みんなと別れたファインと隊長。二人は猫の隠し場所に着くと、身を屈めてティアラを捜索した。トレーニングコースから最も近い場所だ。
茂みをかき分けながら探す二人。といっても、何か危険があるかもしれないので、二人の距離は近い。隊長はすぐにファインを守れる位置で捜索を続ける。
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探し始めてから十分が経過しようとしていた。
カサカサと葉がこすれる音。
ファインの目の前の茂みがかすかに揺れ動く。
「ニャゥ」
「わぁ! かわいい!!」
茶色い毛に黒い縦模様が入ったトラ猫が茂みから顔を出す。トラ猫はファインに向かってまっすぐ近づくと、ピンと伸びるヒゲが生えた頬を、ファインの足にこすりつけた。どうやらこのトラ猫は、ウマ娘馴れしているようだ。ファインも優しい手つきでトラ猫の頭を撫でる。
隊長はこの光景を目に焼き付けながら、ファインがトレーナーと共に迷子の猫の飼い主を見つけた話を思いだしていた。
これで私も殿下との猫エピソードができた。
隊長は、あとでこのことをトレーナー様に自慢しよう、そう心に固く誓った。
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ティアラは無かった。
トレーナーとスカーレットは一言も会話することなく、集合場所であるトレーニングコースへむけ、歩みを進める。
何度かトレーナーはスカーレットに声をかけようとしたが、スカーレットの落ち込みようが激しく、口を塞ぐしかなかった。スカイから一番確率が高いと聞いていた分、ダメージも大きい。他の場所にあるかも、と軽々しく言える雰囲気ではなかった。
トレーニングコースに到着する。
スカイとフラワー、ファインと隊長の姿が見える。しかし、誰もティアラを持っていなかった。
「トレーナーさんとスカーレットさんのところにもなかったんですね」
フラワーの言葉にスカイが続ける。
「この三カ所にないとなると、私もわからないなぁ。
犯人は本当に猫なの?」
「猫が犯人である証拠はないです。
でも、猫以外考えられません」
スカーレットの答えに、皆、口を閉ざす。
スカイも、フラワーも、ファインも、隊長も、そしてトレーナーも、誰もスカーレットに声をかけることができなかった。ただただ過ぎていく時間。短くて、でもとても長い静寂が、場を包み込む。
「あれ? スカーレットじゃねぇか。
こんなところで何してんだ?」
突如響いた声。
「ウオッカ!?」
トレーニングコースの反対側から現れたウマ娘。
泥だらけのジャージを身に纏ったそのウマ娘は、足を止めスカーレットの前で立ち止まる。
「って、こんな大勢で。
皆さんどうしたんすか?」
現れたのは、スカーレットのライバルであり同室のウオッカだった。
ウオッカはスカーレットの後ろにいた俺たちを見て、驚きを露わにする。
そんなウオッカに、スカーレットが詰め寄っていく。
「そんなことどうでもいいでしょ!
それよりアンタ、今までどこ行ってたのよ!?」
「あ!? なんだよ。お前には関係ないだろ!」
負けじとウオッカもスカーレットに向かって一歩踏み出す。
だが、スカーレットも怯まない。
「あるわよ! せっかくの合同練習でしょ!!
しっかりしなさいよ!!」
「うるせえなぁ。お前こそ、合同練習ボロボロだったじゃねぇか!」
一瞬で喧嘩になってしまった。
「は、はぁ!? ボロボロじゃないわよ! ちょっと調子が悪かっただけよ!!」
「へぇ。レースも調子が悪けりゃ負けてもいいってか?」
「う、うるさい! 練習をサボるようなやつに言われたくない!!」
「な!? サボってねぇよ!!」
周りの視線を気にすることなく、声を張り上げるスカーレットとウオッカ。
当然注目は集まり、通りを歩いていたものから、談笑していたもの、挙げ句にはトレーニングをしていたものまで。多くのウマ娘と人が、二人を囲むように集まってきた。
しかし、言い争いは激化するばかり。
あまりに急な展開に、トレーナー達はただただ二人を見守ることしかできなかった。その間にも、二人の言い争いはさらに白熱し、人だかりがどんどん大きくなっていく。
「おい、これは一体どういう状況だ?」
そんな中、人混みをかき分け、一人のウマ娘が姿を現した。
長い髪を一つにくくり、一本の枝をくわえたウマ娘。
そのウマ娘の登場で、スカーレットとウオッカの口が一瞬で塞がった。
そのウマ娘は、トレセン学園生徒会副会長でありシャドーロールの怪物と恐れられる、ナリタブライアンだった。
「手短に説明しろ」
ナリタブライアンが鋭い視線を飛ばす。場に緊張が走る。
スカーレットとウオッカは、申し訳なさそうに互いに視線を合わせた。
「なんだ。いつものやつか」
大きなため息を吐くナリタブライアン。
だがすぐに顔を上げると、
「お前らも暇してないで散れ。
これ以上騒ぎを大きくして、女帝様の仕事を増やすな」
興味本位で集まったウマ娘と人に睨みをきかせた。
ナリタブライアンに逆らえるものなどおらず、膨れ上がっていた輪は泡のように一瞬で消えてなくなっていく。
ナリタブライアンの視線がトレーナー達を捉える。ちりぢりと散っていく群衆の中、動かないトレーナー達を不思議に思ったのだろうか。だがすぐに、どうでもいいというふうに、ナリタブライアンはトレーナー達から目をそらした。
「それで、今日はどうしたんだ?」
群衆が完全にいなくなった頃、ナリタブライアンがスカーレットとウオッカに声をかける。
先ほどとは打って変わって、少し柔らかい口調だ。
「そのー。今回もたいしたことじゃないんですけど……」
「ブライアンさん! ウオッカにひとこと言ってやってください!!
合同練習に遅れるなんてありえないですよ!!」
間髪入れずスカーレットがまくし立てる。
トレーナーは右手に着けた腕時計を確認する。時刻は午後三時半。
たしかに、昼に始まった合同練習に対して、この時間はいくらなんでも遅すぎる。ウオッカに何か事情があったのだろうか。真相はわからないが、ナリタブライアンもさすがに激怒しているだろう。
しかし、返ってきたのは意外な答えだった。
「ああ、そのことか。それならウオッカから理由を聞いている。
遅れた理由は言えないが、私が了承した。それで納得してくれないか?」
諭すように、優しくスカーレットに答えるナリタブライアン。
予想外の回答に、スカーレットは驚きを隠せない。しかし、さすがのスカーレットもナリタブライアンの言葉には素直に頷くようだ。
「そ、そういうことなら」
まだ完全に納得していないようだったが、肩を丸めスカーレットは一歩身を引く。しかし、鋭い視線はウオッカを捉えて離さない。
ナリタブライアンはそれに気づいていたようだが、スカーレットを見て静かに頷くと、トレーニングコースへ向けて歩き始めた。
「ウオッカ。遅れた分、取り戻すぞ!」
「は、はい! ブライアン先輩!!」
元気のいい返事と共に、ウオッカがナリタブライアンを追ってトレーニングコースへ走って行く。
スカーレットはそんな二人を、複雑な表情で見送っていた。
『ピロリロリ~ン』
突如、スマホの着信音が鳴り響いた。
「うわっ!? すいませ~ん」
どうやらスカイのスマホのようだ。
スカイはスマホをポケットから取り出すと、皆から距離を取るため駆けていく。
静寂が場を包み込む。
「ス、スカーレットさん。もう一度ティアラを探してみましょう」
「……はい」
精一杯の笑顔で優しく声をかけるフラワー。
だが、スカーレットの表情はうかないままだった。
頼みの綱であった猫の隠し場所にティアラは無く、ウオッカとも言い争いになったスカーレット。重なる不幸に、彼女はだいぶダメージを負っているようだった。気分が沈むのも、当然といえる。
トレーナーはもう一度、ティアラの行方に思考を巡らせる。
ティアラは一体どこへいってしまったのか? 猫が犯人でないとなると、容疑者はやはり合同練習を共に行った五人になる。話してみてニシノフラワーはティアラを盗んだ可能性は低いと感じた。なにより、休みの時間を割いてまでティアラ探しを協力してくれる時点で、犯人の可能性は薄いだろう。エアグルーヴも嘘をついていると思わなかったし、メジロドーベルも犯人なら荷物置き場で視線を感じたというあいまいな証言は残さないだろう。
そう考えると、残った聞き込みを行っていないカワカミプリンセスとスイープトウショウが、犯人である可能性が最も高い。だが……。
「皆さんちょっといいですか?」
通話を終え戻ってきたスカイが、突然、大きな声を張り上げた。
皆の視線が、自然とスカイへ注がれる。
「カワカミさんが行方不明だそうです」