キバナさんのお母さん   作:ふみどり

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ツノさん視点。
キバナさんの過去捏造しまくり注意。


キバナは自慢の息子です

 昔は本当によく泣く子だったのに、とメディアで騒がれるようになった息子を見ると思う。内気で、おとなしくて、何かあればアタシの後ろに隠れるような子だった。それが今ではすっかりジムリーダーとしてこのナックルシティの顔となり、ガラルに伝わる宝物庫の管理まで任されている。

 アタシたちの教育が良かったからか、なんて思ったりもするけれど、ちゃんとわかっている。今のあの子があるのは、ポケモンたちとの出会いがあったからこそだということは。

 

 

 ***

 

 

 最初のきっかけは何だったか、そう、やっぱり旦那のカイリューとの出会いだろう。

 世界中を飛び回るパイロットである旦那はなかなか家には帰ってこなくて、結果として旦那のパートナーであるカイリューとも、キバナはなかなか接することがなかった。赤ん坊のときにあやしてもらったことなんてさすがにあの子も覚えちゃいなかっただろう。

 あれは三歳かそこらのことだったか、立つことや話すことを覚えてから初めて、キバナがカイリューと会ったときのこと。やっぱりというか、あの子は怖がった。何せ身体も大きければ声も大きい、力も強いドラゴン。そりゃああの子には刺激が強かったんだろう、いつものようにアタシの後ろに隠れていた。でも、その瞳には好奇心がいっぱい。びびっているだけで本当に怖がってるわけじゃないのはアタシも旦那もすぐにわかった。

 困った様子のカイリューの腕を励ますようにひとつ叩き、旦那は笑った。

 

「キバナ、カイリューに乗って飛んでみるか」

「……えっ」

 

 今日は天気が良いから気持ちいいぞう、と笑う旦那。そしてちょっと嬉しそうに鳴くカイリュー。その声はいつもより抑え気味で、その大きな身体も縮めこませ、少しでも小さく見えるように、そうしてカイリューはキバナの瞳をのぞき込む。

 怖くないよ、とそう伝えるドラゴンに、キバナはおそるおそる手を伸ばす。するりと鼻先を撫でられたカイリューは、嬉しそうに喉を鳴らした。

 

「わあ、……!」

 

 怖がっていた気持ちは、ぱっと晴れたようだった。そのままカイリューに駆け寄って、抱きついて、たくさん撫でて。

 

「とーちゃん、おれ、カイリューと空飛びたい!」

「ようし、それでこそ我が息子! 父ちゃんもカイリューも張り切っちゃうぞ、なあカイリュー!」

 

 嬉しそうに高らかに鳴くカイリューを、キバナはもう恐れなかった。旦那に支えられ、やさしいドラゴンの背に乗って空を泳ぐキバナは、ただただ楽しそうで。同じ顔で笑う旦那と息子を見て、嗚呼やっぱり親子だななんて。名残惜しそうにカイリューの背を下りたキバナは、少しふらつきながらも満面の笑顔だった。

 耳についた風の唸り、少し近いところで見た空の色、遙か遠くまで見渡せるその光景、そのすべてが初めてで、そのすべてが好きでたまらないと、そういうアタシと同じ色の瞳はきらきらと輝いていた。この子がこんなによく喋るのは、初めて見たかもしれない。アタシに抱きつきながら次から次へと話してくれるその姿は、とても微笑ましかった。

 

「とーちゃん、カイリュー、もっかい飛びたい!」

「残念だが息子よ、今日はもう風が冷たくなってきたからまた今度だ」

「えーっ!!」

「ぎゅおう」

「ほら、カイリューもまた今度乗せてくれるってさ」

 

 また今度ね、とその頭に手を置くと、少しむくれた様子のキバナ。ちょっと困ったように笑ったカイリューがすっと腕を差し出すと、キバナはぱっと笑顔に戻ってその腕に抱きついた。

 

「カイリューかっこいいな!」

「そうだろそうだろ。この地方には生息してないドラゴンなんだけどな」

「そうなの?」

「父ちゃんはまだミニリュウだったこいつと、ジョウトのフスベシティというところで出会ってな。ようしキバナ、帰ったらドラゴンのことをいろいろ教えてやろう」

「ほんと!?」

 

 じゃあ早く帰ろ、とアタシたちの腕を引くキバナは、それまでの引っ込み思案もどこへやらといった感じで、思わずアタシも旦那やカイリューと顔を合わせて笑ったのをよく覚えている。

 その日から、キバナは変わった。というより、変わろうとし始めた。ドラゴンタイプには気性の荒い子もいると知れば、怖がってばかりじゃ舐められるとアタシの後ろに隠れることもなくなり。ドラゴンは育てるのが難しいと知れば、いくつも本を読みあさってポケモンについての知識を手に入れた。

 ドラゴンタイプに相応しいかっこいい男になるんだ、と決意するキバナに、この子も男の子だったか、と妙に納得した。キバナがそうなりたいというのならアタシはそれはそれで構わなかったけれど、近所の子と喧嘩するようになったのもこの頃からだった。

 もともとアタシ似の顔だったために可愛いとか女の子みたいとか言われるのは今更だったけど、かっこいい男になると決めたキバナにとっては屈辱だったらしい。取っ組み合いで怪我をしてくるのも服をダメにしてくるのももう数え切れなくて、怪我の手当や裁縫を仕込み始めたのもこれくらいのとき。アタシの説教で一通りしばかれた後、むくれながらもちまちまボタンを付け直すキバナが可愛いったらもうね! わりと手先が器用なこともわかったから、これは今後も家事を仕込まなきゃと思ったよ。キバナときたら根が素直だから、これくらいできて当然と言えばすんなりと信じて練習してね。まあ実際、男だろうが女だろうが身の回りのことくらい自分で出来ないとさ。アタシに何かあったとき、自分じゃ何も出来ませんなんて恥ずかしすぎるだろう?

 そうやって少しずつ少しずつ変わっていくキバナのことを旦那に話したら、電話越しの旦那は笑って言った。

 

『別に変わったわけじゃないさ。表に出す部分を変えただけだよ』

「そうかい?」

『キバナはもともと、慎重なだけで臆病ではないからね。ちゃんと物事を考えてから動きたいから、自分の中で結論が出るまで君の後ろに隠れてただけさ、ハニー。キバナは頭の良い子だよ』

「……まあ、それはわかるけどねえ」

『おおかた、スクールの成績も良いんじゃないかい?』

「先生がもう教えることはないってさ」

 

 さすが俺たちのベイビーだな、と旦那は朗らかに笑う。釣られて、アタシも苦笑した。

 ナックルシティのトレーナースクールに通うキバナは、驚いたことにいつもいちばんの成績を叩き出している。毎晩毎晩ポケモンに関わる書籍を読み漁っているだけはあるというか、何というか。いつかドラゴンタイプのパートナーをもつんだと、キバナはそればっかり言って勉強を重ねていた。

 

『ドラゴンタイプは扱いが難しい。けど、キバナならきっと、立派なドラゴン使いになる』

「……ああ、そう思うよ」

 

 誰よりも勉強し、誰よりもポケモンを愛し、誰よりもドラゴンに相応しくなろうと努力を重ねるキバナ。いつかそれが報われて欲しいと、その努力をすぐそばで見てきたからこそ思う。

 

『きっともうすぐ、夢を叶えるために旅に出るんだろうねえ』

 

 そしてその日は、きっと近い。そのときのアタシは、そんな気がしてならなかった。

 

 

 ***

 

 

 キバナの旅立ちといえば、その前にあった一騒動を思い出さずにはいられない。

 いつものように外に遊びに出ていたキバナが、真っ青な顔をして家に駆け込んできたことがあった。その手に、薄汚れたハイパーボールを持って。

 

「かーちゃん、たすけて!」

「どうしたんだい、そんなに慌てて」

「ジュラルドンが……!」

「ジュラルドン?」

 

 キバナが開いていた本で見たことがある。はがねとドラゴンのタイプをもつ、ごうきんポケモン。見た目と違って軽い身体をもち、錆びやすいという特性をもっていたような。

 ボールを突き出すキバナの瞳は、涙に濡れていた。

 

「ワイルドエリア近くの路地裏で、倒れてたんだ! 弱ってると思ったら、錆びだらけで……! ち、近くにボールが落ちてたから、試しに入れてみたら、コイツのボールだったみたいで、それで……っ!」

「っすぐポケモンセンター行くよ!」

 

 

 *

 

 

 全身が錆に覆われていたジュラルドンは、自身では動けないほどに衰弱をしていた。ジョーイさんが手を尽くしてくれたけれど、それでも当分は錆落としと休養が必要だという。

 

「……近くにボールが落ちていたと言うことは、トレーナーがいたはずです。ですが……この錆びだと、おそらくかなり長い間……お手入れもされていなかったと思います。ジュラルドンはお世話が大変な子ですから……」

 

 辛そうな顔で言うジョーイさんに、アタシも唇を噛む。錆の浮いた身体で眠るジュラルドンの姿を、ガラス越しに見つめる。キバナも、そのガラスに張り付くようにして彼を見つめていた。次に何を言い出すかなんて、考えなくてもわかる。なんせ、可愛いアタシの馬鹿息子だ。

 

「……かーちゃん」

「わかってるよ。ジョーイさん、あのジュラルドン、うちで引き取れますかね?」

「!」

「……ジュラルドンはお世話が難しいですよ?」

 

 わかっている。ただでさえドラゴンタイプは扱いが難しい。そのうえ、おそらくはひとに虐げられたポケモンだ。人間不信に陥っていても仕方がない。でも、それでも。

 キバナに目を向けると、同じ色の瞳と目が合う。幼いながらもその水色は強く煌めいている。嗚呼、これはもう子どものする眼じゃない、と苦笑する。

 これは、ポケモントレーナーの眼だ。

 

「キバナ、出来るね?」

「出来る!」

「途中で投げ出したりしたら承知しないよ」

「そんなこと絶対にない!」

 

 ああ、アンタなら投げ出したりはしないだろうね。そう口には出さずに、必死な顔をするキバナの頭に手を置いた。そして、ジョーイさんに向き直る。

 

「お願いします、ジョーイさん」

「……わかりました」

 

 お手入れの仕方も説明しますね、と微笑んでくれたジョーイさんに、キバナは大きく頷いた。

 これが、キバナの一番の相棒になるジュラルドンとの出会いだった。

 

 

 *

 

 

 ジュラルドンもキバナに助けられたことは覚えていたらしい。少々警戒心の強い節は見えたが、それでもすぐキバナには心を開いた。まだ弱々しく鳴くことくらいしか出来ないが、キバナの手入れを受けることに抵抗する様子は見せず、むしろ心地よさげに目を細めいていた。

 

「うん、顔のあたりの錆はだいぶ落ちたね」

「もう少しで顎動かせるようになるよ。そしたらご飯も食べられるようになるな、ジュラルドン!」

 

 キバナに応えるように、喉を鳴らすようなかすかな声が聞こえる。いまだ動くこともままならないジュラルドンだが、キバナの懸命な手入れで少しずつ身体は良くなっている。

 

「キバナ、そろそろ行かないとスクールに遅刻するよ」

「あっやべ、それじゃかーちゃんジュラルドンのことよろしくな!」

 

 近くの鞄をひっつかみ、いってきます、とキバナはドアを走り出ていった。騒がしかった部屋が、ひとり減っただけでやけに静かに感じる。その後ろ姿を思い起こしながら、アタシはジュラルドンに目を向けた。静かな目線が返される。

 

「……ジュラルドン、辛いなら返事をしなくていいから、少し話を聞いてくれるかい?」

 

 僅かなうなり声が響いた。そこに嫌悪や警戒が感じられないことに少し安堵する。ふ、と笑って、続けた。

 

「アンタ、もとは別のトレーナーのポケモンだったんだろ」

「……」

「そのトレーナーに会いたいかい?」

 

 返事は聞こえない。ただ、静かな瞳は揺らがなかった。

 

「……うちの子はね、ドラゴン使いになりたいんだってずっと言ってるんだ。昔っからそればっかりでポケモンの本読みあさって勉強して、今もトレーナースクールで一番の成績叩き出してさ。……それだけ、ポケモンが大好きな子でね」

 

 そしてもうすぐ、トレーナーになる。そのための旅に出る。

 

「アンタの身体が良くなってから、あの子がアンタの力を引き出せるくらい強くなってからでいいんだ。もしアンタがいいなら……」

 

 アンタの前のトレーナーより、キバナのことを選んでくれないかい?

 

「きっと、アンタを大事にするよ、ジュラルドン。母親のアタシが保証するさ」

 

 そこで初めて、ジュラルドンの表情が動いた。僅かにまなざしが優しくなり、きっと今動く精一杯に顔を動かして、口を開ける。今までの中で一番大きな声で、ジュラルドンは一声鳴いた。とても、力強い声だった。

 

「……ありがとうねえ」

 

 さあ、そうと決まればまずはキバナを家から叩き出さないと。

 

 

 *

 

 

「い、きなり何すんだよかーちゃん!」

 

 トレーナースクールから帰って早々のキバナに、有無を言わさず拳骨を落とす。全く理由のわかっていない様子のキバナの前で仁王立ちをする。アタシ相手に隠し事をしようなんざ百年早いって、いつになったらわかるんだろうねえこの馬鹿息子は!

 

「これは何だい、キバナ」

 

 見せた書類に、キバナは「あっ」という顔をする。部屋の掃除をしていたら本棚の後ろから出てきた、トレーナーたちが切望してやまないそれ。

 

「そろそろ時期だと聞いてたのにアンタが何も言わないからおかしいとは思ってたんだよ。トレーナースクールで特に優秀な成績を修めた者には、ジムチャレンジに出ることが許される。これ、そのための推薦状だろう」

 

 この推薦状があればジムチャレンジに挑戦できる。トレーナーとして各地を旅して研鑽を積み、八つのジムを突破すればトーナメントにだってでられるのだ。キバナはずっとそれに挑戦すると決めていたし、トーナメントを勝ち抜いてチャンピオンになるんだと大口を叩いていた。この推薦状は、その夢のための第一歩のはずなのに。

 

「何で隠してたんだい」

「そ、れは……」

 

 推薦状をもらって、嬉しくなかったはずがないのだ。普段なら大喜びでアタシにそれを見せつけて自慢してきただろう。なのに、わざわざそれを隠していた理由。心当たりが、ないわけではない。けど、キバナの口から聞かなければ意味がないと思った。

 言うまでアタシは引かないと悟ったのか、俯いたキバナはぼそぼそと話し出す。

 

「ジュラルドンの手入れだってまだ時間がかかるし……、」

 

 おれまで旅に出ちゃったら、かーちゃんがひとりになる。

 予想通りの言葉に、大きなため息をつく。知っている、旦那がたまに帰ってきてはまた仕事に出かけるとき、キバナにいつも言う言葉がある。アタシのことを頼むぞ、と。そのたびにキバナは大きく頷き、おれがいるから大丈夫と笑うのだ。まったく、アタシのことをどれだけ舐めているんだか。今度帰ってきたら旦那も締め上げようと心に決める。

 とりあえず、と子ども特有の柔らかい両頬に手を添えた。

 

「いでででででで!」

「ったく、親を気遣うなんざ十年早いよ生意気だね!」

「かあちゃ、いてえって!」

「当たり前だろ痛くしてんだよ!」

 

 いいかいキバナ、と涙が滲んだ水色をまっすぐにのぞき込む。

 

「ジムチャレンジを突破して、トーナメントを勝ち抜いてチャンピオンになって、ドラゴンの良さをガラル中に広めるんだろ」

「……うん」

「だったらうじうじしてないでやるべきことをやりな。ジュラルドンはだいぶ良くなってきたし、手入れはアタシにだって出来る。仕事や家のことはハハコモリだって手伝ってくれるんだから」

 

 数年前に、イッシュの仕事から帰ってきた旦那の荷物にくっついていたクルミル。成長の早いクルミルは、あっという間にクルマユになって、いまやハハコモリにまで進化した。手先が器用なこそだてポケモンはすぐに家事も覚えて、特に裁縫なんてアタシより上手い。ひとりで切り盛りしているレストランも好調だし、キバナが家を出たからって困るほど情けない生き方はしていない。

 第一、ずっと前から覚悟はしていたのだ。

 

「アンタはアンタの好きなようにすればいいんだよ。このアタシを子どもの足枷になるような恥知らずな親にするつもりかい」

「……だって」

「うだうだしんてんじゃないよ馬鹿息子! はっきり言いな、アンタはどうしたいんだい!」

「、旅に出たい!」

 

 反射的に顔を上げて言ったキバナは、自分でも驚いた顔をして、また俯いた。そのまま、言葉を重ねる。

 

「……トレーナーになって、旅に出たい。ジムチャレンジ挑戦したい……」

「最初からそう言えばいいんだよ」

 

 俯いた後頭部に手を乗せて、口元を緩める。優しくて甘っちょろい馬鹿息子め、何のために家事や常識を叩き込んできたと思ってんだか。いつ旅に出ることになってもいいように、ひとりでもちゃんと世の中を渡っていけるように、こっちはずいぶん昔から考えてきたのだ。

 

「さ、じゃあまずはスクールの先生に挨拶にいかないとね。それからアンタの最初のポケモンのゲットにも付き合ってもらえるように頼もうか。最初からドラゴンタイプは難しいかもしれないけどねえ」

「! 近所でもワイルドエリアならヌメラとかナックラーがいるから!」

「その辺は先生と相談だね」

 

 ほら行くよ、とその背を押す。

 キバナが隠し立てなんかするもんだからもうあまり日がない。早めに旅支度を整えてやらないと、と頭の中で買い物の算段を立てる。これはしばらくレストランもお休みかな、と内心だけで苦笑をした。

 そしてしばらくして、用意を整えたキバナはナックルシティを旅立つことになる。

 

「ジムバッジ七個集めたらナックルジム挑戦に帰ってくるから、そのときはおれと一緒に戦ってくれ、ジュラルドン!」

 

 そう、一番最初のパートナーに約束を残して。

 

 

 *

 

 

 

 そしてキバナはたくさん仲間を増やして帰ってきて、すっかり元気になったジュラルドンと一緒にナックルジムに挑戦した。

 もともと素質があったのか、それともキバナに応えようと奮起したのか、ジムでのバトルのなかでジュラルドンは普通とは違うダイマックスを見せた。キョダイマックスというらしいが詳細はアタシにはわからない。ただ、抱き合って勝利を喜ぶあの子たちの顔が見れたというだけで十分だった。

 

「かーちゃん今日はご馳走!」

「アンタも手伝うんだよ馬鹿息子!」

 

 キバナはたくさんのポケモンを連れて、すっかり大所帯だった。作っても作っても足りない料理に、楽しそうなポケモンたちの声。

 こりゃ近所から騒音の苦情が来ないかね、とちょっと不安だったが、今日くらいは多めに見てもらおう。今日の勝利で、キバナはまた一歩夢に近づいたのだから。

 

「明日からはどうするんだい?」

「買い物済ませたらワイルドエリアで修行する! ジュラルドンとのバトルももっと精度を上げねーとだし」

 

 トーナメントまでワイルドエリアにこもるというキバナに、まったく元気なもんだと苦笑する。まあ、きっと今が楽しくて楽しくて仕方のないときなのだろう。まだまだ暴れたりない様子のキバナの頭に、手を乗せた。

 ああ、また背が伸びた。

 

「……トーナメントもしっかりやるんだよ、馬鹿息子」

 

 すっかり目線が近くなったその水色は一度瞬き、そしてまたきらきらと輝く。八重歯を見せて頷くその笑顔は、カイリューの背を下りたときと同じ笑顔だった。

 

 

 ***

 

 

 しかし、夢はそう簡単に叶わない。

 

 

 ***

 

 

 ぎゅお、と耳元で聞き慣れた鳴き声が聞こえる。自分が目を閉じていたことに気づいて、ゆっくりと瞼を開けた。少し傾いた陽が、まぶしい。

 

「あ、起こしたなジュラルドン。寝かせとけって言ったのに」

「ぎゅう……」

「……キバナ?」

「ん」

 

 いつのまにかうたた寝をしていたらしい。申し訳なさそうにアタシの顔をのぞき込むジュラルドンをひとつ撫でて、大きくのびをした。

 

「昼寝はいいけどベッド行けよな。あ、ハハコモリが洗濯物取り込んでる」

「ああ、もうそんな時間かい」

 

 まだ少し頭がぼんやりしている。珈琲の入ったカップを手渡されて、口をつけた。カフェインに押されて、頭が徐々にはっきりしてくる。

 

「……今日ダンデくん来る日だっけ?」

「そうだよ。前から言ってただろ」

「しまった何も支度してない! あの子ひとの三倍は食べるのに!」

「そんなこったろうと思ったわ。とりあえずスープとパンの仕込みはしたけどほか何作んの? あと最近話題のパティスリーいってケーキ買ってきた」

「気が利くじゃないかキバナ!」

 

 じゃあ次はあれを、と矢継ぎ早に指示を出すと、へいへいと頭を掻きながら動き出す。めんどくさそうにしながらも、言われたことはきっちりこなすので心配はしていない。ジュラルドンも楽しそうにキバナの後ろにくっついていった。その背中には、もう錆など僅かも見えない。

 キバナはトーナメントで勝ち上がるも、ダンデくんに敗北を喫した。そしてそのダンデくんはチャンピオンに。同い年、同じく初挑戦の彼が頂点に立つその姿を見て、いったいキバナは何を思ったのか。アタシには想像することも出来ないけれど、十年たってナックルシティのジムリーダーとなった今でも、キバナはダンデくんに挑み続けている。それが、キバナの出した答えなのだろう。

 

「このきのみはサラダでいいよな?」

「いいよ。細かく刻んで、ドレッシングは棚の上の赤い蓋のやつ」

「りょーかい。ん、ジュラルドン? ……しょーがねえなぁひとくちだけだぞ?」

「こら、つまみ食いすんじゃないよ!」

 

 つまみ食いじゃなくて味見だよなーとその口にきのみを食べさせるキバナと、嬉しそうにもぐもぐと口を動かすジュラルドンに、苦笑するしかない。全く、仕方のない子たちだ。昔の夢を見た後だとなかなか怒る気になれないのがいっそ悔しい。

 

「あ、準備一段落したら俺ダンデを迎えに行くから」

「……あの方向音痴はまだ治らないのかい?」

「あれはもう治らねーって。無理無理」

 

 キバナがそう言ったとき、キバナのスマホロトムが着信を告げる。画面に表示されていたのは、ダンデくんだった。いやな予感しかしない。

 

『ああキバナか? 約束通り伺おうと思ったんだが、ナックルシティはこんなに雪が多かったか?』

「何っでお前雪山にいるんだよ迎えに行くからおとなしくしてろっつったろーが!!」

「あーこりゃキルクスだねぇ……キバナ、遭難する前に向かえに行ってやりな」

『ああツノさん! 今日のディナー楽しみにしています!』

「のんきだなオイ万年迷子! ……はあ、オレさまちょっと行ってくるわ……」

 

 もはや哀愁を漂わせているキバナにコートと毛布を持たせる。そして肩を落として丸まっているその背を、ぱんっとはたいた。

 

「いって!」

「猫背は癖になるからやめろって言ってるだろ。ほら、とっとと迎えに行ってきな」

「わあってるっつの」

 

 やれやれとフライゴンを呼び出すキバナ。

 キバナがダンデくんと仲良くするようになってから、こういうことは一度や二度じゃなかった。最初のうちは「何でオレさまこんなびっくり天然方向音痴野郎に勝てねえんだ……?」「何でオレさまライバルにこんなことしてやってんだ……?」とかうだうだ言っていたが、すでにその境地も脱したらしい。

 結局のところ、キバナは根が素直で、ひとを妬むよりも自分を高めることを考えられる子なのだ。そのくせ諦めが悪くて、ただただいつも一生懸命。だからこそトップジムリーダーを務めるほどに認められていて、軽く見せるくせにガラルの重要な仕事まで任されている。

 フライゴンにまたがったキバナは、首だけこちらに向けて、言った。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

 

 そう言っていつも飛び立っていくくせに、ふとしたときにはちゃんと帰ってきて親を気遣うやさしさも持っている。まったく誰に似たのか、出来のいい息子に育ってくれたものだ。

 何度言ったかわからない言葉を、アタシもいつも通りに口にする。

 

「ああ、行っておいで」

 

 いつだって美味しいご飯を用意して帰りを待ってるよ、この馬鹿息子。

 

 

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