生徒会室をあとにしたトレーナー達は、メジロドーベルの部屋がある美浦寮をおとずれた。
「悪いがトレーナーは立入厳禁だよ」
三浦寮の寮長を務めるヒシアマゾンが、トレーナーのまえに立ちはだかる。
「ですよね。すいません」
「残念。作戦は失敗だね」
ファインが考えた、『自然に振るまえばトレーナーも寮の中に入れるかも作戦』。
なんのひねりもないこの作戦は、あっけなく失敗した。
安堵の息を漏らすトレーナー。
失敗して当然。もし成功していたらと思うと冷や汗が止まらない。
ファインのお願いがなければ実行になど移していなかった。
本気で残念がるファインの隣では、同じく安堵の息を漏らすスカーレットと、待ってましたといわんばかりに胸をはる隊長がいた。
「フフフッ。残念でしたね、トレーナーさん。どうやらあなたの出番はここまでのようです。
さあ! 名探偵ファイン様。真の助手である私と共に、この難事件を解き明かしに行きましょう!!」
トレーナーがファインの側から離れるのがよっぽど嬉しいのか、珍しく尻尾を大きく振る隊長。
トレーナーは、こんなに生き生きとした隊長を見るのは初めてだった。
ここで隊長の機嫌を取っておくのも悪くない。
「隊長、ファインを任せましたよ!」
「ふっ。言われるまでもありません」
「何言ってんだい。ウマ娘寮は寮生いがい立入禁止だから、あんたも入れないよ」
「……へ?」
ヒシアマゾンの唐突な言葉に、思わず動きが止まる隊長。
「特別な事情、もしくは生徒会の許可証がないとダメだ。
それに、ファインも日頃、寮内はボディガードなしで生活してるじゃないか!
ヒシアマ姐さんは甘かぁないからね。規則はしっかり守ってもらうよ!!」
「そ、そんなぁ!?」
トレーナーは半泣きになりながらヒシアマゾンに許可を求める隊長を横目に、コーヒーとニンジンジュースを求めて自動販売機へと歩き出した。
ーーーーーーーーーー
「隊長さん、あのままおいてきて大丈夫でしたか?」
隣を歩くスカーレットが不安を露わに訊いてくる。
「トレーナーがいるから大丈夫だよ」
笑顔でこたえるファイン。
ファインは知っていた。隊長とトレーナーが、実は仲がいいことを。
一度だけ、二人が話しているところを見たことがある。何を話しているのかわからなかったが、二人はとても盛り上がっていた。あれほど饒舌に話す隊長は、私もあまり見たことがなかった。
私は嬉しかった。隊長とトレーナーが仲良しだと知って。
でも、あのとき少しだけ胸がモヤモヤしたのはなんだったのだろう。初めての感情。でもそれはよくない気がして、私は今も、それを胸の奥底にしまっている。
「ドーベルさんの部屋はここですね」
頼りになるウマ娘の情報によると、ドーベルは今、自室にいるらしい。
相部屋のタイキさんは、トレーナーとショッピングに出かけているらしく、今はいない。
できれば、ドーベルが合同練習の後なにをしていたか、タイキさんに聞きたかった。
でもしょうがない。それは、ドーベル本人に聞いてみよう。
ファインは頭の中に浮かんでいる考えをあらためて整理して、ドアをノックする。
「はい!」という返事の後、少しバタバタと音がして、数秒後、ドアが開いた。
「ファインにスカーレット。どうしたの?」
白を基調とした私服姿に着替えたメジロドーベルが顔をだした。
「少し聞きたいことがあって。ドーベル、この後出かけるの?」
「うん。あと少し作業を終わらせたら出かけるつもり」
「その服、とっても似合ってます」
「あ、ありがとう。スカーレットもその髪型、似合ってるよ。
それで、要件は何?」
ファインとスカーレットがこれまでのことを話す。
ティアラがなくなったこと。ファインがティアラ探しに協力していること。生徒会室を訪れ、エアグルーヴと話したこと。
「グルーヴさんがティアラを置いてから、模擬レースが終わるまでの間にティアラがなくなった、と思ってるんだ。ドーベルは、荷物置き場でティアラを見なかった?」
静かに相づちを打っていたドーベルが頭をひねる。
練習や模擬レースならすぐに思い出せるだろうが、いま知りたいのは休憩時間のことだ。
ぱっとでてこないのも当然だろう。
ファインとスカーレットは、黙ってドーベルの答えを待った。
この答えで、ティアラが見つかる可能性はぐっと変わってくる。
「アタシは……」
ーーーーーーーーーー
「殿下は小さい頃から走ることが本当に大好きで、よく姉君と一緒に中庭を走っておられました」
ニンジンジュース片手に、まるで自分の自慢話でもしているかのように、楽しげに話す隊長。
「簡単に想像できるよ。ファインはいつも楽しそうに練習をしているからね。フジのヤツが門限ギリギリでも、注意するのをためらっちまうっていってたよ」
「いつもすいません」
「ふふっ。さすが殿下です」
トレーナーと隊長、そしてヒシアマゾンは、ファイン達と分かれた後、寮の前で各々ファインの思い出を語り合っていた。
あの時、寮の前でみっともなくごねていた隊長は、「そういえば、ファインは寮でどんな生活をしてるんですか?」というトレーナーがヒシアマゾンへ投げかけた質問で、またたく間に正気に戻った。
トレーナーと隊長が全く知らない、ファインの日常。
ヒシアマゾンもおとなしくなった隊長を見て、トレーナーの意図を察したのか、快く話してくれた。
「ファインはよく、寮でパーティーを開いてくれるよ。今、寮で行われている『地元特産物パーティー』や『闇鍋ティータイム』もファインが始めたものだしね」
「「地元特産物パーティー? 闇鍋ティータイム?」」
「ああ。『地元特産物パーティー』は、ファインが祖国からの誕生日プレゼントを分けてくれたことがきっかけで始まってね。あの時は、贈り物の量が多すぎて急遽パーティーになっちまったのさ。残してしまうくらいなら、みんなで食べた方が送ってくれた人たちもきっと喜ぶ、ってね。たしか、ソーダなんちゃらに、ほにゃららロール、なんとかケーキに、ラム肉。他にもいろいろあったねぇ」
「ソーダブレット、フィグロール、ジャファケーキ、ですね」
「そうそう、それだ。あと『闇鍋ティータイム』。まあ、ただの闇鍋なんだが、あれはヤバかったね。一回目はファインがブラックプディングを入れたから、異臭騒ぎで大変だったんだ。まあ、二回目からはアタシも参加してるから、安全に楽しくやってるよ」
「そういえば、ファインがヒシアマさんのつくる料理が美味しくて、パーティーがとっても楽しくなったって言ってました。とっても感謝してるって」
「いやいや、感謝してるのはアタシの方さ。アタシはフジみたいにサプライズが得意じゃないし、パーティーの企画なんて全然できないからね。だから、美浦寮を巻き込んだパーティーや企画をしてくれるファインのおかげで、美浦寮のみんなも寮生活を楽しんでくれるようになったのさ」
ヒシアマゾンの言葉に、隊長が大仰に頷く。
たしかに、ファインには人を巻き込む力がある。それはきっと、ファイン自身がいつも全力で楽しんでいるからだろう。巻き込まれているはずなのに嫌な気にならないのは、ファインの天真爛漫な性格ゆえか。
「そういえばトレーナーさん。あんた、ファインの父親とタイマンしたんだって?」
知らぬ間にトレーナーの隣に移動したヒシアマゾンが、肘でトレーナーの腕を小突く。
「こんなすぐに折れそうな腕で。やるじゃないか!
やっぱり、トレセン学園のトレーナーはひと味違うねぇ!!」
眩しい笑顔を見せるヒシアマゾン。
その言葉に、トレーナーは苦笑いしか返せなかった。
この話題はファインのトレーナーになってから何度もしてきた。
『トレセン学園のトレーナーは普通じゃない』。合格倍率が異常なことにくわえて、トレセン学園のトレーナーに変わった人が多いからか、URA界隈ではこの噂が流れていた。
そして、その普通じゃないトレーナーの中に、ファインのトレーナーはもれなく入っていた。
たしかにトレセン学園のトレーナーには、謎の光を放ったり、ウマ娘のドロップキックを受け止めたりするトレーナーがいる。だが、あの人たちは例外だ。一緒にしてもらっては困る。
「あの時のトレーナーさんは凄かったですよ。
私には、立っているのもやっとの状況でしたから」
「本当かい!?
お前さん、見かけによらず凄いんだねぇ」
急に、ヒシアマゾンがトレーナーの右腕を持ち上げる。
どうやら、筋肉のつき具合を確認しているようだ。「こんなに細いのにねぇ」と言いながら、トレーナーの身体のチェックを始めた。
当然、トレーナーに筋肉なんてものはないのだが、胸筋に触れたヒシアマゾンの「なんだい、これ! こどもかい!?」という言葉には、さすがのトレーナーも心に傷を負った。
「トレーナー?」
ヒシアマゾンが左腕のチェックを始め、隊長がファインを護るためには強靱な肉体が必要不可欠、と論じ始めたときだった。
聞きなれた声が聞こえて、トレーナーはぱっと顔を上げる。
そこには、ドーベルから話を聞き終え、寮から出てきたファインとスカーレットの姿があった。
「ファイン。ドーベルから話は聞けたか?」
やっとこの状況から解放される。
ほっと息をつき、トレーナーはファインに声をかける。
だが、珍しいことにファインから返事がない。
よく見ると、ファインの視線はトレーナーの左手に集中していた。
「……ニンジンジュース、飲むか?」
「……うん! ありがと、トレーナー!!」
ーーーーーーーーーー
「私までありがとうございます」
深々と頭を下げるスカーレット。
礼儀正しい子だな、とトレーナーは思う。
「全然大丈夫だよ。それで、何かいい話は聞けたか?」
トレーナーがファイン見る。
その時だった。
「わかったんです!」
急に響いた快活な声に驚くトレーナーと隊長。
意外にも、その声を出したのは、今日あまり元気がなかったスカーレットだった。
「何がわかったんですか?」
隊長がスカーレットに問いかける。
スカーレットは大きく息を吸い込み、吐き出した。
「犯人がわかったんです!!」