サンドイッチやスコーンもご遠慮なさらないでね、と微笑む淑女は、改めてゆるりと首を傾けた。それに合わせて金の糸が肩に流れ、日光を受けてきらりと輝く。
「貴方がわたくしを探っていたことはもちろん存じておりました。隠す気もなかったのでしょう?痕跡を消す素振りもございませんでしたものね」
探られれば、探り返したくなるというもの。世界中に支社をもつファントム社のネットワークを使えばたとえ国外のこととてそれなりに調べられる。「日本」からきた「安室透」それだけの情報があれば調査機関でなくてもエマのもとにはそれなりの情報が入ってきた。そして、そこから見えてきたことがある。
「きちんと日本国籍をお持ちなのね。私立探偵としてご活躍もなされていて、素性もはっきりされていたわ。疑いようもない見事な経歴でした」
「それはもちろん。後ろ暗いことなんてありませんよ」
「あら、それはどうかしら」
貴方、もうひとつお名前をお持ちでしょう?何気なく紡がれたその言葉に、降谷は笑顔のまま沈黙を返す。そこまで露見することも降谷にとっては想定内、特に慌てる必要はない。
「Bourbon……わたくしはあまり頂いたことがないのですけれど、美味しいのかしら」
「それはもちろん。是非試してみてください」
「ふふ、それは楽しみだわ。……お酒の名前で呼び合うなんて、貴方の
さて、それは皮肉か本心か。くすりと笑う彼女に、その辺り僕には何とも、と降谷は半ば心からの苦笑を返す。あら、困らせてしまったかしら、とエマは無邪気に笑った。
「調べてみたら貴方の
「『女王の番犬』のように?」
「あら。ふふ、ええそうね。そう思っておりました。……表向きの顔は私立探偵、裏の顔は犯罪組織の一員なんて冗談のようですけれど、そう報告が上がってきました。そしてわたくし、その報告を見たときに違和感を覚えたのです」
「違和感、ですか」
降谷の胸中に、一抹の不安がよぎる。いや、経歴の詐称において問題はない。ゼロは徹底した情報管理によって潜入捜査官の身の安全を保証している。そのレベルについては、降谷とて自ら確認したのだから。たとえ世界中に網を広げる大企業であっても、公安のセキュリティを突破できるとは到底思えない。そう自分に言い聞かせて、降谷は動揺を奥底へとしまい込んだ。
そんな降谷の心中を知ってか知らずか、エマは微かに探るような色をその瞳に浮かべ、そっとその両手の指を絡ませる。
「貴方の経歴、少々完璧すぎますわ」
淑女の手から、
*
「完璧すぎる……というと?」
探るように繰り返す降谷に、エマは余裕の笑みを崩さない。細い指を改めて組み直し、正面から降谷の蒼を見据えた。
「貴方のお名前……『安室透』、これは偽名でしょう?貴方は紙の上にこそ存在しても、貴方という人間が生きてきた痕跡……たとえば貴方の幼い頃を知るご縁戚やご学友、そういった方が存在しませんでした。ええ、それは特に不自然ではありません。非合法な組織に属するのだもの、本名を名乗る方が馬鹿げています」
情報ひとつ、弱みひとつが命を左右する世界。本名などというある意味で致命的な情報をやすやすと公開するわけもない。まして「情報」を武器として組織でのし上がった人間なら尚更のことだろう。ならば偽名であることに違和感は全くない。だが。
「偽名であるという前提で貴方の存在を洗い直すと、やはりおかしいの。紙の上の情報が出来すぎている」
今日び、戸籍の売買など珍しくもない。やり方さえ知っていれば、金に糸目をつけなければ、身分の詐称くらい大して難しいことではない。しかしだからこそ、そのさじ加減というのは非常に重要なのだ。何をどこまで偽りを作り上げるかということも、ひとつの情報になりえてしまうからである。
「わたくしは日本の公的機関を甘く見てはおりません。むしろ各国よりもその手のことには厳しい国だと思っております。その日本において、あそこまで明確に公的機関に偽りの身分を証明させるのはそう容易いことではないでしょう。だから、穿った見方をしてしまいましたの」
とろりと、淑女は目を細める。同時に、降谷の背に冷たい汗が流れた。
「貴方の本当の
落ち着け。降谷は内心で、自分に言い聞かせる。まだ焦る段階ではない。目の前のレディの言葉を借りるなら、まだ「致命的」ではない。この程度の危機、今までいくらでも切り抜けてきた。今回とて、例外ではない。
動揺の全てを丁寧にしまい込んだ若き潜入捜査官は、笑みを深めて足を組み直す。
「僕も少し腕が良すぎましたかね。まさか念入りに仕上げた身分詐称が仇となってしまうとは」
「あら、つまり?」
「偽名であることはお察しの通りです。ですがだからといって、僕が鼠だと疑われるのは心外ですね」
何か証拠でもあるんですか?と嘯く褐色は、優雅にカップを傾ける。それを見たエマはふふふと楽しそうに声を漏らした。
「いいえ、さすがに貴方の本当の名前を探り当てるには時間が足りませんでした。けれど、貴方の組織には随分と潔癖症の方がいらっしゃるのでしょう?」
「その潔癖症も、さすがに同じ幹部である僕を疑いの段階で排除することはできませんよ。第一、難癖つけられて疑われるのは日常茶飯事なんです」
「あら、本当に気難しい方なのね」
「なかなか大変なんですよ、彼の同僚をするのは」
やれやれと芝居がかった様子で肩をすくめる降谷と、それにくすくすと笑ってみせるエマ。和やかな空気に反して、お互いの瞳は少しも笑っていない。互いに探り合うように見つめあったあと、ふとエマはすっと肩の力を抜いた。
「残念。わたくしのカードも中途半端な威力しかありませんでしたわね」
「ふふ、ゲームは
「もう少し慌ててくださると思ったのですけれど、顔色ひとつ変えてくださらないんだから。もう、紳士なら少しは淑女に花を持たせて頂きたいわ」
「これは失礼、手加減などしたらかえって失礼にあたると思いまして」
先程まであった威圧的な高貴さが鳴りをひそめる。無邪気な淑女の顔に一瞬にして切り替わったエマの姿は、降谷の眼にはいっそ不気味に映った。
「ふふふ、わたくし、是非貴方の本当のお名前を知りたくなってしまいました」
「おや。興味を持って頂いたのは光栄ですが、そう簡単には探し出せないと思いますよ?」
「だからこそ、ですわ。安室さん、少しわたくしに付き合っていただけませんこと?」
コマドリの軽やかな声が降谷の鼓膜を擽り、湿気を含んだ風が上質な薔薇の香りを運んでくる。普通ならひとの心を癒すような環境であるのに、そのどちらもが何故か今は不穏な空気を作り上げていた。
「ゲームをいたしましょう。わたくしが貴方のお名前を探し当てるのが先か、貴方は……そうね、わたくしが『女王の番犬』たる証拠を探し当てるのが先か。敗者は勝者の言うことをひとつだけ何でも聞くという条件でいかが?」
「……ホー?」
さすがは娯楽で巨万の富をあげるファントム社の人間といったところだろうか、ゲームと口にする彼女の翠は輝いていた。彼女の協力を得られるのならゲームに乗る価値はなくはないが、容易く頷けるものではない。娯楽に付き合っている暇がないというのも事実だ。
降谷が気乗りではないことを察してか、エマはそっと手をあげる。それに合わせて静かに控えていたルカが前に出て、降谷の前に書類ケースを差し出した。
「もちろん、わたくしの遊びにお付き合い頂くのですもの、参加料くらいはお支払いいたしましてよ。どうぞ、ご覧になって」
促されて中を見、降谷はわずかに目を見開いた。エマの口元の笑みが、さらに深くなる。
「常に女王陛下のお傍に控える近衛たちのリストです」
「……レディ、これはつまり」
「ええ。お察しの通りですわ」
無邪気な笑顔で、コマドリのごとく美しい声は、無慈悲に歌う。
「『女王の番犬』は特定の個人や家柄でなく、女王の憂いを世間に知られる前に葬り去る近衛たちのもうひとつの顔、ということでいかがかしら。例の売人の殺害についても、彼らがヤードに圧力をかけて捜査を打ち切らせた証拠を用意させました」
貴方のお仕事はこれで片付くでしょう?と微笑み、続けた。
「貴方ほど優秀な方なら、たとえ『女王の番犬』を見つけ出しても正直に組織に報告するつもりはなかったと思うのですけれど、いかがかしら」
図星を刺された降谷は、そっと唇を閉じる。特に情報屋という立場の降谷にとって、「女王の番犬」の正体を組織に情報を流して暗殺の危機に晒すより、手元で飼って資金と情報を提供させた方が都合がいい。今日もエマに「女王の番犬」であることを認めさせたら、そのまま替え玉を用意させるつもりでいた。道理で考えればわかることとはいえ、頭の中を読まれているというのは気分が良くない。少々悔し紛れに、口を開く。
「……こんなリストを用意して、彼らが命を狙われるとは思わないのですか?」
「あら、おかしなことを仰るのね。彼らは女王陛下をお護りする大役を担っているのですよ?」
たかが世界的犯罪シンジゲート相手に命を落とすような者など、最初から陛下の御身を護る者として相応しくないのです。
そんな無能は死んでも当然と言わんばかりの淑女に、降谷は苦笑を作るしかない。背筋を走った冷たいものには気づかなかった振りをした。
「……これは手厳しいですね」
「女王陛下はこの箱庭の主、そして英国が誇る世界一の淑女ですもの。その騎士ならば相応の実力が求められて当然ですわ」
世界各国に支社を持つ大企業の財力。それに伴う世界的なネットワーク。英国を中心とした上流階級、そして裏社会にまでいたるコネクション。
プライドとして認めたくはなかったが、エマ・ファントムハイヴは間違いなく降谷にとって良き「協力者」になりうる存在だった。となれば、選択肢はひとつしかない。
「ではそのゲーム、乗らせていただきましょう」
「まあ! ありがとうございます」
「僕にも参加料は必要ですか?」
「わたくしからの誘いなのですから気になさらなくてもよろしいのですけれど……そうだわ、では貴方の組織がまた今後この英国でおいたをすることがあれば教えて頂けます?」
「おや、なかなかの参加料を請求されますね」
「わたくしは『女王の番犬』ではありませんが、それでも女王陛下に忠誠を誓うひとり。英国を荒らされるのは本意ではないもので」
もちろん貴方からの情報だということは決して露見させません、と言葉を添えられては降谷も頷くしかない。日本以外の国のことは降谷の感知する限りではないが、それでも事件など起こらないに越したことはない。密かに組織の悪行の邪魔をしてくれるというのなら、それは降谷にとって得にはなっても損にはならないだろう。
「貴方のように手強い
無邪気に喜ぶ彼女は、上機嫌のままもう一杯いかがかしら、と紅茶を勧める。それを柔らかく断りつつ、降谷はすでに脳内で彼女の「使い方」を考えていた。
*
その、夜のこと。ファントムハイヴの屋敷にて、輝く金髪がふたり、久しぶりの再会を喜んでいた。
「まったく、少し目を離すとすぐ君はひとりで無茶をするんだから」
「あら、無茶だなんて。わたくしなりにきちんとお仕事をしたつもりよ?」
にっこりと笑顔を浮かべるエマ嬢を前に溜息をつくのはノア・ファントムハイヴ、彼女の双子の兄である。彼は若くして伯爵の地位を継承し、ファントム社の代表としても辣腕を振るっていた。領地の仕事を片付けこのロンドンの別邸にやってきたばかりの彼は、さすがに少し疲れた顔をしていた。
「違法薬物の売人を片付けてくれたと思ったら、わざわざ派手に演出して例の組織の人間をおびき寄せて。闇風俗の斡旋してたクズの処分も僕に断りなく。しかも君、『ゲーム』を仕掛けたんだって?」
呆れたように頬杖をつくノアに、何のことかわからないという風にエマは首を傾げてみせた。欠片も悪びれる様子がない妹に、苦労性の兄はまた大きくため息をつく。
「ルカ、君もたまにはエマを止めてくれていいんだからね?」
「わたくしはお嬢様のお言葉に従うのみですので」
さらりと答えた
「ルカはエマ様のお言葉に絶対服従ですからねえ」
「黙りなさいレオ」
ばっさりと切り捨てられたレオは、ぺろりと舌を出して笑う。
黒髪の彼、レオ・タナカはノア・ファントムハイヴに従う従僕であり、そしてルカ・タナカの双子の弟でもあった。髪の色と顔つきこそ似通っているが、その性格はあまりに似ていないのだから双子とはわからないものである。もちろん、ノアとエマの兄妹については言うまでもない。
「だってノア、闇風俗の斡旋はさておいて、例の組織については何とかしないといけないって貴方も言っていたでしょう?」
「闇風俗の件もさておきたくないんだけど?」
「潜入のチャンスが直近だったんだもの。早期解決に越したことはないでしょう」
「……もちろん君の判断を信頼はしているけどね。それで?」
「なぁに?」
「その哀れな組織の彼だよ。使えそうなのかい?」
レオに片手を上げて飲み物を用意させながら、ため息交じりにノアは言う。何気なく尋ねてはいるが、その瞳にわずかに剣呑な色が浮かぶ。同時にエマの瞳にも、同じ色が浮かんだ。
「潜入までしておきながら組織の手が英国に及ぶのを止められなかったMI6よりは有能だと思うわ」
かの組織の存在は、二人も以前から知っていた。しかし世界規模の組織であるだけに、英国に被害さえないのであれば関係のないことと捨て置いていたのだ。まして、MI6がすでに動いている。英国の表の機関が動いているのであれば、と静観していた矢先のこの違法薬物の売買である。しかも、裏の人間だけならまだしも、表で生きる一般市民まで巻き込んだことは罪深い。他国で好き勝手していれば良かったものを、残念なことに組織のせいで英国は被害を被った。つまりそれは、「女王の番犬」の獲物となったことを意味する。
「わざわざ『女王の番犬』の名前を出してまでおびき出した甲斐はあったと思うわよ?まさかNOCが釣れるだなんて思わなかったけれど」
「NOCだという明確な証拠は?」
「まだないけれど、十中八九間違いないわ。日本の公安警察と言ったところじゃないかしら」
「ふうん……」
すっとノアは目を細める。ゆらりと動くその瞳の奥でどれだけの思惟がめぐらされているのか、それは半身たるエマにもわからない。しかし少なくとも、その頭脳が自分では及ばないことをエマはよく理解していた。
「完璧すぎる身分詐称の欠点も教えて差し上げたから、早晩のうちに手は打つでしょう。『女王の番犬』の代役も立てて差し上げたし、これで当面は生き残ってくれるのではないかしら?そのままさっさと『組織』とやらを片付けてほしいものね」
「……まあ、君が期待する人材なら僕も期待しておこう。今後もゲームにかこつけて情報くらいは渡してやるんだろう?」
そうね、と少しばかり面倒そうにエマは首を傾ける。
組織は片づけなければならない対象となったが、「女王の番犬」も暇ではない。基本的に英国以外のことに関心のない「女王の番犬」が今から世界的な犯罪シンジゲートを自ら相手にするよりも、すでに探りを入れている別の者が早々に組織を潰せるようサポートをした方が効率も良く手間も少なく済む。それがエマ、そしてノアの判断であり、その適役が見事に餌に釣られて英国にやってきてくれたというわけだ。降谷からして見れば幸運とも言え、不幸とも言えた。
「それにしても、随分とアンフェアなゲームを仕掛けたんだね?彼、万一にも勝てないじゃないか」
降谷の勝利条件は、「エマが『女王の番犬』たる証拠を探し当てる」こと。残念ながら、それは決して達成されることは有り得ない。何故なら。
「君はあくまでも『代役』だ」
女王陛下の憂いを払う、「女王の番犬」。それは、長くこのファントムハイヴ家の「当主」が担ってきた役割である。そして当代の当主は、ノア・ファントムハイヴだ。エマではない。
「君が『女王の番犬』だなんて証拠は存在しない。存在しないものを探し当てろなんて、なかなか性格の悪いことをするじゃないか」
「あら、あの方ならきっとそこまでお気づきになるわよ」
エマは別に、降谷をからかっているつもりも、見くびっているつもりもない。自分と渡り合ってくれる人間だと判断したからこそ彼を組織壊滅のための「協力者」として選び、そしてゲームを仕掛けた。そして彼に不利な条件を提示したのは、エマ自身が見てみたいという気持ちがあったからだ。
「不利な状況ほど燃えてしまう、プライドの高い方に見えたから。ゲームに自分の勝ち筋がないと気付いたときに、どういう手で反撃に来てくださるのか、見てみたくて」
とっても面白そうでしょう、と愉快そうに囀る妹に、相変わらずいい趣味してるよ、と兄はぼやいた。妹がゲームに対して必要以上に愉しむきらいがあることは生まれたときから知っている。諫めても無駄なことも、どれだけ遊びに興じても女王陛下の不利益、ファントムハイヴ家の不利益になることだけはしないことも。
そして、目測を見誤って遊びが過ぎてしまったときには迷いなくノアが最愛の半身を切り捨てることを承知して遊戯に興じているのだから、それは全てエマの勝手だ。ノアが口を出すことではない。
「彼からの情報はちゃんと共有してくれよ」
「もちろん心得ておりますわ」
お兄様、と、こういうときだけ兄扱いして機嫌をとろうとするエマに毎度のごとくのため息をつきつつ、可哀想な遊戯相手に少しだけサービスをしてあげよう、とノアは心の中で呟いた。
そして同時に、ノアは思う。この一連の騒動について、いったいどのように我らが
この英国の淑女ときたら、本当にどいつもこいつも強かで面倒だと、「女王の番犬」を背負う英国紳士は、心から思うのである。
*
エマ嬢から得たリストによって「女王の番犬」探しはめでたく一区切りとなり、降谷は久しぶりに故郷の土を踏むことを許された。今後も個人的にエマ・ファントムハイヴについて探っていかなければならないが、そこはそれ、現状焦るつもりは特にない。片手間で捜査をするつもりはないが、少しくらいの休養は許されるだろうと、降谷は「安室透」として住んでいる家で大きく伸びをしていた。
英国での任務はなかなかスリリングでやりがいはあったが、相応に神経を使わされた。いつ忙しくなるかわからない職務に就いている以上、休める時には休んでおかなければならない。と、思ったとき、ポストがかたりと音を立てるのが聞こえた。
この家に手紙を送ってくるような人間はまずいない。DMか何かだろうかとポストを見てみると、そこにあったのはエアメール。どこかで見た家の紋章の入った封蝋、どこかで覚えのある薔薇の香り、しかし送り主の名前だけが違っていた。
ひとつ呼吸をしてから、丁寧にその質のいい封筒を開く。中にはまた、一枚のカードが入っていた。それを開くと、以前にも一度見た深紅の薔薇の模様。
『妹の遊戯に付き合ってくれる君へ、感謝を』
その一言の下にある、「ノア・ファントムハイヴ」の署名。そのさらに下の追伸を目でたどっていた時、降谷のスマホが着信を告げる。直属の部下である、風見からだった。
『お休みのところ申し訳ありませんが、急ぎ耳に入れたいことが』
「何があった?」
『公安が長年追っていた例の指名手配犯が、英国に潜伏しているとのタレコミがありました。今裏を取っているところですが、どうやら真実のようです。どこからのタレコミなのかが不明で、そこだけが気にかかるところなのですが……』
「英国、だと……?」
公安警察へのタレコミ。英国。そして裏社会に身を置き潜伏していたであろう指名手配犯の、情報。これが指す、意味とは。
血の気が引いた降谷の瞳が、改めてカードの最後の言葉をなぞる。
『これはちょっとしたサービスだ。どうか妹には内密に』
さて、英国が誇る大貴族の紳士と淑女の双子の兄妹。真に恐るべきは、どちらか。
お付き合いありがとうございました。