「──仕事!」
悲しきかな、社畜の運命。
爽やかな朝日を肌で感じ取ったリベラルは、弾かれたように起き上がって驚愕する。そこは殺風景な自室ではなく、もう見ることがないと思っていたギルドホーム最上階の教会であった。
起き上がったことでサラリと揺れた絹糸のような黒髪に、思わず指を絡める。床の反射で薄く見える自分の顔は、アバターとそっくりだ。つまり。
強制ログアウトがされてない!
運営に連絡しようと手を空中に持っていくがコンソールが出てこない。GMコールも使えない。
「電子空間に取り残されたか、俺の妄想?夢か?」
サービス終了の、その先。
ネットで噂されていたユグドラシルⅡの先行プレイかもしれないし、現実世界でゲーマーを狙ったテロが起きているのかもしれない。
リベラルは様々な可能性を導き出すが、どれも確信できる証拠がなかった。分かるのは、夢にしてはハッキリとした意識と感覚があることだけだ。
まず誰かに連絡を取れないだろうか、とフレンドに片っ端から〈伝言〉をかける。繋がったのは一人だけだった。
「聞こえるか?」
『え?』
「俺。兄さんなんだけど」
『え?何ッ?』
「何が起きてるか分かる?」
『……分かるわけないだろ……』
「だよなぁ」
弟の悟。
ゲームでの名前はモモンガだったか。
リベラルは胡座をかいて、未だに困惑している様子の弟と状況をすり合わせた。どうやら彼も取り残されているらしく、ギルドホームにいるとのこと。
『とりあえず会わない?』
「ン、いいよ。招待状持ってるからそっち行くわ」
ここで言う招待状とは、フレンドが所属しているギルドホームに遊びに行けるチケットのようなものである。
基本的に、他人のギルドホームに〈転移門〉の設定は出来ない。そのため、親しい友人や招きたい人がいるときはギルドメンバーが迎えに行くか、この〝ギルドホーム招待状〟を使わなければならない。
二つ折りにされた厚紙には招待したい相手の名前とギルド名が書かれており、厚紙の左下にある切り取り線に沿って千切ると使用できる。
リベラルが招待状をちぎると、光の粒が黒く染まって〈転移門〉となった。ゲームのときと変わらない仕様に少し安心しつつ、足を進める。
転移した場所は、弟がいる部屋の端であった。
「やぁ弟よ、面倒なことに巻き込まれたね」
「リベラル!」
モモンガは立ち上がり、リベラルはニコリと笑って片手をあげた。
中にいたのは、モモンガともう一人。服装からして執事だろう。リアルすぎてプレイヤーかNPCかが分からない。直立不動な感じはNPCだ。
「セバス、すまないが席を外してくれ」
「畏まりました」
セバスと呼ばれた男は、一礼をして部屋出る。リベラルはその様子を凝視してしまった。
それもそのはず、NPCは本来喋らない。そんな高度なプログラムされているのかと疑問を口にしようとしたところ、モモンガが先に喋った。
「……NPCって喋るのウチだけ?」
「やっぱりあれNPCなの?ゲーム時代から喋ってんの?」
「いや、ユグドラシルが終わってから急に喋るようになって」
「嘘だろオイ」
「あと墳墓の周りが沼地から草原になってる」
「え、じゃ俺んとこも移動してんのかな」
「確認しなかったのか?」
「さっきまで寝てて……」
リベラルがグリグリと目頭を抑えた。
今見ているものを現実と仮定するならば、この兄弟はユグドラシルのアバター設定を引き継ぎ、ギルドごとどこかの空間、世界、場所に転移したと考えられる。
頭が痛くなりそうなトラブルだった。
実は生身は死んでいて、脳が妄想を現実と錯覚していると言われた方がまだ納得できる。
「一先ずは〈遠隔視の鏡〉で様子見……ん?」
「何」
「……村が襲われてる」
「ほー」
鏡に映ったのは、一方的な虐殺。人の体から血が吹き出し、武器を持った相手に無力ながらも抵抗する姿。ホラー映画なんて所詮フィクションだと実感できるリアルな殺人であった。
不思議と助けに行こうと思えない。
殺しに対する恐れではなく、驚くほど関心が薄かった。
「どうする」
それはモモンガも同じなようで、心底どうでもいいことを隠さず言った。
リベラルはメリットとデメリットを天秤にかけて、「外の戦力が知りたい。この兵士達で試そう」と提案する。モモンガはそれに頷いた。
「装備は?」
「それほど強いと思えないが、未知数だ。フル装備でいいと思う」
「あぁ、撤退も考えておくか……」