人間と燐葉石の輓歌 作:サンサーラ
じわじわじわ、と油で物を揚げるような音。
アブラゼミの声は今日もけたたましい。
街から少し離れた、郊外の屋敷。無量塔と表札に書かれたそこに、珍しく一台のトラックが止まる。
運送会社のそれは、銀色の光を照り返し、運転席からは若い男が降りて来た。
彼は荷台から一つの荷物を下ろす。
小ぶりの段ボール箱ふたつ。中身はさほど重たくないのか、配送業者の顔色は明るい。
彼は「週一ノルマ達成」と呟く。
そして期待を込めた顔でインターホンを押した。
「郵便でーす!」
無量塔家の玄関は引き戸型だ。現在の家主はセキリュティ面に不安を感じ、改装を考えてはいるが、物件が屋敷のために断念したらしかった。
そんな過去はともかく、引き戸が開く。
黒い髪と黒い瞳。凡庸そうな、ほんの少し切れ目の男、無量塔光が顔を出す。
光の顔を見て、配送業者は笑った。
「よっ!一週間に一度の───」
「暑い中ご苦労様でした、じゃ」
「待てよ!? いつもそうねお前!?
そろそろ俺も限界だからな!?」
どうやら光と配送業者は知己の仲らしい。
だが光としてはあまり顔を合わせたくなかったのか、業者から荷物をひったくるように奪い、そのまま引き戸を閉めようとすらしていた。業者は必死にそれを止めたが。
「足扉に挟むのやめろ、警察呼ぶぞ」
「なんだよ冷たいなお前!? 積もる話とかさ!」
「ないよ帰って寝ろ。あとなんで荷物二つ?」
「締め出そうと! しながら! 聞くなよ!」
光の態度はひどく冷たく、余所余所しい。
彼の同居人が見ればきっと驚くだろう。配送業者にはともかく、光は同居人には対してやわらかな態度と言葉しか使っていない。文字通り対応がまるで違った。
配送業者は閉め出されながらも荷物について説明する。配送業者のやや派手な風体はいわゆるチャラ男というやつだが、職務には一応真摯らしい。
「一個はネット通販で…っ!
もう一個は大学、からだってよ!
お前、マジでこのまま出ないつもり!?」
大学から、その言葉に光は目を見開いた。
微かに唇が震え、扉を閉めようとする力が抜ける。
無理に開けようとする力を押さえていたもんだから、抑えがなくなったそれは勢いよく引かれ、配送業者はそのまま玄関にぶっ倒れた。
同時に、引き戸が限界まで引かれた音。
ガタン! とけたたましい音が蝉の声と重なった。
「うぉあっ!?」
「なんで大学から…?」
ずっこける配送業者を、雑に受け止めながら光は思案する。どうやら彼にとって大学から荷物が来るような理由はないらしく、一気に訝しむような目を荷物に向ける。
ただ、誤算なのはひとつ。
玄関先で起きた異音に、住民はひどく敏感だ。
そして同居人───鉱石生命体、フォスフォフィライトにとって、この屋敷は『家』となりつつあった。
「なんかすごい音したけど無事?」
「ぁ゛あ゛あ゛ッ!? 顔出すなって言ったでしょ!?」
「誰だこの可愛い子!? お前もしかして彼女できたの!? 引き篭もり始めたのに!?」
「ぶっ殺すぞ誤解加速させんな」
ひょっこりと顔を出した薄荷色。
その登場により、玄関は混乱を極めた。
そんな騒ぎの後のことだ。配送業者は「ここの配達で業務は終わり」らしく、最悪なことに光は事情を説明しなければならなくなった。そうでもしなければ、そいつが大人しく帰宅するとは思ってもいなかったからだ。
とは言え、何処まで話せば良いものか。
同居人の抱える事情は複雑極まる。
ともかく、光はその『旧友』を居間にあげた。フォスは念の為別室に置こうとしたが、抵抗されたため仕方なく自身の隣の方へと座らせ、旧友とは距離を置かせる。
「で、どったのよその子、…随分幼いけど」
「その前に、どう見えてる。この子のこと」
「どうって…緑っぽい髪の子? 珍しい髪だなと」
「…?」
「フォス、違和感あると思うけど後でね」
だが、ひとつ光明があった。
どうにも、この旧友の目には鉱石生命体が『そう見えていない』らしい。暁光だとほくそ笑み、光は顎に手をやるフリをして、持ち上がった口端を隠す。
側から見ても悪人ヅラであった。
「うわー、悪い顔してる…」
「フォス」
「はい、後にします」
光の思考には『如何にしてさっさと旧友を追い出すか』しかなく、そのために頭の全てを使っている。彼は驚くほど躊躇なく嘘を吐く。ただし、事実を混ぜて。
というより、最低限のことしか語らない。
違和感を無くしつつ、重要なことを伏せる。
「色々あって居候してる。部屋なら腐るほどあるからさ、この家。それ以外のやましいことはないよ。家事してもらったり、畑仕事体験してもらったりくらい」
「…お前そんな福祉事業やる奴だった?」
「だから『色々』だよ…まぁ、増やす予定はない」
「だろうな、面倒くさがりだし」
そこまで話して、光の携帯が鳴った。
今日は騒がしいなと苛立ちつつ、彼は席を立つ。
そして今の襖を開きつつ、残る二人に言った。
「ちょっと話してくる。廊下にいるから。
フォスはあんまり自分のこと喋らないように」
「え、ちょ、二人きりかよ!?」
「襖開けっぱなしだから二人きりじゃないよ」
そう言ってから、光は携帯に出た。どうやらあまり喋りたくない対象が来たのか、露骨に顔を顰めているし、その声色も目つきと同じように剣呑だ。
彼は『何の用だ』だの『要らねえ世話だ』だの、かなり突き放すような言葉を吐く。
それを、フォスは見ていた。
自分と話す時はまるっきり違う言葉。
顔だって優しくないし、酷い態度。
どうしてここまで違うのかと思う。
不安げな薄荷色の目。どうしてあんな風なのか。それは辛いことなのか、それとも余程のことがあったのか。
言いようのない何かがざわめく。
そんな彼に、配送業者は声を顰めて教えた。
「…あいつ、今は大学と距離置いてんだ。最近、ちょっとあってな、それからずーっと人のこと突き放してばっかだから、あんたが家にいんのがびっくりだった」
「…そう、なの?」
「酷いこととかされてないか?」
「ううん。その逆。すっごい根気強く教えてくれるし、部屋貸してくれるし、色々してもらってる」
普段の態度とはまるで違う家主の事柄。
フォスにとっては不思議なことだった。
「…ヒカルは周りが嫌いなの?」
「どうだろうな、嫌いではないと思う。
…単に人といるのが辛くなったとかな」
携帯に向ける声はずっと尖っている。
でもその印象が、一つの推測で変わる。
まるで切望するような悲鳴にも、それとも単に人と居たくないと捏ねた駄々にも聞こえる。
少なくとも、旧友にとってはそうだった。
それを聞いた上で、宝石は語る。
「……僕さ、何かが出来たって思えたことも、出来て褒められたことも、すっごい久しぶりだったんだ。
嬉しかったし、頑張ってみようかなって思った。
独りでいたら、そういうのもないじゃん」
「そうだな。でも、それでも嫌だって思いもある。
俺にはよくわからねーけど、そうやって今はゆっくり傷を治してんじゃねぇのかな。
ま、心配だから顔は出してたけどさ」
配送業者もゆっくりと立ち上がる。
彼は佇まいを軽く正し、燐葉石に言った。
その声色は、ほっとしたような感じ。
それと、ほんの少しの期待と願望を。
開く唇は軽いが、喉から出る声は少し上擦り、微かに掠れていた。そこにあるのはきっと複雑なもの。
「なんかあんたといたら大丈夫そうだわ。自分のこと、滅多に表に出さないやつだけどさ、どうか愛想尽かさないでやってほしい。仕事が一個増えるけど、良いよな?」
フォスフォフィライトは、この業者を知らない。
単に家主の『旧友』だと察した程度。
だけど、この短い時間で分かったことは多い。家主が過去に大きな何かを負ったこと。親しい人を突き放していること。心配されるような状況だということ。
そんな彼を任される仕事が、やって来た。
「まっかせとけ」
燐葉石のその言葉に、旧友は笑みを返した。
それと同時に、光が今に戻ってくる。
どうやら今の会話は聞こえてなかったらしい。
彼は携帯を乱雑にしまいながら肩を落とす。
「ったく、態々余計な手ぇ回しやがって…」
「お、電話終わった? じゃあ帰るわ。
じゃあな、元気そうでよかった」
何事もなかったように、配送業者は出て行こうとする。その背中に対し、光は気まずそうな顔を向ける。
ためらうように、唇はもごもごと。
そんな彼に真っ先に気付いたのが燐葉石だった。
「ヒカル、言った方がいいと思う、けど」
言った方がいいという、たった一言。
けれど、その一言できっと十分だった。
家主はこの時、珍しく声を張った。
「…、…───っ…また、な…」
上擦った、下手くそな別れ際の挨拶。
だがそれを背に受けて、旧友は笑った。
「…ははっ! またな!」
今日この日、人間は一歩進んだ。
宝石からの言葉で、止まっていたものを動かした。それが良いことなのかは分からないが、それでも無量塔光は確かに、その言葉を口に出せた。
燐葉石は、それを見て言った。
「ほら、やっぱり」
配送業者…多分今回限りの人。友達思いではある。
無量塔光…人間。引き篭もりっちゃあ、引き篭もり。大学からの電話がストレス要因。それなりに優秀ではある。
フォス…燐葉石。「言った方がいいと思うけど」のニュアンスはアニメの「ようわからんけど」と同じ感じ。その無垢さに心が癒される人もいる。
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