犯人がわかった。
スカーレットが発したその言葉は、またたく間にトレーナーの脳内を支配した。
犯人がわかった。ということは、ティアラを盗んだものがいる、ということか。
濃厚なのはまだ聞き込みをしていない、カワカミプリンセス、スイープトウショウ、ニシノフラワー、この三人のウマ娘。いや、ドーベルがティアラを見ていないと発言したならば、エアグルーヴの可能性もゼロでなくなってくる。
だが、簡単にバレる嘘をあのエアグルーヴがつくだろうか。
そもそも、彼女はティアラの件でスカーレットに頭を下げていた。そんな彼女が、本当に盗むようなまねをするのか?
「犯人は誰なんですか?」
隊長が再度、スカーレットに問いかける。
スカーレットの表情は明るい。
そのことに、少し違和感を覚える。
「犯人は……」
トレーナーの頭の中で、合同練習にいたウマ娘たちの顔が浮かんでは消えた。
本当にこの中に犯人がいるのか?
何かの間違いじゃないのか?
目まぐるしく回る思考から、答えを絞り出そうとするトレーナー。
だが、どの答えも納得がいかなかった。本当に犯人がいるのか、この疑問が頭から離れない。
そんなトレーナーをよそに、スカーレットが自信満々に答えた。
「猫です!」
スカーレットの答えに、思わず「あっ!」と声がもれるトレーナー。
「猫?」
「はい! 犯人は猫だったんですよ!!」
隊長に向かって一歩踏み出すスカーレット。
「私のティアラを盗んだのは、猫だったんです!」
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「グルーヴさんがティアラを置いてから、模擬レースが終わるまでの間にティアラがなくなった、と思ってるんだ。ドーベルは荷物置き場でティアラを見なかった?」
静かに相づちを打っていたドーベルが頭をひねる。
ファインとスカーレットは、黙ってドーベルの答えを待った。
「アタシは……」
スカーレットがツバを飲みこむ。
「見てない、かな。水分補給をしただけだから、あまり覚えてないけど」
これはよくない。ファインは思った。
頭の中のティアラが少しずつぼやけていく。
スカーレットちゃんの荷物は一番手前にあった。荷物置き場を訪れれば、誰もが必ず目に入る位置。そんなところにティアラがあれば、注視していなくても気づくだろう。でも、ドーベルは見ていないという。
ドーベルが見ていないとなると、ティアラの捜索が一気に難しくなった。
あの段階でドーベル以外、まだ誰も荷物置き場を訪れていない。それなのになくなったティアラ。この状況では容疑者は一人だけ。そう、ドーベルだ。でも、ドーベルが盗んだとは、私は思えない。
「そんな。どこいっちゃったの、私のティアラ」
荷物置き場に置かれたティアラ。
その荷物置き場を訪れることができたのは、合同練習をしていたウマ娘だけ。
トレーナーたちは常に、コースレーンの側にいた。模擬レースをみにきたウマ娘たちが、荷物置き場を訪れることもない。
無理矢理おとずれたとしても、目立ちすぎる。生徒会で目撃情報を集めれば、すぐにバレてしまうだろう。
そう。誰もあそこを訪れることはできない。
合同練習をしていたウマ娘以外は、不可能だ。
やっぱりドーベルが犯人……。
……あれ?
なにか違和感を感じて、ファインはもう一度、考えを整理する。
ウマ娘以外? 不可能?
……もしかして。
「ねえ、ドーベル。その時、近くに何かいなかった?」
「何かってなんですか? まさか、私のティアラは幽霊に持っていかれたって言うんですか!?」
頭を抱えるスカーレット。
「そんなこと、ありえないですよ」
「たぶん……、いたと思う」
「えっ!?」
ファインは静かに目を閉じた。
「アタシが荷物置き場に行ったとき、茂みがガサガサッて動いたような気がしたの。しかも、誰かに見られているような感覚がずっとして。だからアタシ、怖くて水分補給をした後、すぐにそこから離れた」
ということは、犯人は。
「まさか、不審者が犯人!?」
「その可能性もあると思うけど、私は猫だと思うな」
スカーレットとドーベルの声がそろう。
「「それだ(です)!!」」
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スカーレットがメジロドーベルとの会話をトレーナーと隊長に伝える。
トレーナーは自分の頭の悪さに、思わずため息がこぼれた。
このティアラ探し、最も難解だったのは犯人の動機だった。
なぜ犯人はスカーレットのティアラを盗んだのか、もしくは盗まなければならなかったのか。
容疑者だった合同練習をしていたウマ娘たちは、スカーレットのことを嫌っているようなそぶりを見せなかったし、ティアラを狙う様子もなかった。
何度も言うが、俺はあの中の誰かがスカーレットのティアラを盗んだとは到底思えなかった。
だからわからなかった。犯人の動機が。動機さえわかれば、ティアラを見つける糸口がつかめると思っていたのに。
だが、その考え方が間違っていた。元から、犯人に動機なんてなかったのだ。
ただそこにあったティアラをとっただけ。ただそれだけ。
瞬く間にクリアになる視界。
ならば、次に向かうのは……。
「ニシノフラワーか」
「さすが助手くん。正解だよ」
ファインは振り向き、人差し指をピンと伸ばした。
「な、なにが、ニシノフラワーなんでしょう?
殿下は当然として、トレーナーもわかっているというのに。
くっ。まだ、私に助手の地位は早いというのか」
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トレセン学園内にある花畑。
そこは美化委員や有志のウマ娘たちが管理する、多くのウマ娘が癒やしを求めて訪れる場所。白、赤、黄色。色とりどりの花が咲きほこるその光景はまさに絶景で、花畑と道をつなぐなだらかな坂では、ひなたぼっこをするウマ娘や人がよく見られた。
そんな花畑を一望できる道。なだらかな坂とつながるこの道が途切れた先の、舗装されていない地面を更に進むと、突然、大きな木が一本現れる。
そこに、ニシノフラワーはいた。
ファインの言うとおりだ。
ファインは、頼りになるウマ娘がいるんだ、と言っていた。
そのウマ娘曰く「推しウマ娘ちゃんのスケジュールは、全て頭に入っているのがオタクの常識」なのだそうで、だいたいのウマ娘の現在地がわかるらしい。
ちょっと怖いな、と思ったが協力してくれているのだ。優しいウマ娘なのだろう。
「すみません。私もティアラは見てません」
これまでのことをニシノフラワーに説明して、一応、ティアラを見ていないか聞いてみる。
返ってきたのは、予想通りの答えだった。
「スカーレットさんの髪型がいつもと違ってびっくりしました。そんな事情があったんですね。
エアグルーヴさんが荷物置き場にティアラを移動させたことは覚えてます。でも、私もティアラのことを今まで忘れていたので、その後のことはあまり覚えていません」
「模擬レースで頭がいっぱいで」と言うニシノフラワーに、ファインとスカーレットが首を大きく縦に振った。
今日行われた模擬レースは、芝二千の内回り。
逃げたスカーレットを追う形で、ファインとフラワー、その後ろに、ドーベル、グルーヴ、カワカミ、最後方をスイープという形でレースがスタート。序盤、中盤と激しい位置取りが繰り広げられ、第四コーナーカーブで各ウマ娘がいっせいに仕掛ける展開となった。逃げるスカーレット。だが、一人、また一人と、スカーレットを置き去りにゴールへと駆けていく。最終直線の熾烈なデッドヒートが終わった頃には、みにきたウマ娘たちはみな、自然と歓声をあげていた。
「みなさんとても速くて、ついていくのが精一杯でした」
「そんなことないよ。フラワーちゃんも速かったよ」
「私なんか、みんなに置いてかれて」
模擬レースを思い出したのか。
明るさを取り戻していたスカーレットの表情が、また、みるみると暗くなっていく。
「今日は調子悪かったね。
何かあったの?」
「な、何もないですよ」
両手を体の前で左右に振るスカーレット。
その動作が、トレーナーには少しぎこちなく感じた。
「フラワー、何かあったの?」
レースの話で重くなった空気が、急に脳天気な声で切り裂かれる。
大きなあくびをしながら、木の陰からセイウンスカイ顔を出した。
トレーナー達がここにきた目的。それは、猫に詳しいセイウンスカイに会うことだった。
頼りになるウマ娘曰く、今日の模擬レースで負けてしまったニシノフラワーをセイウンスカイが慰めているだろう、ということだった。更にそのウマ娘曰く、ニシノフラワーと話していれば協力してくれるかもしれない、ということだった。
ここまで正確だと恐ろしいな。
トレーナーは、後でファインに気をつけるよう言っておこう、と心の中で誓った。
先ほどまで芝生の上で寝ていたセイウンスカイ。
彼女はまたも大きなあくびをしながら、スカートについた芝をはらう。
「スカイさん。もしかして、起こしちゃいましたか?」
「いやぁ~、全然大丈夫だよ。うたたねだったからね。
それより……ずいぶん長く話してるけど、どうしたの?」
セイウンスカイがフラワーの隣に立つ。
あまりに自然な動きに、思わず感心してしまうトレーナー。
ふと、視線を感じて顔をあげる。
そこには、いつの間にかファインの斜め後ろのポジションを確保した、ドヤ顔の隊長がいた。
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「なるほど。それでティアラを探してるんだ」
フラワーの説明を聞いたセイウンスカイが、一人頷く。
「ティアラならあるよ」
「本当ですか!?」
スカイの言葉に、フラワーの表情がキラキラと輝く。
「うん。はい、フラワー。
目、つむって」
「は、はい」
疑うことなく瞳を閉じるフラワー。
それを見たセイウンスカイは満足そうに微笑むと、フラワーのピンと伸びた耳に当たらないよう、少しずつフラワーの頭にティアラを近づけていく。
手を離すセイウンスカイ。
「もういいよ」という言葉で、フラワーは目を開け、自分でティアラの位置を整える。
そこにあったのは、ティアラではなくシロツメクサで作られた純白の花冠だった。
「ス、スカイさん。これはティアラじゃないですよ」
「あれ~、セイちゃん間違えちゃった」
微笑みあうスカイとフラワー。
これは……邪魔できない。
この空間をけがしてはいけないと、トレーナーの中で何かが警告をあげる。
ファインとスカーレットも同じように感じたのだろう。
皆、あたたかい目で二人を見まもっていた。
ただ一人を除いて。
「セイウンスカイ様。そのニシノフラワー様の頭に乗っているものの作り方、わたしに教えていただけないでしょうか。殿下ならきっと、世界一似合うと思いますので」
さすが隊長。
いつでもファインファーストのその姿勢、憧れる。