人間と燐葉石の輓歌   作:サンサーラ

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0点満点

 

 薄い眠りの中、僕は一つの夢を見る。

 

 それは薄荷色(ぼく)の体が砕ける瞬間。

 

 僕は僕の砕ける時を見る。

 心当たりは全くない。

 だから気分は大変よろしくない。

 

 散り散りになる薄荷の断片。

 一つには戻らないまま、ずっと暗闇の中をキラキラときらめいて、ただそこにあるだけ。

 誰にも治してもらえず、ほったらかし。

 

 

 不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

            /心の何処かで『知っていた』

 

 漠然とこうなったことを受け入れていた。

            /心の何処かで『諦めた』

 

 曖昧と自分の願いに気づいていた。

            /心の何処かで『理解した』

 

 

 散りばめらた薄荷色。誰も元の形には直さないし、直せるやつは多分いない。意識は溶けて消える。フォスフォフィライトはきっとそれだけの存在なのだと思う。

 

 いなくなっても良い。

 帰れなくなっても良い。

 …何というか、まぁいっかって思ったんだ。

 

 

 〝だから、月に行くなんて言うなよ! なぁ!!〟

 

 

 それでも、思い出したのは───、

 

 

 


 

 

「0点満点」

 

 


 

 

「───っはぁ!?」

 

 虫の鳴く声を共にする夜。

 少年にも、少女に見える身体を持つもの、フォスフォフィライトは目を覚ました。

 彼は咄嗟に寝室の障子を開ける。

 

 そこには白く輝く満月があった。

 紺碧の空を彩る白亜の真円。誰もいない天体。生命の存在しない天地。痕跡も誕生もない孤独の星は、まるで憐れむ様に薄荷色の鉱石生命体を照らしていた。

 

「………しん、しゃ」

 

 その光を浴びて、フォスの曖昧な記憶が定まった。

 彼の歩んだ道の中にあったもの。

 猛毒を生む同類で、確かな約束をした誰か。

 

 そこまで思考が追いつけば、フォスは歩き出した。何処に行くべきかはわからないし、どうすべきもわからない。ただ居ても立っても居られなかっただけ。

 …多分それは、きっと明確な異常。

 光を取り込んで活動する宝石にとって、夜の時間は休息に当てられる。従前なパフォーマンスは望めない。長時間の活動もまた然り。

 

 それでも、薄荷色は動いていた。

 

 和風の大きな一軒家。

 その中をキラキラ光る宝石が歩く。見ればきっと誰もが目を引く幻想的な光景。

 だが、ここに人の目が届くことはない。

 たった一人、今のフォスと共にいるものを除いては。

 

「どうしたの、フォス?」

 

 その人間は、寝室近くの縁側に座って月を見ていた。

 なんの変哲もない人間。さして語ることもない、何処にでもいる誰かは───寄り添うように言葉を口にする。

 

「…ヒカル、…さ、その…え、と。」

 

 もだつく回答。薄荷色は未だ思うがままに口を動かせないが、それでも無量塔光は急かさなかった。

 彼は座布団をフォスに渡す。

 好きなところに座れと、朗らかに笑った。

 

「───ッ」

 

 すぅ、と覚悟のようなものを決める音。

 座布団を握りしめたまま、フォスは言う。

 

「聞いて、ヒカル」

「良いよ、フォス」

 

 しかし、残酷な事実を断言すれば。

 今から始まるであろう独白は、すでに喪失しているものを語るだけだ。元の時間において、フォスは既にそれを破却したし、沈痛な決別すら終えている。

 僕はもう誰も要らないと言っている。

 それでも、今の彼は『七宝(にんげん)』ではない。ここにいるのは純粋な燐葉石。今の彼にその記憶はまだ定まっていない。

 

 だから、少なくとも無意義でも無意味でもない。

 

「僕さ、約束ってやつをしたんだ。シンシャっていう、すごい危険な毒を出しちゃうのがいて、…周りを汚したくないのに僕のことを助けてくれた」

「そっか、優しいやつなんだね」

「…でも、月に攫われたがってた。ずっと一人で夜にいた。

 僕はそれが嫌で、いなくなって欲しくなくて、夜の見回りとかよりも、楽しくて、シンシャにしか出来ない仕事を見つけるって約束したのに…」

「今、ここにいる?」

 

 ヒカルは焦らず話を聞いていた。

 人間の相槌に、しかし宝石は頷けない。

 フォスの中に、ある種の確信があったからだ。

 

「…でも、まだしっくりこない。

 多分、もっと思い出せることがあるんだと思う」

「わかった。そしたら、また思い出した時、聞かせて欲しい。きっとフォスにとって大事なことだろうから」

 

 穏やかな返答。

 決して焦らない短命種。

 その様子に、永遠に近い時間は面食らった。

 

「…良いけど、いつになるかわからないよ?

 もしかしたら、ヒカルが先に死んじゃうかも」

「その時はその時かな。

 全力でたくせる人を見つける」

「………人間って皆そんな風に頑張れるもんなの?」

 

 薄荷色の瞳は、驚きと物珍しさに染まる。

 鉱石生命体と比べて人間は遥かに短命だ。加えて歳を経るごとに脆く弱くなっていく。

 弱々しい生命、極めて不便な肉の体。

 だが、燐葉石には『頑張り屋』に見えた。

 

 それをヒカルは、笑って受け流す。

 

「まさか、人間は皆して結構なろくでなしだよ。

 たくさんの罪を重ねて這い上がった。そもそも、その罪すら人間の奢りで作られた枠組みだ。

 どこを切り取っても後付けばかりの空虚だ。

 でも、多分そこに価値はある」

 

 ルールも倫理も罪すらもあとで決めたものだ。

 人間とはそういうもの。元来存在するものに対し、勝手に『何か』を付与し、それを用いて都合よく繁栄するもの。

 そこに中身はないと無量塔光は断定する。

 同時に、価値があるとも。

 

「人間はいつだって後付けをする。

 だけど生きる以上、それは必然だ。意味を決めること、意義を決めることが出来るなら、それで救えたものが沢山あったと思う。無価値なものではない筈だ。

 いつまでも間違えたままでも。

 中身がないものだとしても。

 何も出来ないままでいても。

 その生涯の中に放った言葉が、決めたことがあったなら、必ずそこに価値が存在する」

 

 間違えた道のりがあっても構わない。

 中身が伴わないのは誰であれ同じことだ。

 出来ることは増減するのが当たり前だ。

 

 だから、大事なのは刻んだ『言葉』にある。

 そこに嘘はないとこの人間は回答した。

 故に、全てに価値ありと彼は考えていた。

 

「…なんかよくわかんないけど、僕がずっと何にも出来ないやつでも、ここにいて大丈夫だったってこと?」

「出来る出来ないは重要じゃないよ。

 やりたくないか、やりたいかだ」

「……出来なくても良いって思ってるのに、本当に出来るまで見るつもりだったんだ、ヒカルは」

 

 人間の難しい話は、まだよく分からないけれど。

 それでも、彼にあるのは僕の肯定だ。

 燐葉石はなんとなく、そう悟った。

 

「まあ、…俺も割とフォス救われたから」

 

 ただ、最後の呟きは虫の声で聞き取れなかったが。

 

 

 

 

赤バー感謝 番外編

  • 生身の国(現パロ的な)
  • 白粉を塗る話(白粉無き体)
  • 夜更かしの日(深夜まで遊戯)
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