遡ること三十分。
「た、隊長! どうしましょう!?
トレーナーが! トレーナーが!!」
伝えたいことがまとまらないのか、両手をバタバタと動かし、目にうっすらと涙をためるファイン。どんな場面でも、常に毅然とした態度を崩さない彼女が、珍しく動揺を露わにしていた。
隊長は急いで状況の確認に入る。
「先ほど、ウマ娘が抱えた麻袋から足が見えたのですが、まさかあれがトレーナー様ですか?」
ありえないと思いながらも、一応聞いてみる。
ファインは、首を大きく縦にふった。
「そんなバカな!?」
衝撃的な事実に、思わず否定的な言葉がこぼれる。
「本当です!!」
もちろん、隊長にファインの言葉を疑う気持ちは一切なかった。だが、これはあまりに荒唐無稽なこと。そう簡単に分かりました、と納得できるものではない。
……いや、待てよ。麻袋を使った人さらい。トレセン学園において、注意しなければならない要注意人物。
「まさか……、ゴールドシップ……」
ファインが力強く頷く。
やはり、避けては通れない存在だったか。
隊長は気の緩みを自覚し、唇を噛んだ。
「どうしましょう! 隊長! トレーナーが!!」
ファインの瞳から、一筋の涙がこぼれおちる。
隊長はそのとき、自らの過ちに気づいた。
今は、後悔などしている場合ではない!
すぐに行動を起こさねば!!
「まずはSPメンバーに連絡をいれます。
殿下は、エアグルーヴ様に事情をお伝えしてください。生徒会副会長の彼女なら、すぐに適切な対処をしてくださるでしょう。
学外に逃げた可能性も考え、SPメンバーの一部は市内を捜索させます。
大使館にも連絡をいれて、捜索の範囲を広げましょう」
隊長の言葉を聞きながら、何度も涙をぬぐうファイン。
顔を上げる頃には、いつもの毅然とした姿が、そこにはあった。
「……ありがとう、隊長。
わかりました。大使館には私から事情を伝えるので、隊長はSPの方々へ連絡をお願いします」
「はっ!!」
隊長の背筋がぴんと伸びる。
二人はそれぞれスマホを取りだし、ロック画面を解除した。
連絡先を開き、著名人の名前が羅列する画面をすばやくスライドさせ、目当ての連絡先を探す。
二人の人差し指が、画面に近づいていく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!!」
突如、ファインと隊長の前に、一人のウマ娘が割って入ってきた。
彼女は、スマホ画面と数センチの距離にあった隊長の指を、止めるように隊長の腕を掴む。
「あなたは……」
「マックイーンさん!?」
メジロマックイーン。名門メジロ家のウマ娘にして、最強のステイヤーの一人として名高い、気品と実力を兼ね備えたウマ娘。ファインともお茶会をしたり、共に飲食店に行くなど、交流のあるウマ娘なので、隊長もよく知っているウマ娘だった。
「危なかったですわ。もう少しで大変なことに……」
思わず安堵の息を漏らすメジロマックイーン。
ファインと隊長は、揃って首を傾げる。
「すみませんが、連絡を取るのは少し待って頂けないでしょうか?」
戸惑いを隠せない二人に、マックイーンはここにゴールドシップが来たか、という質問を投げかけた。その質問に頷くファイン。それを見て、マックイーンは溜息を吐き話し始めた。
ーーーーーーーーーー
「わたくし、今日はゴールドシップさんと昼食を食べにいく約束をしていたのですが、待ち合わせの時間になっても、彼女がいっこうに現れず。……しかたなく、探しに行くことにしましたの」
ファインと隊長が電話をかけるのを、阻止したマックイーン。
まあ、いつものことなのですが、と自虐気味に言葉を続ける。
「周辺を探していると、息をきらしたヒシアマゾンさんと出会いました。彼女はわたくしを見つけると、突然こうおっしゃいました。ゴールドシップが目を輝かせて走って行ったんだが、なにか問題を起こさないか、と」
マックイーンが顔をしかめる。
「わたくしは、十中八九、問題を起こします。と答えました」
それからマックイーンはヒシアマゾンから、ゴールドシップに今日、ファインのトレーナーと会話した内容を話してしまったこと、それを聞いたゴールドシップが目を輝かせ、走り去ったこと、をファインと隊長に伝えた。
「大丈夫です。ゴールドシップの行き先には、心当たりがあります」
ーーーーーーーーーー
「それで、マックイーンさんのおかげでここに来れたんだ」
ファインが、これまでの経緯をトレーナーに説明する。
横ではゴールドシップが、マックイーンに泥団子の作り方を伝授していた。
「これ、道に落ちてたよ」
斜めにひびの入ったスマートフォンと黒革の長財布。どちらも、元々はトレーナーのポケットに入っていたものだ。やはり、ゴールドシップに担がれている最中に落としたらしい。
「ありがとう、ファイン。ところで、隊長はどこに?」
「それが、マックイーンさんに隊長を見たゴールドシップさんが何をするか分からないから、森の外で待機していてほしいって言われて」
「森の外にいると……」
たしかにゴールドシップのことだ。隊長を見つけてSPと戦ってみたかったなどという、訳の分からないことを言いかねない。メジロマックイーンは、よくゴールドシップのことを理解している。
思わず感心してしまうトレーナー。
その時だった。
カシャ!!
背後から、シャッターを切る音が響いた。
そして……。
「待ちなさい!! ゴールドシップーーーー!!!!」
森が震えるような怒号。
訳も分からず振り返ると、そこには、メジロマックイーンが逃げるゴールドシップを追いかけ、森の中へと消えていく姿があった。それと同時に、セバスチャンを抱きかかえたカワカミと、目が合った。
「わ、わたくしは何も見ていませんわ!!」
慌てて目をそらすカワカミ。
ゴールドシップがまた何かやらかしたな。
トレーナーは服についた土を軽くはらいながら、自然とメジロマックイーンの無事を、心の底から祈っていた。
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ファインの指示に従いながら、トレーナーを先頭に三人は入り組んだ小道を進んでいく。
「殿下、ご無事で何よりです」
森を抜けると、片膝をついた隊長が三人を出迎えた。
隊長の足下には、何度もその場を行き来したであろう無数の足跡があった。おそらく、ファインが心配でたまらなかったのだろう。
「トレーナーの救出は成功しました!」
「さすが殿下。何も心配していませんでしたよ」
滅多に見せない柔らかな笑みで頷く隊長。
だが、それも一瞬だった。
「トレーナー様には、もっとしっかりしていただきたいものです」
すっと立ち上がり、隊長は鋭い視線をトレーナーに向ける。
「すいません」と謝るトレーナー。その姿を見て、隊長はやれやれといった様子でため息を吐いた。
「でもでも、ファインさんのトレーナーさんはカッコよかったですわよ!」
それまで、ファインとトレーナーの陰に隠れていたカワカミプリンセス。
彼女はトレーナーの勇姿を伝えようと、セバスチャンを高々と持ち上げる。
「セバスチャンをがっしりと捕まえた時なんて、それはもう……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
カワカミを見て、思わず彼女の話を遮る隊長。
あまりの勢いに、せわしなく動いていたカワカミの口が塞がった。
「あの……。一つよろしいでしょうか?」
隊長の言葉に頷くカワカミ。
「行方不明であるはずのカワカミ様が、なぜここに?」
「私が、行方不明??」
訳が分からないといった様子で、首をかしげるカワカミ。
その腕の中で、セバスチャンが「ワンッ!」と鳴いた。
ーーーーーーーーーー
「みぎゃぁぁぁぁ!!!!
どどど、どうしましょう!! 完っ全に忘れてましたわ!!??」
キングヘイローがあなたを探している、という隊長の言葉を聞いて、顔面蒼白になるカワカミプリンセス。彼女はいきなりセバスチャンから手を離したかと思うと、近くの木に向かって頭突きを始めた。
「私のバカ! バカ!! バカ!!!」
鈍い音が響き、木が揺れる。
慌てて止めに入るトレーナーと隊長。しかし、カワカミの頭は止まらない。
焦るトレーナー。このままでは、カワカミが怪我をしてしまう。
そう思った矢先、木からミシミシという音が聞こえてきた。
「カワカミちゃん! キングさんから連絡きたよ!!」
大きな声で、カワカミを呼ぶファイン。
どうやら、カワカミが頭突きを始めたときに、キングに連絡を入れたようだ。
カワカミの動きが、一瞬で止まる。
ファインのスマホ画面には、『カワカミちゃんを見つけたよ!』というファインのLANEに対して、キングからの返信が映されていた。
『ありがとうございます。カワカミさんは無事でしょうか?』
「そんな……。キングさん、こんな私の心配を」
カワカミの目に、涙が溜まっていく。
「まずはキングさんのところに行ってみよう」
ファインの言葉に、カワカミは静かに頷いた。