をしている人間がいた。
黒い髪と瞳。細身で長身。どちらかと言うと、中性よりな顔立ち。この現代に珍しく、黒い着流しを纏った彼は、その手に持った一枚のチラシを微妙そうな顔で見る。
『花火大会プログラム 1. 鎮魂の白菊』
その文字列を目で追い、ため息を吐く。
苦悩とやるせなさ。その二つを内包したそれを、耳にするものはいない。それもそのはず。現時刻は早朝で、同居人はいつもそれより少し遅れた時間帯に起きる。
…彼を同居「人」と呼ぶのは語弊がありそうだが。
だがどの道、今の彼は一人ではない。
だから、呪いのような声色で一つ声を吐く。
聞かれていない今だからこそ。
聞こえない今だからこそ。
人間、無量塔 光が吐く一つの弱音。
ともすればそれは、懇願にも近い言葉。
「…───思い出さないでいい」
その奇妙なほど優しい声は、
苦痛こそが、愛する人だと言うような。
しかし、その声への返答はない。
それが当たり前の話。
今この日本屋敷にいるのは二人だけ。
「……起きてないよな?」
未だ眠る同居人のいる部屋へ、ヒカルは目を向ける。
重ねて記すが彼を人と表現するのは、いささか問題がある。人間のように動き、瞬きをし、言葉を用いる燐葉石。
鉱物生命体フォスフォフィライト。ここより離れた
彼がなぜ元の姿で、過去の記憶のままで『発生』したのか、そんな事情などこの世の人間に知る術などない。
浅瀬のように美しい姿。瞳は無垢を形にしたようで、声は無邪気な透き通りを見せる。彼と時間を共にして、十日は優にすぎた。これまで一人で使っていた広いだけの屋敷にも、意味が生まれたのかもしれない。
そんなことを考えて、人間はチラシを握りしめた。シワだらけになった紙は不恰好なボールとなり、ゴミ箱の口へと弧を描きながら飛んでいく。
「…どーしよーかなー」
じわじわと鳴く蝉の声を耳にする。
脱力したように寝転んで、そのまま人間が目の当たりにするのは自室。かすかに開いた障子窓からは、人間が散らかした部屋の中身が見える。
SFだとか並行宇宙論だとか都市伝説だとか、オカルトと実証的な科学がぬい混ぜになった部屋。
いくら調べようとも、出ない結果。
燐葉石の少年を元の場所に戻すことなど不可能だと、人間はそんなことなど心の何処かでわかっていた。
それでも、元の居場所があるのなら───きっとそこにいる方がいいと、人間はどうにか足掻こうとしていた。
ぱつん、と渡されたハサミで緑を切る。
落ちそうになる赤い丸をキャッチ。
太陽を絵に描いたようなこれはトマトというやつ。
収穫したそれをカゴの中に入れる。
カゴは既に赤い丸でいっぱいなので、僕は大声でヒカルを呼ぶ。これが今日の手伝いで、僕の仕事。
「ヒカルー! もうかご満杯ー!!」
「フォス収穫早いねー!! ちょっと待っててー!!」
今日の仕事は〝収穫〟で、ヒカルが何となくやってるという畑から野菜という食べ物を採取する作業。
僕はトマトを取って、ヒカルはそれを回収して洗う。
普段ならこれを全部一人でやるらしく、ヒカルは「育てるのは好きだけど、取るのは面倒。特に夏」と至極嫌そうな顔で言っていた。
庭の蛇口からヒカルが走ってくる。さっき収穫した分のトマトを洗っていたからか、手は水がついていて、強い日差しを浴びてキラキラと光ってる。
彼はそのままカゴを持って、また蛇口に向かう。これを何度も繰り返したけれど、これで最後。
なので僕もヒカルについていく。洗うのを手伝いたいが、白粉が落ちるので却下された。
「助かったよ…こんな日だと外にいるのも辛いし」
「僕ら熱とか寒さには疎いからな」
「ちょっと羨ましい」
ヒカルはトマトを洗いながら、汗ってやつを拭う。
まるで体が溶けてるみたいで、少し怖い。
「座ってて良いよ、あと洗うだけだし」
手伝いが終わり、手持ち無沙汰な僕を察してかそんな一言。でも何だか悪い気がして、座るのも少し躊躇う。
ので、洗われる野菜を見る。透き通っていない赤一色、絵に描いたような太陽みたいなもの。
同じ赤なのに、レッドベリルのようなキラキラした赤とはまるで違う。光を通さない真っ赤な色、これはこれで綺麗だなと思う。
そんな風なことを考えながら、水を浴びる野菜をじっと見てたら、呆れ笑いのヒカルから一言。
「休むことも仕事だよ、フォス」
「いやぁ…なんか落ち着かないと言いますか…」
「…元いたところじゃ、あんま仕事させて貰えなかった? 不器用なのはここ数日でわかってたし、戦争してたんならそうもなるかなって勝手な憶測だけど」
「……まぁね。戦うのだけは諦めろって言われてたし、どんな仕事を渡せば良いかって先生は悩んでた」
「そっか、悩んでたんだ」
言葉尻を繰り返す。
続きを促されてるみたいで、僕は自然と次を口にする。
「うん、だから生まれてからずっと何もしてなくてさ。役立たずな自覚はあったから、何か大きな仕事をやってみたくて」
「それはまた何とも…」
「でも、みんな優しかったよ」
役立たずな僕の居場所。
皆がいて僕がいて、そして先生がいる。
皆先生が大好きで、助けになりたいと思っていた。
…役立たず、不器用、硬度三半。
…生まれてから三百年、今まで何してたんだろう。
でも何をすれば良かったのかわからない。
「……僕ってなんなんだろ」
ポツリと呟く。目の前の水浴びが終わったトマトに問いかけるように。答えなんて返ってこないけど、それでも口にせずにはいられなかった。
これは単なる弱気な独り言。誰に当てたわけでもない弱音で、聞き流されるのが普通の一言。
だから、返ってくる声なんてない。
そう思っていたのに。
「俺が知ってるフォスは───」
人間は馬鹿正直に言葉を返す。
独り言を独り言にしてくれない彼は、穏やかな声で優しい言葉をくれる。
「優しいやつで、飽きっぽいけど何だかんだ頑張ってる。綺麗で純粋で、それで俺にとって未知の存在で」
…今見ていること、感じてること。
その全てが、都合の良い夢なんかじゃないか。
そう自分を疑う時もある。
認められる事なんて久々な気さえしたから。
人間は洗い終わった赤い丸をカゴへ入れる。
僕の話し相手は自分だと言うかのように。
奇妙な嬉しさと、何故という気持ち。
ここまでされる理由が、僕にはわからない。
「…居てくれるだけでもありがたい」
居るだけでも良い、なんて言葉。
それを聞いて、ヒカルのことが少しわかった。
僕はついに口元を緩めて、白粉のついたままの手を伸ばして、ヒカルの髪にそっと触れる。
透き通らない真っ黒な束。
草みたいに柔らかくも固い感触。
…何となく、本当に何となく。
わかったつもりで、固まるヒカルに僕は話す。
「ヒカルは寂しかったの?」
「───そうかもな」
ヒカルが僕の髪に触れた時は、あんなに狼狽えていたのに、僕がヒカルの髪に触れることには何も言わない。
ただ苦く笑って、触れる僕の手に身を預けてる。
独りの辛さは、何となくだけど分かる気がした。
その理由はわからないし、どこにも確信はないけど───苦く笑う君を見たら、どうにか力になってやりたいなと思ったんだよ。
「日差し浴びすぎたら良くないんだろ? はやく帰ろうよ、一緒にさ」
寂しいだけで、終わらせたくはないから。
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