人間と燐葉石の輓歌 作:サンサーラ
最近、変な夢を見る。
濁流みたいに、星が流れ消える夜空。
それを天井に、俺は浜辺に立っていた。
俺が立ってるところには、浜辺しかない。
というか、ほぼ小島のような陸地。周囲には、見てわかる程度の浮島が一つ二つ。
『───またか』
海の向こう側には、一等大きな陸地がある。詳細はわからないが、何やら華やかそうな光と雰囲気で、多分それなりに良い暮らしが出来るところなのだろう。
だから、わからないんだ。
その陸地にいる奴らの中で、一番偉そうな、スーツを着た顔もわからない男が、物悲しそうに俺を見る理由が。
だって、多分そっちは幸福だ。
何もないこの小島と違って、煌びやかな光があって、広い土地があって、上等な身なりがあるのなら、もう望むことはないくらいに幸福なはずだ。
誰であれ、そっち側でいたいと思うだろう。
こちら側に望むものは無いはずだろう。
そもそも、もう何も残っていない浜辺に、一体何を望むのだろう。何を奪いたいのだろう。
俺にはちっともわからなかった。
『…なぁ、何だってそんな顔してんだ?』
『───』
男は何も答えない。ただただ、悲しい目で俺を、…違う。俺の背中にある何かを見ている。
こいつは一体何をしたいのか、何を訴えたいのか、それを理解したいと思っても、その全てが徒労に終わると分かる。決して分かり合えない、交わることもない視線。
そして、それに気付くのが目覚める前兆。
俺はうんざりして後ろを振り返る。
これが、夢の終わりだった。
やっぱり、瞼を開けば薄荷色だ。
あの夢を見ると、決まってフォスが目の前にいる。
「お、起きた」
「…今何時?」
「もうすぐお昼だよ」
「……マジかよ……」
デジタル時計を見れば、まさかの十一時半。あまりにも寝過ぎた。一日を無駄にした気分が一気にのしかかる。
憂鬱な寝起き。頭が重い。明らかな過眠。
ため息の一つも出るというもの。布団からのそのそと体を引き摺り出し、目一杯伸びる。
心地よい感覚が少しの慰めだ。
薄荷色の瞳は俺を見ている。大きな目は次の瞬間にはジト目になる。何事かと思って少し面食らう。まさか寝過ぎたことを割と怒ってたりするのだろうか。
とりあえず謝ろうと姿勢を正す。
するとフォスはどこからともなく画板と鉛筆を持ち出し、まるで記者や研究者のような態度でこう言った。
「ヒカルって普段何してんの?」
「どしたの急に」
「いやね、前のことで思ったんだよ。僕ってヒカルのこと全然知らないなって。ということでもういっそのこと僕から質問してやろうかと」
「それ知らなきゃいけないこと?」
「あたりめーだ」
ふんす、とやる気に溢れた顔のフォス。
こういう時の彼、もしくは彼女はテコでも動かない。少しばかりの共同生活でも分かるくらいには顕著なそれは、多分『元いた所』でも誰も止められ無かったと思う。
なんて、意味のない妄想だ。
俺は彼/彼女の同類や保護者には関われないし、フォスの過去や生い立ちに関しては完全なる部外者でしかない。
ああ、けれど。
人間とはまぁ何とも浅ましいもので。
綺麗なものほど手放し難い。
例えば、安堵。
フォスが元の場所に帰る術のない現状に、俺は次第にそれを感じ始めている。今こうして、薄荷色の手を引いて台所に進んでいるのを、誘拐みたいだと自嘲する。
「俺は大学生、まぁ学ぶこと、研究することが仕事。やってるのは植物学と民族学。
どっちも優秀ではあったかな。
早々に個人研究室もらえたし。今じゃ全部部屋に移動させたけど」
「ふーん?」
「…あの、記録取るのこれ?」
「当たり前じゃん」
小っ恥ずかしい。そう思いつつ、台所でブランチの用意をする。とは言っても、そんなしっかりしたものを食べる気はない。夢見のせいもあるが、最近はあるものにハマっているからだ。
冷蔵庫の扉を開ける。いくつかある容器の中、宝石じみたカラフルな中身を持つものを手に取り、蓋を開く。フォスが『うげ』って顔をする。そりゃそうだ、宝石みたいな食べ物なんだし。自身の体が食われてるみたいな絵面は、誰だって見たくないだろう。
「……すごい複雑」
「目でも瞑っとく?」
「…その間に僕を食べたりとかしない?」
「石は消化出来ないから…」
指先で琥珀糖をつまみ、口に放り込む。
うん、甘くて美味しい…じぃっと同居人からすごい見られるから、あまり落ち着かないけど。
俺は意地悪ついでに聞いて見た。
「食べてみる?」
その時、指に持っていたのは赤い琥珀糖。
美しい透き通った鮮血色。
これが薄荷色の目に、どう写ったのかはわからない。
「───ッ」
…大きく目を見開くフォスがいた。驚きとも違う、何かこう、大事なことを思い出したとでも言いたげで、けれど次の瞬間には戸惑った顔をする。
赤い琥珀糖を真剣に見る同居人。
細く脆い指が、それを手に取る。
恐る恐ると、まるで割れ物でも扱うかのように、赤い琥珀糖を自分の元へと寄せていく。
「…」
んぁ、とフォスの口が開いた。
小さく震える顎。僅かに見える、濃い薄荷色の口内。そこにゆっくりと入ろうとする赤い宝石のような琥珀糖。どうしてか、そこはかとなく顔が熱くなる光景。
その時、俺の頭に過ったのは。
ある人から習った、一つのことで。
異界のものを食せば、その人は異界に属するという、そんな
「駄目ッ!!」
「うぉお!?」
気づけば、フォスの口前に手をやっていた。琥珀糖は口に入らずに済んだけど、床に落ちてしまう。
けれど、そのことよりも。
俺がこんなことをした事実に、自分でも驚いている俺の行動に、信じられないと言わんばかりの顔、驚いたをするフォスがいた。
俺は咄嗟に、言い訳をする。
浅ましいなと、自分を責める心があった。
「その、何が起こるかわからない。不用意に口にするのも、どうかと思って…ごめん、驚かせちゃったし、浅慮だった」
「いや、…その、僕も考えなしだったっつーか…なんかすごい久しぶりに怒鳴られた感じして、びっくりしただけだし…そ、そんな気にすんなよ!」
無理くりなフォローを貰う。
そんなに酷い顔でもしているのか。
とにかく俺は落ちた琥珀糖を拾う。赤い宝石じみたそれを、少し水で洗って、そそくさと口に放る。
気まずくなってやった一動作。
だから俺は、気づけなかったんだと思う。
赤い琥珀糖を見るフォスが、思い悩むように眉を歪ませていたことに。
赤バー感謝 番外編
-
生身の国(現パロ的な)
-
白粉を塗る話(白粉無き体)
-
夜更かしの日(深夜まで遊戯)