「まずは状況の確認からだね!」
トレセン学園に戻る道中、人差し指をピンと立てたファインが、ダイワスカーレットへ顔を向ける。
「ティアラが無くなったことに気づいたのは、いつかな?」
「合同練習が終わって、自分の部屋に戻ったときです。
ティアラを外したのは坂路コースでのトレーニングだけだったので、一緒にトレーニングをしたファインさんなら知っているかな、と……」
「そういえば、坂路トレーニングが終わった後も一緒にスタートの練習をしたよね。
今思うと、あの時スカーレットちゃんはティアラをつけていなかったような」
「はい。私もそう思って、ティアラが無くなったことに気づいた後、真っ先に坂路コースを調べに行ったんです。でも……」
「ティアラは無かったんだね。
……むむむ。
これは難事件の予感だよ」
眉を寄せ、顎に手を当てるファイン。
トレーナーはこの時、探偵のふりをファインにしてしまったことに、若干の後悔を覚えていた。
ショッピングモールで開催されていたリアル謎解きで、ファインは探偵役を楽しんでいた。トレーナー室が荒らされたときも、名探偵ファインとなって犯人である猫を捕まえていた。だから今回も、探偵になって楽しく問題を解決できるだろうと思っていたのだが……。
「名探偵ファイン様。ここはもう一度、現場を確認するのが良いのでは?」
「……そうだね。
さっきまでのスカーレットちゃんはだいぶ動揺していたから、何か見落としがあるかも。
うん、ありがとう! 隊長!
それでは助手くん、まずはトレーニングコースへ向かおうか!」
「くっ! 名探偵ファイン様の助手は、私がふさわしいのに」
少し、いや、かなり面倒なことになってしまった。
隊長はファインのこととなると、たまにもの凄くバカになる。
隊長はファインに仕える身として、ファインのことを守っている。だが、隊長は主従関係を差し置いて、ファインのことが大好きだ。そのせいで、隊長はたまにトレーナーに変な絡み方をすることがある。そう、今回のような……。
「次こそは必ず!」
ファインに助手と呼んでもらえるよう意気込む隊長。
だが、それに気づかないファインは嬉々とした表情で、トレーナーを助手と呼び続けた。
ーーーーーーーーーー
「スペさん。もう一度、坂路コースの周りを調べても良いですか?」
トレセン学園に到着したトレーナーたちは、午前中に合同練習を行ったトレーニングコースを訪れた。現在、このトレーニングコースで練習を行っていたのは、スペシャルウィーク、ミホノブルボン、アイネスフウジン、ウイニングチケット、ナリタブライアン、トウカイテイオー、この六人のウマ娘だった。
「いいですよ! ティアラ、まだ見つからないんですね」
スカーレットのことを心配しているのだろう。
いつも明るいスペシャルウィークの表情は暗い。
「はい。ファインさんもティアラを知らなかったみたいで」
「そうですか……。
でも、きっと見つかりますよ!
ティアラは一人で動いたりしませんもんね!」
「そう、ですね!
すいません。もう一度、お邪魔します!」
「はい! あ、そういえばスカーレットさん。ウオッカさんを見てないですか?」
スペシャルウィークからの思いがけない問い。
一瞬で、スカーレットの表情が曇る。
「あいつが、どうかしたんですか?」
「いえ、用事があるってどこかへ行っちゃったんですけど」
「あのバカ。せっかく昨日……」
「スカーレットさん?」
「あ、すいません。ウオッカは見てないです」
「そうですか。ティアラ、見つかるといいですね!」
「はい。ありがとうございます」
スペシャルウィークに礼を言って、坂路コースへ向かう。
トレーナーは、ウオッカの名前がでたときのスカーレットの反応に、少し違和感を感じる。
ウオッカとスカーレットがライバルであることは、この学園でも有名な話だ。
だが、スカーレットはウオッカの名前がでればいつもあんな反応をするのだろうか? ライバルとはそういうものなのか?
ふとファインが何か反応していないか気になり、トレーナーは横目でファインの顔をうかがった。
だが、ファインに変わった様子はなかった。
ーーーーーーーーーー
坂路コースに着く。
この坂路コースの特徴は、坂であることはもちろん、馬場材にウッドチップが使われていることだ。スカーレットは一度、ウッドチップが目に入り怪我をしたことがあるようで、それからはウッドチップでのトレーニング時にティアラを外すようにしていたらしい。跳ね上がったウッドチップでティアラが傷つかないようにするためだそうだ。
つまり、今回の事件は、坂路トレーニングのために外したティアラを、スカーレットが置いたままにしてしまったこと、が原因だった。
俺たちはウッドチップを掘り返しながら、懸命にティアラを探した。
だが、ここは既にスカーレットが調べている。当然ティアラは……。
「見つからないね」
「名探偵ファイン様、こちらもありません」
「こっちもないな」
「おかしい、絶対ここにあるはずなのに」
探し始めてから三十分。
「そろそろここでトレーニングが始まる時間だ。
一度、整備して引き上げようか」
トレーナーの言葉にファインと隊長が頷く。
だが、スカーレットは下を向いたまま動かなかった。
ーーーーーーーーーー
坂路トレーニングに来たスペシャルウィーク、ウイニングチケット、アイネスフウジンが、練習が終わった後みんなで探してみます、と約束してくれたことにより、ようやくスカーレットは坂路コースを後にした。
「ティアラ、壊れてたらどうしよう」
トレーニングコースから出たスカーレットから、ポツリと言葉が漏れる。
「それは、どういう意味でしょうか?」
隊長が反応する。
「もうティアラはないかもしれない。
粉々になって、ウッドチップの中に紛れちゃったのかも」
「つまり、坂路トレーニングをするウマ娘に踏まれて、跡形も無くなった。ということですか?」
「いくらなんでもそれは……」
ありえない、と言いかけてトレーナーは口を紡ぐ。
実際、坂路コースにティアラは無かった。ウマ娘には、ティアラを粉砕できるパワーがある。今回は合同練習だったということもあり、トレーニングに集中してティアラを踏んだことに気づかなかった、という可能性がゼロではない。
だが、それなら少しくらい、ウッドチップの中からティアラの欠片が見つかってもいいのでは?
そう考えると、ティアラが踏まれたとは到底思えないが……。
「スカーレットちゃんは合同練習が終わった後、まっすぐ自分の部屋に戻ったの?」
重くなった雰囲気を変えるためか、ファインがスカーレットに質問を投げかける。
「いえ。合同練習で上手く走れなくて悔しかったので、大樹のウロに寄りました」
「なっ!? それでは、大樹のウロで落とした可能性が!」
「それはないと思います。私、大樹のウロは使わなかったんです。
その、先約がいたので」
「ふむふむ、なるほど。
坂路コースに忘れていなかったとしたら、ティアラがなくなることもなさそうだね。
やっぱり、ティアラが無くなったのは坂路コースで間違いなさそう。
助手くん。私とスカーレットちゃんの後に坂路コースを使ったのは、誰だったかな?」
トレーナーがポケットから手帳を取り出す。
ページをめくり、今日の合同練習についてまとめたページを開いた。
「エアグルーヴ、メジロドーベル、ニシノフラワー。この三人だな。
その後には、カワカミプリンセスとスイープトウショウも坂路トレーニングをしている」
「ということは、全員がティアラを盗むことが出来た。ということですね」
「そんな!? あの中に盗みをするようなウマ娘なんていません!!」
隊長の発言に、思わずスカーレットが反応する。隊長も「あくまで可能性の話です」とスカーレットを説こうとするが、スカーレットも譲らなかった。
トレーナーは考える。
隊長の言い分はよく分かる。ここまで捜索しても見つからなかった。誰かが盗んだ、と考えるのも自然なことだろう。だが、俺もあのメンバーの誰かが盗みをはたらいたとは到底思えない。
そもそも、ティアラが盗まれたと仮定して、その目的はなんだ? ティアラが欲しかったのか? スカーレットを困らせたかったのか?
思考を巡らせるトレーナーだったが、これといった答えは見つからなかった。
ぐるぐると同じところを巡る考えに、頭がパンクしそうになり、ふと顔を上げる。
すると、ファインと目が合った。
「助手くんは、どう思う?」
スカーレットと隊長が言い争いをする中、ファインの落ち着いた声が静かに響く。
「ティアラは、本当に盗まれたのかな?」
いつも楽しそうに笑っている彼女の面影は、今は無い。
その目はスカーレットを見ておらず、何か違うものを見ているようだった。
トレーナーは、そんなファインを見て、優しく微笑んだ。
「あのメンバーの中に、盗みをするようなウマ娘はいなかったと思うよ。
でも、もし盗んだのだとしたら、早く見つけてあげないとね。
スカーレットの為にも、盗んだ犯人の為にも。
犯人は今、とても後悔してるだろうから」
ファインの目が大きく開かれる。
「そう。……そうだね!
さすがトレーナーだよ!!」
目を輝かせるファイン。そこにはいつもの笑顔が戻っていた。
「うん。そうと決まれば聞き込み開始だね!
さあ、ついてきて助手くん。まずはグルーヴさんから行こう!!」
ファインが元気よく歩き出す。
やはり、ファインはティアラを盗んだ犯人を、見つけてしまった後のことを心配していたようだ。犯人は確実に罪をとがめられ、スカーレットとの関係も悪くなるだろう。それがはたして最善の選択なのか、ファインは悩んでいたのだ。
だが、その悩みが晴れたようでよかった。
やはりファインには、笑顔が一番似合う。
「隊長とスカーレットちゃんも早く。さあ、この難事件を解き明かそう!」
ファインの明るさに面を食らう二人。
トレーナーはそんな二人を気にすることなく、歩みを進めた。
「は、はい!」
「私が目を離した隙に、一体何が?」
トレーナーは隊長に絡まれないよう、ファインの後ろをピッタリとついて歩いた。