「よーし! やっと着いたぜ!!」
その声とともに、トレーナーは久方ぶりの地面を踏みしめる。
未だ視界は暗いまま。底知れぬ不安と恐怖がトレーナーを襲っていた。
「うーん。ひじき煮にすっか、きんぴらにすっか悩むなぁ」
目の前で誰かがしゃべっている。
「でもマヨネーズも捨てがたい」
一体、何を悩んでいるのだろう。
「あ、忘れてた」
突然、明るくなる視界。周りは木々だらけで、場所の特定が出来ない。
めまいと若干の吐き気をもよおすトレーナーをよそに、目の前のウマ娘は満足げに微笑んだ。
「よぉ! ファインのトレーナー。
お前に訊きたいことがあるんだ」
訊きたいことがあるだけなら、さらう必要は無かったんじゃないか。
トレーナーは目の前に立つウマ娘を見て、口から出かけた言葉を飲みこんだ。
トレセン学園に関わるもので、このウマ娘を知らないものはいない。
黙れば美人、喋ると奇人、走る姿は不沈感。その名もゴールドシップ。
あの生徒会が手を焼く存在であり、トレーナー間でも要注意人物の一人にあげられているウマ娘だ。彼女の逸話に底はなく、ゴールドシップに担当ウマ娘の併走を頼んだあるトレーナーが、なぜか一日中潮干狩りをするはめになった話や、合同練習で一人、将棋を指し始めたかと思うと、模擬レースでぶっちぎりの一位をとった話は、トレーナ間でも有名だった。
触らぬゴルシに祟りなし。このことは、トレーナー間の暗黙の了解になっている。
「ヒシアマが言ってたんだが、お前、ダイオウイカとタイマンしたって本当か!?」
あふれんばかりの笑顔で尋ねてくるゴールドシップ。
意味の分からない質問に、トレーナーの思考は一瞬でフリーズした。
「一度戦いたいと思ってたんだよなぁ、ダイオウイカ。
なぁ、やっぱりイカスミはうまかったか!?」
ダイオウイカ? イカスミ?
このウマ娘は、いったい何を言ってるんだ??
「なに黙ってるんだ?
ここはゴルシちゃんしか知らねぇシャイニング泥団子を作る場所だから、誰にも聞かれることはねぇぞ。
ほら、早く教えてくれよ!」
シャイニング泥団子??
どうしよう。彼女の言動が一ミリも理解できない。
しかもここは、ゴールドシップしか知らない場所なのか?
つまり、助けは期待できない!?
いや、スマホで連絡をとれば……。
トレーナは急いでポケットに手を突っ込んだ。
右、左、胸。膨らんだポケットが一瞬でしぼんでいく。
トレーナーの顔が、青ざめていく。
「おーい、聞こえてんのか?
もしもし、もしも~~~し」
「どぉおおりゃぁあああーーー!!!」
ひびく雄叫び。直後、目の前の茂みが激しく吹き飛んだ。
驚きのあまり固まる二人。小枝や葉が、雨のようにトレーナーとゴールドシップに降りかかった。
「なんだ!? 火星人が攻めてきたのか!?」
さっきから、このウマ娘は、何を言ってるのだろう。
「あら? ゴールドシップさんにファインさんのトレーナーさん。
こんなところで何をしてらっしゃいますの?」
吹き飛んだ茂みから、一人のウマ娘が姿を現す。
トレーナーは、そのウマ娘を見て、思わず驚きの声を上げた。
「カワカミプリンセス!?」
ーーーーーーーーーー
「つーわけで、アタシがこいつを連れてきたんだ!」
カワカミとの思わぬ出会いに、固まるトレーナー。
そんな彼をよそに、ゴールドシップがこれまでの経緯をカワカミに説明する。
「それは……、拉致じゃありませんの?」
「ちげーよ! 力ずくで連れてきただけだ!!」
それを拉致というんだが……。
「確かに。パワーは大事ですものね」
頷くカワカミプリンセス。「分かってるじゃねぇか!」と嬉しそうに笑うゴールドシップ。
そんな二人を見て、トレーナーはもう現状を受け入れるしかないと悟った。
「ところで、おめーはこんなところで何してたんだ?」
ゴールドシップからカワカミへの質問。
トレーナーはその質問に、慌てて聞き耳を立てる。
行方不明だったカワカミプリンセスがなぜここにいるのか。もしかしたら、本当にティアラと関係があるかもしれない。
「実は……セバスチャンを探していましたの」
「「セバスチャン??」」
初めて聞く名前だ。
カワカミプリンセスには執事がいるのか?
「私の愛犬なのですが、迷子になってしまいまして」
「なに!? じゃあお前は、執事狩りをしてたのか??」
「執事狩り? はしてませんが、捜索をしていたところです」
ゴールドシップの口角がだんだんと上がっていく。
これは、まずい予感。
「こうしちゃいられねぇ!!
アタシたちも協力するぜ!! 執事狩り!!!」
やはりこうなったか。
協力するのはいいが、その前に。
「ちょっと待ってくれ。
せめて誰かに連絡を……」
「まあ! 協力してくださいますの!!
なんて心の優しい方たちかしら」
ダメだ。だれも話を聞いてくれない。
「よーし! 無人島だろうが海底だろうが、どこにいようとこの名探偵ゴルシ様が必ず見つけ出してやる!! 覚悟しとけよ羊野郎!!!」
ゴールドシップが天高く拳を突き上げる。
合わせてカワカミ、そしてゴールドシップによって無理矢理トレーナーの拳が突き上げられた。
「いたっ!!」
思わず叫ぶトレーナー。
「なんだよ!? そんなに痛かったか?
ゴルシちゃん、優しくしたつもりなのに。
お前、ちゃんと肉食ってんのか??」
「違う、違う! ほら、あそこの茂み」
トレーナーは自由に動かせる手を使い、二人に前の茂みを見るよう促す。
そこには、泥だらけの犬が一匹、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「セバスチャン!!」
ーーーーーーーーーー
「くそっ! 全然捕まらねぇ!!」
カワカミの愛犬、セバスチャンを見つけてから三十分。
トレーナー、ゴールドシップ、カワカミプリンセスは泥だらけになりながらも、懸命にセバスチャンを追いかけていた。ゴールドシップが木に登り上から仕掛けたり、三人でセバスチャンを囲むように陣取ったり、と様々な策を弄した三人。だが、木々の多いこの場所と、遊んでくれると勘違いしたセバスチャンにより、トレーナーたちの奮闘は虚しくも、セバスチャンを喜ばせただけだった。
「こらっ! セバスチャン、めっ! ですわ」
「だめだ。完全に楽しんでる」
「くっそ~。羊の野郎、スカイダイビングしやがって!」
額から噴き出る汗を拭いながら、トレーナーはその場に座り込む。
犬やウマ娘と違い、トレーナーに無尽蔵のスタミナなどない。三十分も走り回れば、明日、全身が筋肉痛になることは確定だった。そもそも、こんなに泥だらけになって走り回ったのはいつ以来だろうか。まるで子どもの頃に戻ったみたいだ。
「こうなりゃ、奥の手を使うしかねぇか」
ゴールドシップが呟く。
この短い期間で、トレーナーはゴールドシップの言葉を真に受けてはいけないと、身を以て学んでいた。彼女の言動がかみ合うことは、奇跡に等しい。というか、まず何を言っているのかほとんど分からない。
「ファインのトレーナー、カワカミ、もう一度フォーメーションデルタでいくぞ!」
フォーメーションデルタ。この言葉に特に意味は無い。ただ、セバスチャンを追いかけるだけだ。
トレーナーはすでに悲鳴を上げている足に鞭を打ち、なんとか立ち上がった。
その時、珍しく真剣な表情のゴールドシップに、自然とトレーナーとカワカミに緊張が走った。
「よし、いくぞ!」
セバスチャンは三人を見て、また嬉しそうに尻尾を振り始める。
まだまだ遊び足りないよ、とでも言いたげに、ビー玉のような目が爛々と光った。
だが、それも一瞬だった。
「トゥルルルルル!!」
突如響き渡る、異様に甲高い謎の音。
トレーナーは咄嗟に周囲を見渡した。すると、ゴールドシップがその場で固まったまま、奇声を出し続ける姿が見えた。思わず、トレーナーの視線がゴールドシップに釘付けになる。しかし、ゴールドシップに釘付けになったのは、トレーナーだけではなかった。カワカミとセバスチャン、彼女たちもゴールドシップに視線を奪われていた。
一瞬、トレーナーとゴールドシップの目が合う。
なるほど。そういうことか。
トレーナはゴールドシップに向かって、頷く仕草を見せる。
セバスチャンは今、ゴールドシップに気をとられて、石のように固まっている。
チャンスは、今しかない。
奇声を上げ続けるゴールドシップ。
セバスチャンの背後にまわり、一歩ずつ、慎重に近づくトレーナー。
幸い、足音はゴールドシップの奇声にかき消されている。だが慎重に、木の枝や乾いた落ち葉を踏まないよう、細心の注意を払って、トレーナーは進む。セバスチャンの視線は、変わらずゴールドシップに注がれていた。距離は、着実に縮まっていく。
セバスチャンと、ついに目と鼻の先の距離に。
「いっけぇええ!!!」
ゴールドシップが叫んだ。
トレーナーの手が、セバスチャンの腹をがっしりと掴んだ。
「捕まえた!!!」
「よっしゃぁああーーー!!!」
「すごいですわーーー!!!」
逃がさないよう、セバスチャンを空高く持ち上げるトレーナー。
ゴールドシップとカワカミが、そんなトレーナーの下へ駆け寄っていく。
「やるじゃねぇかお前!! 見直したぜ!!!」
「まるで、闇に飲みこまれたプリファイを救う、王子様のようでしたわ!!」
感情を爆発させ喜ぶカワカミとゴールドシップ。セバスチャンも二人が喜んでいることが分かるのか、トレーナーの腕で嬉しそうに尻尾を振った。
「今日の晩飯は黄金イカスミの炭火焼きだぁーー!!」
相変わらずゴールドシップは何を言ってるのか分からない。
トレーナーはセバスチャンに舐められ、ベタベタになった顔を拭いながら思った。
今すぐベッドの上で横になりたい。
「これは……。一体どういう状況ですの?」
突如、茂みをかき分けて現れた一人のウマ娘。
彼女は異様に盛り上がる二人を見て、一歩後ずさる。
そのウマ娘を見たゴールドシップの顔が、一瞬にして輝いた。
「マックイーン!!」
そして、マックイーンと呼ばれたウマ娘の背後から、もう一人ウマ娘が現れる。生い茂る草木の中を通ってきたとは思えないような、優雅な姿が、そこにはあった。
「ファイン!?」
「トレーナー!!」