チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた 作:榊 樹
まぁ、言うても全部モルガン様のお陰なんですけどね。
気付いたら死んでて、異星の神とやらに蘇生か死を選択させられて、そりゃもちろん生きたいから蘇生を選んで、晴れて第二の人生を・・・と思ったら、今度は先に生き返ってたキリシュタリアに死ぬか従うかの二択を迫られて、そりゃもちろん死にたくないんで大人しく従うことにして、自身が担当する異聞帯に来たはいいものの・・・。
「・・・って、なんにもねぇなホント!」
一面広がるは障害物の一切が無い大草原。チラホラと妖精や幻獣が徘徊しているものの、どれも会話が出来なさそうな下級ばかり。
それでも何か、なんでもいいからちょっとくらい面白そうな物は無いかと少し散策しようとして歩き出した。
「本当にだだっ広いだけの草原だな。一体この異聞帯で何が・・・って、うおっ!?」
「ふぎゅっ・・・!?」
そんな時、何かを踏んづけた。
盛り上がった生地のような、かなり高くて、弾力があって。踏み込んだ足が、沈むようにして体が傾いた。
異聞帯の有り様に呆然としていたものだから、受け身も取れずに転がってしまう。
思いっ切り頭から突っ込んで、痛む頭を抑えて何事かと身体を起こす。
変わらぬ平原。しかし、そこにあるのは明らかな異常。
普通だったら気付けるだろうに、それすらも見えないほどに呆然としていたのか、視線の先には痛がるようにぷるぷる震える毛皮の塊があった。
「ぉ、おぉ、すまん、大丈夫か・・・?」
それが仰ぎみるほど大きければ警戒したかもしれないが、子供一人分くらいの大きさしかないので、思わず心配して駆け寄ってしまった。
これが言葉の通じぬ神秘の獣であれば、そこまで戦闘能力が高くない己は簡単に葬られる。
軽率な行動だと思った時には既に遅く、しかし、よく見れば毛皮ではなく毛布だった塊の隙間から、恐る恐る顔を出したのは赤と青のオッドアイが特徴的な、幼い顔立ちの少女だった。
「ぁ、ぁの・・・ど、どちら様、でしょうか・・・? 妖精・・・では、ありません、よね?」
吃りながら発せられた言葉に、意思疎通ができる奴が居たのかと嬉しくなって、今はコミュニケーションを図ることを優先した。
「俺はベリル・ガット。この異聞帯に派遣されたクリプター・・・って言って、分かるか?」
「異聞帯・・・クリプター・・・? よ、よく、分かりませんが・・・お客様、ということでしょうか?」
「まぁ、そんな所だ。んでお嬢ちゃんは? 名前はなんて言うんだ?」
「ぁ、あっ・・・ご、ごめんなさい、申し遅れました。ぉ、俺の名前は―――」
◇◇◇
工房とも言える数々のオタグッズやら、それを作る道具に囲まれた自室で、ただ無心のまま机に向かって、字を書き続ける。
「・・・・・・」
ずっと頭の中を巡っているのは、今から数日前の出来事。
俺が初めて、モルガン様の夫であるベリル・ガットと廊下で出会った時のこと。
ほわんほわんほわ〜ん。
◇
「お? おーい!」
背後から聞こえる男の声に振り向いた時、こちらへ手を振りながら近寄って来ていたのが奴だった。
何故そうも親しげなのか。
俺たち初対面だろ殺すぞ、と。
不満を隠すことなく睨んでやれば、奴は心底残念そうに眉を八の字にした。
「おいおい、忘れちまったのかぁ? 俺だよ、俺。ベリル・ガットだよ」
「知らん、誰だ貴様」
伝達の水から得た情報としては知っているが、それは俺が知っているというだけ。
こんな図々しい態度を取られる理由も無ければ、馴れ馴れしく話し掛けられる間柄でもない。
奴がモルガン様の夫ということもあってか、初対面だと言うのに・・・もう、なんか、生理的に無理だった。
「そんな釣れないこと言うなよ、俺とお前の仲だろ? なぁ、―――ちゃん」
「ッ!」
奴が軽薄に口にしたその名を聞いて、腰に差した片方の剣を抜刀。魔力で形成された刃が首へ添えられ、そこから僅かに血が滲み出す。
しかし、俺が斬らないことを知っているのか、奴は驚いたような顔はしていたが、恐怖は微塵も感じられなかった。
それどころか、次第にヘラヘラ笑い出す始末。本当に、気色悪い。
「・・・貴様、その名を何処で知った」
「ちょちょちょ、そうカッカすんなよォ! ほんとうに忘れちまったのかぁ? 教えてくれたのは他ならぬ、アンタだってのにさ?」
「世迷言を・・・!」
コイツが何千年も生きる上級妖精であれば、それも有り得ただろう。だがコイツは人間。
不老不死でもなければ、況してや過去から来た訳でもない。
ただ外の世界からやって来ただけの、異邦の魔術師。
もう千年以上も口にしていないその名を、俺が選りにも選ってこんなクソみたいな男に言う訳が無いのだ。
「俺は悲しいぜ。前はあんなに可愛かったってのに、もしかして反抗期なのか? なぁ、もう一度、あの笑顔を見せてくれ―――よっとぅわぁ!?」
もう片方も抜いて、奴の股へと突き刺してやろうとしたが、奴がモルガン様の夫であるという事実が腕を鈍らせ、飛び退くように避けられてしまった。
「・・・口には気を付けろ。いいか、今回は貴様が陛下の夫であるという事実に免じて許してやる。・・・・・・次は無いぞ」
「おぉ〜、こっえ〜」
口の減らない男だ。
だがこれ以上コイツと話していては本気で殺してしまいかねないので、さっさと背を向けて立ち去る。
奴のニヤニヤとした気色の悪い視線を、背に浴びながら。
◇
それから数日間、ずっとその時のことが頭の中を回っていた。
奴が俺の真名を知っていることは、この際もうどうしようも無いので置いておくとして。
問題は、いつ何処でそれを知ったのか、だ。
もしそれが、俺達と敵対関係にある者から聞いたとすれば、非常にマズイ。
ある程度強い心を持っていれば真名を暴かれても問題は無いっぽいが・・・戦場のど真ん中で真名を呼ばれると、絶対に動揺する自信がある。
だって、真名を暴かれると力を失うって知ってるから。
誰にも真名は教えるなって、モルガン様にキツく言われたから。
それほど危険なことだって知ってて、動揺するなって言うのも無理な話だ。
「・・・・・・」
ペンを置き、右手の甲を見遣る。
そこには
これは令呪というもので、モルガン様から頂いたもの。妖精騎士ベディヴィエールとして、最初に貰った贈り物。
もちろん税を徴収するためのものではなく、効果はその逆。モルガン様の玉座とパスが繋がっており、そこから必要に応じて魔力が送られて来る仕組みになっている。
要は、妖精國に住む皆さんの血税を俺が使ってるってことになるんだけど・・・。
いや、もちろん最初は遠慮したよ?
一応、妖精によっては文字通り命を削ってまで収めてる訳だし。流石に悪いなって、最初の方は自分の魔力だけでなんとかしてたよ?
でも、さ。気付いちゃったんだ。
俺がいくら使った所で、全体の1%にも満たないってことに。
そうと分かってしまえば、次第に少しずつ。
これくらいならいいかな、もう少しだけならいいでしょって、どんどん使うようになって。今ではご覧の通り、全く気にしなくなってしまった。
そして肝心なのは、このパスを繋げる条件として、妖精騎士ベディヴィエールの
だから、真名を暴かれると、俺はこの膨大な魔力によるバックアップを失うこととなる。
十八番である安全圏からの狙撃を行えなくなる。
だから、早く黒幕を見つけ出して始末したい所だが・・・現状、その情報を握っているのは奴だけであり、聞き出そうにもうっかり殺してしまいそうだから、あまり会う訳にもいかない。
だからこそ、こうして仕事以外は一人自室に籠って色々考えてる訳だけど・・・。
いくら考えても、黒幕がモルガン様に行き着いちゃうんだよなぁ・・・。
だって、他に有り得ないし。
一応、昔に虫妖精さん達に教えたことがあるけど、それも代を重ねて忘れてるだろうし。それに今の子達には、俺の名前はベディヴィエールだって教えてるから知らないはず。まぁ、言葉が分からないんで伝わってるかどうかは分からんけど。
それ以外だと・・・・・・故郷の妖精とか?
俺と同じくらい長生きしてる妖精が居て、それで奴に教えたとか・・・・・・我ながら突拍子も無いな。
そんなアホみたいな話より、モルガン様の方が現実的なんだよな。
俺の真名知ってるし、奴と夫婦だし。
でもなぁ、理由が分からないんだよなぁ。
第一、これから戦争が起こるかもしれないってのに味方の戦力を削る可能性のある行動をする意味が分からない。いや、モルガン様なら別に俺ら妖精騎士が居なくても、お一人でなんとか出来るだろうけどさ。
仮に何かしらの教えておかなければならない理由があったとしても、必ず俺に一言入れる筈だ。
それすらなくて、黙って俺の真名を教えるなんて・・・。
「・・・ん? 待てよ?」
唐突に、ある言葉が頭に浮かんだ。
今、俺の身で起こっている不可解な現象の数々。
モルガン様が奴と結婚したこと。
あのバーヴァン・シーがヤケに親しげであったこと。あとなんか、ちょっと・・・いや、かなり際どい服装を好むようになったこと。
そして何より、奴が俺の真名を知っていたこと。
それら全ての謎が、説明できてしまう・・・そんな魔法の言葉が。
「まさか・・・」
確証は無い。
もしかすると俺の思い込みかもしれない。
だが最近、ちょっとおかしな方向に暴走する俺の妄想力が、頭の中でこれでもかと最悪の真実を生み出していく。
そして、その存在しない真実が、俺にさらなる確信を抱かせる。
異邦の魔術師を、最低最悪、極悪非道の悪人へと仕立て上げる。
「まさか・・・そんな、実在していたのか・・・!?」
古今東西、あらゆる書物にて登場し、みな等しく無敵の存在として語り継がれて来た、空想上の生物。
あまりの強大さ故に、誰も叶わぬ絶対的な存在として恐れられて来た規格外の存在。
そう、奴の正体は―――
「―――催眠おじさん、なのか?」
その時、アホに電流走る―――!