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今日の私はダメだ。
他のウマ娘との合同練習を終え、寮に戻ってきたダイワスカーレット。
彼女は手に持っていたカバンをベッドへ放り投げると、相部屋のウオッカと共同で使っている洗面台の前に移動した。日頃なら乾いているはずのシンクが、今日はまだぬれたままだった。
ウオッカが使った後、拭くのを忘れたのだろう。いつもの私なら小言を一つ、二つこぼしている。だが、今日は何も言えない。だってこれは、私のせいだから。
今朝、私はウオッカと喧嘩をした。
喧嘩の原因は些細なことで、ウオッカが朝からバイクの動画を流したことだった。
ウオッカはよく、大事なレースの前にバイクの動画を見る。相部屋になった始めの頃は、私は彼女のスマホから響いてくるブルルン、ブルルンという排気音を不快に感じていた。だが、聞いているうちになれてきたのか、今では気にならなくなり、逆にその音を聞くと私も心地よさを感じるようになっていた。
でも、今日は違った。聞き慣れたはずの排気音は、今日の私にとっては騒音でしかなかった。私はついウオッカに、この胸の中で渦巻く不愉快なものをぶつけてしまった。いつもと違う私の反応に、戸惑いを露わにするウオッカ。だが、難癖をつけられてただ黙ってる彼女じゃない。ウオッカはすぐに「くそかっけぇだろ!」「いつものことじゃねぇか!」と声を荒げて反撃してきた。そんなことは分かってる。私だって嫌みを言いたくて言ってるんじゃない、と私は心の中で叫んだ。でも口から出るのは本心じゃない、安っぽい悪態の言葉ばかり。それから私は、ウオッカの目を一度も見ることなく、逃げるように部屋を出た。ごめんなさい。浮かんでは泡のように消えていくこの言葉を、何度も反芻しながら。
そのまま参加した合同練習は、見るに堪えない悲惨な結果になってしまった。
スカーレットは鏡に写る自分を見ながら、髪をとかしていく。
どうして今日の私は、あんなにイライラしていたのだろう。
合同練習に不満なんて一切なかったのに。
エアグルーヴ先輩にカワカミ先輩、ファインさんにド-ベルさん、フラワーにスイープ。あんな豪華なメンバーと走れるなんて願ってもないことだったはず。昨日だって、あんなにワクワクしてたのに。
なのに、どうして?
ここ最近のスケジュールを頭の中で確認する。
だが、原因は何も思いつかなかった。
ダメダメ。
うじうじ考えても仕方ない。
午後はタキオンさんがお茶に誘ってくれてるんだ。
こんな情けない姿なんか見せられない。
スカーレットは両手で自分の頬を強く叩き、活を入れる。
そして、大きく深呼吸をして鏡に写った自分を見た。
「……あれ?」
鏡に写る自分に、何か違和感を感じる。
「……え」
突如、氷のように固まるスカーレット。
だが、それは少しずつとけていき、代わりにスカーレットの顔が見る見ると青くなっていった。
「……ない。……ない! ……ない!!」
首を激しく動かし、周りを確認するも見つからない。
彼女は、慌ててベッドの上に放り投げたカバンの下へ走った。
ベッドの上に水筒やタオルが乱雑に積み上がっていく。
しかし、空っぽになったカバンも虚しく、あれはどこにもなかった。
「ティアラが、ない!!!」
ーーーーーーーーーー
麺屋極極。
店主にいつものを頼んだトレーナー、ファインモーション、SP隊長は揃って空いてる席に腰を下ろす。
「お疲れ様、ファイン」
「ありがとう、トレーナー!」
午前中に他のウマ娘達との合同練習を終えたファインモーション。
エアグルーヴにメジロドーベル、ダイワスカーレット、カワカミプリンセス、更に、ニシノフラワーにスイープトウショウという、錚々たるメンバーが集まって行われた今日の合同練習には、さすがのファインも疲労が溜まったようだった。
本来、三人(主にファイン)は合同練習が終わった後、激辛担々麺に挑戦しようという計画を立てていた。だが、練習後に珍しく、ファインがやっぱり麺屋極極に行きたいと言い出したので、トレーナーと隊長はその意見に賛同した。この時、嬉しさの余り口元が緩んだトレーナーの足を、隊長が思いきり踏んづけたことをファインは知らない。
「今日はずっとわくわくしていた気がするよ!」
ファインが嬉しそうに笑う。
練習メニューが同じでも、レベルの高い相手と共に行う練習は、より多くの負荷がかかる。その負荷は肉体だけでなく、精神にも多大に影響する。今日の練習は日頃の練習の倍はきつかったはずだ。
それでも笑顔でこう言ってのけるファイン。
トレーナーはあらためて、ファインの強さを垣間見た気がした。
「私はヒヤヒヤしましたがね」
隊長が慣れた手つきでおしぼりを使う。
「特にあの二人。
カワカミプリンセス様にスイープトウショウ様。
ゲートを壊すわ目前で暴れるわで、殿下の御身が心配で心配でなりませんでした。
今日のような練習はもう止めていただきたい」
そう言って、隊長はコップの水を一気に飲み干した。
トレーナーとファインは、それを見て、顔を合わせて笑った。
今日の練習、一番はしゃいでいたのは紛れもなく隊長だった。
ファインが他のウマ娘より速く走るたびにファインを褒めちぎる隊長。ことあるごとに写真を撮り、最後の模擬レースでは誰よりも声を出していた。
たしかに今日のファインは絶好調で、トレーナーもテンションが上がらなかったといえば噓になる。が、一眼レフ片手に、トレーニングコースを駆け回る隊長ほどではなかった。
「トレーナー様、これからは重々気をつけてください!」
「……はい」
「ーーはいよ。淡麗塩3つ、大盛りね」
「待ってましたぁ!」
机の上にラーメンが運ばれてくる。
そこには、大盛りのコーンとメンマがトッピングされていた。
ーーーーーーーーーー
「ん~、美味しかった!」
お店を出た三人を涼しい風が包み込む。
やはり麺屋極極は良い。膨れたお腹をさすりながら、トレーナーはほっと息を吐いた。
何度来ても飽きないおいしさが、麺屋極極にはある。
「この後はどうしますか?」
隊長が二人に問いかける。
本来なら激辛担々麺を食べる予定だったので、ラーメン屋の後の予定はない。
「五時からファルコちゃんのライブを見に行くから、それまでには学園に戻りたいね!」
「ならば、学園からできるだけ近いところが良いですね。
トレーナーさん、どこか良い場所はありませんか?」
鋭い視線がトレーナーに向けられる。
トレーナーは馴れたようにその視線を受け止め、答えた。
「そうだな……。
前に謎解きのイベントをしていた場所はどうだろう?
あそこなら、違うイベントが開催されてるかもしれないし、ショッピングも出来る」
「わぁ、いいね!
そこにしよう!!」
王族のファインモーションがとれる行動範囲は限られており、トレーナーと隊長は常にこのことで話し合っていた。安全でSPが自由に行動できる、かつファインが楽しめる場所。
一度、遊園地に行きたいと言ったファインに、トレーナーが賛同したことがあった。あの時の隊長を、トレーナーは未だに覚えている。メジロブライトの父親が遊園地を経営していたので、慌てて連絡をとり、SPをこっそり配置することに成功したのだが……。トレーナーと隊長は三日ほど眠れず、隊長は鬼の形相でトレーナーに指示を飛ばし続けた。いや、あれは鬼だった。
「今日はどんなイベントをしているのかな?」
すでにラーメンからショッピングモールへと気持ちが切り替わったファイン。ワクワクが堪えきれないのか、スマホを取り出し目的地のショッピングモールを検索にかけている。
「わぁ! フードコートのラーメン、美味しそう!!」
ーーーーーーーーーー
簡単に目的地が決まり、三人はさっそく麺屋極極を後にしようと動き出す。
時刻は一時過ぎ。フードコートのラーメンは三時のおやつとして食べることが決定してしまった。
「いた! ファインさーーーん!!」
突然響いた、ファインを呼ぶ声。
三人は思わず声が聞こえる方へ顔を向ける。長いロングの髪を左右に揺らしながら、一人のウマ娘がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
ファインの名を呼ぶ彼女は、見覚えのあるウマ娘なのだが、はっきりと分からない。
ウマ娘とファインの距離が縮まっていく。
すかさず隊長が、そのウマ娘とファインの間に入った。
トレーナーも警戒を怠らず、ファインの腕をいつでも引けるように身構える。
だが……。
「あれ、スカーレットちゃん?
そんなに急いでどうしたの??」
「「えっ!?」」
走ってきたのは、さっきまで一緒に練習をしていたメンバーの内の一人、ダイワスカーレットだった。
たしかに、よく見るとダイワスカーレットだと分かる。髪型が違うだけでここまで印象が変わるのか。いや、髪型だけじゃない。何かが足りないような……。
ファインがトレーナーと隊長に目配せをする。トレーナーと隊長は慌てて警戒を解いた。トレセン学園内のウマ娘、特に友好のあるものには警戒態勢とらない。これはファインと隊長達が交わした約束の一つである。これに関して、ファインは留学前から父親と交渉していたらしく、隊長達も認めている。
息を切らし、汗を拭うダイワスカーレット。
彼女はファインの前で立ち止まると、勢いよく顔を上げた。
「あ、あの、ファインさん。
私のティアラ、知りませんか!?」
「ティアラ……?
スカーレットちゃんがいつもつけてる……あのティアラ?」
「はい! あのティアラです!!」
ダイワスカーレットがファインに一歩近づく。
よく見ると、ダイワスカーレットの頭にはいつも着けてるティアラがない。
なるほど。違和感の正体はこれか。
「うーん、私は知らないなぁ。
トレーナーと隊長は知ってる?」
「いえ、私も知りません」
「俺もだ」
「そ、そんなぁ」
上気していたダイワスカーレットの顔がいっきに青くなる。
「このままティアラが見つからなかったらどうしよう。
ママから貰った大切なティアラなのに」
どうやら、あのティアラはダイワスカーレットにとって、とても大切な物のようだ。
いつも元気な彼女の姿は消え、落ち込んだ表情からは、今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。
ファインが不意にこちらを見る。
その眼差しから、確固たる決意が見て取れた。
トレーナーは、大きくため息を吐いた。
こうなってしまったファインは、もう誰にも止められない。
隊長も理解したのか、視界の端で同様にため息を漏らしていた。
「トレーナー、この状況って……」
ファインがトレーナーに顔を向ける。
トレーナーは、全てを理解した。
「彼女が大切にしていたティアラ。
それが合同練習中に無くなった。
……つまり、これは事件だな」
彼女は不敵な笑みを浮かべると、ありもしない帽子のつばをぐいと持ち上げた。
「ふっふっふ。となるとこの事件……。
どうやら名探偵ファインの出番だね!」
「「名探偵ファイン??」」
「スカーレットちゃん。
あなたのティアラは私の麺色の脳細胞で、必ず見つけだしてみせましょう。
さあ、行くよ! トレーナー……じゃなくて助手くん!!」
嬉々として歩み始めたファイン。
トレーナーはいつものようにその背中を追う。
ファインが無茶をしないよう、しっかり手綱を握らなければ。
数秒後、状況を把握したのか、ダイワスカーレットの顔に笑顔が戻る。
「あ、ありがとうございます!」
後ろからついてくる二つの足音。
だが不意に一つの足音が止まり、トレーナーの腕が後ろに引き寄せられた。
「あなたに助手の地位は、渡しません!!」
そこには、助手の地位をとられた悔しさからか、顔を真っ赤にした隊長がいた。