ムジツさんは今日も無実   作:じゃん@論破

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第4話「邪魔そうだね」

 

(これまでのあらすじ)

 学園内にある黄金の女神像『アテナの真心』が、ある日謎の祝福メッセージを発するという事件が起きた。犯人だと疑われてしまった牟児津(むじつ)は、落語研究部部長、法被蓮亭(はっぴばすてい) 灯油(とうゆ)から真相解明を依頼された。

 灯油の奇行や探偵同好会の陰謀に巻き込まれてヘトヘトになりつつも、牟児津はいくつもの委員会や部会の生徒たちからなんとか情報をかき集め、女神像を寄贈した卒業生、石川(いしかわ) エルネにたどり着く。運良く石川と接触するチャンスを得た牟児津たちは、彼女の口から女神像の正体、“赤い宝石”との関係、それを寄贈した目的を知らされる。一度に多くの謎の答えを手に入れた牟児津は、情報過多で疲弊した頭を抱えたまま帰宅した。一晩経って牟児津は、遂に事件の真相に迫るのだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「んにゃ」

 

 ぱ、と目を覚ました。眠気は一切後を引かない。どうやら熟睡できたようだ。泥がまとわりついたようだった頭も体もすっかり軽くなった。いつもより早起きだった。今から出かける準備をしたら早すぎるくらいだ。

 時間ができたのでスマートフォンを開く。チャットアプリを起動して、瓜生田や益子と、今回の事件のため探偵同好会も加えた『捜査本部』というチャットルームを開いた。ここには、捜査によって得られた情報が逐次共有される。恥ずかしいからと何度ルーム名を変えても家逗がしつこく戻すので、なるべく人に見られないようなときに覗いている。昨日の夜、牟児津たちが集めた手掛かりを瓜生田が、その後に羽村と益子が互いに競うようにして、石川から聞き取った話を共有していた。

 

「ん〜」

 

 寝起きの頭は冴えていた。寝落ち直前の記憶を考え直し、チャットルームで共有された情報を加えれば、ほとんど真相は明らかになったも同然だった。あとはその確証さえあればいい。その方法を考えていた。相手に無理に言わせたのでは証拠にならない。自分からボロを出すように仕向けさせなければ。

 そして牟児津は、益子との個別チャットで連絡した。牟児津の望むものさえ手に入れば、おそらく何らかの反応が得られるはずだ。朝も早いというのにメッセージにはすぐ既読の印が付き、元気の良い返事が返って来た。

 

「ん?」

 

 溌剌とした返事のすぐ後に、益子は但し書きを添えて来た。どうやら大急ぎで登校しなければならない用事があるらしい。益子が忙しいときは、たいてい面倒ごとが起きているときだ。それが誰にとっての面倒ごとかは分からないが、これ以上新しく事件に巻き込まれたくない牟児津は、短く「了解」の文字だけを残して会話を打ち切った。

 

「……今日、決めるかあ」

 

 決められるかどうか。自分がどれくらい緊張に耐えられるかと、指摘される人物の体調次第だ。病欠でもされたらどうにもならない。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「大事件ですよ大事件!昨日までの事件に輪をかけて大事件です!」

 

 朝、学園の最寄駅で降りた牟児津たちを、益子が改札の前で待ち構えていた。傍には探偵同好会の姿もあり、わざわざ呼び止めて待っていたらしい。羽村と不仲だったのではないか、とつっこみたくなったが、朝から長話を聞く気はなかったので牟児津は流した。

 

「なにもう」

「大変なんです大変!たいへんたいへんたいへんたいへんたい!」

「うるさい落ち着け!」

「実はですね」

「うわっ!急に落ち着くな!」

「ずっとこの調子だ。いったい全体なんだというのだね」

「実は一昨日から学園中を騒がせている例の女神像なんですが……」

「女神像?今度はどうしたの?中から小仏さんでも出てきた?」

「なんですかそれは!違います!実はあの女神像が一晩のうちに、キレイさっぱり元通りになってるんです!」

「元通り?元通りってなに?」

「あのメッセージも出てないし光の点滅もない、完全に沈黙しちゃったんです!」

「なんだと!?」

 

 散々大騒ぎして、益子はようやく本題を話した。一晩のうちに女神像が元通りになった。いま学園はそのことでおおわらわになっているらしい。ジャーナリストを自負する益子も、連絡を受けて朝早くから飛んできたのだと言う。

 

「とかく人騒がせな像ですね。しかし、これは事件が収束したということになるのでは?会計委員と風紀委員はなんと?」

「女神像に変化があったということは誰かが手を加えたことに他ならない。これは会計委員と風紀委員に対する挑発だ!と鼻息を荒くしています」

「そっかあ」

「そりゃ、あの人らには逆効果だろうなあ」

「……ん?おい牟児津真白」

 

 ぽつ、と牟児津がつぶやいた言葉を、家逗が耳聡く拾う。朝で頭が冴えているのは牟児津だけではなかった。

 

「逆効果、とはどういうことだ」

「なにが?」

「それではまるで、この度の女神像の沈黙は、誰かがこの事態を収束させるためにしたことだと言っているようなものではないか。なぜお前にそんなことが分かる?」

「ホ、ホームズ……!そんな洞察ができるようになったのですね……!成長しましたね……!」

「馬鹿にするな!で、どうなんだ牟児津真白!」

「実際、犯人がそういう目的でやったんだと思うよ。だって女神像が元通りになったってことは、赤い宝石が中に戻ったってことでしょ。宝石を持ってたってことも、あの女神像(パズル)をもう一回解いたってことも、犯人がやったって理由になるよ」

「ムジツさん、今日は朝から推理モードみたいです」

「やけに落ち着いていると思ったら!ということは、今日で事件解決ですね!」

 

 家逗の指摘を特に意外にも感じず、牟児津は淡々と返した。女神像の正体を知っているか否かで、今日の事件の印象は大きく変わってくる。あの像は、石川が後輩に出題したパズルに過ぎないのだ。それが再び沈黙したということは、解かれる前の状態に戻ったというだけのこと。そんなことができるのは、パズルを作った石川本人か、それを解いて仕組みを理解した犯人しかいない。

 

「つまり、犯人は今日登校してきてるんだね。それが分かっただけでもよかった」

「ぬぅ!手柄の独り占めはさせんぞ!犯人は誰なんだ!言え!」

「ホームズ。それを言ってしまうと、もはや探偵は名乗れないかと」

「益子ちゃん、言ってたもの用意できた?」

「ばっちりです!さっきチャットに貼りましたよ!」

「よし、ありがとう」

 

 十分だ、とばかりに牟児津は歩き出した。牟児津の頭の中が分からない瓜生田たちは、互いに顔を見合わせて首をかしげ、それから後に続いた。とにかく牟児津は今日、この事件に終止符を打つつもりらしい。わくわくする瓜生田と益子、怪訝そうにする家逗と羽村を連れて、牟児津は学園の門をくぐった。今日は風紀委員の所持品検査は行われていなかった。それどころではないのだろう。

 牟児津は上履きに履き替えると、荷物も置かないまま教室棟から特別教室棟に足を進めた。牟児津がどこへ向かおうとしているか理解した一行は、しかしまだ誰が犯人で、何が起きているかまでは理解が及ばずにいた。目的地が近づくほどに早足になっていく牟児津は、今にも走り出しそうになるのを瓜生田に制されて、ぎりぎり指摘されない程度の小走りで廊下を進んだ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 やはりと言うか、案の定、牟児津の行き先は落語研究部の部室だった。もしかしたら女神像を確認しに行くかとも思っていたが、苦手な風紀委員が警備しているであろう場所に牟児津が自分から近付くわけがない。牟児津は障子になぞかけが貼ってないことを確認して、それを素早く開いた。

 

「おはようございます!」

「うおっ!?なんやびっくりしたあ、牟児津ちゃんやないの。おはよう。朝からどないしたん」

「実はお話が——」

「すみません、いま姐さんは稽古でお忙しいんです。放課後ならお時間作れますので、今はご勘弁ください」

「ごめんね吹逸さん。ムジツさんこうなったらきかないから。すぐ終わるからね」

「そういう問題では——!」

「まあまあええやないの吹逸。稽古なら後でもできるがな。この子らに事件の調査頼んだんはアテやで。話くらい聞かな不義理やんか。まあ座り」

 

 部室の中では、泊まり稽古をしていた灯油と吹逸がいた。他の部員らは昨晩、さすがに連泊が続き過ぎたため家に帰ってしまっていたらしい。そんな中でも稽古を続けるとは、この二人の落語にかける情熱は本物らしい。それゆえか、突入してきた牟児津たちを、吹逸はすげなく追い出そうとする。しかし瓜生田と灯油に説得され、牟児津たちは畳に上がらせてもらえた。

 灯油、吹逸と相対して5人は正座する。たちまち部室内は厳粛な雰囲気に変わる。ただ正座をして向かい合うだけで、こんなにも心が改まるものなのか、と牟児津は自分の緊張が高まっていくのを感じていた。

 

「で、話って?」

「結論を出しに来ました。灯油さんが女神像の一件に関わっているかどうか」

「さよか。出しに来たいうんはどういうことや?結論はまだ出てへんのかいな」

「これから出します。その前に、ひとつ確認させてください」

「ええよ。なに?」

 

 そう言うと、牟児津はポケットからスマートフォンを取り出した。そして、あらかじめ保存しておいた、益子から送られて来た写真を画面いっぱいに表示させる。

 

「実は私たち、灯油さんが拾ったって言う赤い宝石を、一度もちゃんと見たことがないんです。なので聞きたいんですけど、この写真の宝石で合ってますか?」

「んん?」

「あっ……」

 

 灯油と吹逸はその写真を覗き込む。小さな声が漏れた。牟児津のスマートフォンに映し出されていたのは、丸く、手のひらくらいの大きさで、赤い宝石の写真だ。そして。

 

「こんなんちゃうよ」

 

 灯油は答えた。分かっていた。灯油はそう答えるであろうと、牟児津は予想していた。しかし他の4人にとっては思いがけない答えだった。牟児津が見せた写真は間違いなく、石川が女神像の中に隠した宝石のはずだ。他の誰でもない、石川が寄越した写真なのだから間違いない。それにもかかわらず、灯油は首を傾げる。

 

「な、なにを言うか!灯油君!それは間違いなく『アテナの愛』のはずだ!君が拾った宝石はそれに間違いないし、それ以外に宝石なんかありはしないのだぞ!」

「いやそんなん言われてもやね。アテが拾ったんは真っ赤な宝石やで?こんな模様あれへんかったよ」

「も、模様……?」

「灯油さんは嘘を吐いてないよ。灯油さんには、これが真っ赤な宝石に見えてたんだ」

「……あっ。光、ですか?」

 

 羽村が気付いた。要領を得ない家逗はまだ混乱しているが、瓜生田も、益子も、なんとなく察しはついたようだ。

 

「灯油さん。まずあなたが宝石を拾った気がするという話ですけど、それは間違いなく事実だと思います」

「ほんまに!?ああやっぱそうなんやあ」

「あの晩に拾ったという宝石は、これで間違いないです。でも灯油さんは、こんな宝石拾ってないと言う。それはそうです。この模様は、そのとき灯油さんには見えてなかったはずですから」

「見えてない……?なんや、模様が出たり消えたりするんかいな」

「昨日、この宝石の元の持ち主に話を聞きました。この模様は、宝石に光を当てると現れるものだそうです。灯油さんがこれを拾ったのって、夜の学園の廊下ですよね?」

「せやで。ああ、せやからあれか。暗い場所やったから見えへんかったってことやね?」

「その通りです」

「ま、待ってください!」

 

 物分かりのいい灯油には説明がトントン拍子で進む。それにストップをかけたのは、隣で話を聞いていた吹逸だった。

 

「姐さんはそんな宝石は知らないと仰ってるじゃないですか!それで話はおしまいじゃないんですか!?どうして姐さんが宝石を拾ったことは間違いないんですか!それを説明してくださいよ!」

「……説明していいの?それで吹逸さんは、後悔しないね?」

「ど、どういうことですか!」

「……だって吹逸さん——ああもう、後で別に話すつもりだったのに——ずっと隠してきたんでしょ。自分のせいで灯油さんが事件に巻き込まれたってことを」

「っ!」

 

 上手い躱し方が分からず、牟児津は頭にあることをそのまま口にした。これをこの場で言ってしまうのは、吹逸がしてきたことを無駄にすることで、灯油にとっても知らされない方が良かったことで、誰の得にもならない。それでも、言うしかなかった。

 

「吹逸さんは、分かってたんだよね。灯油さんが宝石を拾ったことも。その宝石を間違って認識してることも。灯油さんの記憶が曖昧な理由も」

「な、なんとお!?まさか事件の黒幕がこんなところに!?」

「く、黒幕なんて……!うちは、た、ただ……!」

「もちろん。吹逸さんは黒幕なんかじゃないよ。ただ先輩を守ろうとしただけなんだよね」

「ど、どういうこっちゃ?吹逸、自分なにしたんや?」

「……」

 

 苦しそうに吹逸が空気を漏らす音だけがした。自分の口から言わせるのは無理そうだと、牟児津は代わって説明することにした。

 

「灯油さん、昨日の朝のこと覚えてます?」

「昨日の朝?なんや……道端にカニが落ちてて」

「それ私です。カニじゃなくて」

「ああ、牟児津ちゃんか!せやったせやった!あかんわもう、昨日のこともぼや〜っとしとる」

「そうでしょう。昨日の朝、灯油さんは酔っ払ってたんですから」

「なにぃっ!?酔っ払ってたぁ!?と、ととと灯油君!お前というやつはあ!」

「なに言うてんの牟児津ちゃん!?ちゃうてちゃうて!昨日は酒なんか飲んでへんよ!」

「昨日()?」

 

 とんでもない牟児津の発言に、場は騒然とする。しかし現にその場を見た瓜生田は、あの灯油の奇行は酒に酔ってでもないと説明が付かない気がした。むしろごく自然な説明だとさえ感じた。

 

「昨日、塩瀬庵では酒蒸しまんじゅうを作ってたんだよ。お店の中はうっすらお酒の匂いがしてた。灯油さんはそれを嗅いで酔っ払ったんだ。灯油さんは極端にお酒に弱いんだよ」

「そ、そんなの分からないじゃないですか!」

「保健室に行けばアルコールパッチテストがあるはずだよ。それに、灯油先輩のご両親やご親族にお酒を飲まれる方はいらっしゃいますか?」

「いいや……うちは誰も飲まへんな。強ないとは聞いたことあるけど」

「なら十分考えられるよ」

「牟児津様と瓜生田様はなんともなかったのですよね?その程度のアルコールで酩酊してしまうとは……」

 

 突飛な推理だが、証拠を示そうと思えば手段はある。牟児津の話の荒い部分は瓜生田が補足した。今はとりあえず牟児津の推理が正しいと仮定して、最後まで話を聞くことが先決だと灯油も判断し、そのまま耳を傾ける。

 

「そして事件の日。その日も灯油さんは酔っ払ってた。だから昨日の朝と同じように記憶が曖昧だし、暗いところで拾ったとはいえ宝石の特徴に気付かないなんてことが起きたんだ」

「しかし例の事件が起きたのは夜だし、灯油君が宝石を拾ったのも夜だぞ!朝に和菓子屋で酔うことはあっても、夜の学園でどう酔うというんだ!まさか、本当に酒盛りを……!?」

「するか!アホぬかせ!」

「もちろん、そこにはお酒なんてなかった。でも、灯油さんはほんの少しのお酒で酔う体質だ。だから、食べた物の中にお酒が入ってたんだよ」

「……っ!」

「吹逸さん。お菓子作りが得意なのに、事件の日からは作らなくなっちゃったんだよね?その日、何を作ったか、どんな材料を使ったか、教えてくれる?」

 

 そこでようやく、瓜生田たちの頭に散らばっていた点同士が線でつながった。ずっと、牟児津が何の話をしているか分からなかったが、その意味が分かった。

 その日、吹逸が差し入れに作ったお菓子に、酒が使われていたのだ。本来なら酔うことなどない微量のアルコールが、灯油にだけはしっかり作用してしまった。そして灯油は酔っ払ってしまった。

 

「バ、バターサンド……です。ラムレーズン入りの……」

「そっか。ありがとう、教えてくれて」

 

 観念したという顔だった。そこまで暴かれていて、もはや隠し通すことはできないと諦めた。

 

「灯油さんが拾って来た宝石は、そのまま吹逸さんに渡ったんじゃない?灯油さんが持ってればそもそも自分の記憶を疑う理由がないし、事の次第を知ってる吹逸さんが持ってる方が隠すのに都合いいしね」

「で、でも姐さんは悪くないんです!うちが……うちが余計なもの作って来さえしなければ……!」

「大丈夫、分かってるよ。灯油さんだって素面じゃなかったんだ。風紀委員がどこまで聞いてくれるか分からないけど、事故みたいなものなんだから」

「いやしかし、気の毒だが、拾った宝石を届けなかったことも、事件に関わる重大な手掛かりを隠蔽し続けたことは言い逃れできないのではないか?」

「すみません、姐さん。うちのせいで……!」

「何があんたのせいやねん。ようやったな吹逸、大したもんやで。()()()()()()()()()

「……へぇ?」

 

 吹逸は顔を上げた。灯油に頭を叩かれた。折檻とは違う、労をねぎらうような優しい力加減だった。

 

「あんたは落語にかける情熱は十分やけど、真面目すぎていまいち話し方が嘘っぽくなってまうんがもったいないとこやねん。せやから、アテ日頃から言うてたやんな。アテを驚かすような嘘のひとつでも吐いてみぃ、て」

「は」

「まさかそんなことやったとは思えへんかったで!あんた、嘘吐くんうまなったやんか!それもアテのために?びっくりしたで!まるで『芝浜』や!師匠の教え方が上手かったんやろなあ!んなっはっは!」

「あ、あの……?姐さん?怒らないんですか?うちはずっと……姐さんを騙してて……」

「せやから、アテが騙せぇ言うたんやで?怒るわけないやんか。なあ?しゃろ子も聞いてたやろ?アテが吹逸に嘘吐けぇ言うたん」

「えっ、ん、ぬぬ……どうだったか……」

「はい。灯油様ははっきりそうおっしゃっていました」

「私も聞きましたあ」

 

 察しの悪い家逗に代わり、羽村と瓜生田が灯油を援護する。落語の修行で嘘を吐けということと、言うべきことを隠すのは違うことではないのか、と家逗は何がなんだか分からなかった。

 

「そういうわけや。風紀委員にはアテが話つけに行く。牟児津ちゃん、しゃろ子、他のみんなも、面倒かけたね。ありがとう」

「いいんですか?こんなこと公になったら、落研が大変なことになるんじゃないですか?」

「やったことはしゃあない。黙ってても解決せえへんことはあるもんや。物事がはっきりしたんやったら、潔う名乗り出るんが女や」

「お〜かっこい〜!よっ!いぶし銀!男前!」

「女やっちゅうねん」

 

 もともと、はっきりしない自分の記憶の真偽を牟児津たちに判断してもらうという話だった。記憶が正しく、まさに今起きている事件に関係していると分かった以上、灯油が次にすることは決まっていた。責任を取る覚悟はとうの昔にできていた。

 

「あの、余計なことを申すようですが、風紀委員に名乗り出たら宝石のことも間違いなく聞かれると思います。灯油様が宝石について曖昧なことをおっしゃると、冗談と思われて取り合ってもらえないかと」

「ほんまや!忘れてた!吹逸、宝石持ってきい」

「えっ……それは、いや……」

「どうしたん?」

「灯油さん。ここに宝石はありません。もう元の場所に戻ってます」

「は?なんでよ?吹逸が持ってんちゃうの?」

 

 灯油たちは、その宝石がいったい何なのかを知らない。女神像の異変に関係していることまでは分かっても、どう関係しているかまでは想像の及ぶべくもないことだ。

 牟児津は、ところどころを瓜生田に補足してもらいながら、なるべく簡潔に宝石と女神像の関係、女神像の正体とそれが設置されている意味を2人に説明した。吹逸は目を丸くし、灯油は感心したような顔で聞いていた。

 

「そういうわけで、あの宝石はいま、女神像の中にあります」

「ふぅん……そうやったんか。人の想いっちゅうんは変わらんもんやね」

「会計委員と風紀委員が宝石を持ってる人を探してたのは、それが女神像を解いた人だと考えてるからです。でも実際は違った。いちおう聞くけど、吹逸さん、あの女神像(パズル)解ける?」

「そ、そそそそんな!滅相もない!うちなんかにそんな複雑なこと……!」

「そうだよね」

「そうだよねって自分、そしたらなんや、アテが川路ちゃんとこ行ってもアホや思われて終いやないの。それはかなわんで」

「そう。だから吹逸さんに教えてほしいんだ」

「へ……」

「吹逸さんが持ってた宝石が女神像の中にある。でも吹逸さんは女神像を解けない。なら、いるはずだよね。昨日の夜から今朝の間に、隠してた宝石を預けた人……その人がこの事件の犯人だよ」

「……っ!」

 

 吹逸は、もはや恐怖さえ感じた。なぜ牟児津には全て分かるのだろう。いや、今までの話を聞けば、それくらいのことを想像するの自然なことだ。それなのに、まるで牟児津は全て見ていたかのように、当たり前かのように、吹逸が口にしていないことを言い当ててくる。それが恐ろしかった。

 

「そ、それは……約束、したんです……!」

「うん?」

「あの宝石を渡せば……事件を収めてくれるって。それで、うち、藁にも縋る思いで、お願いしたんです。その代わり……他言無用って」

「ほう、なるほど。それで易々と宝石を渡してしまったのか。結果、こんな事態になってしまっているがな」

「うぅ……」

「つまりその人のことは教えられないってことだね。そういうことなら、もう聞かないよ」

「えっ?ムジツさん、いいの?」

「うん。でもこれから行くところだけは伝えておこうかな」

「?」

 

 厳しい言葉を投げかける家逗と違い、牟児津はやけに吹逸に寛容だった。無理に話をさせても辛くさせるだけではあるが、妙な優しさが益子たちは気持ち悪くて、少し引いた気持ちで話を聞いていた。

 最後に牟児津は、立ち上がりながらひとつだけ吹逸に言った。これから自分たちが向かう場所を。それを聞いた吹逸は、なぜそれを、とでも言わんばかりに目を丸くした。

 

「目は口ほどに物を言う、だね」

 

 らしくもないことを言い、牟児津は落語研究部の部室を後にした。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 退屈していた。長い長い退屈だ。本当はそれほど時間は経っていないのに、私にはまだ日が沈んでないのが不思議なくらいの感覚だった。

 別に部活が楽しくないわけじゃない。先輩はみんな優しくて、つまらない私の話を笑顔で聞いてくれる。お菓子もくれるし。それでも、できることなら私はもっと前に入学すべきだったと思う。この部を作った人なら……あれを作ったあの人なら、私の退屈を紛れさせてくれたかも知れない。そんなことを考えて、込み上げてくるあくびを堪えもせずに吐き出した。

 

「眠たい?簡単過ぎたね」

「いえ……別に」

 

 正直、簡単過ぎたなんてどころじゃなかった。分かりきってる答えをただ指差すだけのような、赤ん坊向けのなぞなぞを出されてるような気分だ。だけど、それを口にしてしまうと、ここにさえいられなくなってしまうことも分かりきってる。だから敢えてそんなことは言わない。

 とにかく退屈だった。今朝までは少し興奮することがあったけど、それも終わってみればそれだけのことだった。もうあそこから私にたどり着くことはできないし、そもそも私が関わってる可能性すら、あの人たちは考えられない。劇的なことなんてどうせ起きっこない。想定内の毎日に、想定内の出来事だけが繰り返される。この先、私の人生はきっとそんなことの連続なんだろう。

 だから、きっとそのせいだ。

 

「見つけた!ちょっとごめん!」

 

 突然現れた()()()が眩しく見えたのは。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「見つけた!ちょっとごめん!」

 

 廊下から特別教室棟の空き教室に(たむろ)しているパズル研究部を見つけたとき、牟児津はほぼ無意識に扉を開けていた。驚きの視線が集まるのも構わず、牟児津はずかずかと中に入って、その肩を叩いた。

 

「あなたでしょ。女神像を解いた犯人!」

「……は」

 

 あまりに突然のできごとで、誰もその言葉の意味を理解できなかった。一緒に教室に入って来た瓜生田たちでさえ、その言葉の意味は分かってもなぜ確信を持ってそう言えるのかまでは分かっていなかった。その意味が分かっていたのは、牟児津と、その眼差しを至近距離で浴びている、事件の犯人——半路(はんじ) (にこり)だけだった。

 

「え……だれ?」

「あ、ごめん。えっと……」

「ちょっと牟児津さん?いきなり入って来てどうしたの。びっくりしたわ」

「あっ、大間さん。ごめん。ちょっと半路ちゃん借りるね」

「え、あら……行っちゃった」

 

 大間に丸く声をかけられ、牟児津は急に冷静になった。朝の短い自由時間の間に事を済ませようとして、細かい説明をすっ飛ばしていた。牟児津は焦っていた。とにかく他の部員が大勢いる前でその事実を指摘するのはまずいと考え、半路を連れて教室を飛び出した。すでに犯人だと言ってしまっているのだが、そんなことはすっかり忘れていた。

 牟児津は半路の手を引いて、あまり人が来ない廊下の隅まで移動した。ここなら多少の話し声はよそに聞こえない。改めて、牟児津は半路と正対する。

 

「いきなりごめん。でも、半路ちゃんに本当のことを聞きたくて」

「いや、だから誰なんすか。急にこんなとこ連れて来て、なんなんすか」

「ごめんね半路さん。この人、ムジツさんっていう2年の先輩。女神像の事件のことで半路さんにお話があるんだって」

「いや、あんたもだれ」

「私は同じクラスの瓜生田だよ」

「あ、そうなんだ。ごめん。知らなかった」

「同じクラスで知らないことなんてあります!?あ、私は新聞部の益子です!」

「そしてこの私が!学園の名探偵ことホ——」

「まあ、どうでもいいっすけど。で、女神像の事件がなんすか。私には関係ないでしょ」

「聞きたまえ!」

 

 大仰で長くなりそうな家逗の自己紹介は強制スキップして、半路は顎を上げて牟児津を睨んだ。目にかかった前髪を邪魔そうにいじりつつ、もう片方の手をポケットに突っ込んで気だるそうにし、なんとも不遜極まりない。普段の牟児津ならその威圧感だけで瓜生田の後ろに引っ込んでしまうところだが、今は推理モードでビビる余裕もない。

 

「関係なくないよ。3日前、あなたが女神像を解いて中の宝石を取り出した。そして今朝、その宝石をまた女神像の中に戻した。どういうつもりでそんなことをしたのか分からないけど、そのせいでたくさんの人が動いてる。知らんぷりなんてしちゃダメだよ」

「へえ……それって、説明できます?」」

 

 半路は軽く笑って言う。かなり挑発的な態度だ。牟児津と半路の緊張が高まる。その緊張は後ろにいる瓜生田たちにも伝わり、全員の言葉数を少なくする。沈黙を破ったのは牟児津だった。

 

「あの女神像は、パズル研究部を創った先輩が寄贈した超複雑なパズルになってる。あれを解くことができるのは、その人と同じくらいのパズルの才能がある人だけだ。そういう目的で造られてる」

「それが私ですか」

「半路ちゃんはこの前、藤井さんから表彰されてたよね。全国大会で入賞したとか。それだけの実力があれば、あれを解くことだってできるんじゃない?」

「どうですかね。いくら私でも見たことないパズルは解けないんで」

「それに今朝、女神像は元通りになってた。夜中のうちに、誰かがもう一度女神像を解いたんだ。パズ研は園泊してたんでしょ?」

「泊まってたのはパズル研究部(うち)だけじゃないですよ。今日だって事件が起きた日だって、たくさんの部が園泊してます」

「園泊中、部の活動は部室や空き教室に限定されてる。ほとんどの部は部室があるけど、パズ研は部室がない。夜の学園を自由に動ける人はそんなにいないよ」

「だからって、それで私が犯人って言うのは乱暴じゃないですか?」

 

 牟児津の投げた指摘を半路がはたき落とす。返す刀で半路が反論すれば牟児津はそれを一蹴する。言葉を撃ち合っているだけなのに、瓜生田たちには、二人が激しく鍔迫り合っているように見えた。推理モードの牟児津は冷静に見えて頭の中はいっぱいいっぱいだ。対する半路はどこか余裕そうで、退屈そうで、ため息さえ吐いているような気がした。前髪をいじる手を止め、半路は冷たい目で言った。

 

「もういいですか?次の大会もあるんで、練習したいんですけど」

「待ちたまえ!」

「待たないですよ。決定的な証拠でも持って出直してきてください。そしたら神妙にしますよ」

 

 そう言うと、半路は踵を返した。もはやこれ以上は時間の無駄、退屈なだけだと見限った。

 しかし、牟児津はひと呼吸置いて、半路の求めるものを突き出した。教室に戻ろうとした半路の背に、決定的な証拠を叩きつけた。

 

「……半路ちゃん」

「なんですか。いい加減に——」

「前髪、邪魔そうだね」

 

 ぴた、と半路の足が止まった。何がその足を止めたのか、瓜生田たちにはまだ分からない。だが、牟児津は確実に、それを決定的な証拠として半路に突きつけた。そして半路も、呼応するように振り向いた。目にかかった髪の隙間から、少し丸くなった目が覗く。

 

「この前、舞台で表彰されてるときもそうしてた。今日も、ずっといじってる。どっちも女神像に変化があった日だ。女神像が解かれた日、半路ちゃんは前髪をいじってるんだよ」

「ああ……そうか、くっそ、しまった」

「えっ?えっ?あ、あのう先輩、それがどう今回の事件に関係あるんでしょうか……?」

 

 牟児津は確かな手応えを感じていた。半路は少し考えて納得し、顔を顰めた。2人だけで通じ合っていることに我慢できず、益子がそこに口を挟んだ。この張り詰めた空気に入っていく度胸に家逗も羽村ももはや呆れ果てた。

 益子の質問を聞いてか聞かずか、牟児津は続ける。

 

「大間さんから聞いたよ。半路ちゃん、普段はヘアピンしてるんだってね。昨日は付けてたよね」

「……はい」

「前髪が邪魔ならヘアピンで留めればいい。なのにそうしてないのは、ヘアピンが使えなくなったからじゃない?」

「ど、どういうことですか?」

「女神像はそれ自体がパズルになってるけど、それに挑む前にもう一つ、解かなきゃいけないパズルがある。ガラスケースについてる南京錠だ」

「——ああっ!そ、そうか!」

 

 ひと足先に気付いた羽村が悔しげな声をあげた。気付くべきだった。牟児津とほぼ同じ手掛かりを手にしていながら、そのことに気付かなかった。気付いてさえいれば、もっと早くこの結論にたどり着いたかも知れないのに。

 

「あの南京錠を開けるための鍵はない。ピッキングして開けるしかないんだ。事件の起きた日も今日も、犯人はピッキングに細長い金属が必要だった。だから、自分が身につけてるものを使ったんだ。その代わり、歪んだそれは本来の使い方ができなくなった。だから半路ちゃんは、2日ともヘアピンを着けてないんだ」

「な、なるほどーっ!あの欠陥みたいな鍵が、よもやそんなヒントになるとは!?」

「なんなら、風紀委員に所持品検査でもしてもらう?今日も持ってるはずだよ。ガタガタに歪んだヘアピンを」

「……ん。あ〜、そうですね」

 

 少し考える素振りを見せてから、半路はポケットに突っ込んだ手を出した。その手には、歪な形に折り曲げられた、シンプルなデザインのヘアピンが握られていた。牟児津の話がなければ、それはただの歪んだヘアピンにしか見えない。だが今は、それ以上の意味を持つものに思えた。

 半路は、いたずらっぽく笑ってそれを見せつけた。

 

「これで開けにいく方が、もっと確実な証拠になりますよ」

「開き直って開き直す提案してきた!?」

「そこまでしなくていいよ。もう半路ちゃんは認めてるんだし」

「まあ、そこを言い当てられちゃうとさすがに。所持品検査なんかされたらこれは隠せないし、それにその感じだと落研にも行ったんでしょう?そこまでされちゃ詰んでますよ」

「ぬう……妙に潔いじゃないか。何かまだ裏があるんじゃないかね」

「あるわけないでしょ。私はただパズルを解いただけ。いきなり訳わかんない人が現れたのに驚いて宝石を落っことしただけなのに、まさかこんなことになるとは思わなかったですけどね」

 

 訳のわからない人とは、灯油のことだろう。そのとき灯油は吹逸の作ったお菓子で酔っ払っていたはずだ。夜の校舎であれと鉢合わせたら確かに驚くだろう。

 自ら決定的な証拠を見せつけ、宣言通り半路は自分の罪を認めた。それでも慇懃な態度に変わりはないが、先ほどまでの高圧的な雰囲気は感じられない。いたずらがバレてバツが悪そうにする子供のようだった。

 

「別に、学園をこんなに混乱させてやろうなんて思ってなかったんですよ。ただ退屈してたもんで」

「退屈?退屈してたから事件を起こしたとでも言うつもりか!」

「やばいタイプのサイコ犯罪者じゃないですか!」

「サイコな上にやばいとか、散々な言われようだな。こんなことになるなんて思ってなかったって言ったでしょ。ただ、あの女神像がパズルみたいだったから、暇つぶしに解いてみようと思っただけ」

「ちょ、ちょっと待ってください。あれがパズルだと気付いたんですか?見ただけで?」

「あんな変な形と無駄な装飾してあったら疑うでしょ。からくり箱と同じですよ。あとはまあ……パズルプレーヤーとしての直感的な」

「すごい人は感覚が違うんだなあ」

 

 瓜生田は感心していたが、益子も家逗も羽村も呆気に取られていた。自分たちは石川から聞かされるまでそれがパズルになっていると気付かなかった。磯手が持って来た図面を見てさえ、考えもしなかったのだ。それをガラスケース越しに見ただけで正体を見抜き、あまつさえ暇つぶし程度で解いてしまう半路の感覚は、もはや想像を絶する域にあった。

 牟児津は役目を終えたことで気が抜け、完全に脱力して瓜生田に抱えられていた。ついさっきまでとのあまりの違いに、半路は同一人物だということにすら一瞬気付かなかった。

 

「その人……なんだっけ。ムジッさん?」

「ムジツさん」

「ムジッさん」

「まあ好きに呼んであげたらいいよ」

「ほとぼりが冷めるまで黙ってようと思ったけど、こんな速攻でバレるんじゃダメだね。風紀委員には自分で行くよ。リューさんも心配しなくていいよ」

「リューさんって私のこと?」

「そうだよ。気安いかな」

「気にしないよ。クラスメイトなんだから」

「それもそっか。くふふっ」

 

 自分の行いを全て暴かれたというのに、半路は笑っていた。開き直ったというのもあるが、最初の不遜な態度は消え失せて、どこか清々しい顔になっていた。

 

「それじゃあねムジッさん。ちょっと面白かった。また遊ぼうね」

 

 再び半路は背を向ける。その足は教室ではなく、風紀委員室に向かうのだろう。クラスメイトとはいえあまり話したことのない瓜生田でも、いまの半路はなぜか信頼できた。

 

「お、おい牟児津真白!いいのかね!あれをそのままにしておいたら逃げるかも知れないぞ!」

「逃げたって意味ないでしょ……私たちの前ではっきり認めてるんだし、証拠もある」

「それを処分されたら……」

「どっちみち、徹底的に半路さんの周辺を探れば、吹逸さんに行き当たります。吹逸さんは隠し事ができない人ですから、同じことですよ」

「っと!こんなことしてる場合じゃないです!私も半路さんについていかないと!3日に渡り学園を騒がせた『女神の祝福事件』がまさかの電撃解決!その裏にはやっぱりこの人!我らが名探偵、牟児津真白!夕刊の見出しはこれで決まりですね!」

「またそんな野暮なことを……行ってしまいました」

「益子さんに野暮を指摘することもまた野暮だよ」

 

 これによって、事件の謎は全て明らかになった。半路は宣言どおり、牟児津たちの前から立ち去ったその足で風紀委員室に向かった。すぐさま川路と磯手が飛んできて、半路は厳しい取り調べを受けることになった。同じように風紀委員室を訪れていた灯油も一緒に取り調べを受け、事件の全容を説明して川路と磯手の頭を大いに抱えさせることになった。

 牟児津は教室に入るや否や、葛飾や大間から事の次第を詰問され、さらに面白がった他のクラスメイトたちも巻き込んで大騒ぎとなった。なんとか灯油や半路のことは伏せつつ事件のことを話すも、その日は疲れ果てて授業中に爆睡することになった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 昼休みに緊急の全校集会が開かれ、藤井の口から事件解決が宣言されると、学園新聞の夕刊はこれまでにないほどの発行部数を記録した。改めて学園の有名人になってしまった牟児津は、人目を避けるために瓜生田の陰に隠れて帰路に着いた。なんとか最寄駅前までやってきて、大きなため息を吐いた。

 

「どうしたのムジツさん。事件を解決したのに浮かない顔して」

「事件を解決したせいで私は見世物になった気分だよ。ただ巻き込まれたからしゃーなしにやってるだけだってのに」

「ただ巻き込まれただけでも、最後まできっちりやり切るのがムジツさんのいいところじゃない」

「ぐわ〜〜〜!明日からどんな顔して登校すりゃいいんだ〜〜〜!」

「普通は半路さんとかが思うことなんだけどなあ。まあまあ、頑張ったご褒美に、たまには私がお菓子買ってあげるよ。何がいい?」

「マジで!?やったー!なんにしよっかな〜」

 

 なぜか牟児津は、事件を解決するほどブルーになる。学園新聞で有名になるのがそんなに嫌か、と瓜生田は改めて牟児津の日陰主義をもったいなく感じた。

 巻き込まれていないだけで、学園のどこかでは日々何らかの事件が起きているのだろう。もし牟児津が能動的にそれらに関わるようになれば、と考えて、あり得ないことだとすぐに考えを捨てた。かれこれ十数年、牟児津と一緒に育ってきて理解している。そんなことになるわけがないし、牟児津のキャパシティーを考えてもきっと耐えられないだろう。今のままがちょうどいいのだ。

 

「酒蒸しまんじゅうも美味しかったけど、また新作出てないかなあ。あとはあんこ玉とか……ん」

 

 うきうきで塩瀬庵に入ろうとした牟児津は、店の前で足を止めた。急な態度の変化に、瓜生田は心配気味に顔を覗き込む。

 牟児津は、その場で回れ右した。

 

「どうしたの?」

「……よそう。また疑われる」


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