チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた   作:榊 樹

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平凡な妖精

地上を支配する鉄の塊も、聳え立つコンクリートのジャングルも、ましてや世界を支配していた電気の網すらも存在しない、現代の文明がおおよそ失われた世界。

まるで御伽噺のような、そんな世界に生まれた俺は、即座に理解した。

 

あ、これ転生物か、と。

 

鏡を見れば、そこには銀髪オッドアイの見惚れるほどの美貌を持つ少女の姿と目が合った。そして目を閉じれば感じる、身体の奥底から湧き上がる魔力的な何か。

試しに簡素なナイフをイメージしてみる。手を開いて、握って、ともすればそこにイメージ通りのナイフがあった。

 

なるほど、万物創造系のチートか。

 

やれやれ系路線を目指したかったが、頬が緩みに緩んだので大人しくユルユルにしておく。

暫く余韻に浸ってから、今度は魔法を試してみる。

両方の手のひらを上に、脳内でイメージする。

右手に火の玉が、左手に水の塊が、それぞれ野球ボールくらいの大きさで出現した。

 

やれやれ、魔法チートもある感じですか。ふへへ。

 

そうして色々とやってみて分かったことは、取り敢えずやろうと思ったことはなんだって出来るという事だった。その代わり、魔力がゴッソリと削られ、マジで死にかけた時はかなり焦ったが。

 

しかし、いくらか自分の身に起きたことを理解し始め、外へと意識を向ける余裕が出来た頃、早速己の勘違いというか、伸びに伸びようとしていた俺の鼻っ柱はあっさりと刈り取られた。

 

俺の事を新しい仲間だと歓迎してくれた村のみんなは、なんと誰もが美形で俺と同じ特別な力を自在に操るチート住民だったのだ。

自身が妖精という種族の中の風の氏族という、要はエルフのような存在であると知ったのもこの時である。

 

道理で現代的な文明が無い訳である。悪く言えば原始人のような、よく言えば自然と共にあるこの生活も、それなら納得というもの。

であれば、やることなど決まっている。現代の知識チートを使い、なんかこう・・・いい感じに商売とかして、札束片手にウハウハな富裕層生活を送るのだ。

 

そんな訳で早速、農業を始めてみた。

幸いなことに敷地は腐るほどあるので鍬を生成し、荒れ放題な大地を耕し・・・そして気が付いた。

 

あれ? 種ってどうするんだ? と。

 

・・・・・・いや、本当にどうするんだ?

現代だと種そのものが売ってたりとか、果物から種を取って再利用したりとか、そうでなくとも自然に群生してるのから取ったりするのだろうが・・・。

トマトとか、ナスとか、そういう普通の食材って何処に生えてるものなの?

 

試しに近場の森を散策してみたが、食べれそうな物と言えばキノコくらいしか無くて、小学生の頃に大変お世話になった野いちごすら見付からなかった。

流石にキノコを育てるのも、野生のキノコを試食する勇気も無いので、森を散策しながら無限の可能性を秘めた優秀な頭脳をウンウン捻ること数日。

 

久しぶりに畑の様子を見に行くと、なんか村のみんなが泥遊びしてた。

 

最初は何荒らしとんじゃこら、と怒りが湧いたが、相手は俺と同じチート能力を持った出鱈目原住民だ。一人ならまだしも、集団では流石に分が悪いのでここは転生者である俺が寛大な心を持って許す事にした。

それに考えてみれば、農業経験が欠片も無いのにゼロから野菜を育てられるはずも無かった。誤った道に進む前に間違いに気付けたということで良しとしよう。

 

さて、農業がダメとなれば次は・・・商業だな。

幸い、俺には万物創造のチート能力がある。村のみんなも同じ能力を持ってはいるものの、これに関して言えば能力そのものだけではどうしようも無いので、既に完成形を知っている俺に分がある。

まぁ、つまり俺SUGEEEが出来るに違いないのだ。

 

手始めに・・・何から作ろうか。

うーん、材料に条件があれば少しは絞れたろうが、生憎とこちとらチート転生者だ。多分、魔力に限りがある以外はなんの制約も無く、なんでも無尽蔵に作れるので選択肢は無限にある。

 

・・・・・・いや、本当にどうしたものか。

何が欲しいかと言われるとなんでも欲しいし、何が売れるかと言われると・・・待て、そもそもここの村って物々交換が主流じゃん。

え、じゃあ何か? 俺が苦労して作った物はアイツらが持ってる石とか木の棒とか、そこら辺に落ちてそうな物と等価交換になるってことか? 等価交換の法則守れや。

 

・・・まぁ、その辺は実際に作ってから考えるとして。取り敢えず、ここは元現代人らしくスマホでも作ってみるかと、スマホをイメージして自分の中から魔力が少し抜けたかと思うと、手の中には見慣れた薄い板が握られていた。

 

・・・電源が、点かない。

 

当然と言えば当然なのだが、そこはこう・・・いい感じに魔力で変換とかされないんですかね。あ、されない感じですか。そうですか。

 

出来ないのであれば仕方無い。泥遊びに飽きた村のみんなにスマホ(偽)をあげて、秒で石投げの的に成り果てたのを横目に次の案を考える。いつまでも失敗を引き摺っていてはチート転生者の名折れだからな。

 

一先ず、電化製品は電気を普及させる目処が立ってからじゃないとただのガラクタになるので没として・・・うーん、どうせなら日常的に役立つ物とかを先に作りたいな。

 

あ、家とかいいんじゃね?

不動産って、札束片手にウハウハしてるような代表格な訳だし、住む権利を与える代わりにただで定期的に何かを貰えるのであれば、例え石だろうが木の棒だろうが喜んで貰おう。

 

そもそも村だって、仮称として村とは呼んでるが、実際は動物の群れのような感じに近い。

文字通り妖精が群れて、晴れの日は外で遊び、星空の下ぐっすり寝て、雨の日も外で遊び、木の根元で所狭しと眠っている。

 

無敵ボディなので辛くはないが、ハッキリ言って獣じゃないのに野晒しはちょっとどうかと思う。立派な家とまではいかなくとも、せめて雨風が凌げるくらいの物は欲しい。

 

だが、ここで問題が発生する。

家丸々となると、流石に魔力だけでは賄えないのだ。

毎日コツコツとやってはみたものの、風で飛ばされるし、遊具と勘違いした村のみんなに壊されるしで完成する気が全くしなかった。

 

仕方無いので少し離れた森の中で道具以外はせっせこ手作りし、遂に完成。

サプライズとばかりにみんなに見せれば、我先にと家の中に入り、キャッキャッとはしゃぎ回っていた。

 

ここまで喜んでくれれば苦労した甲斐があったというもの。

自分たちも欲しいと強請るので他のみんなの分も頑張って作り、無敵ボディをフルに使ってなんとか完成。お前ら少しは手伝えや。

 

めちゃんこ疲れたものの、これも富豪生活への一歩と考えれば安いもの。

所であの、お家賃をですね・・・あ、はい。楽しそうでなによりです。

 

ま、まぁ、今更、石や木の棒を貰った所で嬉しくもなんともないのでそこはいい。出世払いということで許してやろう。

俺もこんな掘っ建て小屋に家賃を請求するのもちょっと罪悪感が湧いてた所だしな。

 

さて、住む場所が決まれば次は食い物か。

食い物、食い物・・・・・・あれ? そう言えば、動物を全く見掛けなかったぞ。森の中も、草原にも、虫すら居なかったような・・・。

水の中は・・・わーお、こんなに綺麗なのに生命の息吹を感じない。

 

であれば・・・万物創造チートの出番という訳ですな!

折角なのでナイフとフォークを用意し、お皿の上にジューシーなステーキを生み出す。

ふふ、自身の才能が恐ろしいぜ。料理チートで村のみんなを虜にするのも夢じゃねーなこりゃ。

では早速、実食といきますか。

 

・・・味が、しない。

 

なんか、ゴムみたいな感触で・・・え、これ飲み込むの? 無理無理無理、こんなゲテモノ食えるかっての! ぺっぺっ!

 

くそぉ、塩とか胡椒も創造してみたけど、ほぼ砂じゃねぇか。万物創造と言えども、そこまで万能では無いということか、不覚。

 

だが、考えてみればこのチートボディは食事を必要としない。それは村のみんなも同じで、そこへ態々遊ぶ時間を削ってまで食事に夢中になるかと言われるとかなり微妙である。

それに万物創造は俺以外も普通にできる。仮にご馳走を生み出せたとしても、すぐに真似されて商売にならないのがオチだろう。

 

となると・・・ふっ、来ちゃいましたかー、芸術の秋!

幸いなことにここの風景は素晴らしいし、逆にコンクリートジャングルな風景は誰も知らない。おまけに過去の芸術家達が残した物は俺の記憶以外に欠片も残ってないので幾らパクろうが誰も責めれないし、誰も気付かない。

 

さて、そうとくれば筆と絵の具、それから俺の偉業を残すキャンバスとついでにベレー帽を被って、いざ作業開始。

 

そうして出来ました、幻想的な空と大地の夕暮れの景色。

 

これだけではなんか物足りなかったので木の彫刻も掘ってみる。まぁ、取り敢えずは木彫りの熊さんでいいか。

やっべ、毛の一本一本まで再現し過ぎだろ俺。隠し切れぬ自身の才能が恐ろしいぜ。

 

早速、村のみんなに見せると、何をとち狂ったのか我先にと絵に飛び込み、熊さんを割り始めた。

 

いや、ちげーよ! それ絵だよ! 実際に風景がそこにある訳じゃないっつーの! そっちもただの木彫りだっての! 中に熊さん閉じ込めてるわけじゃねーよ! どんなサイコパスだ!

 

くっ、しまった・・・!

そうだ、いくら上等な絵を描こうが、精巧な物を作ろうが、それを理解出来る者がいなければ、ただのガラクタ同然だぁ・・・!

それに芸術品やその作家の多くは、当人が死んでから価値が上がると聞く。ほぼほぼ不老不死の俺には無理な話で、仮に出来たとしても死んでから評価されるんじゃ遅せぇっての。

 

俺は! 生きてる時に! 評価されて、チヤホヤされたいの! 札束片手にウハウハしたいの!

 

ぐぬぬぬ、だがそうなるともう何も・・・いや、ある。あるぞ。最も王道で、一攫千金も夢じゃない、心躍るものがまだ一つだけ残っていた。

 

どうして忘れていたのか。チート転生者ならば、誰もが夢見たものが一つだけあったじゃないか。

そう、冒険だ。

 

ひとつなぎの大秘宝を求めて大海原・・・は、ちょっと後回しにするとして、まずは大陸からかな。

いやだって、見渡す限り水平線が広がってるもん。しかもやけに静かだし、お宝どころか島がありそうな気配すらゼロだもん。

 

それに何やらこの大地にはモースとか言う、我々妖精では敵わぬ化け物が居るらしい。

 

・・・ふっ、俺は漸く自分が何故この世界に転生したのか、その意味が分かってしまった。

 

そう、全てはこの時のため。人々(妖精)を脅かす化け物をこの手で倒し、人類(妖精)に平和を齎すため!

 

いざ行かん! 未知の冒険へ!

 

 

 

 

 

・・・・・・いや、無理無理無理無理!

何あれ、何あれ!? こっちの攻撃欠片も通じないんですけど!?

 

道理であの化け物原住民達が恐れる訳だよ。俺もなんか本能的な恐怖みたいなの感じてすぐに逃げ出してしまったが、そうしなければ確実に死んでいたに違いない。

 

幸いなのは、その事実を誰に見られることもなかったことか。いやー、良かった良かったー。出発前に大手を振って村のみんなに別れの挨拶しなくて。

一日ぶりにこっそり帰って来てもなんか誰も気にしてなかったし、仮に気付かれて「え、旅に出たんじゃないの?」とか言われたら、もうこの村で生きて行けなくなってた所だ。

 

結局、俺には小さな村の小さな家の中で大人しくしてるのが一番だってことだ。死にかけて漸くその事実に気付けたよ、うん。

 

ゲームとかパソコンは無いが、死んじゃうことに比べれば安全というものがどれだけ幸せなことか。暇って素晴らしい。布団の中ってパラダイス。

 

さて、それでは世界よ、おやすみなさい。すやぁ。

 

 

 

 

 

 

ハローワールド。

グッモーニン! 世界の皆様!

なんか外が騒がしいので久しぶりに外へ出てみると、なんと一匹のモースが村を襲っていましたとさ。

 

はは、オワタ。

 

ただでさえこっちの攻撃は効かないってのに、なんか触れただけでこっちもモース化してるんですけど。敗北イベントみたいな性能しやがって。無理ゲーにも程がありませんこと!?

 

相手はたった一匹なのに村は阿鼻叫喚で、逃げ遅れた者が助けを乞いながら、その身が毒に冒されるかのようにモースに侵食されていく。

そうして瞬く間に増えていくモースと、それに襲われる村のみんなを俺はただ草の影から怯えて見ていることしか出来ず、心と身体は恐怖に支配されていた。

 

そんな時だ。尻餅()いて今にもモースに襲われそうな一人の妖精の前に、彼女は現れた。

身の丈以上の杖を振るい、綺麗な金髪を靡かせながら、まるで物語の勇者のように次々とモースを倒していく。

 

怖くはないのだろうか、どうしてモースを倒せるのか。

抱くべき疑問は数多くあれど、俺の心は本物を目の当たりにした衝撃で埋め尽くされていた。

 

道理で俺なんかではなれない筈だと、不思議と納得出来た。

あれこそが本物の勇者。あれこそが特別な存在。人々を悪から退け、平和を齎す正義のヒーロー。

 

彼女が全てのモースを倒し、村のみんなが助かったと喜び合ってるのを他所に、俺はただずっと物陰から彼女を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

・・・やばい、興奮が収まりそうにない。

こうしてずっと布団の中に居るが心臓がバクバクしてて全く眠れない。

 

なんせ村の危機を救った英雄様が暫く村に滞在するというのだ。

俺の中で完全に憧れの存在となった彼女が、すぐそこで、俺が作った家の中で当たり前のように寝泊まりしているのだ。

 

なんか、むへっ・・・ニヤける。

 

しかし、いつまでもこうしてはいられない。なぜなら、明日にはこの地を発つという情報を知ってしまったのだ。

それはマズイ。非常にマズイ。

なんせ、俺はまだ彼女にお礼すら言っていないのだ。

 

せめてそれだけでも、と思ったが・・・これが中々。

まず日中はダメだ。モースに襲われてた時、俺は隠れていただけだから村のみんなと鉢合わせするとちょっと気まずい。と言うか、多分あのモースって俺を追い掛けて来た奴じゃね? うわー、そう考えると益々会いにくくなってきた。

 

だからみんなが寝静まった夜に行くのが最善なのだが、いざ英雄様に会うとなると心臓が破裂しそうな程にバクバクして、いつも彼女が眠ってる家の前まで行っては引き返してしまう。

 

だが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 

簡単な物だがお礼の品を手に、扉から・・・は難易度高いのでベッド付近にある窓をコンコンと叩く。

 

 

「・・・?」

 

 

中でゴソゴソと動く気配がした。

逃げ出したくなるのを必死に押さえ付けて、なんとかその場に踏み留まっていると、ガラリと窓が開いて恐らく寝起きであろう英雄様が顔を出した。

 

 

「あ、あの・・・!」

「貴女でしたか、昨日何やら家の周りでウロウロしていたのは。こんな夜遅くにどうかしましたか?」

 

 

ば、バレてたー!?

しかも言外に非常識ですよ、みたいなこと言われちゃったー!?

 

や、ヤバい、泣きそう・・・。いや、悪いのは完全に俺なんだけど・・・ええい、早くお礼言って立ち去ろう!

 

 

「こ、これを!」

「ん? これは・・・」

「あの! む、村のみんなを、た、助けてくれて・・・ありがとうございました!」

「え・・・」

「そ、それじゃ!」

「あ、ちょ」

 

 

無理、無理! 心臓張り裂けそう!

大丈夫だよね!? 俺、ちゃんとお礼言えてたよね!?

 

 

「ぬおぉぉぉぉ・・・!!」

 

 

だ、ダメだ・・・!

今思い返してみると色々と恥ずかしいことしてたような・・・!

 

アカン、また暫く引き篭ろぉ・・・!

 

 

 

 

 

 

そう言えば、英雄様の名前を聞きそびれた。

 

そう気付いたのは、あの日から結構経った後で、既に英雄様はこの村を発った後だった。

 

・・・いや、何をしとるんだ俺はァァァァ!!?

布団の中で恥ずかしがるよりも先にやるべきことがあるでしょうがァァァァ!!

 

しかし、過ぎてしまったものは仕方が無い。こういう時は別のことをして心を落ち着かせよう。

てな訳で久しぶりに絵でも描いて・・・あれ? なんか英雄様が目の前に・・・あ、これ絵か。カッコイイ・・・じゃない!

 

いかんいかん、これではダメだ。

無心で木彫りでも彫って・・・おや? こんな所に小さな英雄様が・・・ふんぬっ!!

 

はぁー、はぁー。

 

・・・ダメだな、何をしても。

ならば仕方無い、最後の策だ。寝よう。

 

ふふふ、寝てしまえばこっちのもの。然しもの英雄様と言えど、夢までは入って来れないだろう。

こうして、俺の心の安寧は守られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

 

右を見て、左を見て、自分が今寝ていたことを再確認する。

 

 

 

「・・・・・・ぅぁ」

 

 

 

そして次第に湧いてくる羞恥心。

 

 

「・・・ぁぁぁ」

 

 

我慢など、出来るはずもなかった。

 

 

「ぁぁああああああああッッッ・・・!!!」

 

 

ボフンッという音すら聞こえそうな勢いで茹で上がった顔を隠すように布団にくるまり、そうして腹の底から悲鳴が上がる。

 

こういう時の夢は何故か焼き付いて、頭の中から消えてくれない。

 

 

「お、おおおお俺にあ、あああんな趣味がッッ・・・い、いやいやいやいや! 違う、絶対に違う!! 違うんだァァァ!」

 

 

俺にとっての唯一の平穏だった筈の布団の中。

これから暫く先、毎晩悪夢に魘され続けることをこの時の俺はまだ知らない。

 

 

 

「ぁああ゛ぁ゛あぁ゛ああぁ゛ぁ〜〜〜っ・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

闇夜に沈む森の中、少女はメラメラと燃える焚き火を眺めていた。

 

 

「・・・・・・」

 

━━━━━━ む、村のみんなを、た、助けてくれて・・・ありがとうございました!

 

 

頭を過ぎるのは、偶然立ち寄った集落で出会った風の氏族の少女。赤と青の、宝石のように輝くオッドアイが印象的な、気弱そうな少女だった。

 

 

「・・・・・・」

 

━━━━━━ た、助けてくれて・・・ありがとうございました!

 

 

夜中に突然訪ねて来たかと思えば、言うだけ言って立ち去って、行方を晦ましてしまった少女。

人の心の中にずっと居座ってる癖に、全く姿を現してくれない自分勝手な彼女の言葉が、何度も繰り返される。

 

 

「・・・・・・」

 

━━━━━━ ありがとうございました!

 

 

そう言えばと、件の少女から貰った物を懐から取り出す。

 

お礼と共に渡されたソレを暫く見詰め、シュルシュルと胸のリボンを解き、ソレを新しく結び直す。

 

 

「・・・・・・ふふ」

 

 

自然と笑みが漏れる。

ポカポカと暖かな気持ちに包まれ、緩む頬が抑えられそうにない。

 

そのまま胸のリボンを抱えて横になる。

 

なんだか今日は、不思議と良い夢を見れる気がした。

 

 




好評なら続く

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