チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた   作:榊 樹

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素敵なイラストを頂きました。
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クール系の女の子がアワアワしてるの好き。


問答

静寂が、その場を包んだ。

 

ベリルだった物から吹き出す血飛沫をその身に浴びて、妖精騎士ベディヴィエールはただただ立ち尽くしていた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

斬り伏せる瞬間、初めてベリルの顔をきちんと見た気がした。その時、何か・・・とても、大切な何かを思い出しそうになって・・・。

けれど、刃を止めるには、あまりにも遅過ぎて、気付いた時には全てが終わっていた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

何を忘れているのか。

何を思い出そうとしたのか。

こうして、物言わぬ死骸となったベリルを見ても、湧き上がるものは何も無い。

 

もしや、これも奴の催眠の一種なのか、と。そう思い立って、念の為もう一度胸に剣を突き立てる。

反応は無い。

 

念の為、もう一度。

反応は無い。

 

もう一度。

もう一度。

何度でも━━━━━。

 

 

「━━━━もう、死んでるわ」

「・・・・・・」

 

 

肩に、手が置かれた。

見れば、そこにはペペロンチーノが、悲しそうな目で、妖精騎士ベディヴィエールを見詰めていた。

 

 

「・・・そう、ですか。貴女にも、死んでるように見えますか」

「・・・?」

 

 

まるで独り言のようにそう呟くと、黒く澱んだ魔力の刃を消して剣を収め、その小さな体の何処にそんな力があるのか、死体となったベリルを軽々と肩に担いだ。

 

 

「それ、どうするつもり?」

「・・・例え、偽りの身分であろうと、コイツは陛下の夫という立場の人間です。それを殺したとあれば、それなりの証拠が要ります」

 

「偽りの身分・・・?」

 

 

これまでの旅の賜物か。

未だに、あのエーちゃんの変わり果てた姿に理解が追い付かない立香だが、それでも会話の中でサラりと語られた重要な情報を聞き逃す事は無かった。

 

そして、そんな呟きに、妖精騎士ベディヴィエールは口が滑ったとでも言うように目を細めて、立香の方を向いた。

 

 

「・・・ベリル・ガットは、正当な立場の人間ではありません。強力な催眠術によって、陛下や城の人間は全て、奴の意のままに操られていたのです」

「・・・・・・え?」

 

 

元々、サーヴァントであったモルガンがどうして二千年もの間、女王として君臨していたのか。

その真実を、過去に遡り、トネリコと旅を共にしたマシュによって知ることとなったカルデア一行だったが、マスターであるベリル・ガットの方は未だに謎が多かった。

 

既にサーヴァントでは無くなったモルガンが何故ベリル・ガットをマスターとして扱うのか。彼らの本当の関係はどう言ったものなのか。

 

その答えが今、妖精騎士ベディヴィエールの口によって説明されたのだが・・・・・・。

ソレをはいそうですか、と鵜呑みに出来る程、魔術に無知な馬鹿者は、魔術師の基準がモルガンであるアホを除いて一人として居なかった。

 

中でもペペロンチーノはこの場で、最もベリルと親交のあった人物。ウッドワスの霊基をその身に写したことには驚いたが、少なくとも彼が、神代クラスの化け物を手玉に取れる実力を有していないことくらいは知っていた。

 

仮に、魔女の秘技が他にあった所で、モルガンにはそれすら容易く捩じ伏せられる。

それほど神代の、天才と謳われた魔女というのは、現代の魔術師からすれば規格外な存在なのだ。

 

 

「言葉を返すようで悪いけど、それは無理よ」

「・・・・・・そう言い切れる根拠を聞いても?」

 

 

確信していた真実をあっさり否定されて、妖精騎士ベディヴィエールは少し不機嫌そうに聞き返した。

 

 

「彼があのウッドワスの力を再現・・・」

「再現してません。パチモンです」

「・・・そうね。真似出来たことには驚いたけど、でもよく考えてみなさい。そんな劣化版しか作れない男が、あの女王モルガンに敵うと思う?」

「・・・・・・」

 

 

どう考えても無理だな、と思わないことも無い。

だがしかし、ベリル・ガット、奴はそう言った絶対的な力の差を覆すだけの切り札を持っている。

 

どんな女傑であろうと・・・いや、何者にも穢されぬ高貴な存在であるほど、冗談みたいな威力を発揮する"オラッ、催眠! (対くっ殺用宝具)"の使い手であることを、アホは知っている。

 

 

「・・・そこは、ほら。催眠術で操られたと」

「催眠術・・・それって暗示のこと? 私もやろうと思えば出来るけど、そこまで出鱈目なものじゃないし、魔術師にとっては初歩も初歩よ?」

 

「・・・・・・は?」

 

 

とその時、再び建物が激しく揺れた。

ただでさえベリルが倒壊させようとしていた所を、先の戦闘で周囲はさらに酷い状態となり、残された猶予は僅かしかない。

 

 

「皆、急ぐわよ!」

 

 

ここまで来て問答してたら下敷きになりました、では笑えない。ペペロンチーノの合図と共に一行は急いで外へと向かう。

 

だから、か。

 

今にも崩れ落ちそうな通路の中、その長い足を存分に活かして先頭を走るペペロンチーノを、妖精騎士ベディヴィエールは静かに睨み付けていたことに、誰も気が付かなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

崩れ落ちる廃墟を背に、ギリギリ脱出出来た彼らを待っていたのは、"失意の庭" に捕らわれた立香達を助けるために妖精國中を爆走したマシュを追い掛けて来たダ・ヴィンチちゃん達だった。

 

 

「おーい! 生きてるかーい!?」

 

 

そう言いながらも、遠目から立香達の安全が確認出来たダ・ヴィンチちゃんの顔には安堵の笑顔があった。

 

馬車を降りて立香たちの様態を軽く診て、談笑もそこそこに情報交換を済ませ、粗方の事情を理解した上で漸く、馬車を()いていたレッドラ・ビットをガン見している血塗れの妖精騎士へと目を向けた。

 

 

「まずはお礼を、妖精騎士ベディヴィエール。立香ちゃん達を守ってくれてありがとう」

「・・・私は、私のやるべき事を優先しただけです。お礼を受け取る資格はありません」

「そうか、それでも言わせてくれ給え。過程がどうあれ、立香ちゃん達が助かったのは事実だからね」

「・・・・・・お好きにどうぞ」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんへと向けていた視線を僅かに逸らしただけだが、目敏(めざと)い天才はそれを照れ隠しだと見抜き、その微笑ましさに笑みが漏れそうになったが・・・すぐに頭を切り替えた。

 

 

「さて、私としては謎多き妖精騎士様に、色々と質問をしたい所なのだけど、素直に答えてくれたりするのだろうか?」

「・・・まぁ、いいでしょう。答えられる範囲でなら」

「・・・・・・え、いいの?」

 

 

なんで貴女が驚くんですか、と。

そう言いたげな視線をダ・ヴィンチちゃんへ向けると、彼女は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

 

「い、いや〜、ははは・・・。殆ど駄目元だったから、まさかそんなあっさりOKが出るなんて思わなくてね・・・。てっきり、少しくらい対価を要求されるかと・・・」

「・・・・・・まぁ、あれです。私にも、それなりに裏切り(負い目)があるので。それに立香さんが居なければ、ずっとあの森の中に閉じ籠っていたでしょうから。自覚は無いんでしょうけど、貴女達には結構な借りを作ってるんですよ、私は」

 

 

まぁ、そういう事なら遠慮無く質問させてもらおう、と照れ臭そうにしてる立香を背に、ダ・ヴィンチちゃんは頭の中を整理していく。

 

どちらにせよ、大人しく答えてくれると言うのなら是非も無い。なんせ、今はとにかく情報が欲しいのだから。

 

妖精騎士ベディヴィエール。

目下、最大の悩みの種である超長距離狙撃。その解決の糸口に繋がる何かが。

 

無論、今この場で始末するか、無力化が出来たのなら一番良かったが、先のベリルとの戦闘を聞くに、あまり現実的ではないし、こちらの心情的にもあまりやりたくない。

 

せめて近距離戦闘がクソ雑魚であれば、もう少し希望を見い出せたのだろうが、遠近どちらも出鱈目な強さとか、クソゲーも大概にして欲しい。

そう言うのって普通、異聞帯の王とか、そういうラスボス的な超大物クラスが持つような性能じゃないの?

妖精騎士とは言え、なんで幹部クラスが持ってるのさ。

 

・・・と、普段のダ・ヴィンチちゃんなら目の前の理不尽な強敵に対して心の中で愚痴でも零していただろうが、今の彼女は違う。

なぜなら、ホームズから送られて来た手紙。そこに書かれていた妖精騎士ベディヴィエールについての考察を読み、ある一つの弱点に気付いたから。

 

だが、それはあくまでもダ・ヴィンチちゃんが推測しただけの希望的な観測に過ぎないし、だからこそホームズもあのような遠回しなヒントを寄越したのだろう。

 

故に、弱点(ソレ)に頼るのは最後の手段。

今から行う問答で、バーゲストの時のように彼女をこちらへ寝返らせることが出来れば重畳。そうでなくとも女王モルガンへの不信感を少しでも抱かせられれば・・・。

 

 

「じゃあ、君がこの場に居る理由・・・いや、"失意の庭" に囚われていた理由を聞いても? 私達と別れた後、何があったんだい?」

「・・・こいつを殺すためです」

 

 

そう言って、妖精騎士ベディヴィエールの視線は肩に担ぐベリルへと向けられた。

 

 

「こいつは陛下を誑かし、陛下の國を私物化しようと画策していた。それに気付いた私は陛下の夫を騙る不届き者を暗殺しようとして・・・恥ずかしながらヘマをしまして。こうして、奴の術中に嵌り、捕らわれていたのです」

 

「・・・・・・・・・ん?」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんの脳内に、宇宙が広がった。

 

誑かす・・・誑かす?

え、あのモルガンを?

誰が? ベリル・ガットが?

現代の魔術師で、ただの人間と殆ど変わらない、あのベリル・ガットが? 神代の魔術師を? んな馬鹿な。

 

・・・といった風に。

何処かのエルフ耳な神代の魔術師がくしゃみをしたような気がしないでもないが、彼女から聞かされた話はダ・ヴィンチちゃんにとってまるで理に適わぬ、荒唐無稽なものだった。

 

いや、これがまだモルガンとベリルのやり取りを見ていない状態であれば、少なからず信じられたのだろうが・・・。

 

女王モルガンとの謁見が叶ったあの時、どう見ても尻に敷かれてるベリルの姿を見た後であれば、彼が背後で手網を握っていたと言われても、まるで想像出来なかった。

 

 

「ちょっと口を挟んでもいいかしら?」

「っ!?」

 

 

物凄く何か言いたげな顔をしたペペロンチーノの言葉に、妖精騎士ベディヴィエールが反応し、過剰に距離を取った。

まるで彼女のことを酷く警戒しているようなその姿に、ダ・ヴィンチちゃんとペペロンチーノは目を合わせる。

 

 

「えっと、あの・・・どうかしたのかい?」

「あらら、何か気に障ることでも言っちゃったかしら?」

 

「・・・その口を閉じろ、詐欺(ペテン)師。ベリル・ガットと同類である貴様に、話す事は何も無い」

 

 

恐らく何か勘違いしているのだろうが、ベリル・ガットと同じ穴の狢という意味では、同類という言葉が言うほど的外れでも無いため、ペペロンチーノは面と向かって否定出来ない。

 

代わりにダ・ヴィンチちゃんが誤解を解こうとしたが、他ならぬペペロンチーノに手で制された為、今は情報収集を優先することにした。

 

 

「・・・すまない、話を戻してもいいかな?」

「・・・どうぞ」

「では・・・そうだね。私達が、立香ちゃんがこの島へ辿り着いた時。最初に訪れた"名なしの森" に君が居たのは? それもベリル・ガットの仕業? それとも、女王モルガンの策謀なのかな?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・べ、ベリル・ガットの、仕業です」

 

(うわぁ、嘘下っ手くそぉ・・・)

 

 

表情は殆ど変わらないが、冷や汗ダラダラなのが幻視出来てしまう程に、妖精騎士ベディヴィエールの焦りは分かりやすかった。

 

とは言え、それを追及するつもりは無い。

別に本当のことを聞けた所で大した情報にはならないだろうから。

 

 

「じゃあ、次に私達と別れた後。あの人間牧場で何が―――」

「・・・もういいでしょう。まどろっこしいのはやめにしませんか?」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんの言葉を区切るように、妖精騎士ベディヴィエールが言葉を被せる。

それに対し、ダ・ヴィンチちゃんは特に不機嫌そうな感情を表に出すことなく、笑顔という名の仮面を完璧に貼り付けた。

 

 

「・・・と言うと?」

「いくら私でも、こんな事が貴女の聞きたいことでは無いことくらい分かります。もっと他に、聞きたいことがあるんじゃないですか?」

 

 

図星、と言えばその通りだが。

いや、そちらが急かすのであれば、こちらとしても都合が良いと、笑顔を消して改めて妖精騎士ベディヴィエールへと向き合った。

 

 

「では、率直に言おう。妖精騎士ベディヴィエール、君に、私達と共に戦って欲しい」

 

「だ、ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 

それが叶うなら願ってもないことだが、いくらなんでも直球過ぎではないかと、立香やマシュが慌てる。

だが、何か確信めいた表情をしているダ・ヴィンチちゃんに、足が止まった。

 

 

「・・・それは、この私にモルガン陛下を裏切れと言っているのですか?」

「・・・結果的に言えば、そうなる。でも―――っ!?」

 

 

スッ・・・と。

首筋に切っ先が当たる。

 

気付けなかった。予備動作すら見えなかった。

やはり敵対するべき存在ではないと、その殺気を前にして改めて思う。

 

 

「・・・・・・」

 

 

寒気がする程に良くない雰囲気を纏う黒い刃に、冷や汗が出る。

だが、妖精騎士ベディヴィエールは何も語らない。

 

それでも、これだけは分かる。

次の一言で全てが決まる。

自身の命運も、これからのカルデアの運命も。

 

 

「じょ、女王・・・モルガンは・・・・・・秋の森を、焼いた・・・。そこに居た虫妖精を、君を好いていた彼らを、一人残らず、虐殺したんだ・・・っ!」

 

「・・・・・・・・・なん、だと・・・?」

 

 

この選択が正しかったのかは分からない。

だが少なくとも、それでもダ・ヴィンチちゃんの命はこの時助かった。

 

剣を仕舞い、妖精騎士ベディヴィエールが空へと跳んだ。何も無い空間に壁があるかのように宙を蹴って、跳んで、跳んで、跳び上がった。

 

極度の緊張状態から開放されたダ・ヴィンチちゃんは安堵からか、ぶわりと汗を吹き出し、四つん這いになって息を整える。

心配した立香たちが駆け寄り、空元気を見せるダ・ヴィンチちゃんだったが、そんな彼女達の耳へと、か細い声が届いた。

 

 

「・・・・・・あー・・・マジかぁ・・・」

 

 

寂しそうな声だった。

 

空中に立ち、望遠鏡の類と思われる魔法陣を片目に展開し、遠くを見詰める妖精騎士ベディヴィエールの。

 

いや、心優しきエールのとても残念そうな声が、確かに聞こえたのだった。

 




汝は催眠おじさん!

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