チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた 作:榊 樹
夕暮れに染まる屋敷の廊下を、ソレは歩く。
赤黒い血を滴らせ、唸り声を上げて、まるで徘徊するかのように。
「うぅぅ━━━━」
扉の前に立ち、ソレは扉を開く。
いや、開くと言うには些か乱暴に。けれども中に居た部屋の主人は、少し驚いた顔をすると、すぐに心配そうに駆け寄ってきた。
「ウッドワス!? まぁ、スプリガンの言う通りね。本当に生きてたなんて、逞しい人!」
「あぁぁ・・・、オーロラぁ・・・」
「酷い傷、あまり無理はしないで。さ、そこに横になって治療を・・・。コーラル、手当をお願い! とっておきの魔法の粉を使いましょう!」
傍に控えていたコーラルが、渋々といった様子で魔法の粉を傷口に使い、傷は治ったものの穴まで塞がる様子はない。
この粉とて貴重な物。無駄遣いをする訳にもいかず、コーラルはすぐに使用をやめた。
「・・・・・・ダメです、胸の穴が塞がりません。魔法の粉では、もう・・・。それに、戦いは円卓軍の勝利です。敗者を匿う理由など・・・」
ウッドワスのことが苦手、という訳ではなく。
彼を匿った事でオーロラに降り掛かるであろう危険を心配してそう進言するコーラルに、オーロラは首を振った。
「コーラル、戦いはもう終わったの。どちらかが勝利したかなんて関係ありません。それに、彼はこの妖精國を千年も守り続けて来たのよ。たった一度の失態で、どうして責められましょうか」
「オーロラ・・・オーロラ・・・・・・あぁ、君を
彼女の言葉に胸を打たれ、自身の愚かさに嘆くウッドワスを、オーロラは悲しそうな顔で見詰める。
「あぁ、でも・・・噂は本当だったのね。ロンディニウムでのあの一件。貴方に送られる筈だった援軍を、妖精騎士ベディヴィエール、陛下が最も信頼する騎士が、虐殺したなんて」
風の噂ではあるが、かの妖精騎士が起こした事件は瞬く間にブリテン全土へと広がった。
無論、本当の意味で"風の噂"を扱える風の氏族であるオーロラもまた、その噂は当然耳にしており、その言葉が傷心中のウッドワスの琴線に触れた。
「・・・そうだ、アイツだ。アイツが・・・許せぬ・・・アイツだけは・・・あの糞ガキだけは、何がなんでも殺さねばならぬッ・・・! 陛下を裏切った罪、陛下から私の寵愛を奪い去った罪・・・決して、決して許しておくことなどッ・・・!」
「そうね。彼女が行ったことは決して許されるものじゃない。でも・・・でもね、ウッドワス・・・本当に、本当にそれだけかしら・・・?」
「・・・オーロラ・・・? それは、どういう・・・?」
激高するウッドワスに、衣服が血で汚れることも構わず、オーロラは彼へともたれ掛かる。
耳をくすぐる甘ったるい声。
そんな声から発せられる薄っぺらい言葉に翻弄され、既に彼女を信頼しきってしまっているウッドワスには、彼女を疑うという考えは、最早存在しない。
「よく考えてみて。貴方が怒るべき相手は本当にあの妖精騎士だけ? 」
「君は、何を・・・」
「あぁ、ウッドワス・・・憎いわ。貴方を裏切ったあの妖精騎士が。貴方を切り捨てたあの女王が。私は、憎くて憎くて堪らないの」
「切り、捨てた・・・? 陛下が、私を・・・?」
何を言っているのか、ウッドワスは一瞬分からなかった。
だが思い出すのは陛下の夫を騙る忌々しき人間に心臓を抜き取られた時に耳にしたセリフ。
確か、あの男も似たような言葉を口にしていたような・・・。
「えぇ、そうよ。考えても見て。あの騎士は貴方に・・・英雄様、だったかしら。予言の子そっくりな人物を模した品を、何度も押し付けて来たそうじゃない。それをモルガン陛下が知らないと思う? 國を脅かす存在を広めるなんて行為を、あの方が許すと思う?」
「それ、は・・・」
「ウッドワス、貴方は前に言ったわね。何度も女王へ抗議の文を出したって。仕事が出来なくなるほど邪魔をさせられるから、これ以上は看過出来ないって」
「あ、あぁ・・・そう、だ・・・。それに直接、陛下にも・・・」
「それで、あの妖精騎士は貴方への押し付けをやめた? 少しでも罰を受けた様子はあった?」
「・・・・・・」
「その様子を見ると、無かったのね。あぁ、可哀想なウッドワス・・・。なんて残酷なのかしら・・・」
縋るように身を寄せ、声を押し殺して涙を流す。
そんな主の姿を見て、コーラルのドン引きしたような視線に気付くこともなく、ショックを受けた様子のウッドワスは、それでもあまりにも残酷な事実を否定しようと、必死に思考を巡らせる。
「だ、だが・・・それでは、辻褄が合わない・・・。私を切り捨てるだけならば、予言の子の布教など・・・」
「それは・・・陛下が貴方のことを恐れ、予言の子と裏で手を組んでいたからよ」
「・・・・・・なに?」
「モースに対抗出来る唯一の存在。この妖精國を二千年も支え続けてきた牙の氏族。その長であり、亜鈴百種の強大な力を持つ貴方を女王は恐れた。いつか、自身の地位を脅かすのでは、と。だから貴方を始末するために前線から退かせ、戦いの勘が鈍った所を・・・・・・。あぁ! なんて卑怯なのかしら! ウッドワス、貴方はこれでいいの? このまま良いように利用されて、捨てられて、それで満足なの?」
「俺、は・・・」
「ねぇ、ウッドワス。誇り高い排熱大公様。貴方しか居ない、この國を治めるべきは貴方以外に有り得なかった! どうかこの國を、魔女の手から救ってちょうだい・・・!」
悲痛な叫び。
強く握りられたその両手。
自分を信じてくた者。
自分を愛してくれた者のそんな姿を見て・・・。
「■■■■■■■■■━━━━━━!!!」
咆哮のような雄叫びを上げ、ウッドワスは屋敷を飛び出す。
理性が消え、憤怒の炎が燃え盛るその瞳には最早、迷いなど欠片も存在しなかった。
◇
「・・・汚れてしまったわ。コーラル、お風呂の準備をして」
「既に済ませております」
「あら、そう。・・・・・・あぁ、それと。そろそろ戦が始まるけど、あの子はどうしたの? ここ数日、姿を見ないのだけど」
「アレでしたら、部屋に籠って何やら書物を読み耽っておりました」
「ふーん・・・ま、いいわ。さ、早くお風呂にしましょう。ホント、血生臭くて嫌だわぁ・・・あぁ、穢らわしい」
◇◇◇
死んだ筈のウッドワスさんが生きていた。
メリュジーヌの話を信じるのであれば、彼は今この城へ向かっている。
だが、彼が生きていたと騒ぎが起こっている様子は無い。
そうなると、必然的に選択肢は絞れてくる訳で。
痛む身体を我慢して、なんとか武装し、部屋を出る。
向かう先は、ごく僅かしか知らない地下の抜け道。
昔、こういう大きな建物に抜け道とかあったらなんかカッコよくね? と興味本位でモルガン様に尋ねたら、マジであった浪漫溢れる秘密の地下道。
壁に掛けられている松明の光を頼りに、薄暗い道を進んでいくと奥から大きな影が姿を現した。
「ぅぅぅ━━━━━━、ぁあぁぁ━━━━━」
酷く懐かしい、野性味溢れるその姿。
少し、荒々し過ぎる気もするが、心臓を抜き取られているのであれば、それも仕方の無いこと。
寧ろ、それでも尚生きてるとか、どんだけ生命力強いんだって話だ。
ホント、規格外にも程がある。
「・・・まさか本当に生きていたとは、驚きました」
「ハァァァ━━━! アァァァ━━━━━! やはり、か・・・貴様ァ・・・!」
「・・・何がでしょうか?」
やはり、ってなんだ?
何が"やはり"なんだ?
あ、もしかして、俺がモースの呪いをめっちゃ我慢してんのバレちゃった感じか?
え、なに。心配してくれるの?
ちょ、ちょ・・・そういう、急なデレとか困っちゃうんですけど。
「答えろ・・・何故だ、なぜ陛下を裏切った・・・。よりにもよって、なぜ貴様が予言の子の味方をするのだ・・・!」
「・・・なんの事です」
・・・ぜ、全然違った。
あ、いや、この際それはどうでもいい。
俺が陛下を裏切ったって何?
何がどうなってそんな事になってんの?
あ・・・え、もしかして・・・・・・。
「・・・ロンディニウムの話ですか」
「そうだ・・・貴様が、陛下の援軍を虐殺した・・・。何故だ、ベディヴィエール! よりにもよってなぜ貴様が、陛下の所有物を傷付けた!?」
「違います、あれは私ではありません」
「巫山戯るな! では誰がやったと言うのだ! 他の妖精騎士か? 貴様は陛下の軍が無闇に傷付けられているのを、黙って見過ごしたと言うのか!?」
・・・あー・・・そういう、こと。
もしかしなくとも、これは・・・アレか。
認識のズレというか、とんでもないすれ違いが起こってるのか。
ウッドワスさん、俺がモルガン様の軍隊を殺したと思ってるのか。
いや確かに、あの狐が虐殺していたのに気付いた時はもう手遅れだったけど・・・。
「狐です。狐がやったのです。やたらと頑丈ですばしっこい、妙な狐でした」
「━━━━━━巫山戯るなッ!!」
痛みを感じるほどの咆哮に、身体が固まる。
何か気に障ることを言っただろうかと思い返していると、ウッドワスさんは怒鳴るように続けた。
「一体どれほどの時を、貴様と共に陛下にお仕えして来たと思っている! 貴様が、貴様程の奴が、何処の馬の骨とも知れぬ獣畜生如きに遅れを取るなど、そんな事があるものか!」
「えっ!? ぁ、えと・・・ぅ、うへへ、それ程でも・・・」
あ、いや、照れてる場合じゃねぇ。
「そ、その・・・期待を裏切るようで大変申し訳ないというか、非常に言いにくいのですが・・・その何処ぞの狐の骨に遅れを取ったという訳では無いんですけど、逃がしてしまったのは本当でして・・・」
「・・・もうよい。もう、何も喋るな」
「え・・・―――ッ!?」
なんだ・・・何が起こった・・・?
どうして、俺は倒れてるんだ・・・?
痛い・・・突き飛ばされたのか・・・?
誰に? ・・・ウッドワスさんに・・・?
「貴様はッ・・・! 貴様だけはッ、必ずこの手で始末する!! 陛下の寵愛を無下にした大罪、その身で償えッ!!」
あぁ、懐かしい・・・本当に、懐かしい・・・。
前も、こんな感じでブチ切れた彼に、マジで殺されそうになった時があったな・・・。
そっか・・・ダメか・・・。
どうしても、やらないと・・・いけないのか・・・。
「グルルルゥゥ・・・!!」
「・・・話し合いは・・・無理そうですね」
今の貴方を、陛下に会わせる訳にはいかない。
最初は昔に戻ったのだと思った。
けど、違った。狂気に呑まれてしまったんだ。
そんな変わり果てた姿を見れば、誰よりも貴方を愛したあの人が悲しんでしまうから。
だから、ウッドワスさん。
「我は妖精國の守護者、妖精騎士ベディヴィエール・・・推して参る!」
「■■■■■■ッ━━━━━━━━!!」
貴方は・・・ここで止めます。
(∪^ω^) わんわんお!