やはり坂路。坂路は全てを解決する。
あなたはミスターツルハシに、坂路を走るよう提案した。
実物を見たことがないという彼女に運動服へ着替えてもらい、トレセン学園が誇る坂路にやってきた。
「すっごーい! ソリで滑ったら楽しそう!」
――絶対にやらないでね?
はしゃぐミスターツルハシに釘を刺し、さっそく走るように促す。
もちろんストップウォッチを渡し、タイムを計るよう言うのも忘れない。
坂路のスタートラインに向かう彼女の背中を見ながら、あなたはふと気付く。
そういえば、ミスターツルハシの走りを見るのはこれが初めてだな、と。
おかしな話もあったものだ。
走りに惚れたとか、トレーナーとしての腕に惚れたとかではなく。
ただ隣で焼きそばを啜った仲だというだけでトレーナー契約を結んでしまったのだから。
改めてその過程の異常性と奇怪さを感じる。
「じゃあ、走るよー!」
大きく手を振るミスターツルハシに指でOKサインを出す。
瞬間。
敷き詰められたウッドチップの一部が宙を舞った。
――すごい。
自分の身長の、アゴより下くらいしかない身長のミスターツルハシ。
その体躯が、さらにググッと深く沈み込む。
その小さい体のどこにそんなパワーが眠っていたのかと思うほどの爆発力。
坂路をどんどん加速して昇っていく様は圧巻の一言に尽きる。
――これは……やっぱり、スプリンターだなぁ。
その瞬発力を目の当たりにしたあなたは、そう結論付けるしかなかった。
なんにせよ、その素晴らしい脚力は非常に素晴らしい(語彙力の喪失)。
「トレーナー、どうだった!? わたし速かったでしょ!」
脳裏に焼き付いた走りを反芻していると、坂路を駆け抜けたミスターツルハシが戻ってきた。
――うん。すごかったよ。
「デヘヘへへへへ」
そう褒めると嬉しそうにだらしなく頬を緩める。
その可愛さに、あなたの頬も緩む。
「じゃあ、もう1本走ってくるから見ててね!」
スタートラインに向かうミスターツルハシ。
紙に書かれたタイムを確認しその速さにまた驚きながら、あなたは今後の予定を確認する。
ミスターツルハシには、ヘトヘトになるまで坂路を走ってもらう。
とはいえ、4本も5本も走れるのはあの『坂路の申し子』と言われたミホノブルボンくらいだ。
しかもミスターツルハシはトレセン学園に入学したばかり。
この2本目でおそらくは根をあげるだろう。
今日のトレーニングはそれで終了にしよう。
初日だし、そこまで追い込む必要もないだろう。
あとはトレセン学園内の様々な施設を一緒に見学して回る。
坂路を見たことがないと言っていたし、まだまだ知らない設備もあるはずだ。
あなたもトレーナーとして日が浅いし、再確認と今後どの施設を使うか相談しながら歩き回るつもりだ。
明日はおそらく筋肉痛でまともに動けないだろうし、一緒にシューズなどの備品の買い出しに行く予定だ。
見たところ、ミスターツルハシの履いているシューズは長距離向けの、中でも安価で大衆向けのものだろう。
しかしそれは彼女の走り方、体格には合っていない。
彼女の足に合ったシューズを買う必要がある。
その翌日はまた販路。さらにその翌日は座学を行う。
トレーニングと体を休める休養日を交互に繰り返していき、そうしてスタミナがついてくれば、坂路の本数を増やしたりトレーニングする日を増やしたりしてスタミナ増強を図る方針だ。
あなたがそんな風に頭の中で今後の予定をざっくりとだが再確認していると、ミスターツルハシの声が聞こえてきた。
「3本目、いくよー!」
おー……。
………………なんて?
坂路に目を向けると、ミスターツルハシはもう走り始めていた。
しかも1本目の時よりも速い。
ただでさえ速かった1本目より、明らかにスピードが上がってきている。
ひょっとしたら、初めて見る坂路にテンションが上がってハイになってしまっているのではないか。
アドレナリンが過剰に分泌されて、疲労を忘れて無理をしているのではないか。
こんな初日から疲労を溜めて、万が一故障なんてしたら洒落にならないぞ!?
あなたはハラハラしながらミスターツルハシが戻ってくるのを待つ。
「さっきより速かったでしょ!」
満面の笑顔で戻ってきた彼女を見て、あなたは「おや?」と首を傾げる。
うっすら汗をかいている。
息も多少、乱れている。
しかし、そこまで疲れている様子ではない。
むしろ、ようやく体が温まってきたような雰囲気がある。
「それじゃあ、もう1本行ってくるね!」
念の為、無理をしていないか確認を取るがミスターツルハシは「こんなの全然へっちゃらだよ!」と笑い飛ばして4本目の坂路を駆けあがっていく。
あなたが唖然としていると、後ろから声がかけられた。
「ほう、たいしたものですね」
振り返ると、そこには『坂路の申し子』ミホノブルボンがいた。
「新入生であそこまでの持久力を持つ人は初めて見ました。
ぜひ、機会があれば彼女と走ってみたいものですね」
併走などする時があれば、ぜひお呼びください。
ミホノブルボンはあなたにそう言うと、自らも坂路コースに歩いて行った。
「見て見て自己ベストー!」
いつのまにか戻ってきたミスターツルハシが掲げるストップウォッチには、たしかに今日最速のタイムが表示されていた。
――さてはキミ、すごい奴だな?
「やっと気付いたか!!」
エッヘンと薄い胸を張るミスターツルハシの頭をすごいすごいと撫でながら、あなたはスケジュールを大幅に変更する必要があるという、嬉しい誤算に頭を悩ませた。
「うにぇ!? あ、頭ポンポンはまだちょ~っとはやくないかなぁ?」
――とりあえず、明日は一緒に買い物いこっか。
「あ、さては聞いてないな~? このこのぅ」
――痛い痛い! あばらが痛い!