「カワカミさんが行方不明だそうです」
皆の口がポカンと広がる。
誰もその言葉の意味を、すぐに理解できなかった。
「カワカミちゃんが……行方不明??」
「カワカミプリンセス。今日の合同練習でゲートを壊したウマ娘ですね」
隊長の言葉に頷くファイン。
状況を理解したフラワーの顔が、どんどん青くなっていく。
「ど、ど、どうしましょう!?
カワカミさんが行方不明だなんて!!」
「あぁー、行方不明と言っても……」
「不審者だ!!」
大きな声にビクリと肩を震わすフラワー。
叫んだのは、スカーレットだった。
「カワカミ先輩は不審者にさらわれたんですよ!
きっとそうです!! そして、その不審者が私のティアラも……」
スカーレットは続けてブツブツと何か呟くと、
「私、不審者を捕まえてきます!!」
と言って、おもむろに駆けだした。
あまりの急展開に固まる一同。
スカーレットの姿は、あっという間に見えなくなった。
ーーーーーーーーーー
「行方不明といっても、キングの早とちりですよ」
残されたメンバーに、スカイがカワカミプリンセスの行方不明について説明する。
「キングがカワカミさんとお茶会の約束をしていたらしいんですけど、カワカミさんが約束の時間になっても現れなかったようで」
「それは、行方不明なのでは?」
「でも、約束の時間から、まだ十分しか経ってないんですよ」
「十分!?」
予想外の答えに思わず声が出るトレーナー。
十分遅れただけで行方不明と判断するのは、さすがに早すぎる。
「ほんと、キングは心配性なんだから」
やれやれといった様子でため息をこぼすスカイ。
だが意外にも、彼女はカワカミの捜索に前向きだった。
「まぁ、珍しいキングの頼みですからね。
杞憂だと思いますが、カワカミさんを探してみます」
「そ、それなら私も。
本当に行方不明の可能性もありますし、カワカミさんはティアラを見たかもしれません。
それに、スカーレットさんも心配なので」
「たしかに。なんだか周りが見えてなかったような……。
でも、いいの? フラワー、せっかくの休みなのに」
「はい! スカイさんにはいつもお世話になっているので!
一緒にカワカミさんを探しましょう!!」
スカイの顔が固まる。
だが、すぐにいつもの柔らかい表情に戻ると、スカイはフラワーの頭を優しくなで始めた。
「ス、スカイさん!?
みんな見てますよ! スカイさん!!」
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スカイとフラワーはカワカミの捜索、ファインたちははぐれたスカーレットと合流、という形で話がまとまり、トレーナーたちはスカイ、フラワーと別れた。
「うーん。電話はつながらないね」
ファインがスマホをポケットの中に戻す。
スカーレットは未だ気が動転しているようだ。何度かかけ直したファインの電話がとられることはなかった。
「殿下、学園にいるSPにスカーレット様とカワカミ様を見つけ次第、連絡するよう指示を出しても構わないでしょうか?」
「ありがとう、隊長。よろしくお願いします」
隊長は頷くと、携帯を片手にファインとトレーナーから離れた場所へ移動した。
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前の道を、買い物帰りの二人のウマ娘が「ウェイ、ウェーイ!」と叫びながら駆けていく。後ろからは、トレーニングコースで練習するウマ娘のかけ声が聞こえてきた。
いつもと変わらない風景。
トレセン学園の、穏やかな日常。
「助手君、ティアラは、今どこにあると思う?」
ファインの翠色の瞳が、トレーナーを捉える。
トレーナーは、この瞳に見覚えがあった。まっすぐで、でもどこか違うところを視ているような、儚さを感じる瞳。まだ、ファインがレースを憧れとして見ていた、あの瞳。
「わからない。学園内にはあると思うけど」
トレーナーは顎先に指を這わせ、思考を深めた。
荷物置き場から姿を消したティアラ。しかし、合同練習に参加したメンバーは、荷物置き場でティアラをだれも見ていないという。そこから考えられるのは、犯人がメンバー以外のものであること、もしくは、だれかが嘘の証言をしていること、この二つだった。
だが、どちらの考えも、ティアラの居場所にたどり着きそうにない。
視線を上げると、ファインと目が合った。
ファインは、儚さを感じさせる瞳のまま、仄かに笑った。
もしかしてファインは、ティアラがどこにあるのか突きとめたのか。
なぜか、そんなありえない考えが、トレーナーの頭をよぎった。
「見つけたぜ~~~~!!!!」
突如、背後から響いた叫び声。
あまりに大きな声に、思わず肩をビクリと振るわせ、トレーナーは振り返る。
突然、視界は真っ黒に染まり、トレーナーは身動き一つとれなくなった。
「トレーナー!?」
ファインの呼ぶ声が聞こえる。
だが、なぜか聞き取りづらい。
「お前のトレーナー、少し借りてくぜ!!」
微かに聞こえる、謎の人物が発する声。
直後、トレーナーの足が地面から離れた。
「よっしゃ、いくぞ~~~!!!」
それからは、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような、されるがままに振り回される感覚が数分間、トレーナーを襲った。
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隊長は、SPメンバーに指示を出しながら、考える。
ティアラを盗んだ犯人は、いったい誰なのか。猫が犯人である可能性は低くなった。ならば、考えられるのは、殿下とスカーレット様を除く、合同練習に参加していた五人のウマ娘だろう。ティアラを移動させたと話したエアグルーヴ様は、犯人ではないだろう。フラワー様が、彼女が移動させる姿を見ているのだ。もし、彼女がティアラを盗む気ならば、そんな失敗はおかさない。誰にも見られないようティアラを移動させ、ティアラを見なかったと嘘をつくはずだ。
やはり、犯人の可能性が高いのは、エアグルーブ様のあとに荷物置き場を訪れた、ドーベル様か。彼女が盗んだのであれば、フラワー様がティアラを見なかったことにも説明がつく。では、なぜ彼女はティアラを盗んだのか。
「……隊長、聞こえていますか、隊長!」
聞き慣れない声量に、思わず携帯を耳から遠ざける。
内に閉じ込めていた思考が、解放される。
「すまない。少し考え事をしていた」
「珍しいですね。携帯が壊れでもしたのかと思いましたよ」
携帯の向こうから、自身の冗談でクスクスと笑うSPの声が聞こえてきた。
携帯が……、壊れる。
なるほど、そういうことか。
「フフフッ」
これならば、彼女がティアラを盗んだ説明がつく。さらに、それを皆に隠していることも。彼女は、このあと出かける予定があると、スカーレット様が言っていた。合同練習で疲れた身体でも、彼女は出かけざるをえなかった。そう、彼女は……。
「隊長、どうかなさいましたか?
……もしかして、本当に壊れちゃいました??」
「いや、なんでもない。
先ほどのとおり、捜索をたのむ」
「はっ!」
「それと、もう一つの件も頼む」
「任せてください!!」
頼りがいのある返事を聞いて、隊長は電話を切った。
この推理を、早く殿下に披露したい。
だが、この推理はまだピースが揃っていない。カワカミ様とスイープ様の話を聞かなければ。推理に間違いがなければ、どちらも同じ答えが返ってくるはずだ。
はやる気持ちを落ちつかせ、隊長はポケットの中に携帯をすべり込ませる。
この事件を解決すれば、殿下の助手はトレーナーから私に……。
ファインが驚き、そして自分を褒め称える姿を想像する。
助手の座は、もう目の前だ!
隊長は緩む頬にビシッと喝をいれ、身体を反転させた。
そして、ファインとトレーナー、二人に向かって一歩ふみ出した。
はずだった。
しかし、そこにトレーナーの姿はなかった。
代わりに、足のはえた大きな麻袋を抱える芦毛のウマ娘が、全力で走り去る姿が見えた。