チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた 作:榊 樹
それは、今より少し前のお話。
私がまだ、お母様の娘になったばかりの頃。
―――なぜお前はいつもそうなのです。
「っ!? ご、ごめんなさい、お母様・・・!」
廊下を歩いていて聞こえて来た、いつもお母様が叱る時の声。
何も出来ない私を叱る、お母様の声。
反射的に謝って、身を縮ませるが・・・少しして、違和感に気付く。
あれ? お母様は何処? と。
『い、いや・・・! 違うんですモルガン様! それは誤解なのです!』
声が聞こえて来たのは、確か・・・お母様が最も信頼してる妖精騎士の部屋。
そこをこっそり覗いてみると、何故か床に正座した白銀の妖精騎士とベッドに腰掛けて足を組むお母様という・・・多分きっと、見てはいけない場面を目撃してしまった。
『ほう・・・? では説明してもらいましょうか。あれほど禁止していた布教とやらをウッドワスへ隠れて行っていたこと。そして、ここに積まれているウッドワスからの苦情の紙束を。これらの一体、何が誤解なのかを』
『そ、それは・・・その、本当に違うんです! 俺は布教をしていません! それはウッドワスさんの勘違いなのです!』
『・・・勘違い?』
『そ、そうなんです! いえ確かに、ちょびっとだけですが、彼にも英雄様を好きになって欲しいなぁ・・・なんて、下心があったりもしましたが・・・。ですが、ウッドワスさんの屋敷の壁紙が全て英雄様ポスターに変わっていたのも、私室が英雄様グッズで溢れていたのも、資料の合間に英雄譚をちょこちょこ挟んであったのも、それらは全て偶然なのです! だから、別に俺が布教をしようとしてたとかじゃなく、仮にそれでウッドワスさんが英雄様の素晴らしさを知ったとしても、俺は別に関係は・・・!』
『・・・はぁ。なぜ、お前はいつもそうなのです、■■』
(ぁ、これアカンやつや)
『罰として、一分間擽りの刑です』
『ひっ、ひぃぃぃ・・・! ご、ごめんなさぁぁあい!!』
ソッと、扉を閉める。
中から聞こえる、あの妖精騎士の悲鳴に、耳を背けるように。
知らなかった。
ずっと、いけ好かない奴だと思ってた。
いつも気取ってて、お母様の隣を独占して、気に食わない奴だと思ってた。
でも、そうか。
あの怒られ方をされてるの、私だけじゃなかったんだ・・・。
◇
見えない・・・何も見えないの・・・。
お母様・・・ベディヴィエール・・・。
何処、何処に居るの・・・?
「・・・バーヴァン・シー様」
あぁ、そこに・・・居たのね・・・。
お母様の騎士、お母様の英雄。
そして、私の・・・・・・。
ねぇ、聞いて・・・。動かないの・・・。
これっぽっちも、身体が動かないの・・・。
ねぇ、ベディヴィエール・・・私、お母様に謝りたい・・・。
また失敗しちゃったから・・・せめて、ちゃんと謝らないと・・・私は、お母様に・・・。
「・・・大丈夫です。ベリル・ガットは殺しました。もうすぐ、全てが終わります。そうしたら、また一緒にモルガン様へ料理を作りましょう。それで、一緒に怒られましょう。沢山、沢山怒られて、それから素直にごめんなさいすれば、きっと許してくれますよ」
えぇ、えぇ・・・そうよね・・・。
貴女が言うなら、きっとそうだわ・・・。
お母様に叱られるのは怖いけど、悪い事をしたらちゃんと謝らないとね・・・。
「ですから今は、身体をお休めになられて下さい。夢から覚めれば、またお迎えに上がります」
えぇ・・・そう、ね・・・。
少し、疲れちゃったみたい・・・。
眠いわ・・・とても、眠い・・・。
ねぇ、少しだけ・・・手を握ってくれるかしら・・・。
少しだけで、いいの・・・。
「はい、握っておりますとも」
あぁ、そうなの・・・ごめんなさい、気付かなくて・・・。
「だいぶお疲れのようですね。さぁ、これ以上はもうお身体に障ります。良い子は寝る時間ですよ」
えぇ、おやすみ・・・ベディヴィエール・・・・・・。
なんだか今日は、とっても・・・良い夢が見れる気がするわ・・・。
「・・・・・・おやすみなさい、バーヴァン・シー。可愛い可愛い、陛下の宝物。どうかいつまでも、素敵な夢の中に」
「・・・・・・なんだ、貴様ら。・・・近衛騎士か。・・・・・・そうだ、私が殺した。だから今から陛下へご報告に・・・・・・は? 私が反逆罪だと? 」
◇◇◇
・・・・・・どうも。
人払いがされた玉座にて、過去一で怖い顔のモルガン様の膝の上に座らされ、治療を受けながら事情を説明させられ、いくらごめんなさいしても許してくれず、自宅謹慎を言い渡された妖精騎士ベディヴィエールです。
はぁぁ・・・なんでこんな事になったんでしょうね。
叶うことなら、過去に戻って一人で突っ走ったアホを全力でぶん殴りたい気持ちです。
あのタイミングで立香さん達と合流出来たのは奇跡も同然だったのに、なーんで格好付けちゃうかなぁ・・・俺。
過去の自分というか、記憶を失ってる時の自分が、考えてみるとかなりの黒歴史だったことに気付いて、少しでも印象を上書きしようと足掻いた結果、なんか知らんけど険悪な感じになっちゃったし。
軌道修正しようにも、ベリル・ガットが次から次へとイラつくことのオンパレードを仕掛けて来てタイミング逃したし・・・。
うがー、もっと話したかったなぁ・・・。
いや、正直言うと立ってるのもやっとなくらいフラフラだったけどさ。
あーぁ、なんで立香さん達と戦うことになってんだろ。
なんやかんでアルトリアさんがこっち側に付くとか、そんな都合の良いことが起きたりしないかな。
色々と啖呵切ったけど、それはそれとして英雄様の次代と戦うとか普通に嫌なんですけど。
どうせなら向き合うより、肩を並べての方が・・・・・・い、いや、それは恐れ多いな。こう、俺は後ろから援護射撃をするとかなら・・・。
・・・・・・いやちょっと待って。
俺ってもしかしてだけど、戦争終わるまでずっと謹慎とかじゃ・・・。
「入るよ・・・って、本当に怪我してる。ベリルを殺したって聞いたけど、彼そんなに強かったの?」
衝撃の事実に気付きそうになった所で、ノックしながら入って来たのは、メリュジーヌだった。
前に、まだ俺がオーロラさんを知らなかった時。
彼女の姿が気になってモルガン様に聞いた事があったけど、その時に凄い渋々といった表情で教えてくれた情報によるとメリュジーヌはオーロラを真似た姿らしい。
人の姿を真似るってなんだ、メタモンか? と当初は思ったが、こうしてオーロラさんの容姿を知った後になって思う。
マジで全然似てねぇな、と。
普段、どう考えても前見えてないだろって感じのバイザーを付けてるから、あれなのかな。割と冗談抜きで目が節穴だったりするのだろうか。
「・・・・・・」
「・・・こっちは約束を果たしてもらいに来たのだけど、なんだいその目は。僕、君に何かしたかな?」
「・・・その姿は、貴女が愛してやまない風の氏族の長であるオーロラの姿を真似たモノと聞くが、それは本当か?」
「? ・・・あぁ、そっか。陛下に聞いたのか。うん、そうだよ。どう? この美しさ。自分で言うのもなんだけど、よく出来てるでしょ」
まさか美しさという概念を真似ていたとは流石に予想外である。
なんだよ、美しさを似せるって。発想が斜め上過ぎるわ。
「それより、約束の物は出来たの? 僕、これから任務で忙しくなるから、早くして欲しいんだけど」
「あぁ、それなら・・・」
何かに触れるだけで激痛が走る身体を抑え、三冊の本をメリュジーヌに渡す。
上・中・下の全三部作。
額縁に入れて壁に飾ってるアルトリアさんのサイン、その交換条件として書くこととなった、世界一美しいお姫様と何処ぞの騎士様の愛の逃避行を描いた物語。
精神状態がイカれてる時に書いたから結末がちょっとアレになっちゃったけど・・・まぁ、きちんと最後に"これはフィクションです" って注釈入れといたから、多分大丈夫っしょ。
それに、俺が求められたのは彼女らをモデルにしたラブロマンス。結末がどうなろうと、その条件はクリアしているので契約違反という訳でもない。
大丈夫だ、問題無い。
「ん、確かに。まぁ、所詮は文字の羅列だ。あまり期待しないで見るとするよ。・・・でも、詰まらなかったら修正を要求するからそのつもりで」
「・・・まぁ、そのくらいは別にいいですけど」
ナチュラルに煽られたことに少しイラッとしたが、奴が全てを読んだ後の顔を想像して心を落ち着かせる。
そう、彼女の言う通り、所詮は紙に書かれたインクの線。そこに感情は無く、温度もない。ただの薄っぺらい紙切れ。
でもそんな紙束を大事そうに抱えて部屋を出ていく彼女を、俺は体の痛みも忘れ、とてもいい笑顔で見送ったのだった。
「・・・・・・あ、そうだ。ウッドワスがオーロラの下に来てたよ。なんか心臓無くなってたけど・・・。今はもう屋敷を出発して居ないけど、オーロラ曰く、この城へ向かってるってさ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
メリュジーヌに悪意はありません。
因みに、バーヴァン・シーには頬っぺたコネコネです。